163.嵐の前の賑やかさ
テオドル・シェルストレームとパニーラ・ストークマンの二人は、怒り顔で派閥の主、エルヴァスティ侯爵に詰め寄っていた。
「どーして俺たちが待機なんだよ! あの化け物相手にできるのは今のコウヴォラじゃ俺たち以外いねえだろうが!」
侯爵はテオドルから目を離し横目でパニーラを見ると、パニーラもまた納得のいかぬ顔をしていた。
仕方なく、エルヴァスティ侯爵は二人に事情の説明をしてやることにした。
「まず、だ。あれは現状、反乱軍に属すると判断するのが一番相応しいだろう」
カレリアでイジョラ魔法兵団相手に大暴れした兵。それがカレリアに近い東部を制圧した反乱軍と通じていると考えるのは、それほど無理のある話ではない。
アルト王子襲撃事件に関しても、テオドルもパニーラもこの犯人を魔法兵団を潰した銀髪の女であると考えている。
アルト王子と共にあった五人の騎士は魔法も剣もかなりの技術を備えた精鋭で、これを一蹴するほどの腕があり、王子が相手でも躊躇の無い傍若無人な相手となれば、狂人テオドルと魔女パニーラを同時に向こうに回すような銀髪か、同等の力を持つらしい残る四人の熊人かでもなければありえないと考えたのだ。全く同じ理屈でコウヴォラの民たちにはテオドルが犯人だといまだに思われているが。
エルヴァスティ侯爵はここから先はあまり話したくなさそうであった。
「それにな、東の砦を落とした敵の兵にな。居たんだよ。城壁を走って上ってくる兵が」
驚き問い返すテオドル。
「馬でか!? ……あー、いや、馬、ですか?」
すぐに少し冷静になったのか言葉も自重したものに。
「いや、今回は馬も無しだ。生身の人間が、魔法も無しにぴょんぴょんぴょんと、城壁をまっすぐ上へと走って上っていったらしい。報告者もかなり困惑していたな」
テオドル、そしてパニーラもどういう顔をしたものか、と困った様子だ。
パニーラは念を押す。
「それ、本当に魔法じゃねえんですよね」
「ああ、報告者は魔法使いだ。その兵は城壁の内に入り、中の兵を片っ端から殺して回り邪魔する者を全て排除したうえで、悠々と城門を開いたらしい。砦失墜の直接の原因だそうだ。私はこれを聞いて、お前たちの報告にあった四人の熊人と馬で城壁を走り越えた大女を思い出したが、お前らはどうだ?」
注意深く言葉を選ぶパニーラ。
「そりゃ今回の反乱に、カレリアが絡んでるって話ですか?」
「わからん。だが、もしカレリアにそんな化け物じみた真似のできる兵がいるというのなら、あのアンセルミ王がこのような雑な使い方をするとはとても思えん」
ここまで強力な切り札ならば、隠しておいてここ一番で用いるのが良い。
もし、札を表にして誇示したいというのであれば、逆に今回の反乱で使うのは誤りである。
何せ砦がいかに陥落したかはエルヴァスティ侯爵以外のイジョラ軍側には伝わっていないのだから。
砦は、その落ち方が尋常ならざるものであったため、逃げ切れた者はいなかったのだ。辛うじて砦から逃げられた者も、逃亡の途中で皆、農民たちに狩り殺された。
パニーラはふと疑問に思う。ならば何故エルヴァスティ侯爵は陥落の様子を知っているのか。その答えを自ら見つけた瞬間、パニーラの背筋に寒気が走った。
そんなもの、反乱軍側に人を入れている以外に理由なぞあるまい。すなわち、エルヴァスティ侯爵は反乱軍が蜂起する前に、反乱軍の中に人を入れることに成功していたのだ。それも、魔法の有無を確認できる魔法使いを潜入させたと。農民たちの中に、貴族である魔法使いを。
普通ならば一発でバレる。貴族がどんなに取り繕おうと、平民の中に混じって平民顔なぞできるはずがないのだ。そうできる稀有な人材を侯爵は抱えており、またそんな人物を要所である反乱軍に事前に潜入させていたと。
少し遅れてだが、テオドルもその異常さに気付いた。
二人は揃って、人外の化生でも見るような目で侯爵を見る。
「おい、そこの二人。えらく失礼なこと考えてそうな目でこちらを見るんじゃない」
いやいや、と手を振るテオドルとパニーラ。
「すっげぇって尊敬してるんすよ。さっすが四大貴族は伊達じゃねえなって」
「おっかねえってビビってるんっすよ。やっぱ四大貴族はハンパねえなって」
「……まあいいが。そしてここから先が我々の事情になる」
そう断ってから侯爵は語る。
つい先日、東部の反乱軍に対し、どう対処すべきかの話し合いが四大貴族の間でもたれたのだが、その席上で、高位貴族にしか理解できぬだろう複雑怪奇なやりとりの末、東部の反乱軍を攻めるのはエルヴァスティ侯爵が請け負うことになったのだ。
テオドルが思わず声に出す。
「はあ!? なんっすかそれ! アルト王子ん所がポカやったんでしょうが! なんでこっちに話が回ってくるんっすか!」
「その理由を説明してやってもいいが、お前たちでは絶対に理解できんぞ」
「うわー、大貴族サマの理屈に合わねえ謎力学ってなお近づきになりたくねー」
「とはいえ私も、東部反乱軍鎮圧の話を嬉々として受けたわけではない。なので、ほうっておく」
「は? いや、それ、いいんですかね」
「良いわけがない。だが、私ならばそれで通せる。東部の反乱を治めれば掛かるだろう費用に見合ったものが得られるだろうが、東部の反乱を放置した場合にアルト王子とヘイケラ公爵が被る損害の方がより大きいと私は見ているのでな」
「ははっ、ソイツは良いや。侯爵のそういう所、すっげぇ頼もしいっすね」
気分良さげなテオドルに、馬鹿めとパニーラが口を開く。
「そりゃつまり、反乱軍一味とみなされてるあの銀髪には手を出さねえってことだぞ」
「あ」
「あじゃねーだろ、しっかりしてくれ。それにな、侯爵。俺ぁ東部反乱軍を放置するのは反対だ。そういう意見、軍部から出なかったか?」
「む? ああ、確かに出たな。だが、同じ軍部からの反論ですぐに黙ってしまっていたが」
「馬鹿共が。あの砦から連中が討って出てきたら、北部でも中央でも好きな所荒らして回れるだろうが」
「そういった高度な判断を要する遊軍のような真似は、まともな将もいない連中には無理だろうと言っていたが」
「あの砦を一発で落としたんっすよ。そんな連中に将がいねえわきゃねえでしょうが。それにですね、俺たちだから知ってる話から考えると、アレの放置は最悪の手だ」
「……言ってみろ」
「もしかしたらあそこには本当に将はいないのかもしれない。だとしたら最悪なんですよ。将の不在を埋めちまうような兵がいるってことですからね。その砦を駆け上ったっつーのがそうだとしたら、つまりソイツは砦にいた全ての魔法使いの魔法を凌いだってことになります」
パニーラは常にないほど真剣な表情だ。この女は話が戦のことになるとこういった表情になる。
テオドルはパニーラのこの顔が、他のどの顔よりも好きだった。
「砦一つ分の魔法使い全てより勝るような兵っすよ。そんなもんが国内うろつきまわって反乱をけしかけてきたらどうなると思ってるんっすか」
パニーラの言いたいことはエルヴァスティ侯爵にも伝わった。各地の地方貴族、その一族の魔法使い全てを殺すなんて真似もできてしまうだろう戦力だ。もしその地域を治める魔法使い全てが殺されたなら、そこの農民の蜂起を止める術はなくなってしまう。
魔法使い以外に魔法使いを凌駕する個人戦力がある。それは、イジョラという国を根本から揺るがしかねないものであるのだ。
「それでも、そういうのは多数いるわけじゃあねえ。なら、砦をこっちから攻めてやりゃソイツも砦に張り付くことになる。ココにありったけの戦力叩き込んでその野郎ぶっ潰してやるのが最善っすよ」
パニーラもこれを聞くエルヴァスティ侯爵も極めて真面目な顔である。そんな中で、テオドルもまた真面目な顔になって話に割り込んでくる。
「なあ、それって銀髪はどーすんだ?」
すぐに怒鳴り返された。
「今その話はしてねーだろ! てめーはすっこんでろ!」
なんだよなんだよ、と拗ねた顔で口を尖らせるテオドル。小さく息を吐く侯爵。
「コウヴォラをがら空きにして全戦力を東部に差し向けろと?」
「五千だ。それで確実に勝てる」
「……つくづくお前は軍人なのだな。もう少し派閥間の利害のことも考えてくれ」
「んなこと言われてもよー。俺ぁずっと戦場にしかいなかったんだからしゃーねーっしょ。……俺はな、この農民反乱。すげぇヤバイって思ってるんだ。だって農民だぜ? 魔法使えないんだぜ? そんなのが反乱って意味わかんねえっしょ。それでも軍を起こして実際に砦ぶん捕っちまったんだ。なあ、その潜入してた魔法使いは言ってなかったか? この反乱を農民相手だとなめてかかったら絶対にマズイって」
侯爵は無言だ。
パニーラの言に聞くべきものがあるとはわかるのだが、だからと今ここで派閥の決定を下すわけにもいかない。
とりあえず保留ということにしておいて、侯爵は全くの別件を口した。
「そうだ、パニーラ、テオドル。お前たちは私に対してなら無理して敬語なぞ使わんでもいいぞ」
ほんとっすかー、と二人は無邪気に喜びを露にする。
侯爵は、お前らの敬語は聞いていて気持ち悪い、なんていう率直に過ぎる感想は口にはしなかった。
イジョラ四大貴族の一角、ヘイケラ公爵は自身の執務室にて間者の頭よりの報告を受けた。
エルヴァスティ侯爵陣営では、どうやらアルト王子に狼藉を働いた者の正体に心当たりがあるようだと。
そこから間者の頭は類推し、同日に起こった侯爵陣営にあるパニーラ・ストークマンの街中での大魔法使用を関連付けて考え、パニーラ・ストークマンとテオドル・シェルストレームがその日戦った相手の情報を仕入れることに成功した。
目撃者曰く、最初はフードで隠していたが、銀髪のとんでもない美人であったそうで。
さすがにどのように戦闘が決着したかまでは見ていなかったようだ。そこまで見ていたなら溶岩に巻き込まれて死んでいたので当たり前と言えば当たり前だが。
ただ、目撃者はその銀髪の女がテオドル・シェルストレームを蹴り飛ばし、壁までぶっ飛ばしたところは見ていた。とても信じられない、と彼は何度も言っていた。
公爵は間者の頭にその目撃証言の信ぴょう性を問うと、彼は難しい顔をした。
「嘘や誇張は言っていません。ただ、内容が……その……。テオドルを蹴り飛ばせる人物ならば、アルト王子の護衛を一蹴したのもわかりますが、そもそもそのテオドルを蹴り飛ばしたという前提が私にも俄かには信じ難く……申し訳ありませんが、判断はお任せするよりないと報告に上がった次第です」
しかもその後、パニーラは溶岩の魔法まで使っているというのに、敵は見事逃げおおせたらしい。捜索の網にそれらしき人物たちが引っ掛かっており、既にその位置も特定して戦力を差し向けた後だとのこと。
ヘイケラ公爵は納得いかなそうに問い返す。
「今一、敵の像がわからぬな。アルト王子を叩きのめしはしたものの殺しはせず。こちらからの捜査には簡単に引っ掛かる。そのうえ、アルト王子だけでなくパニーラとテオドルを同時に相手取っただと? 字面を並べるだけならば、こちらの戦力を誘い込む罠にすら見えてくるぞ」
間者の頭は申し訳なさそうに答える。
「何分、敵の目的が全く見えてこないので……アルト王子の方では過剰としか言いようの無い戦力を用意しているようで、たとえ罠であったとしても今頃は踏み潰されてお終いかと」
「まったく、相変わらずの小心者よな。具体的にはどれほど集めた?」
「鷲鼻騎士団五百、イゴレ派の魔法使いは十人ほど、そしてヒト人形工房からも十人ほど出しているようです」
「城でも攻める気かあの馬鹿は」
「イゴレ派からはかの『巨人使い』まで出張っているとか」
「……いや、パニーラとテオドルを一緒に相手取った敵だ。これで、良い、のか?」
「いえ、どう考えても過剰かと」
「であるなぁ。ふむ、あくまでこれは前哨戦で、この戦力を反乱軍対策に用いるつもり、といったところか」
「それは……なんとも。エルヴァスティ侯爵に本気で任せるつもりにも見えましたが」
「周りの者がやらせんよ。とはいえ侯爵にやらせるのは決定事項だ。にもかかわらずアルト王子が自領だからと奪還の兵を出すというのなら、侯爵にきちんと筋を通してからでなければならん、なあ」
人の悪いにやにや笑いを見せると、間者の頭もまた苦笑する。
「公爵様もお人が悪い」
「あの馬鹿にはヒト人形工房を持っていかれたのだ。この程度は許容してもらわねばな。カレリアの動向はどうだ?」
「不気味なほど何もありません。……弱音を吐かせていただけるのであれば、こちらに見落としがあるのでは、と思えるほどに」
「相変わらず忌々しい奴らよ。南方都市国家群に仕掛けるつもりというのは本当らしいな」
「そのうえでもこちらに手を出してきそうなので……」
「えいくそ、とりあえずカレリアよりの密輸商人から目を離すなよ。あれはアンセルミ王の仕掛けではない自然発生的なものであるからこそ、奴にも気配を消すなんて真似はそうそうできまい」
「はい。利益も大きいですし」
「本末転倒甚だし、だな。カレリアという国は、いったいどこから金が湧いて出ているのやら」
それさえわかればエルヴァスティ侯爵にこれ以上デカイ顔をされずにすむのに、と四大貴族の中でヘイケラ公爵が最も注意している人物の顔を思い出す。
平民の使い方がやたら上手くイジョラ最大の経済力を持つが、平民が増長するような優遇処置を平気で取るので、高位の貴族や王族に近しい者からはあまり好かれていない人間だ。
ヘイケラ公爵は、そういえば、と急に話題を変える。
「我が領内に湧いた不届き者はどうした?」
「三十弱ほど、見せしめに晒してあります。拷問担当官が相当気合いを入れたようで、とてもとても女子供に見せられるようなものではなくなっておりました」
「よしよし。平民とは学習できぬ愚か者であるからな。貴族と平民と、正しい在り方というものを定期的に見せてやらねばならん。どこかの税を搾り取ることだけが統治だと思っている間抜けでは、反乱が起こるのも無理からぬことであったのかもしれんな」
「……公爵様。私見を述べてもよろしいでしょうか」
「ん? どうした?」
「見せしめにも全く懲りていない奴が、西部にも潜んでいる気がしてなりません。我らの魔法をすら掻い潜る、そんな強固な意志がかの地で育っているのではと」
馬鹿な、と笑い飛ばそうとして言葉を止めるヘイケラ公爵。
間者の頭は真剣な表情を崩さず。公爵は不愉快そうに問う。
「根拠は?」
「拷問を受けた男の一人が、最後の最後まで、魔法に逆らえなかったうえでも決して屈しようとしませんでした。あの目は、魔法にすら抗しうる目に、私には見えました」
じっくりと時間をかけて考え込んだ後、侯爵は間者の頭に言った。
「よかろう。対策に必要な予算、人員を提出しろ。こちらで通しておいてやる」
「ありがとうございます」
今は色々なことが起こって手も金も足りない状況であるが、色々なことが起こっている時だからこそ、これ以上燃え広がらぬよう事前の対策に力を注ぐのだ。そういった判断のできるヘイケラ公爵は、彼もまた優れた嗅覚を持つ為政者なのであろう。
またこの指示により西部での反乱蜂起は、東部や北部とは比べ物にならない凄惨で壮絶なものとなっていく。
間者の頭が一礼して退室しようとした時、息せき切った大慌ての兵士が屋敷の入り口へと駆けこんできた。
その騒々しさは邸内にいてもわかるほどで。入口で喚いている兵士の叫び声が屋内にいるヘイケラ公爵と間者の頭にも聞こえてきた。
「一大事です! アルト王子の軍が四人の賊により返り討ちに遭いました!」
イェルケルは敵軍に従軍していた子供の兵を、諜報活動中に手に入れた情報にあった、ヒト人形であると考えていた。
イェルケルとヒト人形との遭遇は、アンセルミの妻であった人物が最初である。初めはその自爆すら辞さぬ献身と勇気に感心したものだったが、ヒト人形というイジョラの魔法が原因であると知るや、不快げに顔を歪ませていたものだ。
そして今戦ってみてよくわかった。これは、心底から、気に食わない魔法だと。
なので研究員を生かしておいたのは、これまで所在のわからなかったヒト人形工房の居場所を吐かせるためだ。
いつも通り、研究員を引きずっていくスティナに、イェルケルは声を掛ける。
「スティナ、いつも嫌なことばかりやらせてすまないな」
ちょっと驚いた顔のスティナだ。
「構いませんよ。こういうのは得意な人間がやるのが一番効率的ですから」
「そうか……悪いが頼む。イジョラにはきっと、こういうどうしようもなく気に入らない魔法が多数あるのだろうな。正直、気が滅入るよ」
「ふふっ、殿下はもっとはっきりとした清々しい敵が好きですからね」
「それ、私だけの話じゃないだろ」
笑いながら、そうですわね、と言ってこの場を去っていくスティナ。
イェルケルから見えなくなったところでスティナは、締まりのないにへら顔になり、先程聞いた言葉を反芻しては更に腑抜けた顔になって跳ねるような足取りに。
『もー、殿下ってば、そんなこと気にしなくてもいいのに』
気にしてもらって嬉しいのにそんなことを考えるスティナさん。イェルケルの顔は、本気でスティナを気遣っている顔だった。
あれはスティナが、この尋問という行為を全く好んでいないと知っているからそうできると、スティナには思えた。
スティナは少なくとも自分では、他人が傷ついたり他人が苦しんだりといったものを見るのは好きではないと思っている。
どうせ見るのなら、楽しい顔や嬉しい顔がいいに決まっている。ただスティナは、嫌なものを我慢することに慣れている。自分の感情を殺して、或いは誤魔化して、為すべきことを為すことに慣れているのだ。
そのうえ、上手いこと自分の内にため込みすぎないようにもできる器用な人間だ。だから何処何処までキツイことを積み上げても崩れない。スティナ・アルムグレーンのやることはその全てが自分一人で完結できており、他者を頼る必要性がないのだ。
そういった強力な自己を確立すべく努力した結果こうなったスティナだが、それはそれとしてきちんと気遣ってもらえれば当たり前に嬉しいのだ。
嬉しければ顔にも出るし、足取りも軽やかになる。
ただ、そんなザマでありながら、引きずっている研究員に対する注意は全く怠っていなかったりするところは、まるで可愛げがないと言われても仕方あるまいて。
研究員より快く遺言を頂いた殿下商会一行は、目的地であるヒト人形工房を目指す。
研究員の証言から、ヒト人形工房の実態を知った四人の表情は暗い。というより、怖い。
現場に着く前から四人共が必殺顔をしている。
殿下商会の四人は、敵であれば相手が子供であろうと斬ることができる。だが、だからと子供をそうやってけしかけてくる相手に無感情でいられるかといえばそんなことは全くないのであった。
アルト王子の陣営の中心人物たちが、急遽集まって対策会議が開かれた。
議題はもちろん、殿下商会を名乗るたった四人の賊共に、アルト王子が派遣した軍が敗北したことだ。
地方のそれとはいえアルト王子は預かった騎士団を一つ丸々潰してしまっており、しかもイゴレ派の優れた魔法使いたちを十人も失ってしまっていた。
この場合、損害の責任はこの軍の総責任者であるアルト王子が負うこととなる。
たった四人がここまでやるなどと予想できた者なぞ一人もいないだろうが、それでも、起こった出来事に対し責任は発生し、その責任を果たさなければならない立場の人間はいるのだ。
事実確認は何度も何度も行われている。そしてその全てが、殿下商会という四人の戦士に、五百の兵と魔法使い十人、ヒト人形工房の暗殺者十人が撃破されたと言っている。
集まった人間の半数は、この事実を受け入れられず報告に文句を言い続けているので、残った半数での話し合いとなる。
もちろん、その人間力的に誰もが予想したことだが、アルト王子は事実を受け入れられない側であった。
この連日にわたる会議は、今回の事件なぞ比べ物にならない大問題となる次なる事件が起こるまで、結論も出ぬまま続くこととなる。




