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162.開戦の狼煙(完結編)


 イゴレ派の魔法使いたちは、集まっていた農民たちに自分たちの前に来るよう命じる。

 魔法によってそうされてしまえば彼らには抗する術はない。そして、魔法を唱える。

 魔法使い一人につき一体。農民の筋肉が隆起し、身体そのものも大きくなっていく。魔法によって人の身体を作り替え、戦士として戦わせる。こうして作られた戦士を魔法戦士と呼ぶ。

 魔法戦士は一般的に使い捨てである。戦に用い、仮に生き残れたとしても魔法で身体を急激に変化させた代償により、被験者は死に至る。

 そんなものになりたい人間なぞいないが、魔法で強制すれば逆らえない。イジョラの魔法使いにとって平民とは賢い獣程度の認識でしかなく、これを犠牲にするのにそれほど抵抗など感じないのだ。

 人間離れした筋力を手にした魔法戦士たちは、魔法使いの命により殿下商会の四人へと襲い掛かっていく。

 幾人かは魔法戦士を襲わせるのと同時に、自らも攻撃用射撃魔法を撃ち出す。

 だが殿下商会の四人は、イジョラ魔法兵団という魔法兵の精鋭たちの魔法を見てきたのだ。片手間に放たれる魔法なぞ、ただ高速で走るだけでかわしてみせる。

 そして真っ先に接敵したのは九体の魔法戦士である。

 速さと力が野の獣をすら凌駕し、その思考力は人間のそれだ。

 勢いよく大振りで挑む魔法戦士に対し、これを易々と避けるスティナのとんでもない身の軽さを見た他の魔法戦士は、攻撃を小さく細かく正確に行なうように切り替える。

 体躯も小さく、素早さも高いレアに対し、魔法戦士は複数人が協力し合って同時に仕掛け、相手に避ける空間を与えぬようにする。

 魔法戦士の大剣を真っ向から受け止め、逆に押し返すアイリに対しては、負けるなと押される魔法戦士の後ろから共に押し返しにかかる。

 イェルケルは後方にてまずは様子見である。


「んー、魔法戦士ってやつか。前にも見たけど、多分、この魔法……」


 イェルケルが言うまでもなく、三騎士が行動にて見せつける。

 九人の魔法戦士全員が、一瞬で三騎士に斬り倒されてしまったのだ。

 イェルケルは気の毒そうな顔をした。


「ああいう、中途半端に腕が立つ精鋭って、私たちとはとことん相性悪いんだよな」


 ある一定以上の戦闘力がある相手でもなければ、イェルケルたち殿下商会にとって新兵も熟練兵も処理にかかる時間は大して変わりはしないのだ。

 確かに魔法戦士の膂力も速度も一定以上の戦闘力のある相手と同等、もしくはそれ以上であるが、あまりに技術が無さすぎる。ただ力がある、ただ速いというだけでは殿下商会には通用しない。

 ただイジョラ側にとって幸運だったのは、魔法戦士が突入するのに合わせて残る兵士たちも一気に殿下商会へと突っ込んできていたことだ。

 魔法戦士があっという間にやられたが、兵士たちの壁により後方の魔法使いたちまですぐには来られなかった。この間に、魔法使いたちは新たな魔法戦士を作成する。

 多数の兵が一気に押し掛けてくる。だが、殿下商会側にはやれることなど一つしかない。背水ならぬ背火の陣とでもいうべきか、後退なぞはありえないのだから、前に出るしかない。

 敵も本命が動き始めた。そしてもう一つ、子供兵たちはどうやら序盤から動くつもりはないようなので、それならそれでさっさとこちらを片付けるまで、とイェルケルも参戦する。

 数百を相手にしての乱戦。

 これにも随分と慣れたイェルケルはもう、槍を並べ、剣を揃え、横並びに勇ましく突っ込んでくる兵士たちの顔を見ても、それほど怖いとは思わなくなっていた。




「出でよ! 超級魔人! イゴレフィレスター!」


 どこかで聞いたことあるようなないような名前を叫び、巨人使いが魔法を唱えると特別に用意されていた男の身体が勢いよく膨張していく。

 背丈はぐんぐんと伸びていき、体重の増加に合わせ足元の土が僅かずつめり込んでいく。背が伸びるだけではなく、肉付きもよくなり、つまり、明らかに体積が増している。

 外側が膨らんでいるだけではなく中身も増えている証は足元にあり、その凶悪なまでの不自然さは見る者にひどい不快感を与えるものだ。

 現に見慣れていない農民たちはその威容に怖れ慄くだけではなく、気味の悪さに吐き気を覚える者もいるほどだ。

 三騎士が恐るべき手練れであるとその大暴れを見て理解した巨人使いであるが、自らの魔法戦士であるイゴレフィレスターの敗北なぞ考えもしない。

 イゴレ派の中でもとびきりの巨体を作り出せるからこその巨人使いの異名であるのだ。

 仕上がった魔法戦士の隣でこれを見上げる巨人使いの、頭のてっぺんが巨人の腰にも届かないほどだ。

 一気に仕掛けるつもりの巨人使いを見て、後方にて研究員と共に待機していたフードを被った子供兵が主に問う。


「我々は行かないので?」

「だ、駄目だ駄目だ。アイツらはお前達を殺せるかもしれないんだろう? こんな所でこれ以上ヒト人形を失えるものか。ああ……所長に怒られる……何が圧倒的戦力だ。これだから王子だのなんだのといった連中とは絡みたくないんだ。敵が強いなら強いと最初に言ってくれればこちらも相応に対応したものを、どうせ下らない見栄だかのせいでこんなことに……」


 ぶつぶつと愚痴り続ける研究員に、子供兵は無言のまま側に立ち続ける。

 その視線のずっと先に、子供兵の方を見ている兵士の姿を見つける。彼は、先程この子供兵が共にいた五百人の兵の隊長である。

 子供兵には、彼の視線が何を言っているのか何故かわかった気がした。なので子供兵はゆっくりと首を横に振ってやる。

 視線の先の隊長は表情を僅かに歪めながら振り返り、そして二度と子供兵の方を見ることはなかった。

 子供兵には振り返る直前に隊長がぼやくように、仕方ねえなあ、と言っていたと、何故か思えてならないのであった。




 イェルケルは、久しぶりに血肉の通った敵と戦をしている、と思った。

 魔法戦士はともかく、それ以外の兵はこれまで出会ったイジョラ兵のような不自然極まりない反応をしてこない、イェルケルにも理解できる動きと反応をする敵であった。

 そして、そうした敵は当たり前に殺しにくいものだ。


『うん、きちんと戦意が確保できるんなら、こっちの方が全然強い。当たり前のことを当たり前にできないからなぁ、魔法で支配してると』


 こちらが勝てない相手であると認識した兵たちは、当然こちらの攻撃の当たらない場所から攻撃しようとし続けるものだ。そしてまとめて殺されぬよう大きく散開しようともする。

 彼らにとっては死にたくないという思いの表れであろうが、攻めるこちらからすれば一人殺すにもあっちこっちと移動しなくてはいけないため、一人当たりの殺害時間が長くなり、結果としてより苦戦を強いられるという形になる。

 工夫して、考えて、殺されないようにと努力し続ける兵は、練度の多寡によらず殺すのが面倒なものなのである。

 何があろうと絶対に逃げない兵、というものの強さと価値も理解できるが、人形度の高い存在はやはり、真に恐るべき敵たりえぬのである。

 こちらへと向かってくる巨人を見ながら、イェルケルはそんなことを考えていた。

 最初のやりとりから、イェルケルこそがこの集団の長であると見たのだろう。巨人使いの放った巨大な魔法戦士は一直線にイェルケルへと突っ込んできていた。

 そして常のイジョラ兵ならばこの時の反応が遅れるものだが、ここの兵士たちはもうイジョラで戦い慣れているのか、ヤバイ魔法が使われるや、戦の最中とはとても思えぬ驚くほどの速さで避難を始めた。

 魔法使いは兵士たちがいようと魔法の使用を躊躇しないとよく知っているのだろう。自分の身は自分で守るしかないときちんとわかっている兵はやはり反応が速い。

 ある意味敵以上に味方であるはずの背後を警戒しなければならないイジョラ兵の悲哀はさておき、イェルケルは迫りくる巨人を相手しなければならない。

 両腕を振り、足を振り上げながら走ってくる巨人。ただそれだけで、とんでもなく恐ろしい光景となる。それが、大きいということだ。

 そして意外に速い。筋量が異常発達しているせいか、巨体のくせに動きが俊敏で、きびきびとした所作をしている。

 イェルケルはその動きに、魔法や筋肉のみならぬ、鍛錬の跡を見出す。

 そして巨人となった男の迷い無き目だ。己が死をすら飲み込んでいる決意と覚悟の定まった強い目は、イェルケルにこれがただの操り人形ではないと教えてくれる。

 既に五人斬っていた剣を、イェルケルは投げ捨てる。


「面白い! 相手になってやる! 行くぞ!」


 素手で拳を握り、半身になって構えるイェルケル。

 そして、こちらへと突進してくる巨人目掛けて、イェルケルもまた走り出した。

 互いの距離が一気に詰まる。それでも、巨人はもちろんイェルケルも全く速度を落とさない。

 お互いの身長差のせいか、巨人は走り込みながら小刻みに歩幅を整えつつ足を振り上げ、一切加減のない蹴りを放つ。

 この動きもまたキレのあるもので、巨人の大きさからは考えられぬほど速く、そして鋭い。

 対するイェルケル。

 こちらもまた身長差から、敵の急所を狙うことができない。いや、突っ込んだ時よりイェルケルは急所を狙うつもりはなかったようだ。

 なんの迷いもなく駆け寄りざま腕を振りかぶり、イェルケル目掛けて飛んでくる馬鹿みたいにでかい足の甲目掛けて拳を突き出した。

 ゴギン、といういったい何と何をぶつけたのか音からは全く想像もつかない大きな音が轟いた。

 イェルケルは身体の右半分に引きずられるように後方へと跳ね飛んだ。

 巨人はその場でつんのめるような形になり、必死に体勢を整えようと足を出し、着地。しかし、着いた足に力が入らぬかのようにふにゃりと膝が折れ、そのまま土煙を上げ転倒した。

 大地を勢いよく転がっていくイェルケルは、足を大きく開いてこの勢いを殺しすぐに立ち上がる。

 同時に殴りつけた右腕を何度も振る。顔をゆがめとても痛そうに。


「いった~。さすがにこれは無理があったか、あー痛い。腕取れるかと思ったぞ」


 腕をさすりながらそう言うイェルケルであったが、その後はもう特に腕を気にした様子はない。

 そして倒れた巨人の方はというと殴りつけられた足の甲に大きな異常を抱えているようで、何度か地面を足で踏みつけ痛みに慣れさせようとしている。

 イェルケルを見下ろす巨人の目に、驚きと敬意と、闘志の輝きが見える。

 とても痛かったのでもうやらない、と思っていたイェルケルだが、こんな目で見られては衝動を抑えきれなくなる。


「ま、こういう敵と戦えるのもそうそうあることじゃないし。いいさ、やってやる」


 イェルケルが構えると、巨人は怪我した足を庇うそぶりを見せぬままに大きく踏み出し、腰を曲げ低い位置をすくうように平手打ちを放つ。

 巨人の身体で小さな人間を狙うことに慣れている動きだ。

 対するイェルケル、今度は受け止める姿勢を意識した形だ。両足を前後に大きく開き、両手を開いて前方へと突き出す。

 掬い上げるような巨人の動きに対し、イェルケルは下から突き上げる。今度は重心も低く、大地による支えもあるイェルケルが巨人に勝る。

 巨人の腕は大きく斜め上方へと弾かれる。

 歯を食いしばった巨人は、弾かれた手を逆の手で掴み、両手を握って槌のようにこれをイェルケルの真上より振り下ろす。


「おうっ! 何度でも来い!」


 先と同じ形で、イェルケルは大地を支えに両手の平を前に突き出し、頭上より縦に降ってきた攻城槌のような両手を弾き上げる。

 二度目の拳槌は巨人が身体を大きく傾けながら、そのまま倒れ込むようにして全体重を乗せた攻撃。


「むっ! だっ! だあああああああ!!」


 ただ歩くだけで固く踏みしだかれた大地が沈み込むような質量を、イェルケルは真っ向より迎え撃ち、再び頭上目掛けてはじき返す。

 が、さすがに上には飛ばず、横に回転しながら巨人は吹っ飛んでいった。

 大地に転がった巨人であるが、巨体に似合わぬ素早い動きで立ち上がる。そういった細かな動きの一つ一つが、訓練を積み重ねてきた戦士のものであるとイェルケルに教えてくれる。

 或いは、イェルケルも同じ大きさになって勝負してやりたかった、とも思う。巨人からしてみれば、イェルケルのような小さすぎる相手とやるのは難しかろう。

 だが、そんな同情も巨人にとっては余計なお世話であるだろう。巨人は今の自分に出来得る最高の能力にてイェルケルと相対しているのだ。

 イェルケルの拳を受けた右の足は大きくはれ上がってしまっているが、そんな足を限界まで踏ん張り、巨人は深く低くに沈みこんだ後、大きく空へと飛び上がった。

 この巨体が跳ぶか、とイェルケルも驚きを隠せず。巨人が飛び上がったのはもちろん、その勢いでイェルケルを踏み潰すつもりである。


「いいだろう! 迎え撃って……」


 大地を蹴った時の音はそれはもう投石器で投げた岩が降ってきたような音で、大気を押しのけ飛ぶその威容は山がそのまま飛び掛かってきたかのようで。


「すまん! やっぱこれは無理っ!」


 大慌てで真横に飛びのく。もちろん敵の巨体から逃れきるのは容易ではない。イェルケルが一歩で飛びのく距離なら巨人は空中にあっても足を伸ばして届く距離であるのだ。

 なので更にもう一歩、滑り込むようにして横に飛ぶと、巨人の足裏が大地に叩きつけられる。

 着地直後、体勢を崩したイェルケルに巨人が追撃を行なえなかったのは、右足の甲に受けた傷の痛みのせいであった。

 起き上がって距離を取ったイェルケルは巨人を見る。巨人を見るというのは、巨人の顔を見るということで、それは大きく上を見上げる行為だ。

 距離が近すぎると一目で巨人の全身を見ることができない。これはとても不利なことであり、同身長の相手と戦うよりイェルケルの反応が遅れるのはこのせいでもある。巨体にも有利な点と不利な点双方があるのだ。

 巨人は怒っていた。

 それはイェルケルが避けたからなんて話ではない。傷の痛み如きで、一瞬とはいえ動きを止めてしまった自らの覚悟の甘さに憤怒しているのだ。

 巨人は怪我をしている右足を前に、半身になって構える。姿勢は高くしかし重心は低い。これは構えからしてはっきりとわかる。巨人は蹴るつもりなのだ。

 足一本、くれてやるから貴様の命を寄越せと、彼は言っているのだ。

 にやりと笑い、イェルケルは言った。


「いいぞ、やってみろ」


 巨人は前へと踏み出し、下段の回し蹴りを放ってきた。

 巨人が人間を狙う回し蹴りは、地面をこするような蹴りだ。これを姿勢の揺れ一つなく綺麗に打ってくるのは、相応にこの訓練を行なっていたのであろう。

 相手との身長差を理解し、優れた敵とぶつかった時のために積み上げてきたのだろう。

 イェルケルは聞いている。魔法戦士は一度きりだと。一度魔法で力を大きく増したのならば、程なく身体が自壊し死に至ると。そのただ一度の戦のために、この巨人は備え続けてきたのだろう。


『そういうのは、嫌いじゃない』


 イェルケルもまた全力でこれを迎え撃つ。両手の平を前に出すのは、拳では骨が直接ぶつかり痛めてしまうし、より重く衝撃を余すところなく伝えるにはこちらの方が良いのだ。

 強烈な一撃であったが、イェルケルはほんの僅かに後ろにズレるだけでこれをはじき返す。

 だが巨人は止まらない。踏み潰すような前蹴りを、こん棒のような振り回す回し蹴りを、イェルケルに弾かれる勢いを引き足に用いて何度も何度も蹴ってくるのだ。

 衝撃の瞬間、イェルケルは全身の骨格を繋げ体中の骨と筋肉とでこの衝撃を支えている。これを失敗すれば、巨人の蹴りを防ぐことはできなくなろう。それに、回数を重ねるにつれイェルケルの全身にも衝撃による圧力が重なっていっている。

 余裕をもって全弾を弾いてみせているイェルケルにも、見た目ほど余裕はないのだ。

 だがもう既に巨人の足は足首より先全てが紫色に変色しきっているというのに、一切足を止めぬ巨人の根性を見せられれば、イェルケルにも泣き言をほざく気などない。

 どちらかが潰れるまで徹底的にやりあってやるという両者の不退転の決意は、お互いにも伝わっている。

 だからこそ、痛くても苦しくてもやめられないのだ。覚悟を決めようと、意地を張ろうとも、痛いものは痛いし苦しいものは苦しい。それでも引かぬ理由を自ら内に積み上げ、刻一刻と増してゆく苦痛に抗い続けるのだ。

 数十発に及ぶ蹴りと掌打の打ち合いだったが、決着がつくのは一瞬であった。

 イェルケルの掌打により弾かれた足。巨人はその弾かれた方向が偶々自身が足を引こうとしていた方向と大きくズレてしまい、しかもその二つの方向が変なズレ方をしたせいで蹴りに用いていた足が大地についてしまったのだ。

 それまで重心のほとんどを後ろの軸足に乗せ、前に出した足は叩き付ける武器としてしか用いていなかったのだが、不意に足が大地についたため、そちらに荷重を移動してしまう。

 しまった、そんな顔をする巨人であったが、蹴りの嵐が止まったこの瞬間をイェルケルは見逃さず。

 踏み出し、飛び上がりながらの上段蹴りを放つ。

 踏ん張りきれなかった巨人の右足の膝を、真横から蹴り飛ばしたイェルケルの蹴りにより、巨人は更に重心を崩す。右足には荷重を乗せられない。巨人は右手を大地について身体を支える。

 イェルケルはこれで崩すつもりであったので、当然その後の狙いに向かって既に動いている。

 残る左腕で巨人はイェルケルを薙ぎ払う。完全に体勢が崩れ、敗北必至のその状況でも、巨人は決して戦うことは諦めない。

 この低く振るわれた腕を、イェルケルは一跳躍にて完全に飛び越えてしまった。巨人は顔を傾けこれを避けようとするのも間に合わず。

 イェルケルの蹴りが巨人の顎を蹴り飛ばした。

 イェルケルであっても、この巨人を素手で殺すには急所を狙う他ない。だが巨人の急所はそのまま巨人が立っていてはイェルケルには届かぬ場所にある。

 だからと不用意に飛び上がったり、他の巨人にはできるだろう、巨人自身の身体を蹴って飛び上がるなんて真似をすれば、この巨人は即座に対応してくるだろう。

 だからこうして、巨人の上体を低くさせる必要があった。

 そうなったら終わり、と巨人も気付いてはいたのだろう。そんな巨人の読み通り、一度目の好機にイェルケルは確実にこれを仕留める。

 顎を蹴り飛ばされた巨人の顔が、勢いよくぐりんと回転する。同時にごきりと音がして、それは決着の音で良いだろうと思えた。

 直後、イェルケルは真横から振るわれた腕に薙ぎ払われ、大きく後方へと吹っ飛ばされる。


『不覚っ!』


 コイツはただの巨人ではない。魔法戦士なのだ。或いはこういうこともあると予想してしかるべきであった。

 大地を転がされるも、殴られた衝撃で視界が揺れてしまっていて、止まることができない。

 自然に止まるまで転がって、頭を振りながら立ち上がるイェルケル。


「……やって、くれたなっ」


 もらった分きっちりやり返してやる、と巨人に目を向けると、巨人は口から泡を吹いて倒れていた。

 どうやらこの巨人も、口から息をして生命を維持していたようで。イェルケルは最後の足掻きにやられたというわけだ。


「まったく、私もまだまだ修業が足りないな」


 どうにか倒した、とイェルケルは周辺の戦闘を見る。

 イェルケルの周辺は巨人が大暴れしていたこともあり、他の敵がくることはなかったが、それ以外のところはかなり派手な乱戦になっている模様。

 というか三騎士が派手に殺して回っている。

 そしてイェルケルが巨人を倒してしまったのを見て、敵魔法使いたちは皆大いに驚き、そして、現状をようやく認識する。自分たちが、後少しで殺される立場にあると。

 一人の魔法使いが叫んだ。


「おいっ! これは出し惜しみをしている場合ではないぞ! 来月の小遣い抜きになるだろうが俺も覚悟を決める!」


 巨人使いを除く残る九人の魔法使いは、それぞれが用意していた専用の戦士を呼び出す。

 魔法戦士を作る魔法というのは、基本的に使い捨てである。魔法を使う都度新しい素材を用意しなければならない。だが、優れた素材には金がかかるもので。

 巨人使いなどは裕福な家であるため、初手から最強の手札を惜しみなく使っていけるが、他の魔法使いはそうはいかないのだ。

 だが、自らの生死が掛かっているとなれば彼らも札を惜しんだりはしない。自らの最強の魔法を行使するのだ。


「出でよ! 超魔大戦! イゴレマイスター!」

「来い! 超絶美技! イゴレオイソンズ!」

「行くぞ! 超魔破雷迅愚! イゴレライアー!」

「決めるぜ! 超無理筋通! イゴレアン!」

「これぞ超屈曲現象! イゴレアリナルフォラスカイ!」

「今こそ! 超華美極! イゴレマールミリン!」

「ははは! どいつもこいつも名付けが甘い甘い! 聞けい! これこそが極致! 超久利絶勝彼方行! イゴレンディアスティターノン!」

「なげーよ。てか俺もこの流れに乗らなきゃ駄目か? たまんねえな……はいはい、イゴレ十三号ですよっと」

「どうしてこう、ウチの流派の連中はこういうの好きかね……イゴレイゴレっと」


 最後二人はかなり雑であったが、魔法によって九体の巨人が立ち並ぶ様は圧巻の光景だ。

 さすがに巨人使いのそれよりも小さくはあるが、それぞれ優れた魔法使いが切り札としているもので、どれもこれも堂々たる体躯をしていた。

 そして三騎士を遠巻きに取り囲んでなんとか射殺そうとしつつもあっという間に距離を詰められては殺され逃げるを繰り返していた兵士たちは全員、後ろも見ずに逃げ出した。村人たちが逃げ出したのもちょうどこれを見た直後である。

 イェルケルは、再びあの勇猛な男と同等の戦士が出てくるかと心構えを整える。

 だが、あの戦士、イゴレフィレスターは特別であったらしく、九体の巨人も瞬く間にイェルケルと三騎士によって斬り殺されてしまった。

 スティナ、アイリ、レアの三人はとても不機嫌そうにイェルケルに言った。


「殿下とやった奴。すっごい面白そうでしたわね」

「運不運という奴でしょうが、どうせなら私も殿下のところに行った奴とやりたかったものです」

「でんかまたずるいー。ずーるい、ずーるいー、でんかーはせこくてー、ぼーりょくおーぞくでー、あくとーでげどーですてぃなだー」

「そこまで言われるほどか!?」

「だからなんでいつも私にまで飛んでくるのよ……」


 そんな馬鹿げた話をしながら、巨人九体を葬った後すぐに九人の魔法使いをも屠る。

 ちなみに巨人使いはというと、彼は自分の巨人が倒された後、みんなが必殺の魔法を行使するのを尻目にこっそりと逃げ出していた。

 彼は随分と戦場慣れしているようで、どうしようもない危機を察知したなら即座に貴重な魔法使いの保全に走るべし、というイジョラでは常識とされる軍の教えに忠実に従ったのだ。

 他の九人を囮にするところなぞ、正に歴戦の名に相応しい動きであろうて。余人からその動きを褒められるかどうかはさておき。

 そして危機感に欠け現状認識能力が足りていなかったのは九人の魔法使いだけではない。子供兵を引き連れてきた研究員もまた、ぼけーっと九体の巨人が倒されるまで何をするでもなく戦場を見ていた。

 そして九体が倒された後、これはマズイのではと思ったがもう遅い。

 ずっと前から子供兵が戦闘参加や撤退を申し出ていたのだが、研究員はイジョラ軍が負けるなどとは欠片も思っていなかったのである。

 山中より生きて戻った数人の子供兵が研究員を守ろうと動くが、既に兵士たちも逃げており巨人もいない、魔法使いの援護も無いではどうしようもない。

 いや、一応研究員も魔法を使ってはいた。狙いをまともに付けることもできず、明後日の方角に魔法を放っていたが。

 見るからにへっぽこ魔法使いであったが、放った魔法の威力は軽視できるものではなく、そもそも魔法使いに自由に魔法を使わせ続けるというのは殿下商会の人間にとってもそれなりの危険が伴う行為だ。

 アイリが一瞬躊躇した間にスティナが全ての子供兵を斬り倒し、研究員の首は、イェルケルの待ての声に応える。危険ではあるが捕獲の価値があるとイェルケルが判断したのなら、スティナもこれに従うのだ。


 戦場には、いつものように無数の遺体が転がる。

 これを照らし出すは、山へと伸びる炎の壁だ。熱波も熱気もまるで衰える様子はなく、水気の強いはずの木々をすら焼き尽くし、山全体へと這い進んでいる。

 炎の先を見上げながら、イェルケルは笑う。


「随分と派手な狼煙が上がったものだな。さて、私たちもこの炎に負けないぐらいの働きができればいいんだが」


 これを聞いた三騎士は、特に言葉に出して何かを言ったりはしなかったが、三人共がこんな炎程度で済ませるつもりはない、という顔をしていた。


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