161.開戦の狼煙(後編)
イゴレ派の協力を得られたアルト王子は、早速出兵可能なイゴレ派の魔法使いの名を確認する。
総勢十名。幾人かはアルト王子の耳にも入ったことのある名の知れた魔法使いで、イゴレ派が今回の件にかなり力を入れていることがわかる。
またその中にあった名前の一つを見て、アルト王子は驚きの声を上げる。
「おい、これを見てみろ。あの『巨人使い』まで来るとあるぞ。くそう、時間さえあれば私も見に行くのに」
アルト王子の従弟は感心したように答える。
「さすがに礼を弁えておりますな、イゴレ派は。これがウイモネン派ではこうはいきますまい」
「実戦で強いのは確かなのだがな。あの勝てさえすればなんでもよいというのは、戦士としてはさておき、貴族たる魔法使いに相応しいとは思えん。だからこそ、あれ以上流派は広まらぬのだと何故理解できぬのか。人に好かれぬというのは、それだけで大いなる損失であるとどうして気付けぬものか」
他人に好かれていないのはお前もだ、なんて言葉を吐くほど正直でもないので、従弟は沈黙を守る。
外面を良く見せようとはするので、あまり接点のない相手にはそこそこ高評価なアルト王子であるが、付き合いが長くなればなるほどその中身が透けて見えてきて、もしくは本来の性根であるところの小心で酷薄なところをぶつけられ、見方を改めるのだ。
とはいえ、かのイジョラの魔王の息子であり、かつイジョラ四大貴族の中心にある血筋を引いており、権威という意味ではイジョラでもこれに匹敵する者は五人といない。
それに外面が良いというのは、アルト王子ほどの立場になるとかなり重要な要素となる。通常、王子なんて立場の者がどんな人物なのかなんて直接見聞きする機会はないのだから、後は伝聞のみが頼りとなる。この伝聞を良きものにしようと努力するのは、最も少ない労力で多数の高評価を得ることのできる最善の努力であろう。
そしてまた、その伝聞高評価に惹かれてやったきた者が一人。
アルト王子の屋敷を訪れたのは、まだ二十代前半に見える若き貴族であった。
「お久しぶりですアルト王子! 王家危急との報せを受け! 我が鷲鼻騎士団を率い参上いたしました!」
鷲鼻騎士団は、かつて鷲鼻と呼ばれた有名な魔法使いが率いた騎士団で、今は鷲鼻の孫がこれを受け継いだとアルト王子は聞いていた。
以前鷲鼻とは共に従軍したことがあり交友もあったのだが、まさかその孫がこうして駆けつけてくれるのはアルト王子も考えていなかった。孫とは一度会っただけだというのに、彼は騎士団五百を率いて駆けつけてくれたのだ。
予想だにせぬ出来事が当人にとって良い内容であった時、人は大きな感動を覚える。
アルト王子はもう感激のあまり涙ぐんだ顔で彼の手を取る。
「おおっ! 鷲鼻殿の孫か! よくぞ! よくぞ来てくれた! 以前見た時とは比べ物にならぬ勇ましき姿に成長したものよ! 是非とも頼りにさせてもらおうぞ!」
孫は東部農村地帯失墜を聞いて来たようだが、アルト王子が暴漢に襲われた話を聞くと我が事のように憤慨し、この狼藉者への攻撃を承知する。
とはいえ、そちらは犯罪者の捕縛といった任務であり、孫がわざわざ付き合うほどでもなく。アルト王子はこの快き人物をコウヴォラの他貴族たちに紹介してやろうと声を掛ける。
地方での活動が主であった彼はこの招きを大いに喜び、騎士団は配下に任せて自身はコウヴォラでの貴族同士の繋がりを作るべく夜会に参加することに。
それを配下の者が止めなかったのは、彼が信任を得ている、という話ではなく、居ない方が仕事は上手くいくからであった。年若い彼が、歴戦の祖父が率いた軍をどうこうするには、まだまだ経験も何もかもが足りていなかったのだ。
通常、イジョラの軍には絶対に一人は魔法使いがいる。これは魔法で兵士を支配していないとすぐに兵が逃げるせいであるが、少なくともこの鷲鼻騎士団に関してはその心配はいらぬようで。
魔法を使えぬ平民の隊長が孫に代わって全てを仕切っても、配下の兵士は命令に従い命を懸けて戦ってくれるのだ。
孫が部隊に指示を出すべく退出した後、アルト王子はこれでもかと胸を反らしながら鼻を鳴らす。
「いやいやいや、まいった。王家の威光、人徳、人望が溢れすぎて困るなぞと考えたこともなかったわ。なあ、この調子ではイジョラ中の兵が私のもとに集まってしまうのではないのか?」
ものっすごい上機嫌のアルト王子。あまりに戯言すぎて従弟は言葉もないので、そのまんま黙っていることに。
特に返事が欲しかったわけでもないのかアルト王子は続ける。
「やはり人間、窮地の時こそその価値が試されるものであるな。まったくまったく、私の価値とはいったいどれほどであるのか、私自身にも想像もできぬわ。はっはっはっはっは」
やっぱり従弟殿は面倒なのでつっこんでやることはしなかったのである。
レアは自分の持ち場に来た子供兵を全て殺すと、状況把握のために他の者の持ち場に向かう。
一番近くにいるのはアイリだ。
木々の間を縫うように駆けるレア。胸の内は先程の気分の悪い戦闘のせいで、もやもやとしたままで。
程なくしてアイリを見つける。山中だというのにあっという間に目標を見つけ出せるのは、そもそもの移動速度が異常に速いことと、この山の大まかな地図が頭に入っていることが原因であろう。待ち構えるとなればそうした準備も整えておくのだ。
アイリはちょうど敵と戦っている最中であった。
すぐに気配を殺し、アイリの援護に動こうとしたレアであったが、戦うアイリの表情を見て動きを止める。
『え? 何あれ? アイリ、何してんの?』
アイリは森の中で木々が途切れた小さな広場になっている場所に立っている。笑顔のままで。
「はっはっは! 馬鹿者! そんな見え見えの罠を仕掛ける者がおるか!」
木を蹴って飛び込んできた子供兵に対し、アイリはそう言って剣を横薙ぎに振るう。子供兵はぎりぎりでその剣先から逃れ、真横に転がってこれを避ける。
転がる子供兵を守るようにして残る二人の子供兵がアイリの左右より仕掛けるが、これはレアにもわかる。あくまで牽制程度でしかなく踏み込んでくる動きではない。ならば倒れる子供兵へのトドメは間に合う。
だがアイリはそうせず、左右よりの子供兵の動きに合わせて後退してやった。
アイリは笑いながら語り掛ける。
「いいかげん腹をくくらんか。そのような遠間からの仕掛けでは私は崩せぬぞ」
だが、子供兵三人はアイリの言葉を聞くつもりもないようで、三人が好き勝手に木々の間を走り始める。
これは陽動だ。誰がどこにいるかを見えなくさせるような動きで、三者がバラバラに動いていながら、攻撃の瞬間のみを合わせての同時攻撃。
そこまでレアにも読めるのだから、これまでずっと戦っていたアイリにもわかっているだろう。だが、その連携を崩すために飛び込むようなことはせず、アイリは開けた場所から動かぬまま、にやにや笑いで待ち構える。
『来るっ』
レアが読んだ通り、三人は同時に三方よりアイリに仕掛けた。
その動きにレアは心の中で駄目出しをしてやる。
『同時攻撃に拘ってるせいで、まっすぐ動きすぎる。この間の八人なら、飛び込む時もきちんと曲がったり止まったりしながら、間を外す工夫を疎かにしなかった』
それでいて同時攻撃を成立させる連携の巧みさを、この子供兵三人は持っていないのだろう。
そして同時だからこそ、アイリはこの回避が容易であるのだ。アイリが避けるのを見てから攻撃するぐらいでないと、多数での攻撃は意味がない。
一瞬でその場から消えたアイリは、まず右の敵を蹴り飛ばし、左の敵を片腕で殴り、最後の後方よりの敵が受けにあげた剣を叩き折りつつ弾き返す。
倒れる三人の子供兵。それでもアイリはトドメには動かなかった。
「どうした? もう終わりか? まだお前たちは、できる限りを尽くしてはおらんのではないのか?」
三人の内の一人が、無表情のままで立ち上がる。足は小刻みに震えていて、剣を持つ手もおぼつかぬ様子だ。
だがその子供兵は大きく息を吸い、吐いて、二度目吸ったところで、身体の震えが消えてなくなる。
その動きを見て、残る子供兵二人がまるで咎めるように彼を見る。だが、立ち上がった子供兵はそちらを見てもいない。まっすぐにアイリを見つめている。
「よし。ならば、貴様の全て、出し切ってみせい」
アイリの言葉に応えるように、子供兵は真っ向よりアイリへと飛び込んだ。
レアの目から見ても、子供兵の剣は綺麗で正直なものであると感じた。余計なものが何もない、ただ剣という役割をまっとうするためだけの剣。
圧倒的な機能美をレアはそこに感じる。これを見たいがためにアイリは、こんな迂遠な真似をしていたのかと。
その後アイリは宣言通り、子供兵の剣全てを真正面より受け止め、その全てを上回る剣にて切り返してやった。
そして、子供兵の中にあった剣の引き出しが全て尽きると、子供兵は己の全身全霊を込め、後先考えぬ相打ち狙いの突きを放つ。
アイリはそれを、能力ではなく技術にて返す。剣を弾かれた子供兵の胸に、アイリの剣が突き刺さった。
ゆっくりと倒れる子供兵。うつ伏せに倒れそうなところを、しかし子供兵は必死に仰向けになるよう転がる。彼は、倒れた姿勢で、アイリを見上げる。
アイリはやはり、笑顔であった。
「どうだ、楽しかったか?」
レアが見た子供兵はこちらの言葉に反応するような相手ではなかった。
だが、驚くべきことに、倒れた子供兵はアイリの言葉に返事を返してきた。
「……わからない。楽しい、ってなんだ」
「ふむ、では満足はしたか?」
「どう、だろう。満足、……うん、満足じゃ、ない。負けた。俺の、全部でやって、負けた。満足じゃ、ない」
「ははははは、それもそうか。それでも、最後に全てを出せたのだ、それで満足ということにせい」
「うん。なあ……」
子供兵はアイリに何かを言おうとして、それを言葉にできずに口ごもる。
「なんだ、感謝でもしたか?」
「ああ、うん、それ。それで……えっと、そう、だ。あり、が、と……」
子供兵はそう言ってこと切れた。
彼の意識が完全に失われたのを見てから、アイリは残る二人に目を向ける。
「さて、お前たちも来い。楽しく、殺してやるぞ」
二人の内の一人は、大きく首を横に振った。
そうした反応をしてしまったことに、残った一人は驚いたようにそちらを見る。もちろん全て無表情で行なわれていることだが。
アイリは小さく手招きしてやる。
「いいから来い。ここなら他に誰も見ておらぬ。そして、死して後のことはそれこそ考えても仕方なかろう?」
その後、アイリは残る二人もゆっくりと時間をかけて殺してやった。
結局三人共が無表情を崩すことはなかったが、三人共が死の際に、アイリの言葉に言葉で返していた。
全てが終わると、見ていたレアに気づいていたのかアイリが声を掛けてきた。
その、子供たちを殺した時と同じ邪気の全くない笑顔を見て、レアは思ったのだ。
『やっぱ、敵わない、なあ』
山中に展開していた五百の部隊。これを隊長は麓まで後退させることを決意する。
麓の魔法使いたちに援護を頼みに人をやった後であるが、この視界の悪い隠れるところだらけの山中に居続けることは、敵を利するのみであると判断したのだ。
まだ山中には合流が果たせていない部隊もある。だが、それを待ってはいられぬほどに状況は切迫していた。
各所から悲鳴のような報告が相次ぐ。
隊長は見えぬ敵対策に様々な策を部下たちに伝えたのだが、その全てが通じなかった。
こちらの備えをあざ笑うかのように敵は兵を殺していく。既に集結を済ませた数百の軍を相手に、この敵は姿を見られぬままに兵を殺していくのだ。
最早疑う余地はない。敵は極めて特殊な魔法を使っている。それも山中といった視界の悪い場所で最も有効に活用できる魔法であろう。こんなものを魔法も無しに対策するのは時間と兵の無駄だ。
損害が大きくなりすぎる前に隊長は撤退を始める。この間隊長は被害を軽減するための努力を一切行なえなかった。
何故なら隊長は部隊が潰走しないよう声を張り上げ彼等を叱咤激励することに追われていたからだ。とてもではないが、それ以外のことをしている余裕なぞない。
隊長にとってありがたい話であったのは、要所要所で子供兵が人間離れした働きをしてくれたことだ。伝令、迎撃、督戦、哨戒、全てを高い次元でこなせる彼らの存在があったればこそ、部隊は麓までの退却を成し遂げることができたのだ。
そして麓にまで辿り着き、兵員たちの数を数えさせた隊長は愕然とする。
総数三百九十二人。山中にて百人以上が行方不明となってしまっていた。
敵はたった四人のはずだ。それを否定するような情報を得ることはできなかった。
麓で事情を聞いた魔法使い達が、勢い込んで隊長に説明を求めてきた。隊長はこれをどう説明したものか迷ったが、とにかく魔法の専門家にいったい何が起こったのかを判断してもらうしかないと思い、できるだけ正確に、詳細に、起こった出来事を説明する。
イゴレ派の魔法使いたちは、比較的冷静に見えた。隊長の話に、都度更なる説明を求め、確認を繰り返し、彼らの中でどういった敵かの識別が行われているのがわかった。
だが研究員を名乗る子供兵の主は、子供兵が失われたらしいと聞くや見るからに動揺していた。
彼はどうやら、どんな危険な任務であろうとこの子供兵ならば損害を出すことなく果たすことができると考えていた模様。敵のいる軍の任務に絶対などありえないのだが、研究員の彼にはそういったところが理解できないらしい。
しきりに、ありえない、と何かの間違いだ、を繰り返していた。
こちらの役に立たない研究員はさておき、イゴレ派の魔法使いたちは彼らなりの結論を出す。
敵は暗殺に長けた魔法使いである、と。それは、魔法を用いて魔法戦士と呼ばれる強力な戦士を作るイゴレ派の魔法使いにとっては相性の良くない相手であった。いかな優れた魔法戦士であろうとも、魔法使い本体を魔法による暗殺から守りきるのは容易ではないからだ。
また木々の生い茂る山中という条件も最悪で、敵はそのためにこそ山に籠ったのだろう。
イゴレ派の魔法使いの中で最も風格のある男、『巨人使い』と呼ばれる男が重々しく言った。
「山に入れぬとなれば仕方があるまい。敵に山から降りてもらう他なかろう」
そう言って彼が提示してきたのは、この山を丸々一つ炎で焼き尽くすという、近隣に住むこの山の恵みを頼りとする平民たちを地獄の底に叩き込むような策であった。
その作業のために近隣の村々より人が集められた。
彼らは魔法使いたちの指示を聞くと、そんなことをされては村の生活が立ち行かなくなると焦り慌てるも、相手は軍隊であり魔法使いたちである。これに逆らうなぞ思いもよらぬ。
辺境部で農民が反乱を起こしたなんて話も聞いたが、魔法使いに逆らえばどんなことになるのか、イジョラの民なら知らぬ者なぞいない。とてもではないが、考えられぬ話であった。
村人たちは渋々であるが、魔法使いの指示に従い山を焼く準備を進める。
ある村の村長は、彼のなけなしの勇気を振り絞って一言だけ、言った。
「あ、あのう。い、今の時期ですと、木々は緑が強く、火は、とても付き辛いのですが……」
他の村長たちは仰天した顔だ。魔法使いに向かって意見をするなぞ、なんという命知らずな真似をと。
だが幸いなことに、これを聞いた魔法使いは分別を弁えた男であった。
「確かに、な。だが、煙で燻すというのならば、逆に相応しかろう。それにだ、これはお前たちが魔法の偉大さを見る良き機会となろう。子々孫々に至るまで語り継ぐがよい」
村人たちは山の麓に燃えやすい木々を大量に集めさせられる。とはいっても山全体からすれば点にしか見えぬほどの大きさにしかならないが。
これに火をつけると、火は燃え上がる。大きく太く、天まで舞い上がる勢いで。
だが、それはあくまで集めた枯れ木が燃えているだけで、周辺に多少なりと延焼はしているものの、山一つどころか付近の木々すら燃やせぬ程度だ。
そこに集まった魔法使いが詠唱を重ねる。巨人使いが地面に描いた巨大な文様は、詠唱によって力を持ち輝きを放つと、この文様より炎が噴き上がる。
それは強烈な風を伴った炎だ。
既に燃え上がっている巨大な炎の中心へと飛び込んだ炎の風は、そこで爆発的な勢いと共に前四方へと飛び出した。
文様より噴き出した炎の風も大した規模と勢いであったが、炎の中を抜けたこれはもう大きいだのといった話ではない。
炎が柱のように伸び、その柱の太さは成長しきった木の半ばを埋め尽くしてしまうほどで。この太く巨大な炎の柱が付近の森の中を縦横無尽に走り回るのだ。
集まった村人たちはもう、ただただ大口を開けてこれを見守るのみ。
魔法使いたちは少し苦しそうにしながらも、こんな大規模術式を行うのは滅多にないのか自身のなした大魔法に誇らし気でもあった。
術式が終了した時には、見える限りの森は全て火に包まれており、正に魔法使いが言った通り、後々にまで語り継ぐような偉大な魔法を目の当たりにしたのだ。
しかし巨人使いは多少なりと不満気ではあった。
「……思ったより広がらんな。ちと目測が甘かったか」
山中に燃え広がるには日数が必要になりそうだ。それも面倒と思ったので、巨人使いは別の場所でもまた同じ術式を行なおうと、それに相応しい場所を頭の中で思い浮かべる。
他の魔法使いたちは大魔法に疲れたのか思い思いに腰を下ろしており、村人たちは、魔法の偉大さに驚きながらも、これからの生活を考えてか暗澹たる表情であった。
炎に包まれた森からは常の森からは決して聞こえぬ不気味な音が聞こえてくる。
わかりやすく木が折れた音も聞こえるがそのほとんどは、炎が木々を炙る音で、水気を失った木が焼ける音で、熱気から生じた風が大気を煽る音であった。
その中で、また新たな音が聞こえる。
かなり勢いよく木が倒れる音がした。それも連続して、また倒れた木が転がる音も。
全ては炎の向こう側で起きていることで、その先で何が起きているのかは想像するしかない。だが、巨大な何かが近づいてくる音はわかるし、それは倒れた木以外に考えられず、だから誰もがそうだとわかったのだ。
一際大きな衝突音が。これは村人たちが儀式用の種火として大量に集めた枯れ木を集めた場所からであり、最も大きな炎となっている場所であった。
その衝突によるものか、天高くまで噴き上がっていた炎が更に勢いを増す。
だが、誰もがその直後、噴き上がる炎ではなく、そのど真ん中を突き破ってきたモノに目を奪われた。
魔法だ。そうとしか思えない出来事だ。
あの猛烈な炎の中を突っ切ってくるなどと、魔法抜きではとても考えられぬ。そして飛び出してきた勢いもそうだ。
頭上高くにまで燃え上がった炎の真ん中から飛び出してきた、その段階ですでに人の足で届くような高さではなく、またいつまでも空中にある滞空時間の長さから、かなり遠くから飛んできたと思われる。
そう、飛び出してきたのは四人。全て、人間であった。
その表情はどうだ。空を飛ぶ鳥ですら焼け死ぬような炎の壁を突き破ってきた彼ら四人は、一様に笑っているではないか。まるで獲物を前にした獣のように獰猛に。
真っ先に着地したのは、勇ましい表情にはあまりに似合わぬ優し気な風貌の青年。顔の各所に煤がついてはいるのだが、端正な顔立ちはそんなものではとても覆い隠すことはできぬようで。
またその背後に着地した三人の女。全員が、見たこともないような美女ばかり。
背後より吹き付ける熱風、そして背にした壁のような巨大炎もあいまって、その四人はとてもこの世の者とは思えぬと、誰もが思った。
先頭の青年が、首を鳴らしながら進み出る。
「殿下商会の殿下だ! 先程から何かと突っかかってきているようだが! いったいこの私に何の御用かな!」
演出過剰な登場に、魔法使いたちすら気圧されてしまっている中、一人巨人使いのみはこれと胸を張って相対する。
「アルト王子に対し狼藉を働いたそうだな! 王家を恐れぬ不届き者めが! 貴様が多少魔法に優れるとて我らの敵ではない! 大人しく縛に付けい!」
「先に! 吹っ掛けたのはそちらだ! だがまあいい、それは大した問題ではない。大事なのは、貴様らが今私たちに戦を挑んでいるという事実! 良かろう! 快くお受けしようぞ! 今より殿下商会は貴様らの敵だ!」
「ぬかせ下郎! 我らイジョラ軍に弓引くことの意味もわからぬか! 貴様らのような狂犬にこの国で生きる場所なぞないわ!」
「イジョラ軍を名乗るか! イジョラ軍があの馬鹿王子と我らとの確執に顔を出すというのなら! 結末はこの国の王たるセヴェリ王が負うということでよいのだな! よかろう! 大変結構だ! ならばこの戦の決着は! 貴様らの王に決めさせてやるとするか!」
「そのふざけた口を今すぐ閉じさせてくれるわ! 者共! あの無礼者を八つ裂きにしてやれ!」
イェルケルの言い草に、気圧されていた魔法使いたちも怒りに自分を取り戻し、巨人使いの合図に合わせて一斉に動き始める。
これに合わせ、イェルケルも静かに呟いた。
「殿下商会、攻撃開始」
背後に控えていた三騎士は、イェルケルの声に応え凄まじい速度で飛び出していった。