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160.開戦の狼煙(中編)


 ヒト人形工房の研究員はその指示に対し、コイツ頭大丈夫か、なんて感想を抱いたものだがさすがに相手は王子様であり、言葉はできるだけ遠回しに言うようにした。


「馬鹿ですか貴方は」

「なんだと貴様! 誰に口を利いておるか!?」

「では言い直します。愚か者ですか、貴方は」

「同じ意味だろうが! 研究員風情がなんのつもりだ貴様!」

「はあ、ではどーすればいいのですか。馬鹿はだめ、愚か者もだめ、他にそういった知恵や知識の足りぬ者を形容する言葉を私は知りません」


 怒りのあまり声も出せぬアルト王子は、口をぱくぱくさせながらこの工房を取り仕切っている所長を見る。

 彼はあちゃー、と頭をかいていた。


「ああ、コイツこーいう奴なんで適当に聞き流してください。一応、これで気を使ってはいるんですよコイツなりに」

「そういう対応なのか!? 王族に対する礼儀はどうなっておるのだ!?」

「と言われましても。陛下に随分前から思ったことは即座にかつそのまま口にするよう命じられておりましたので。他所と同じような対応を求められても困ります。そういうのできる人間ほとんどいませんよ、ココ」


 王の名前を出されてはアルト王子も無理強いはしづらい。だが、これからはアルト王子が主である。礼儀はきちんと守らせるべきと厳しい処分を言い渡そうとするも、所長がこれを遮った。


「もちろん今後もこれで通しますよ。研究の邪魔はしないって話でしたよね。偉いだの偉くないだのに無駄に時間割いてたら、肝心の研究が委縮してしまいます。まあ、私は比較的そういうのできますから、何かあったら私に言って下さい。できることとできないことは私が判別しますので」


 アルト王子もこれで一応一派の長である。周囲にいる研究員の白眼視には気付いている。誰一人これを咎めないということは、本当にここではずっとこうだったのだろう。

 心の中で、この所長含めいずれ全員首を切って総入れ替えしてやる、と心に決めつつこの場は引き下がる。

 アルト王子が引き下がったことで、所長は他の研究員たちには自分の仕事に戻るよう命じる。そしてアルト王子の工房見学には所長のみが付き添う。

 所長は何事も無かったかのように続ける。


「では説明を続けましょう。御所望の暗殺者ですが、等級で言えば三級でしたらすぐにご要望の数が揃えられます。一番優れた暗殺者、というのはいわゆる特級になりますが、これ、申し訳ありませんが王子では手に負えませんよ」

「どういう意味だ」

「特級は能力が高すぎるせいで加減が利きません。暗殺とのことですが、標的を殺そうとして依頼人ごと関係者全て殺し尽くすぐらい当たり前にやらかします」

「そんな危険物外に出すな馬鹿者! そういうのは失敗作と言わんか!?」

「だからそう言っています。後失敗作というのは相応しくありません。元々そういうのを作ろうとして目標通りに出来上がっているのですから」

「……それも陛下のご指示か?」

「いえ、私です。完成品を陛下は殊の外お喜びになられました」


 こうして王直轄研究機関の視察をするのは初めてだったが、アルト王子が考えていた以上にヒドイ有様である。

 何せ話の通じる常識人が一人もいない。

 結局その後、アルト王子がまともに会話ができる相手を見つけたのは、出入りの業者を紹介された時であった。




 アルト王子は子飼いの諜報部隊の総力を挙げ、王子に暴行を加えたならず者の捜索を行わせていた。

 王子自身の能力はさておき、アルト王子の一派は歴史ある一門でもあるので、その配下にはきちんと優秀な人材が集まるようになっており、程なくしてフードを被った不審人物の目撃証言が集まる。

 その副産物として、テオドルが犯行当時別の場所にいたとの証言が得られたので、彼への疑いは晴れた。捜査関係者は、アレが敵に回っていないことに安堵したとか。

 フードの人物は複数おり、その内の数人が街の外へと出ていったこと、彼らが街の外で合流したらしいことまでも既に調べがついていた。

 イジョラの捜査機関には、平民に対してならば嘘をつくなという命令を魔法でかければ、平民は絶対に嘘がつけなくなるという、とんでもなく便利な尋問方法が存在するので、他所の国とは比べ物にならないほどの捜査能力を持つのだ。証言の裏取りをしないでも確証が得られるとか、他所の国の警邏が聞いたら羨ましさのあまり発狂しかねない話である。

 だがその捜査の進捗をアルト王子が聞く前に、ヒト人形工房から屋敷へと帰った王子のもとに、しかめっ面の従弟が訪ねてきて諜報部隊を直ちに帰還させろと言ってきた。

 アルト王子は唾を飛ばしてこれに反論するも、従弟は派閥の現状を冷静に説き、反乱軍対策に全力を傾けるべきと言うわけだ。

 納得いかぬ顔でアルト王子は言う。


「反乱軍対策は四大貴族の話し合いで、エルヴァスティ侯爵に押し付けるということになったではないか」

「それで侯爵が鎮圧に成功したならば、当たり前に東部農村地帯を要求してきますよ」

「馬鹿な! あの土地は古くより我らの領土だったではないか!」

「そんな土地を奪われた我らが何を言っても、統治能力に欠けると言われて終わりです。よしんばこちらの意見が通ったとしても、侯爵に相当な利権をぶん捕られることになるでしょうな。最低でも南部商人の東部への進出は認めさせられます。それやられたら五年でこちらの商業収入半減しますよ」


 口惜し気に歯軋りするアルト王子。ヘイケラ公爵はもちろん、そこまでわかっていながらアルト王子にこの話はしなかったのだ。

 ふう、と従弟は額に手を当てる。


「こうなってくると、あの八人組をやられたのは痛い。言っておきますが、王子を襲った手練れを見つけたとしても襲撃する戦力なぞないですからな。そんな余裕あったら反乱軍対策に回してください」

「ふん、それは問題ない。陛下よりヒト人形工房を賜ったからな、暗殺者も既に手配済みよ」

「何と!? それは本当ですか!」

「うむ。この私が奪われっぱなしな訳があるまい」

「おお! 見事っ! お見事でございます! それならば東部農村地帯を補ってあまりある成果でしょう! しかし、良くもまあアレを陛下が手放しましたな。ヘイケラ公爵も良い顔はしなかったでしょうに」

「我が窮地を見かねた陛下が特別に、とな。公爵の悔しそうな顔、お前にも見せてやりたかったわ」

「ははははっ、確かに。畳み掛けるように不運が続きましたが、これでようやく我らにも良き目が向いてきましたな。早速工房に人をやって手続きを……」

「ああ、それも私が済ませておる」

「……は? もしかして、アルト王子、自ら行ったのですか?」

「おい、もしかしてお前、あそこ、行ったことあるのか? お前、あそこがどんな場所か、知っていたというのか?」

「あー……見ましたか、王子も。というか工房に限らず、陛下の研究機関は全部あんな感じですよ……しかし、良くぞ我慢されましたな。王子もこの窮地の中、着実に成長されているようで私も嬉しく思いますよ」


 疲れ切った顔で首を落とすアルト王子。


「……最初に、言っておけ馬鹿者が……それと幾らおだてられようと私は二度とあんな腹の立つ場所行かんからなっ」

「それはもう。一回行ったというだけで十分です。出入りの業者は比較的まともなので、中のことが知りたかったら連中と話をするのがよろしいでしょう」


 更に大きくへこむアルト王子。


「……だからっ、最初にそれ……言っておけと……」


 落ち込むアルト王子にこれを嫌々ながら慰めるその従弟。そこに、来客の報せが届いた。

 気を取り直したアルト王子が出迎えると、客人は魔法使いの一派、イゴレ派の主導的立場にいる男であった。


「聞きましたぞアルト王子! 反乱軍! そして不届きな暴漢と続いての不幸に見舞われたとか! おいたわしきことです。ですがご安心ください! そのような不埒な輩共! 我らイゴレ派にお任せくださればたちどころに処断してごらんに入れましょうぞ!」


 いきなりの申し出であるが、この男が所属するイゴレ派は王族に近く、それ故アルト王子の危機と聞いて馳せ参じてくれたのだろう。

 イゴレ派は戦闘を得意とする派閥であるが、同じく戦闘の強さを追求するウイモネン派とは違い、こちらは魔法戦士の作成などに力を入れており、何よりもウイモネン派より礼儀を弁えた者が多い。

 この男のように王家への忠誠篤き者も多いのだ。

 アルト王子は感激して彼の腕を取る。


「おおっ! よくぞ申してくれた! 王族の権威は国の支えよ! これを正しく理解するお主こそがまさに国士と呼ぶに相応しき者であろう!」


 従弟はこれに対し口を挟まぬ。つまり、イゴレ派が狼藉者を追跡、誅する分には文句はないということだ。

 ならばとアルト王子は彼らにこれを一任する。彼らの行動の後ろ立てになるということは、その時かかる費用一切を受け持つという意味でもある。

 更にみごと事を成し遂げればイゴレ派の名声も高まり、その勢力拡大に繋がっていく。どちらにも利のある話なのである。

 具体的な話をある程度まとめた後で、イゴレ派の男は意気揚々と屋敷を去っていった。

 収入源を大きく削られるような目に遭っても、どこかしらからか援助の手が入る。これこそが、古くからある有力貴族、王族というものであろう。どこぞの口減らしに出されるような王子様とは違うのである。






 五百を超える兵が集結したのは、山の麓にある廃村であった。

 村にある今にも崩れそうな家を使おうなんて話ではなく、この廃村へは道が通っていたというだけのことだ。

 五百人いるとはいえ、山一つを相手にするとなれば相当な時間がかかる。彼らはここに逃げ込んだという四人組に毒づきながら山狩りのための編成を整える。

 同行している魔法使いたちは、当たり前のようにこの廃村で待機だ。山の中を探し回るような面倒なことを貴族でもある魔法使いがするはずもない。

 だが、一人の魔法使いはというと、自らが率いてきた配下の捜索への参加を申し出た。

 驚いた隊長が問い返す。


「それはありがたいですが……よろしいので?」

「捜索ならウチの子らを使うのが効率的だ。おい」


 魔法使いの男が呼ぶと、フードで全身を覆った十人のとても小柄な者が集まる。


「この隊長の指示に従って山狩りに参加しろ。いいか、この隊長とその部下は殺すな。怪我もさせるな、わかったな」


 フードたちは一斉に頷く。魔法使いは隊長に向き直る。


「指示は正確に、言葉を略したりせず丁寧に言ってやってくれ。誤解を生じるような言い回しは絶対に避けろ。コイツらは、お前らの命なんぞ虫ほどにも気にかけていないからな。冗談も通じん。忘れるなよ、下手な命令を出せばお前の命にすら係わるからな」


 そんな物騒な部下願い下げだ、なんてことを貴族に言い返せるはずもなく。

 とても渋い顔でへえ、と答える隊長に、魔法使いは笑みを見せる。


「何、言ったことに気を付けてさえいればコイツらは並みの魔法使いの倍以上の働きをする。兵士の倍じゃない、魔法使いの倍だぞ。それにな、平民の兵士ならともかく、平民でも隊長程度の知能があるのならばどうにか扱えるよう調整してあるからそう心配はするな。コイツらに良い経験をさせてやってくれ」


 魔法使いの倍は戦力になるようなモンに暴れられたらたまったもんじゃない、とやはり不安はぬぐえぬ隊長であるが、貴族の言うことに逆らえるはずもないので、やっぱり彼はへえ、と答えるのであった。


 山に入って三時間。

 隊長は預かった十人のフードが、とんでもなく使える連中だと理解する。

 ともかく身軽さが尋常ではなく、ロクに枝もないような木をリスのようにするすると登っていってしまうのだ。しかも、高く高くに登ったところで、今度は隣の木に平然と飛び移る。落ちたら間違いなく死ぬ高さにも、まるで怯える様子もない。

 大の大人が泣き言を漏らすような急斜面でも、誰よりも早く上り疲れた様子も見せない。

 この十人を上手く使えば、山狩りも想定したよりずっと早く進むだろう。

 ある程度山に分け入ったところで、隊長は当初の予定通り部隊を幾つもの小さな班に分け、山狩りを開始する。

 山中で特に探索が困難な場所には例の十人を使う。これだけでかなり探索速度は上がるだろう。

 隊長は山中に作った山狩り本部に待機し、各隊の進捗を確認する。

 そうやって山狩り開始から二時間ほどが経った時、最初の報せが飛び込んできた。


「隊長! 敵だ! 敵が出た!」

「おお! 早速かでかした!」

「違う! でかしてねえ! やべえんだアレは! 今すぐ援軍を!」

「何?」

「ああ、違う、援軍じゃあねえ。もう間に合わねえ。そ、そうだ。五百いるんだし全部で行こう! それならあのバケモノにも……」

「落ち着け。報告は正確にしろといつも言っているだろう。いったい何があった」


 隊長に促され彼は話し始めた。

 敵が来たのははっきりしてる、だが、彼を含め誰一人、敵の姿を見ていないのだと。

 では何故敵だとわかったかと言えば、兵が次々と死んでいったからだ。姿も見えぬまま、一人、また一人と殺されていく。

 弓を疑ったが、倒れた兵の傷は皆、明らかな斬り傷で。

 部隊の四分の一が斬り殺されたところで皆が恐慌を起こし、全員が思い思いの方へと逃げ出したのだ。

 男が必死にその恐ろしさを隊長に説いているところに、また別の隊の兵が本部へと駆けこんできた。

 こちらはもっとヒドイ。

 助けてくれ、を連呼しながら近くの兵にすがりついたかと思うと、突然真後ろを向いて悲鳴を上げ、来るなと叫んで地面を転がりまわる。

 そんな異常事態の中、フード兵の内の一人が本部へと戻ってきた。

 こちらは二人の兵のように取り乱したりはしておらず、淡々と異常なしの報告を上げてきた。

 フードから聞こえてきたのは、まるで子供、それも女の子のような高い声であったが、二つの異常な報告の後では妙に頼もしく聞こえたものだ。

 しかしそのフードは周囲を見渡した後、隊長に問うてきた。


「他は? この程度の山なら、最低でも後一人はもうついているはずです」

「探索に手間取っているではないのか? 思ったより藪が深いとか」

「山も森も、私たちの障害とはなりえません。もし、予定以上に時間がかかっているとすれば、それ以上の障害に当たっていると見るべきかと」


 隊長はそのフード兵の言葉には説得力があると感じた。だが、敵は四人のはず。既に二か所で問題が発生していて、そのうえ更にもう一か所というのは考え難い。

 隊長は自らの考えをフード兵にぶつけ、彼、もしくは彼女の意見を問うた。


「敵は四人ですから、四か所以上で起こったのならば問題ではありますが、それ以下でしたら不思議でもなんでもないのでは?」

「……そんな凄腕だってのか。クソッ、従軍魔法使いの数が多いわけだ。このまま兵士を使った山狩りを続けたらどうなると思う?」

「我々が狩りだす前に、結構な数が死ぬことになるかと。逆に兵を分散しているのが幸いでした。これなら敵はこちらの兵を探す手間も掛けなければなりません」

「おいおいおいおい、こっちが狩られる側だってか」

「現に二つの部隊があっという間に潰走しております」

「わーかってるってそんなことは! ……しかしコイツらすげぇな。見た目はガキだが、中身は大した兵士じゃねえか」


 このままではマズイ、と隊長は分散していた兵力を本部に集中することに。

 また同時に麓に人をやって魔法使いに現状を伝えできればここまで来てもらう。隊長だけでなく、この特異なガキも同じことを言ったとなれば、貴族たちもこちらの言うことも聞いてくれるかもしれない、と期待しているのだ。

 そうこうしている間に、更に別の部隊が潰走してきた。

 隊長は苛立たし気に毒づく。


「くそっ、山に追い詰められた時点でもう終わりだろうが。無駄に粘って被害増したって意味なんざねえだろうに」


 どうせ死ぬんだから周りに迷惑かけねえでひっそりとくたばりやがれ、とぼやくと、フード兵が真顔のままで言ってきた。


「そういった冷静な判断力を持たず他者への迷惑を顧みない相手だからこそ、斯様な蛮行に及んだのでは?」

「……あれだな。子供の声でまっとうなつっこみされるとなんか妙に腹立つよな」


 フード兵は隊長のそんな発言に、律義に謝ってきた。

 どうやら、隊長が最初に魔法使いに聞いたものよりも扱いやすい相手ではあるが、だからと会話をして楽しい相手ではないようだ。隊長は嘆息しつつ部隊の配置を指示するのであった。


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