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159.開戦の狼煙(前編)


 人の手の入らぬ山中深く森の中にて。

 あまり好ましくないことではあるが、レア・マルヤーナはこの敵を、とても嫌な敵だと認識していた。

 イジョラの兵士は皆、魔法により命令への服従を強制されている。それ故の気持ちの悪い挙動は何度も見てきた。

 だが、今レアの周囲を駆け回っている小柄な影は、それともまた違った気配を持つ。

 強い。それは間違いない。つい先日戦った八人組と比べても、単体ならばこちらの方が技量は上だろう。小柄な身体ながら膂力も相当なもので、レアの渾身の剣を真っ向から受け止められる剣士というのに、イジョラに来てから初めて出会ったかもしれない。

 ただ、レアが気になるのはこの敵は、動きに人間味が全く感じられないことだ。捨て身で戦うなんて戦士も見たことがないではないが、ここまで自分の身体を無造作に捨てる戦士は初めて見た。

 今レアの周囲には、足を斬られた死体が一つと、腕が二本転がっている。レアを狙っている三人は、レアが手強いと見るや自らの足や手を囮にレアへの必殺撃を狙ってきた。

 もちろん当たり前に餌である手足を切り落としたうえで、必殺の攻撃とやらはかわしてやったが。ついでに一人はそのまま斬り殺したのだが、だからと残る二人から戦意が失われた様子もない。


『戦意、っていうのはちょっと違う、かも。そもそもが淡々としすぎ。鍛錬してるみたいに、死ににくる』


 後、やりにくい理由はもう一つ。

 襲撃者全員がフードで顔を隠していたが、戦闘の最中にこれはもう外れており、その中身はまだ十歳前後にしか見えぬ子供たちであった。


『でんかとか、こういうの苦手っぽいし』


 なんてことを言いながらも、実はレアもかなり苦手である。

 もっとも、片腕斬り落とされようと淡々と戦いを続ける十歳児なんてものが得意な人間がいるものかどうか疑問ではあるが。

 今レアがいるのはまっすぐ歩くことさえ困難な森のただ中であるが、ここを舗装された街中を進むが如く軽々と行くレアに、この幼い敵たちはきちんとついてきている。

 身体はそれほど大きくないので身軽であろうことは容易に想像できるが、それにしたところでこんな幼い子がレアについていくというのは尋常ではない。

 が、それももう続かない。残った二人の足がもつれて転倒。一人は木にぶつかり、もう一人は入り組んだ木の根に頭から刺さってしまう。

 片腕斬り落とされた直後だというのに、レアに合わせて激しく動けば当然の帰結である。

 それでも二人は立ち上がろうともがいていたが、その動きも徐々に緩慢になり、遂には荒い息を漏らすのみとなった。

 木にぶつかった方にレアは近寄る。


「で、あなたたち、何?」


 少年はゆっくりと顔を上げる。この期に及んで少年は無表情のままで、息だけが荒いのがひどく不気味であった。

 もしかして、と思ったレアはそのままじっと待つ。するとレアの予想通り、少年は僅かな休息により戻った力を振り絞りレアに腕を伸ばしてきた。

 わざとらしく顔を前に出していたレアに向かって、その目を狙い、指を伸ばす。


「ああ、やっぱり」


 腕を取ってへし折った後、レアはこの少年にトドメを刺した。

 見るともう一人、木の根にからまっている方の少年は、口から泡を吹いていた。転倒した時、首を捻って呼吸ができなくなっていたのだろう。

 憎々し気に吐き捨てるレア。


「ほんと、嫌な敵」






 イジョラ王都のケミは、かつてはケミ川と呼ばれる川沿いにあった街だ。

 このケミ川は交通の要衝コウヴォラへと繋がっており、この時はまだケミもそれほど不便な土地ではなかった。

 だがこのケミ川はある時、完全に消滅した。

 隣接する帝国の侵攻を受けたイジョラ魔法王国は、国境での迎撃を敢えて行なわず、この王都であるケミまでの進軍を許したのだ。

 そしてここで、イジョラの全軍を以って帝国を迎え撃った。

 その時の戦の凄まじさはイジョラでは語り草となっており、ケミ川もこの時の戦で完全に地形が変わってしまったために消滅したのだ。

 そして、かねてから語られていた伝説が、真実であるとイジョラのみならず世界中へと喧伝されることとなった。

 イジョラ魔法王国の王、通称『魔王』は、不死の怪物であると。




 イジョラ王セヴェリは城中の応接室にて、久しぶりに顔を出すよう命じた息子、アルト王子の顔を見て思わず吹き出す。


「くっくくく、さ、災難だったのう……ぶっくくくく、しかし、その顔、ま、まるでリスか何かだな……ぶっくくくくくく」


 街中で暴漢に襲われたという怪我塗れの息子を前に、セヴェリ王は笑いが堪えきれぬようで。

 同席している自らの甥でもあるエーリッキ・ヘイケラ公爵が苦々し気に王を見ているのも構わず、この話を引っ張り続ける。

 ヘイケラ公爵は王の甥であるが、既に初老の域にある公爵に対し、王はといえばまだ三十代にしか見えぬ容貌をしていた。


「アルトよ、犯人はまだ目星もついていないらしいの。やはりあれか、いつもの内輪もめか? だから言っただろうに、四大派閥なぞと下らんこと言っとらんできちんと協力した方が効率的だと」

「……まだ、派閥争いが原因と決まったわけではありませぬ」


 ぶはは、と笑いだす王。


「そういう意地を張っておるから、東部農村地帯も奪われたのだろう。少しは学ばんか馬鹿息子めが」


 王はもう、これでもかという勢いで上機嫌である。自身の国の領地が奪われたことすらネタにして、息子を笑い者にしている。

 幸いこの場には王とアルト王子とヘイケラ公爵の三者しかいないが、アルト王子などはもうあまりの屈辱に握った拳から血が滲むほどであった。

 そうやってさんざっぱらいじって笑った後、王は屈辱に全身を震わせるアルト王子の肩を叩く。


「ま、今回ばかりはお前だけのせいでもなかろう。アルト、ヒト人形工房をお前にくれてやるから機嫌を直せ」


 ヘイケラ公爵の目が大きく見開かれる。そしてアルト王子もまた怒りをすら忘れて王を見返す。


「い、今ヒト人形工房を、とおっしゃいましたか?」

「うむ。さすがに東部農村地帯無しではお前も色々辛かろう。配下の者たちへの手当てもあろうし、あの工房ならば結構な利益を期待できよう」

「ほ、本当によろしいのですか!?」


 アルト王子はもう先程までの不機嫌など吹っ飛んだ様子で王に問い返すも、王は鷹揚に笑って返す。だが、これにヘイケラ公爵が口を挟んできた。


「陛下、陛下。工房はイジョラの要となる技術ですぞ。王以外がこれを用いるなどと争いの元にしかなりませぬ」

「はははエーリッキ、そう固いことを言うな。それにな、もうあの工房は私が管理するまでもないのよ。大きな技術改善は出尽くして、後は時間と共に精度を上げていくのみ。であるのなら、今の研究者たちだけで十分運用できよう」


 王は魔法の研究に従事している魔法使いを、好んで研究者と呼ぶ。そして自身もまた魔法使いではなく魔法の研究者であると公言している。

 王はアルト王子に目を向ける。


「もちろん、報告は上げるのだぞ。ほぼ無いとは思うが、何かしら大きな不具合が発生する可能性もないではないからな」

「も、もちろんです父上!」

「製品の育成方針やらもお前に任せる。研究さえ進んでおれば後はお前の好きにすればよい。私はあまり詳しくはないが、お前ならそういったもので商売したり、戦争したりというのは得意であろう?」

「はいっ! お任せください!」

「よしよし。それとエーリッキ、そんな顔するでない。ここしばらくアルトには不運が続いておるからな、少しぐらい贔屓してやっても良かろうよ」


 ヘイケラ公爵はもちろん不満であるのだが、セヴェリ王のこうした雑なところは昔からであり、言っても無駄なので沈黙を守る。

 セヴェリ王は、為政者としてはあまり優秀とは言い難い。というより、評価の俎上に上がろうとすらしない。統治は部下に丸投げして自分は魔法の研究に没頭するような人物なのだ。

 ただ、それでも国が上手く回っているのは、セヴェリ王の丸投げっぷりがもう本当に文字通り完全な投げっぱなしにしてくれるので、投げられた部下が明確な統治の絵図を持つ者ならば、その者を王として国はきちんとまとまってくれるのだ。

 王が手掛けている魔法研究機関への費用は莫大なものになるが、これは費用回収が可能な部分もあるし、イジョラ魔法王国が周囲が変化し進化していく中でも変わらず偉大なる魔法王国であり続けるために必要なことと貴族たちは理解しているので、問題にはされない。

 もう少し丁寧に投げ込んでほしい、とヘイケラ公爵などは思うのだが、そもそも統治に興味を持たぬ王にそれを言っても始まらぬのだから仕方がない。

 昔からこうやって王がぶん投げた統治を四大貴族がお互いのバランスを取りつつ執り行なっていくのがイジョラという国であった。

 無邪気に喜ぶアルト王子を見て、ヘイケラ公爵はため息を禁じ得ない。

 ヒト人形工房は、かなり高度な技術を持つ暗殺者が作成可能なのだ。そんなところの主に、絶対者である王以外がなるなどと正気の沙汰ではない。

 それを今この場にいない四大貴族の二人に、後で徹底的に追及されるだろう。利益を享受したアルト王子がこれを受けるのは自業自得だが、同席したという理由だけでヘイケラ公爵までが責められねばならないのは納得のいかぬ話だ。

 王が何故そんな真似をしたか。簡単だ。王が口にした通り、王自らが研究に手を出す価値がなくなったので手放した、それだけであろう。

 これでセヴェリ王はイジョラで最も優れた魔法研究者である。それも並び立つ者もいない、といったほどに。今も多数の研究を同時に抱えており、イジョラの魔法研究にはなくてはならない絶対の第一人者である。

 いっそ王位を譲ってもらって、当人の権限は魔法の研究のみに絞らせてもらう、なんて話も出なかったわけではない。だが、セヴェリ王以上の王なぞ、望むべくもない。

 どれほどの欠点があろうと、そもそも統治の意思すらなかろうと、イジョラ魔法王国の王として、セヴェリ王以上に相応しい存在はありえない。

 何故なら王は、絶対に死なぬ、不死の存在であるのだから。

 ヘイケラ公爵は、王が帝国と戦った戦を知っている。公爵がまだ十代の頃だ。押し寄せる帝国軍に若き公爵は恐れ戦いた。公爵だけではない、誰もがその圧倒的な数に怯えたことだろう。

 だが王は、軍とは別に自身は単騎で敵軍に乗り込み、首を斬られながら、全身を八つ裂きにされながらも、その圧倒的なまでの魔法により敵を滅ぼし続けたのだ。

 研究者肌であり荒事には無縁と思えたセヴェリ王は、戦場の只中にあって笑っていた。

 疲れたと言って城に戻ってきた後、一眠りして食事をとって、では行ってくると再び敵軍へと乗り込み殺され続け殺し続け、それを何度も繰り返すのだ。

 公爵はその時王のそばにあって、興奮気味の王の話を聞かされていた。


「いい加減痛いのにも慣れてきたわ。それよりもだ、首が取れた後の、あの奇妙な感覚がどうにも慣れぬでな。首が主体で胴は感覚がないのだが、何故か動けと思えば動くのよ。あれはどういう理屈であるか。それにだな、腕が千切れた後なんだが……」


 侯爵は、はぁ、と相槌を打つことしかできなかった。


「いやはや、不死であると聞いてはいたし、そういった魔法であると私も理解していたのだが、実際に死ぬのはほんっとうに怖かった! こんな機会でもなくば実際に死んでみるなんぞ絶対にやらんかったな、はっはっはっはっは!」


 最早剛毅だとかそんな言葉で言い表せるものではなかった。

 この戦の後、王は定期的に自らの不死を民や貴族たちの前で魅せてやるようになった。

 そしてこれを見た者は絶対に、王に逆らおうなどと考えることはなくなった。そう、セヴェリ王こそが、最強で無敵で絶対なるイジョラ魔法王国の体現者なのである。

 魔法兵団が潰されようと、イジョラ軍全てが壊滅しようと、王が一人残っていればそれだけでイジョラの武威は保たれる。少なくともヘイケラ公爵はそう信じていた。

 大袈裟に感謝の言葉を述べるアルト王子に、めんどくさそうにはいはいと答えるセヴェリ王。

 ヘイケラ公爵は今回起こった農民反乱というものをとても警戒していた。魔法使いに農民が叛くということが、どれだけありえぬことか。その前にはイジョラ魔法兵団が壊滅的被害を受け、今また、四大貴族の一人が暴行を受けるという前代未聞の事態が起こっている。最近のイジョラでは、得体のしれぬ何かが蠢いているのでは、などという気がしてならないのだ。

 だがこうして五十年以上前からまるで変わらぬ王の姿を見ると、そんな不安も瞬く間に霧散していく。

 これから先、ヘイケラ公爵が死に、その子、孫たちがイジョラを支えることになっても、その後ろにはセヴェリ王が居てくれるだろう。ならばいったい何を恐れるというのか。

 帝国もカレリアも恐るるに足らず。圧倒的王才も、無尽蔵の兵力も、不死の王に勝る者ではない。何せどちらも、絶対に王より先に死んでしまうのだから。






 イェルケルたちはコウヴォラから出るであろう追撃に対し、山中にて迎撃することに決めた。

 殿下商会の四人が走って逃げればそうそう追いつけるものではないのだが、自分たちに手を出すには相応の準備が必要であると教えてやるために、この追撃部隊を粉々に粉砕してやることにしたのだ。

 コウヴォラにはテオドル・シェルストレームがいると聞いたアイリとレアは、この迎撃案に即座に賛意を示した。

 迎撃案はスティナの発案で、この二人はこれさえ言っておけば絶対に乗ってくるとわかっていたのだ。


「アレが殺せるかもしれない機会、見過ごすわけないじゃない」

「うむ、まったくよ」

「スティナの言うとーり」


 とても不本意な顔をしているのはイェルケルだ。


「アレは私の敵だぞ。何で君らが横取りする前提なんだ」


 スティナ、アイリ、そしてレアまでもが全然笑っていない目で笑い掛けてきた。


「絶対やらせませんよ」

「絶対やらせませぬぞ」

「絶対やらせないしっ」


 イェルケルはとても悲しくなったが、危うく相打ちしかけた身なのであまり強くは主張できないのである。

 このような三騎士の私怨以外にも、途中で別れた騎士へ追撃がいかぬようにとの配慮もある。

 当然騎士の単独での離脱に際し偽装には気を配ったが、敵がこちらを上回る可能性もある。もしそうなっていたとしても、明らかに主力がいるとわかる場所があるのなら、そちらに意識を向けてくれるだろうという考えであった。

 気を取り直したイェルケルは、迎撃に用いる予定の山を見上げる。

 イェルケル以外の三人は山での戦闘には絶対の自信がある。山とは、それぞれの山によって特色があるものだが、三人が山籠もりで得た経験や知識はここの山でも活かすことはできるだろう。

 やったるわー、と気合の入る三人。そしてイェルケルもまた、久しぶりの戦の予感に身体が震える。

 これまでは諜報のこともあり(主観的には)大人しくしていたが、指名手配犯となればもう諜報活動もここまでであろう。

 後は国に帰る前に、せいぜい派手に暴れてやるだけだ。その最初の一撃としては悪くない戦であろう。

 イェルケルは、殿下商会というイジョラでの立ち位置をかなり気に入っていた。

 この名でイジョラ軍に悪夢を刻み込んでやろうというぐらいには。

 イェルケルは、イジョラに入ってからは一度も見せたことのなかった、戦を前にした獰猛な笑みで三騎士に言った。


「さあ、楽しい楽しい、戦の始まりだ」


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