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156.私がみんなに怒られた原因(前編)


(注意:この作品中に、まるで馬に人間のような思考能力があるかのような描写が出てきますが、あくまで擬人化表現にすぎません。どうぞご了承くださいませ)



 イェルケルたち殿下商会四人は、イーリスに別れを告げその領地を離れる。

 そしてさて、どこに行くかとなるが、密偵殺害の件でお尋ね者になる確率が非常に高く、ヴァロとエルノのいる街に戻るのも良い手とは思えない。かといって本来の目的地である時計の街には行かない約束をさせられてしまった。

 その約束に強制力はないのだが、イェルケルはもちろん約束とは守るためにするものであると考えているので、時計の街は断腸の思いで諦める。

 それは、本当に思いつき程度の話でしかなかった。

 レアがその時思っていたことをそのまま口にした。


「なんかおいしいもの、食べたい」


 アイリがこれに乗ってくる。


「ふむ、名産品やらを探すか。だが北部は田舎でしかないし、そういった良い食事は都会にあるものだろう」


 スティナもまた話を合わせる。


「なら、いっそコウヴォラ行ってみる? イジョラ一栄えてる街らしいじゃない」


 イェルケルは一応隠れることも考えながら決定した。


「そうだな、人の移動が激しい街なら、私たちが紛れても見つかりにくいだろう。行くか、コウヴォラ」


 上手くコウヴォラの街に根を下ろすことができればよりよい諜報活動も可能だろう、といった話もあるが、今のところはそちらはあくまでおまけ程度の認識であった。




 パニーラ・ストークマンの呼び出しに、嬉々として応じたテオドル・シェルストレームは、そんな無邪気な少し前の自分を殴り飛ばしてやりたくなっていた。


「てめえ防いでんじゃねえぞ! とっととおっ死ねクソボケがああああああああ!」


 パニーラが怒鳴り声と共に強烈な光の魔法を放ってくる。あの光の弾は、まともに当たればテオドルの不可視の盾すら容易くぶち抜いてくるシロモノで。

 必死の形相で真横に飛んでかわす。だが、パニーラの攻撃は止まらず、その一発が魔術一派の秘奥にもなるだろう強力な魔法を次々テオドル目掛けて撃ち込んでくる。

 さしものテオドルも相手が悪い。接近も叶わぬまま逃げ回るのみだ。何せパニーラの本当の恐ろしさはその強力無比な魔法ではなく、そんな魔法を隙なく追い込むように連続で叩き込んでこれることなのだ。

 戦闘における射撃魔法の有効利用法をこれでもかと見せつけてくるので、テオドルは防ぎ避けるので精一杯である。

 そんな生きた心地のしない時間が、およそ二時間ほど続いた。


 実に晴れ晴れとした顔で、パニーラは水差しを手に取り水を喉に流し込む。


「いやー! やっぱ運動の後の水はうめーな! おいテオドル! おめーも飲めよ!」


 あまりの疲労から地べたに寝転がったまま、テオドルは口だけで強がってみる。


「……うる、せえ。お前、苛つきが溜まったもんで、俺で解消しやがったな……」

「あはは、わりーわりー。でもやっぱテオドルすげぇよな、俺かなり本気で撃ったのに一発もまともに当たらねえでやんの」

「ようやく、訓練に付き合う気になったかって、思った俺がアホだったわ。あー、くそ、でもま、クソ疲れたが久しぶりにガチで身体動かしたな」


 テオドル・シェルストレームを知る者ならば驚きに目を見張るだろう言葉だ。一方的に攻撃され続けていたというのに、全くやり返しもせず呑気に会話をするなぞ、普段の彼からは絶対にありえぬことだ。

 その場で上体のみを起こしたテオドルは、荒い呼吸を整えながら言う。


「おいこらパニーラ、おめーのわがままに付き合ったんだから、今日の昼飯はおめーがおごれよ」

「おー、まっかせろ。コウヴォラ一旨い肉出す店連れてってやるよ」


 上機嫌のパニーラと並んで歩く様は、まるであのチンピラの中のチンピラ、テオドル・シェルストレームが女の機嫌を取っているかのように見える光景であった。




 イジョラ王の息子であると同時に、イジョラ四大派閥の一つを受け継いでいるアルト王子はその報告を受けると、中途半端に肉づきの良い肥満と筋肉質との中間ぐらいの微妙に自慢できない体躯を揺らし、顔中を真っ青に染めて立ち尽くしてしまった。

 報告は、農民反乱が起き砦が失墜、東部農村地帯が完全に反乱軍の手に落ちたというものであった。

 東部農村地帯は王子にとって最も大きな収入が見込める利権であった。故に統治や税収にはよく口を出していたし、彼にとってはそれこそが領地を治めるということであった。

 ただでさえカレリアとの交易により得られていた幾つかの利権が失われてしまった後でもあり、アルト王子には、その報せは最早死刑宣告に等しいものに感じられた。

 怒りに怒鳴ることすらできず呆然自失とした様でいたことで、側にいた従者が心配そうに声を掛けると、王子はようやく自分を取り戻し、一しきりこの世の全てを呪う言葉を吐き喚き散らした後で、自らの派閥の主だった者を集めて今後の話し合いを行なうよう手配させた。そして反乱軍の動向を探らせている密偵を呼び寄せるよう命じる。

 騎士の報告がアルト王子に届いたのはちょうどその時のことである。

 その密偵八人組は、アルト王子が抱える強力な魔法使いたちの中でもとびっきりの者たちで。魔法兵団のツールサス、王都の近衛、そういったイジョラでも有名な最強集団に劣らぬと密かに自負していた強者であった。

 そんな八人が全員殺されたという。これを遠くよりわざわざ報告に来た騎士は心得た者で、八人を密偵かと思いその死は極力外部に漏れぬよう配慮したうえで、死体を回収し持参したそうな。

 アルト王子にこれを伝えた者は、その騎士のそうした配慮を褒め称えたが、アルト王子は冷めた目で報告者を見つめた後、命じた。


「その騎士とやら、生かしてコウヴォラの街より出すな。あの八人の死は絶対に外に漏らしてはならぬ。奴らの武名は、死して尚我が道を支えることだろう」


 報告者は戸惑う。そもそもあの八人を知る者はそれほど多くない。外部の者ならば尚のこと、アルト王子の手の者が殺した、という認識はあってもあの八人が殺したという認識はないはずだ。ならば武名云々はまるで意味がわからない。

 だが、今はよろしくない、と報告者は口をつぐむ。アルト王子は東部農村地帯失墜の件ですこぶる機嫌が悪いままだ。今下手なことを言っては報告者の方が咎めを受けかねない。

 死体を持ってきてくれた騎士に対しとても好意的であった報告者は、表面上は恭しく、内心では嘆息しながら、王子の命に従う。王子のこうした冷酷な命令は今に始まったことではないのだ。

 とはいえさすがに自分でやるのは気が引けたので、手柄を譲ってやるぞと配下の騎士数名に人数を揃えさせ、襲撃を任せることにした。




 無理を言って同行を認めさせた兵士は、シルヴィ・イソラの人間離れした騎乗術についていくのがやっとの有様で。

 シルヴィはといえば兵士を気遣いかなり手を抜いているのが見て取れるのだが、それでも付き添いの兵士二人は全身全霊を込めねば追いつけぬのだ。二人の全力ぎりぎりにシルヴィが合わせているとも言う。

 その馬旅の間に、騎乗の技量が一段階上になったと二人は確信しつつ、目的地であるその街を遠目に見やる。

 イジョラで最も栄えている街コウヴォラ。これを見下ろしながら兵士は期待にわくわくした目をしているシルヴィに釘をさす。


「くれぐれも、目立つことはしないでくれよ。アンタはもう俺たちに無くてはならない大切な人間なんだからさ」


 シルヴィは陽気に笑って言った。


「大丈夫だよー。ねえねえ、コウヴォラっておいしいものあるかな、私、すっごい楽しみなんだー」


 反乱軍が砦を奪取した後、本格的に反乱軍として動くことに決めたシルヴィは、敵を知りたいとコウヴォラへの潜入を願い出た。

 当たり前に全員が反対したのだが、イジョラの農村部しかシルヴィは知らないのだ。イジョラがどんな国かすらわからないでは戦にならない、と強引にコウヴォラ行きを認めさせる。

 せめても、ということで反乱軍でもとびっきりの腕利き戦士二人を同行させ、三人でコウヴォラを目指すことになったのだ。






『吾輩は馬である。名前は色々あるが、覚えたところで意味がないので言わん』


 馬の名前など、飼い主が変わる度変わっていくものである。

 なので馬は新たに付けられた名前とやらにもさして興味を示さず。

 それよりも、と新たな飼い主に不満の目を向ける。


『なんという脆弱で貧弱で虚弱な生き物だ。こんな弱者に我が背を許すわけがなかろうに。神の手から離れそれなりに時が経ったが、我が背を許すほどの者なぞ一人しかおらなんだわ』


 その男は急な壁を登ろうと試みたが、神でもあるまいにできるはずがない。あれは馬にすら驚きの大技であったのだ。神以外の者にできるとは到底思えない。

 そして今日もまた、下らぬ人間が馬の背に乗ろうと試みる。

 さすがに殺してしまっては馬の身にも危険が及ぶとわかっているので、殺さない程度に加減して振り落としてやる。

 振り落とされた男は真っ赤な顔で襲い掛かってきたが、そもそも馬に勝てるほどの相手であるのなら馬は背に乗るぐらいは許してやる。

 蹴り飛ばそうという男を、馬は身震い一つで易々とあしらう。


『話にならん。そもそも人間は吾輩より小さいのだから、余程の者でもなくば……』


 ふと、馬は気が付いた。

 この真っ赤になって怒鳴っている馬鹿は、手綱から完全に手を放してしまっている。

 この馬場は柵で覆われているから逃げられることはないだろう、とでも考えているようだ。本当に、愚かで間抜けな男だ。

 男が剣を抜く。

 だが馬には、そのすらん、という音が、まるで馬の行く末を祝福する勇壮なラッパの音のように聞こえてならない。


『これは……神の啓示か? 吾輩に、進めと、いや、だがしかし、それは神の教えを冒涜することに……いやいや、違うぞ吾輩、よく考えろ。神は言ったではないか。背中に乗せる気にならぬのならしょうがない、と。吾輩の矜持を認めてくださったではないか! いやっ、だがしかし……』


 悩む馬の耳に、どこからか神の声が聞こえた気がした。あの恐ろしくも神々しい声で、行け、と。


『おおっ! 神っ! 神よ! 我が苦悩を聞き届けたもうたか慈悲深き神よ!』


 馬は喜び勇んで駆けだした。そして、強く大地を蹴って柵を越える。

 こちらを見る人間たちの驚愕の視線は、少し胸のすく思いであった。






「暴れ馬だあああああああ!」


 そんな悲鳴に似た声が通りに響き渡る。

 そこはコウヴォラの通り沿いにある少し高級な店で、特に野菜の種類を多数揃えている珍しい店であった。

 この窓から少し離れた席に、一人フードを目深にかぶった小柄な人間が座っていた。

 殿下商会はコウヴォラに着いた後、各自が自由に街を歩くことになった。レア・マルヤーナは一人になると道中で聞いていた野菜の美味い店へと直行したのだ。

 店内でもフードは被ったままのレア。だが金を最初に見せてあるので、店員は特に文句を言うでもなく、店自慢の野菜料理の数々をテーブルへと。

 レアはこれをご満悦で口にしだす。ウェイターが次の料理を持ってきて、これをテーブルに置いたところで、それは来た。

 暴れ馬に跳ね飛ばされた男が外から店の壁に激突し、これをぶち破って中へと飛び込んできたのだ。

 ぶち破れた壁の欠片、木片が店内へと降り注ぐ。

 レアは咄嗟にウェイターからお盆を奪い、これで料理を庇いつつ逆手のフォークで特に大きな破片は直接弾いて退ける。

 全ての欠片を弾いた後、床を滑ってきた男の頭部を足で押さえる。このままではレアのテーブルの真下で止まりそうだったので、そこで立ち上がられては堪らない、と男を蹴飛ばし別の場所へと押し滑らせる。

 そのとんでもない早業に店内の全員がレアを注目する中、レアは手にした御盆に加えフォークを隣にいたウェイターに渡す。


「ん」


 さすがに高級店である。混乱しつつもレアの意図を察したようだ。


「た、ただちに替えのフォークを用意いたします」


 レアは満足げに頷いた。




「暴れ馬だあああああああ!」


 その時、アルト王子は街中を馬で闊歩していた。彼はこうして街中を回り、時に平民に声を掛け、身分に拘らぬ気さくな人間であると表現していた。

 もっとも今日に限っては、あまりに気が滅入る話が続いたので気晴らしに、といった意図であったが。

 五人の配下もまた王子と同じく騎乗しており、そこに、一匹の暴れ馬が突っ込んできたのだ。

 その馬の凄まじい速さに驚きながらも、ケダモノ風情が王族の前を横切るなぞ不敬極まりない、と王子も、そして部下五人も魔法にて仕留めにかかる。

 だがその馬は、かのシルヴィ・イソラが鍛えし馬である。

 馬の姿が二頭、三頭に増えて見えるほどの素早い左右の動きにて、魔法の六連射を全てかわしてみせる。


「なんと!?」


 そのまま六騎の馬群に突っ込むと、これらをただの一頭で全て弾き飛ばしてしまった。

 アルト王子ももちろん暴れ馬に跳ね飛ばされており、落馬しそのまま街の路地に飛び込んでいく。

 それは、なんの騒ぎだと路地からフードを目深にかぶったスティナ・アルムグレーンが顔を出した瞬間で。

 だがスティナは突然の出来事にもこれといって動じる風もなく、人一人が吹っ飛ぶ勢いを片手のみで受け止め吸収し、静かに地面に下してやった。

 悪党外道とさんざ言われるスティナであるが、別に困っている人を助けてやることに抵抗などなく、当たり前にそうしてやるぐらいはできるのだ。

 何が起こったのか一瞬わからなかったらしいアルト王子だが、自分が何をやらかしたのかにすぐに気づいた。

 暴れ馬如きに魔法まで使っておきながら、吹っ飛ばされ挙げ句暴れ馬には逃げられたのである。

 しかも暴れ馬に落馬させられ、それを、通りすがりらしい平民に助けられたと。

 アルト王子の顔が羞恥に歪む。年齢でいうならもう中年といっていい年であるが、この時の表情はまるで癇癪を起こした子供のようである。


「貴様! 何故私が危害を受ける前にあの馬の前に飛び出さないのか!?」


 一瞬、スティナにもこの男の言葉の意味が理解できなかった。


「王族たるこの私が暴徒に襲われたのだぞ! ならば貴様はその身を挺して私を守るべきであったろう! 何故そのようなところで寝ぼけておるか!」


 平民に助けられて恥ずかしいので怒鳴り散らして誤魔化している、といったところまでは理解できたスティナだ。

 馬鹿はそれなりに見ているので理解も早い。一応コレは王族らしいので騒ぎを起こすのもなんだし、言いたいだけ言わせておいてさっさとこの場を去ろう、と考えていたスティナにアルト王子は更に怒鳴る。


「ええい私を前になんだそのフードは! 顔を隠すとは何事か!」


 そう言ってスティナのフードに手を掛けようとする。


『あ?』


 次の瞬間、アルト王子の身体が宙を舞った。

 スティナが真下から蹴り上げたのである。

 地面に落下したアルト王子は、あまりの痛みにその場を転がって回る。

 スティナはフードはそのまま、無言のままで、醜く蠢くアルト王子のもとへと歩み出る。

 そこはもう通りに出ている場所で、この騒ぎを見ていた者たちの目にもつく。もちろんお付きの五人の騎士も王子へと駆け寄っている。

 だが、スティナはそんなもの知ったことかと、寝転がっているアルト王子の横腹を蹴り飛ばす。

 アルト王子の全身が再び宙を舞う。だが今回は真横へだ。通りの反対側まで吹っ飛ばされるが、そこまでに地面についたのはたった一回。

 一回地面を跳ねただけで通りの反対側の壁に叩きつけられる。声にならない悲鳴を上げるアルト王子。


「何をするかぶぁっ!?」


 抗議の声と共にスティナに掴みかかった騎士が、裏拳一発で殴り倒される。

 これは一大事だと本気で動き出す騎士たち。スティナを取り押さえんとするも、当たり前だがスティナの間合いに入った瞬間全員殴り倒される。

 そしてもう、アルト王子とスティナの間に遮るものは何もない。

 スティナは倒れるアルト王子の首を足裏で踏みつける。これまでの打撃にも、そして今も、アルト王子は不可視の盾を発動しているのだが、盾ごと打撃を、圧力を、スティナは叩き込んでいるのだ。

 きつく締め上げた後でこれを緩め、王子の発言を許した。

 王子はすぐに怒鳴り返してきた。


「きっ! キサマ! このような真似をして! ただで済むと……」


 わかっていないようなので、スティナはこの王子の両足首を下から掴む。

 そして、力任せに振り回した。

 体重だけはありそうなアルト王子の身体が、スティナにぶん回されて地面と平行になり、その勢いで壁へと叩きつけられる。

 壁にアルト王子の形が刻まれるほど強くそうされたようだが、一回では済まない。

 今度は逆側にぐるんと回してまた別の壁へと叩きつけ、再び戻って最初の壁に。これを五回繰り返した後、スティナはアルト王子を地面に下してやった。

 無言で見下ろすスティナに、アルト王子は苦痛に悶えながら言う。


「な、何の、つもり、だ。今すぐやめろ。わ、私は、王子、で」


 まだわからないのか、とばかりにスティナはまたアルト王子の足首を掴む。


「まっ! 待て! よせやめろ! わかった! いったい何が望み……」


 咄嗟に、スティナは王子の身体を引き上げる。そこに、動けるようになったらしい騎士が放った魔法が命中した。


「んなっ!?」


 そんな驚きの声を上げる騎士に、スティナはアルト王子という名のこん棒で真横から殴りつける。彼は一撃で昏倒した。

 他の騎士たちはというと、最初にスティナが頭部を殴り飛ばしたせいで、まだ足元が覚束ず立ち上がるどころか視界すら定かではない状態である。

 そして苦痛の悲鳴を上げているアルト王子を引きずって壁まで戻り、またこれを三度叩き付ける。

 地面におろして発言を許してやると、アルト王子は涙ながらに懇願しはじめた。


「しゅみましぇん、ゆるひて、ゆるひいてくらはい……」


 よろしい、とばかりに頷いた後、スティナはこの場を去っていく。

 暴行を受けているのはこの国の王子であり、四大派閥の内の一派の代表であると民も皆知っているのだが、誰一人、止めに入ってくれる者はいない。

 そんなスティナの後姿に、これを見ていた平民がぼそりと呟いた。


「て、テオドルだ。間違いねえ、テオドル・シェルストレームが帰ってきやがった……」


 すると他の者もこれに同意し頷く。


「そうだ、アルト様にあんな真似するような奴ぁ、テオドル以外にありえねえ。あの怖いもの知らずがまたこの街に来たってのか。やべえ、やべえよ、また街中血の雨が降るぞ」


 当たり前だが、誤解を解いてやるような義理もないので、スティナは彼らの呟きを放置で姿を消すのであった。


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