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150.百剣(ひゃっけん)


 技はこなれているし、剣に振り回されるような素人でもない。十分な鍛錬の跡と剣技の熟達が見られる。だが、あくまでそれは普通の人間の領域での話だ。

 レアは彼ら八人の能力をそう判断する。この程度ならば目を瞑り、音と気配だけでも十分に斬れる。

 だが今、レアの全身はひっきりなしに回転を余儀なくされ、周囲八方より間断なく迫りくる刃の雨霰に対し、レアの二剣を以ってしてすら後手受け身に回らざるをえない。

 それほどにこの八人の連携は巧みであった。

 そして何よりも見事なのが、これら剣の連携に魔法を組み合わせてくることだ。

 魔法自体は目新しいものでもない。投石であったり、炎の弾であったり、氷の刃であったりだ。

 だが魔法を交えた敵の手数の多さは、ともすれば数百、千の兵に囲まれている時よりも多いかもしれない。一人でも斬れれば一気に崩せるとも思えるが、その一人が遠いのだ。

 見た目も体躯も不揃いの八人が、いざ連携するとなれば全員が同一人物に見えてくる。同じ思考、同じ動き、同じ速さ、同じ重さ。そんなものを八つも重ねられ八方より間断なく攻め立てられれば、さしものレアも敵を見ていながらにして見失いそうになっても仕方があるまい。

 たった今レアに剣を打ち込んできたのはどの男だったか、それすら曖昧になっていく魔法を使わぬ魔の技術。

 戦闘に集中するため、余計な思考をそぎ落としながらレアは、全ての思考が失われる直前、くすりと笑った。


『イジョラ最強の、暗殺者にぶつかっちゃったスティナも、きっとこんな気持ちだったんだろうな』



 レアから見れば彼ら八人がとんでもない強敵であるという見方もわからなくはない。

 だが、レアと対する八人はといえば、それはもう強敵なんて話ではすまない。


『なんたる! なんたる剣技よ! こうまで隙の無い動きは見たこともないわ!』


 そもそも彼ら八人は、これまで八人での連携など考えたことすらなかった。

 八人がどのような組み合わせだろうと人数以上の力を発揮できるよう、血の滲むような連携訓練を繰り返してきた。敵が手強ければ人数を増やし対処する、そうやってどんな強敵も屠ってきたのだ。

 だが、八人全員で襲い掛かって尚、手傷すら負わせられぬ怪物がこの世に存在しようとは。

 今、こうして八人で連携してみて理解した。彼らの選択は間違っていなかった。八人が寝食を共にし、互いの呼吸をすら読み取れるまでに存在をすり合わせ、単騎の力ではなく連携こそがイジョラ最強に至る最善の道だと信じたのだ。

 そして今八人が連携しているこの動きはどうだ。相手が人間であるのなら、こんな速度に対応できるはずがない。八人組の最強攻撃たる八人同時攻撃は、イジョラのどの戦士を相手にしようと決して負けぬと確信できるほどの動きであった。

 交渉役の男は脳内のみで苦笑する。


『では、今我らが相手しているコレは、神魔の類か』


 八人組の最強攻撃を引き出して尚、この少女はこゆるぎもしない。明らかに見えていない位置からの攻撃すら防いでいるのはいったいどういう魔法なのか。いや、交渉役の男は知っている。この小娘、魔法は一切使っていないと。

 腕の速さ、身のこなしの鋭さは、全てその正確で精妙で巧緻極まる足捌きに支えられており、人の域を越えていよう速度にもその動きが破綻する気配はない。

 隙をつくなんて段階の話ではない。隙を作り出すためどう動くか、というせめぎ合いである。八人組はこれまで培ってきた戦いの経験全てを持ち出し、ありったけの技、連携をレアへと叩き込む。

 これをまとめるはリーダーの男だ。

 この男、短絡的で思慮の浅いところがあるが、いざ戦闘となればこれほど頼れる男は居ない。

 忙しない戦闘の最中にあって、どの動きを誰がどういう順で行なうべきか。魔法も使わず全体を俯瞰した視点を持ち、八人全員が一度に飛び掛かるという想定外の事態にも、この男の指示は正確さを失わなかった。

 こうまで手強い相手ならば、ここは持久戦に持ち込むべき。そういう発想は八人全員にあった。人を超えた動きは当然、その消耗もとてつもないものであろうと。

 だがリーダーは攻め手を緩めることなく、こちらの最大の技にて敵を屠るべく動き続けた。

 そしてそれは正しかったのだ。

 もし、ほんの僅かでも攻め手を緩めていたなら、たちどころにレアよりの反撃を受けていただろう。レア・マルヤーナをして、予測しきれぬ熟達の連携を披露し続けるからこそ、彼女の反撃を封じ続けるなどという偉業を成し遂げられていたのだ。

 交渉役の男にはわかっている。リーダーはそれと知っていて攻め続けたのではあるまい。だが、いつだって、勝利の二字は前にしかないものだということをリーダーは知っていたのだろう。


『やはり、ここぞでは頼れる男よ』


 戦況は一進一退。予断を許さぬ状況であるが、交渉役の男はこの戦いを続けることで、何かが満ち足りていく感覚を覚える。

 八人だ。訓練も、食事も、就寝起床も全て一緒にしてきた。そうすると、排泄の時間まで一緒に揃ってしまうのには八人全員が苦笑いを浮かべたものだ。

 そうまで徹底して極めた連携技術、その完成こそが彼ら八人の望みであったはずだ。

 だが、もう、それだけではない。この八人全てが同時に掛かっていき、全員の動きが、意思が、言葉に依らず伝わってくる。

 目的はただ一つ。いかにこの小娘を殺すか。それだけを考えていると、八人全員がどう動こうとしているのかが即座に見えてくれるのだ。

 その、まるで一つの生き物にでもなってしまったかのような一体感は、何と形容していいものかわからぬが、そこには確かな心地よさがあった。

 ここまで一つになりきれる、そんな仲間が七人もいてくれることが、嬉しくて仕方がない。その中に、自分も居られることがとても誇らしい。

 リーダーは、指示を出した。

 それはこれまで一度も試したことのない連携。八人全員が同時に仕掛けねばできぬ極めて難度の高い技だ。

 だが、八人全員が確信している。今の俺たちならば、絶対に成功できるだろうと。




 レアの目には、八人の姿がまるで一つに重なっていくように見えた。

 八つに分かれた身体が戦いの最中、一つに戻っていくようで。気味が悪く恐ろしいものであると感じる一方、天晴見事と称える心もそこにはあった。

 そして八つ、いや今や一つとなった気配が強い意志を発する。決めにくる。レアは笑う。


『攻勢の気配を、隠しきれてない。やっつがひとつになるのは、そっか、こういう良くないこともあるんだ』


 その瞬間、レアもまた一つ、速度を上げる。

 これまで手を抜いていたわけではない。だが、レアは一流の戦士である。ここ一番の勝負どころでもう一つ速度を、力を上げる技も心得ている。

 これを身内以外に使うのは滅多にないことで、敵はそれほどの相手であった。

 それでも受けきれなかった。胴の革鎧に刃を当てさせ滑り外す、ぎりぎりの回避をするハメになった。

 レアは上げた速度で一気に包囲を抜ける。このレアの大きな動きに、八人組はすわ逃げる気かと追いすがりに掛かるが、レアが大きな箱の隣に立つとこれを警戒し動きを止める。

 箱はレアの腰の高さまである大きな正方形の木の箱で、頑丈な蓋で封がしてあった。

 敬意を込めた視線を、彼ら八人へと向けるレア。


「イジョラは、きちんと魔法だけじゃなかった。それが、とても嬉しい、よ」


 レアは自らが運び込んだ箱の蓋に触れる。

 これを片手で掴み、千切り開く。それ以外では開かないようにしてあった。

 そして敵が動き出す前に、レアは箱の中身を彼らの頭上に向けて投げ放った。

 木箱は特に腰を入れたようにも見えず腕力のみで放り投げられている。

 少女がそうできる程度の重さ、とは当然八人も考えない。これまでの戦闘で、レアの人間離れした膂力は嫌というほど味わっているのだ。

 だが、箱から飛び出してきたものを見た時は、一瞬だがこれは見せかけだけのものではないかと思わず疑ってしまった。

 剣だ。数十本の剣が箱の中には入っており、これをレアは空中にぶん投げてきたのだ。

 剣は全て鉄製であるからして、その重量は見た目よりずっと重いものだ。これが数十本となれば大の大人でも一人で持ち上がるようなものではなくなるだろう。

 それを小娘が軽々と投げ上げる様は、どこか現実離れした冗談そのものの光景に思えてならない。

 ここでも真っ先に反応したのはリーダーの男であった。


「剣は本物だ! だが恐れるな! 剣よりも奴から目を離すなよ!」


 彼の言葉通り、剣を放り投げたレアは八人目掛けて突っ込んできていた。

 リーダーの目はレアが剣を持っていないことを目敏く見つけていた。箱を両手で放り投げるのと同時に突っ込んできたのだから、剣を持っていないのも当然だろう。

 剣がなくともこの小娘の腕力ならば、容易く人体なぞ殴り千切れよう。だが、剣と素手とでは間合いが圧倒的に違う。

 この好機に、一番近くにいた男は間合いの差を活かし踏み出しながらの突きをレアへと見舞う。

 レアもまた腕を突き出し伸ばしてくるが、当然男の方が速い。しかし、男の突き出した剣が弾き飛ばされる。腕で? いや違う。突如レアの手の中に出現した剣によって弾かれたのだ。

 弾くと突くが同時に行なわれレアの剣が男の喉に突き立った。遂に八人組最初の犠牲者が出る。しかしこれに衝撃を受けている余裕は彼等にはない。

 先頭の一人がレアの注意を引きつけている間に、左右から挟み込むように移動した二人が斬り掛かる。

 突きをしくじったか、レアの剣は半ばから折れてしまっており、レアは未練も見せずにこれを投げ捨てる。

 右の男は上段袈裟、左の男は下段逆袈裟。素手の間合いからはもちろん外れた場所よりの同時攻撃。これならばどちらかにしか反撃はできない。

 だが、再び無手になったはずのレアが身をよじりながら両腕を振るうと、今度は両方の手より剣が生じる。


『なんと!?』

『馬鹿な!?』


 捻り飛び上がりながら同時に左右に剣を振るうレア。左右の男の首が同時に飛んだ。

 そのからくりに気付いたリーダーが叫ぶ。


「奴は無手ではない! 剣があるものと思い対処しろ!」


 三人が斬られたが、振るった剣を戻す間も与えず残りの男たちは襲い掛かっている。この速さ、隙の短さこそが連携の妙である。

 後方より踏み出してきた男に向かって、レアは足を伸ばし蹴りを放つ。


『馬鹿め! 遠いわ!』


 が、今度は腕ですらない。足の先に剣が現れ、足の甲で剣の柄を蹴りこれを突き出してきたのだ。

 剣先は男の首横を捉え、男は勢いよく血を噴き出しながら倒れる。

 事ここに至り、全員が理解した。

 今、頭上より降り注いでいる剣をレアは使っているのだと。

 無手の状態から斬り掛かる直前、空より振ってくる剣を手に取り足に取り攻撃に用いるのだ。アレはそのための前準備であったのだ。

 交渉役の男はあまりの出来事に驚愕を露にする。


『なんたる、なんたる奴か! あの数十本の剣の軌跡を、全て見切り記憶しているというのか! あの投じた一瞬のみで!』


 レアは最初に投げた時以外、一切頭上を見てはいない。男たちは降ってくる剣が致命的な当たり方はしないと決めつけ運任せに動いているのだが、一人レアのみは剣が落下してくる場所を知っていて、避けるどころか攻撃に用いているというのだ。

 そして最早、どうしようもないのだ。レアが剣を投じた瞬間、全員がその剣の範囲外に逃げるぐらいせねばこの技はかわせないし、もちろんレア側もそれがわかっていて、広がるようにかつ低い軌道で剣を投げてきているのだ。

 いきなり生じる剣もそうだが、突きを迷いなく放てるのもこの技の利点だ。敵の胴深くに食い込んでもすぐ別の剣に切り替えるのだからレア側に不便はない。

 次々斬り伏せられる仲間たち。位置的に、交渉役の男は最後になると読んだ。だが、ここで、剣の範囲から逃れるように下がることはできない。皆が絶対の死地にある中、彼一人、挑む姿勢を失うような真似だけは断じてできない。隠密としては絶対にやってはならぬことだったとしても。


『……ふん、俺も人のことは言えぬということか』


 交渉役の男は、レアに向かって覆いかぶさるほど高く飛び上がりながら、その頭上より斬り掛かる。

 これならば上から降ってくる剣を受け取ることもできまいと。

 だが、レアの足元で金属音が鳴る。

 地面に当たって跳ねた剣を拾いながら、レアが剣を振り上げると、交渉役の男は胴は深く切り裂かれた。

 男は辛うじて着地はできたが、そのままよろよろと数歩歩き、振り返る。

 レアは斬った位置から移動しており、それは交渉役の男が剣の範囲から逃れた場合に居たはずの場所で。

 そこでレアは天より振ってきた二本の剣を両手に取ると同時に鞘へと納める。つまり、逃げていても、男は死んでいたということだ。

 レアもまた男の方を振り向き、言った。


「秘術、百剣」


 完全なる敗北。これを認めながら男は最後の言葉を漏らした。


「……殿下商会、恐る、べし……」




 反乱軍だけならともかく、イジョラ軍を名乗る男たちを殺してしまったのだ。殿下商会の隠密活動は大いなる危機を迎えていると言っていいだろう。

 だが今、レアの頭にあるのはそんなことではない。

 そんな些細な敵なぞ気にかけている余裕はないのだ。

 もっと恐ろしい、強大な敵。これへと挑む、最後の準備が今、整ったのだ。

 隠れ磨いた秘術をひっさげ、レアは遂に、最大最強の壁へと挑む。

 一番初めに、レアの矜持を木端微塵に打ち砕いてくれた憎いあんちくしょう。


「首を洗って、待ってるといい」


 アイリ・フォルシウスとの、決着を付ける時が来たのだ。


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