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149.抜け駆け


 蒼の部隊を名乗る八人の男たちは判断に迷っていた。

 彼らの仕事は、実力行使を伴う諜報活動である。

 今回は、昨今地方を荒らしまわっている反乱軍を捕らえることがその任務であった。

 だがいざ来てみれば、反乱軍は百人もいたそうで。そしてその軍はどうしたかといえば、四人組の魔法使いに皆殺しにされたと。

 何を言ってるのか意味がわからなかったが、これを証言した領主は嘘のつける人物とも思えなかったし、嘘をつく理由もない。

 この四人組、殿下商会とかいうふざけた名前の連中を、どうするかで彼ら八人の意見が割れたのだ。

 八人のリーダーである男は、その四人組を捕らえて事情を吐かせれば良い、と言う。これに対し、雑兵とはいえ百人を殺し尽くすその手腕は侮っていいものではない、と警戒を主張する者が半数いた。

 リーダーの男は、その腕っぷしと戦闘時の咄嗟の判断に優れている。それが故のリーダーであるが、権謀術数や交渉術は他の者たちに劣ると彼も自覚している。

 リーダーはとても嫌そうな顔で問う。


「ではどうする。何があったか教えてくださいと頭でも下げろと?」

「……お前にそういうのは期待しとらん。交渉は俺がするからお前は警戒を頼む」

「おおっ、やってくれるか。さすがは心の友よ」

「まったく、調子ばかり良いのだから……それと念のためだ、死体の確認もしておいてくれ」


 反乱軍百人の死体は既に埋葬済みだ。相手の強さを探るに死体はまさに情報の宝庫であるが、埋めた死体を掘り起こしてこれを調べるのは重労働のうえ、とても不快な思いを我慢しなければならない。

 この役目をすることになった三人は先のリーダー以上に嫌そうな顔をするが、頼む、と一言言われれば文句は言わなかった。

 そして残る五人が、件の殿下商会なる四人組の泊まる宿に向かった。


 まず、その侍らせている女の美しさに驚いた。

 殿下商会四人組の内の三人は、交渉担当の男がこれまで見たこともないような美人揃いであった。

 屈強な戦士を想像していただけに、交渉担当の男は危うく狼狽を面に出してしまいそうになった。

 背後から、ふざけんななんだこの野郎は、というリーダーたちの怒りの気配が感じられる。

 これだけの美人を三人も連れていれば嫉妬の一つもしたくなるのはわかるが、この手の任務につくようになってもう長いのだから、荒くれ兵士のような所業は勘弁してほしいとも思うのだ。

 商会の主、殿下と呼ばれている男は、彼らが軍の兵士であると伝えても全く動じる気配はない。

 交渉担当の男が背後の気配を全部無視して、反乱軍との交戦の話を聞きたいと言うと、殿下は快くこちらの要求に応じてくれた。

 曰く、三人の美女美少女も優れた戦士であり、殿下を含めた四人で百人の反乱軍を全て一人も逃がさずに殺したと。

 交渉担当の男は、とにもかくにも殿下側の主張の全てを聞いた。そして最後に、本当にそれでいいのか、と尋ねる。殿下がもちろん、と答えたところで背後のリーダーが男の背に手を置いた。


「代われ」

「まだやるなよ」

「……こんなになめられているというのに黙っていろと?」

「脅すだけで済ませろ。その先をやるのなら日を改めろ」


 憎々し気に交渉担当を睨んだ後で、リーダーは殿下の前に立つ。


「おい、一度だけ聞いてやるから正直に答えろ。いいか、一度だけ、だ。それでもし俺の期待に応えられんようなら、お前のその綺麗な財産を八つ裂きにしてやる、わかったな。じゃあ聞くぞ。お前、俺たちをなめているのか?」


 殿下なんてたわけた名前を名乗る青年は、その名前に相応しい上品な笑みで答えた。


「八つ裂き? お前ら程度でやれるものならやってみろ」


 交渉担当の男ともう二人が冷静でいられたので、どうにかこの場での衝突は避けられた。だが、リーダーともう一人血の気の多い男は、それはそれはもう人前に出せるような状態ではなくなってしまっていた。

 交渉担当の男は思う。この諜報部隊らしからぬ血の気の多さは、きっと彼らの部隊に殺しの仕事がよく回ってくるせいだろうと。問題が起こったならば相手を殺して解決すればいい、なんて考えていてはまっとうな諜報活動など行なえるわけがない。諜報活動とは本来もっと、地味で、地道で、じめーっとした仕事であるはずなのだから。

 仲間が熱くなった馬鹿二人を外に引きずり出していく中、交渉担当の男は殿下に問う。


「……お前、どんな後ろ盾があるのか知らんが、今この場で殺されては後ろ盾も何もなかろう。まさかとは思うが、俺たちがタダの兵士だなんて思ってはおらんよな?」


 殿下は小首をかしげていた。


「不思議なんだが、お前たちは私の親でも上司でも取引先でもないだろう。なのにどうしてそんなに偉そうにできるんだ? 私がお前たちの命令を聞かねばならん理由なぞどこにもありはしないだろうに」

「軍の要請にはできる限りで応えるのが民の責務だろう」

「軍人を主張したいのなら、その嘘くさい所属をどうにかしてからにしてくれ。第十一兵団? 弱小反乱軍の鎮圧任務なんてつまらん仕事をする軍ではあるまい」

「……貴様」

「その所属証が偽物だとは言わないけどな。表沙汰にできないからこそ、少数でこそこそと動いているのだろう? そんな連中が軍人気取りで命令下そうなんて片腹痛いね。商人相手に交渉しようってんなら、きちんとこちらの利益を提示してからにするんだな。それができないんなら隠密は隠密らしく人知れず活動してろよ」


 交渉担当の男は、呆れ、諦め、そして肩をすくめる。


「お前は私たちを偉そうと言うが、私もお前のような態度のデカイ商人は初めて見るよ」

「そりゃただの勉強不足だ。商人ってのはどいつもこいつも、私みたいな奴ばかりさ」


 自分こそが商人の平均値であるなどとぬかす、殿下のとんでもなく図々しい言葉に対し、交渉担当の男は真顔で答え、宿を去っていった。


「そうか、覚えておこう」




 反乱軍の死体を確かめてきた三人の男たちは、その恐るべき傷口を拠点としている山小屋にて皆に報告する。

 死体に付いた傷はどれもこれも尋常ならざるものばかり。或いは獣の如き膂力で引き千切られ、或いは達人の刃にてすぱりと斬り裂かれ、精妙無比なる一撃にて正確に急所を貫かれ、人体を熟知した一撃にて骨をへし折られている。

 三人は交渉役の男の慎重策が功を奏したとこれを称える。これほどの戦士、そうはお目にかかれぬし、戦うとなれば八人がかりでも十分な注意が要るであろう。

 つい今しがた連中の確殺を誓ったリーダーは渋い顔であったが、それでも敵の強さを認めぬような愚か者でもなく、ではどうするかと皆に問う。

 それぞれ意見が出るが、総じて結論は一緒だ。

 敵、極めて手強しとなれば、勝ち易く勝つべし。そのための策を練り、時間をかけ、確実に一人ずつ仕留めていく。そんな動きを成功させる為にどうすべきか、彼ら八人は語り合う。

 そして同時にこの背後を探る。男一人に美女が三人。そんな目立つ四人組魔法使いの話は彼らも聞いたことがないが、あの死体を作りだすような連中が無名などということはありえない。

 殿下商会なる連中の正体として、最も有望と思われるのはエルヴァスティ侯爵の派閥が抱える密偵という線だ。

 ここまでの精鋭を彼ら八人にすら知られず抱えていられるような貴族は、彼ぐらいしかいないという消極的な理由である。少なくとも彼らの味方でないのだけは確かで、味方でないのならば優れた戦力は機を見て殲滅しておくべきだ。彼らはそれを期待されている部隊であった。

 そもそも彼ら八人、近衛に勝るとも劣らずと言われた精鋭暗殺部隊である。今回も相手は反乱軍ではなく、反乱軍の裏にいるやもしれぬ敵派閥であった。

 想定外の戦力と遭遇しても実力でこれを駆逐しうる強力な魔法使いたちだ。彼らを送り出した彼らの派閥の主であるアルト王子も、反乱軍の先に敵派閥がいないかもしれないとは思っていても、まさか彼らが敗北するなど考えてもいない。

 暗殺、諜報、そうした影働きに長けた彼ら八人は、任務中周囲への警戒を怠るようなことはない。八人が集まって話し合いをしていたとしても、周囲に近寄る者あらばそれとわかるような仕掛けをそこら中に施してある。

 だから、その音が聞こえたことに、八人全員が驚愕する。

 それは扉を叩くノックの音、そして、女の声であった。


「こーんにーちはっ、入るよ」


 驚きのあまり誰もが反応が遅れる。扉が開き、室内に入ってきたのは小柄な少女。先程、殿下商会に居た三人の女の内の一人。小さな背丈に対して妙に胸のデカイ少女、レア・マルヤーナだ。

 少女はこの山小屋周囲に張り巡らされているはずの魔法の仕掛けにも一切引っかからず密かに山小屋付近に入り込んだというのに、堂々と扉を叩き挨拶して入るなんていう意味のわからない真似をしてきた。

 八人が混乱している中、少女は特に部屋の中に入っていくようなそぶりは見せず。扉から中に身を乗り出すようにしながら、少女らしい澄んだ鈴のような声で言った。


「そっちもやる気に、なってるみたいで何より。外で、待ってる。だからさっさときて」


 そう言って扉を閉めようとするが、出際ににやりとレアは笑った。


「相手、したげる。私一人で。それなら、もしかしたら勝てるかもしれない、よ?」


 レアはイェルケルに対し、自分が連中の後をつけて何するつもりか調べてくる、と言って単身で出てきていた。

 スティナはイーリスの護衛につきたいでしょ、と言うとスティナはその心遣いに感激していたが、もちろんレアはそんなお優しい理由でそうしたのではない。

 いつぞやの抜け駆けと一緒だ。この連中全てと、レアは一人で戦いたかったのだ。


「さーて、何処まで出来るかな。後で絶対怒られるんだから、その分は元を取らないと」


 敵らしき存在が本当に敵かどうか、殺すまでやるべきかどうか、その判断は実はかなり難しいものだ。

 当たり前だが、敵が、私は敵ですさあ殺し合いましょう、なんて言い出すことの方が稀であるのだから。

 だがこの誰しもが抱えるだろう難しい判断を、殿下商会の面々は容易く決することができる。それは彼らが敵判定の基準を簡易に見積もっているということではない。

 その人間離れした身体能力からくる、諜報能力である。

 誰もがありえぬと断じるような隠れ方をすることで、敵の完璧なる油断を誘うことができる。彼らの重要な会議、談義、謀議、全て筒抜けとなってしまうのだ。

 故に殿下商会は、相手にこちらの敵になるかどうかの判断を委ねながらも、殿下商会側が先手を取るなんて真似ができるのだ。

 或いはこれこそが、第十五騎士団、殿下商会が、どこと戦っても決して負けぬ最大の理由であるのかもしれない。




 リーダーの男は二人の仲間から報告を受ける。


「周囲、敵影無し」

「あの小娘の武器も剣二本のみ。だが、見慣れぬ箱が一つ。警戒を怠るなよ」


 リーダーと仲間、全部で八人は山小屋から出てすぐのところにいたレアを半包囲する形に動く。それでもレアは動きを見せず。リーダーは確認する。


「なんのつもりか、聞いて答える気あるか?」

「ん? ああ、簡単な話。最近、強いのと全然やってないから。ここらで一つ、生死の際ってのを、感じてみようと思って」


 リーダーは思いっきり目を寄せる。


「それを感じたいのなら死にかける目に遭うしかないが、死にかけて本当に死んだら馬鹿そのものだろ」

「その時はその時。私は、貴方たちと違って、狙う相手がすっっっっっごく強いの。死線の一つや二つ潜ったぐらいじゃ全然届かないほどに。だから、日々、適度な死線ってのが欲しくなるのっ」


 理解できぬと頭を振るリーダーの肩を叩くは交渉担当の男だ。


「アルハンゲリスクの戦士たちの生き方がそういったものだと聞いたことがある。確か、ベルケレの槌、だったか」

「あー聞いたことあるな。任務でも義務でもなく、己が望みが戦の果ての死だとかいう頭のおかしい連中だったか。ヤダヤダ、遂にそういうのまで引っ張り出すようになってきたか」


 指を立て、これを左右に振るレア。


「アルハンゲリスク違う。で・ん・か・商・会っ」


 そう言って誰よりも先に、両腰に差した二剣を抜き放つ。抜剣は、どこの国でも即座に開戦の合図となる。

 馬鹿め、と罵りながらリーダーも、残る七人も動き出した。


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