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146.反乱軍の尖兵


 イェルケルが一番先頭に立ち、その後ろにイーリスが。そして彼女を取り囲むようにスティナ、アイリ、レアが。

 そんな五人を更に大きく取り囲む百人以上の群衆。彼らは皆平民の衣服を着ているが、腰に剣を下げ、手には槍を持つ。見る者が見ればすぐにわかろう。彼らは平民などではない、暴力に慣れた者たちであると。

 だが、彼らを指してイェルケルは兵士とは言いたくはない。何せイェルケルはカレリア国軍を見てしまっている。イジョラ魔法兵団にしたところで上官に一切逆らわぬ異常なまでに潔い兵士の集まりだった。そんな軍を見てしまっていては、今目の前でオラついているような馬鹿を兵士などとはとても呼べまい。


「貴族に尻尾振ってるアホウがよう! 俺たちの前に立とうたぁ良い度胸だ! ええ色男! 後ろの女と一緒に売り飛ばしてやろうか!?」

「貧乏くじ引いたな! ここじゃあ貴族のご威光なんてものはクソの役にも立ちはしねえのさ! 今までさんざ貴族をバックに好き放題してきたんだろうが、てめえの勝手もここまでってこった!」

「見ろよこの面! 貴族様の夜のお相手もしてたんじゃねえのかコイツ! ぼくちゃん本当に剣なんてつかえるんでちゅかー?」

「……よしコイツのケツは俺がもら――」

「おめーは口開くな話がややこしくなる。後、女は殺すなよ、絶対殺すなよ。俺ぁ死体にゃ興味ねえからな」

「……俺は死体なら女でも我慢でき――」

「だーからお前は口開くなって言っただろーが!」


 にじり寄ってくる荒くれ者たちの声に負けぬ大声で、イーリスが怒鳴ってやった。


「ふん! 結局反乱だなんだって言ってただの野盗じゃない! ウチの領地のみんなは賢いからね! こんな浅はかな話に乗るのはそこのボンクラぐらいのものよ!」


 よく通る声に驚き、優男が反論しようとする前に、イーリスは更に被せて叫んだ。


「ウチの領地にはねえ! 盗賊風情にくれてやるものなんて何一つないのよ! 命が惜しかったらとっとと私の前から消えなさい!」


 威勢の良い啖呵に、だったらてめーからまず奪ってやるよ、と襲い掛かる男。優男はこれを聞いている民衆の反応が芳しくないものになると思い、少し待てと声を掛けるが間に合わない。

 剣を抜き、斬るというよりは退かす意図でこれを真横に薙ぐ男。イェルケルは片手を開き、手の平でこの剣を受け止める。


「何っ!?」


 いや、手の平ではない。指先でつまむように、男が体重をかけ薙いだ剣を止めたのだ。男は慌てて剣を引くがびくともしない。


「最近、さ。こういう芸当もできるようになったんだ。やっぱり剣を使うんなら、握る力って大事だよな」


 その体勢のまま、イェルケルはゆっくりと剣を抜く。男は剣を押さえられているので何もできない。イェルケルは殊更大きな動きで剣を男の頭上にまで振り上げる。


「う、うおおおおおお!」


 剣はもう無理だ、と諦めこれから手を放す男。


「遅い」


 イェルケルはゆっくりと、男の肩口へと剣を振り下ろす。

 剣はそのまま男の身体へと吸い込まれていく。そこに人の身体があるというのにまるで抵抗もなく、剣を振るなんて速度ではなくゆったりとした撫でるような速さで。

 イェルケルの剣は、驚愕の目でこれを見守る群衆たちの前で、男の反対側の脇下に抜ける。

 振りぬいた剣をイェルケルは自分の眼前まで持ってくる。少し、不満げな顔であった。


「んー、やっぱり血は付くか。スティナの域にはまだ遠いな」


 男の上体はイェルケルの呟きと共にあるべき姿を思い出したのか、斜めにずれ落ち地面へと落下した。

 男の絶命を見届けてからイェルケルは、剣を手元でくるくるりと二回転させ、残った男たちに問う。


「どうした、さっさと来いよ。夕飯に間に合わなくなったらどうしてくれるんだ」


 たった一人が斬られただけだ。だが、その一撃を見ただけでイェルケルという剣士の危険さは十分に伝わった。そして残ったイェルケルの前に立つ八人の男たちは即座に対応する。この辺は少し兵士っぽいかもな、とイェルケルは思った。


「弓だ! 弓を寄越せ!」


 イェルケルを取り囲んでいた八人全員が一斉に後方へと逃げ出し、弓を持っている者たちからこれを奪い取り、すぐに射る。八人がほぼ同時に、合図もなくそうできたのだから、彼らもまた実戦には慣れた者たちなのであろう。

 一歩を踏み出し、小さく跳躍しながら全身を回転させるイェルケル。手、足、胴、それぞれが独自の思考を持っているかの如くバラバラに動くも、まとめて見ると、それらの動き全てがどこかしらで繋がっているような、不思議な印象を与える動きであった。

 そして起こった結果はより不思議なもので。


「ば、馬鹿な!?」


 飛来した八本の矢全てを、一瞬でイェルケルは斬り落としたのだ。

 弓を射た八人の内の一人を睨み付けるイェルケル。


「……よりにもよってそこを狙うか。もういい、ならばもうお前らは、反乱軍だのなんだのなんて考えない」


 八人の内の一人は、イーリスを狙って矢を放っていた。

 護衛対象を傷つけ動揺を誘おうというつもりであったのだろう。その小癪な思考がイェルケルの癇に障った。


「イジョラの政争に興味はない。正規軍だろうと反乱軍だろうと好きにすればいいさ。だがな、盗賊は別だ。見つけたなら即座に、その場で、確実に、殺しておかないとな」


 イェルケルは宣言と共に彼らに向かって飛び込んでいく。残ったスティナはアイリに耳打ち。


「ここ、お願い」

「む……よかろう。全部殺せよ」

「りょーかい。レア?」

「あー、私、屋敷の方行く。いちおー」


 スティナとアイリは顔を見合わせる。この反乱軍とやらがそうした小細工をするとは思えなかったが、それをやられていたらイーリスが悲しむことになる。警戒するだけの価値はあるだろうと。

 イェルケルが突っ込んだ前方では、反乱軍の優男が焦った声で殺せと怒鳴っている。

 スティナとアイリが同時に頷くと、レアは音もなくその場から姿を消した。すぐに、じゃあ私も、とスティナも姿を消し、一人残ったアイリはイーリスの側に。


「屋敷にはレアを配した。他に、イーリスが殺してほしくない者なぞはおるか?」

「え? あ、えっと、ま、街の人は殺さないでほしいかなって」

「うーむ、それは私たちには区別がつかんな。あそこに集まっている馬鹿共は全部死ぬが、それはマズイか?」

「へ? 全部? いやさすがに無理じゃ……ま、まあそれはともかく、一人だけ街の人いるけど、あれは別にいいや。屋敷襲撃に参加するほど馬鹿だとは思わなかったわ……アレと一緒に悪さしてるのもいたけど、あそこにいるのはアレ一人ってことは残りはぎりっぎり踏みとどまったみたいね……あーもう、ホントこっちが情けなくなってくるわ」


 アイリが周囲を見渡し問う。


「疑問だったのだが、他に衛兵はおらんのか?」

「街の警邏はいるわよ。でも、ウチの屋敷に警備なんて必要なかったもの。自慢だけど、ウチの領地じゃ盗人だって滅多に出ないんだから」


 苦笑するアイリ。


「確かに、それは自慢していいことだな」


 それほどのド田舎だという話で、実はあまり自慢するようなことでもないのだが、でしょー、と嬉しそうな顔のイーリスを見てアイリは沈黙を守ることにした。

 イーリスはじっと前方で戦うイェルケルを見つめながら言った。


「……貴女たちがいてくれて、本当に良かった。ありがとうね、アイリ」

「それは全てが終わった後で殿下に言ってやってくれ」

「うん」


 少し間をあけてから、再びアイリが口を開く。


「イーリス」

「う、うん」

「見てるのがキツければ、無理して凝視する必要はないぞ。申し訳ないが、我らの戦い方はとても女性が見ていいようなものではないのでな」


 並みの戦場であっても、千切れた四肢やら首やらが当たり前にそこらに飛び交うなんてことには普通はならない。

 イーリスは無理して笑おうとして失敗し、引きつった顔のままアイリに言う。


「そ、そうなんだけどね。でも、ほら、元々これ私のせいっていうか、ウチの実家のせいで起こったっていうか。なのに私が見もしないってのは、ちょっと違うんじゃないかなーって」


 戦場の最中にあって、アイリが優しげな笑みを見せるのは滅多にないことだ。

 そんな笑みも必死極まりないイーリスの笑顔もどきを見れば苦笑に変わらざるをえない。


「そうか。無理はするなよ」


 アイリは、また一つこの少女を好きになる理由が増えたな、と笑うのであった。




 林の中を駆ける反乱軍の男たち。人数は十一人。標的は領主の屋敷で、貴族を相手にするにはあまりに少なすぎる人数であるが、彼らを率いる男は知っている、ここの領主はまともな戦闘訓練を受けたことがないことを。

 いかな魔法使いとはいえ、戦闘にてこれを用いる術を学んでいなければ脅威度は低くなる。十分に注意すれば勝てぬ相手ではない、と男は考えていた。

 そんなことを考えるほど学があるのはこの男のみで、残る十人は優男たちが語って聞かせた魔法使いにも勝てる方法というインチキな話を信じて突っ込んできているのだが。

 男が十人で迂回して屋敷よりの退路を断つ、と申し出たのには、こういった勝算があったのだ。

 だが今、男は全く別のことを考えている。

 同行している十人の中で、最も体躯の優れた男を呼び止める。


「よう、これからどう動くかはわかってるかい?」

「ん? 屋敷の裏口に回って、そこで貴族が逃げるのを待ち伏せするんだろ」

「おー、完璧じゃねえか。なあおいお前、こっからお前が指揮してみるか?」

「は?」


 驚くデカい男に猫なで声で語り掛ける。


「前からよ、お前には目を付けてたんだ。ただの兵士にゃねえ輝きって奴がお前さんにはある。責任は俺が取るからお前ここで一発、部隊指揮やってみねえか? なーに、お前が言った通りのことをやりゃいいだけの話だ、難しいことはねえよ」

「いいのか!?」

「もちろんだ。お前みてぇなのを育てるのも俺たちの仕事よ。んじゃ、こっから先はお前が先頭で行け。俺ぁちっと調べたいことがあるんで後は任せて……いいよな?」

「お、おう! 俺もよ! 俺ならやれるんじゃねえのかって思ってたんだよ! 任せてくれ!」


 などと調子のよいことを言って部隊を押し付けた男は、んじゃ後は頼むぜー、と一目散に逃げだした。

 男はあの場を離脱する時、イェルケルの剣がゆっくりと人を斬るのを見てしまっていたのだ。


『なんだありゃああああああ! ヤベェなんてもんじゃねえええええ! なんだってあんな化け物がこんなド田舎にいやがるんだよ! おまっ、ふっざけんじゃねえよ! あんなん勝てるわきゃねえだろ! 剣が革鎧相手でもほんの一瞬たりとも止まってねえじゃねえか! あれ紙じゃねえんだぞかったい革だぞ革! しかもその後アイツ矢を剣で弾いてたじゃねえか! 見たぞちくしょう! 魔法で弾いたんじゃなくてきっちり矢を見て剣で弾いてただろ! あんな魔法見たことも聞いたこともねーよ!』


 脇目もふらず全力疾走にて林の中を駆け抜ける。

 そして、遠くから聞こえてくる声。


「……なんだよ! 何がどうなってんだ!……」


 つい先ほど男が指揮を任せた男の怒鳴り声、いや、悲鳴であった。

 まさか、が現実になった瞬間である。

 男は走った。後ろを振り返らなかったのは、今にもすぐ背後にソレが迫っているように思えたからだ。

 足元は悪いし木々と蔦が視界を遮るも、男は自らが出せる最速にて走り続けた。

 頭の中をよぎる声はただ一つ。逃げろ、逃げろ、逃げろ、だ。足元に不安はあるが、こうして林や森の中を走るのも初めてのことではなく、自分ならばこのまま走り抜けられるだろう、と考えていた。

 が、転んだ。

 大慌てで両腕を前に突き出し、顔面痛打だけは避けられたが、あまりの痛さにその場で転がりまわってしまう。

 しかしいつまでも寝転がってもいられない。大急ぎで立ち上がろうとする男は、そこで初めて、右足の膝から先が失われていることに気付いた。

 口元まで出かかった悲鳴を堪える。周囲を見渡すと、林の中を一人の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。

 まだ距離はある。男は必死にこれより逃れようとするが、片足では思うように動けず、立ち上がることすらできない。

 アレの持つ剣の届く距離になったら終わりだ。男は死んでたまるかと足掻く。


「待て! 待ってくれ! お、俺はさっきの連中とは関係ないんだ! 脅されて案内をしただけですぐにこうして離れただろう!」


 少女は男の言い草を鼻で笑う。


「あの雑魚十人と比べれば、貴方のほうがまだマシ。あんなのに脅されたなんて言われても」

「そ、そりゃ違う誤解だ! 俺は家族を人質に……」

「貴方のその手、家族を養う、明日を考えて働いてる人の手じゃ、ない。……本音を言うと、貴方のような勘の良い人、生かしておいて、色々と使いたくはある」

「使われますとも!」

「でも、そうしてる余裕、ない。こちらが陽動の可能性、あるしね。ふふっ、私たち、すっごく強いって言われてるけど、案外、余裕無かったりするんだよ」

「笑いごとかああああああ!? 俺の生死掛かってんだぞおおおおおおお!!」

「ん? ああ、ごめんね。じゃあ、笑わずに、っと」


 まじめ、と口で言いつつ顔を引き締めた後、ぶすりと剣を刺して屋敷へと向かうレアであった。


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