144.時代は王女ではなく侍女
正体不明の暗殺者集団に狙われたイジョラ王女アニタは、商人を名乗る四人組に命を助けられた。
アニタ王女に同行していた侍女イーリスは、深く深く嘆息する。
『いやもうこの時点でつっこみ所満載なんですけど。商人? 王女を狙うほどの暗殺者たちをあっさり返り討ちにする商人? 相手何十人っていたのにたった四人で蹴散らした商人? てか内の一人走る馬車から飛び降りた後、走って馬を斬り倒してまた馬車に走って戻ってきましたよね?』
どうやら追撃はないらしいとなったので、アニタ王女と侍女イーリスの乗る馬車は乗り心地を考えた速度にまで落としていた。
襲撃者から二人を守った四人の内、一人はこの場を離れていて、残る二人は馬車の御者席に、残る一人は馬車の上に乗っているらしい。
王族の乗る馬車の天井に人が乗るとか不敬にも程がある行為だが、そもそも彼らはここに王族がいるとは知らないのだから仕方がない。ただ、これを彼らに馬鹿正直に言ってしまってもいいものか。イーリスは侍女になったのもつい先日の話で、アニタ王女を取り巻く情勢を何一つ知りはしないのだ。
できるだけ慎重に動くべき。それは王女の身を守るだけでなくイーリスの身を守ることにも繋がるだろう。その辺の判断は王女に任せてもいいとも思えたが、まだ会って丸一日も経っていないが、アニタ王女はこのような窮地で知恵を巡らせられる人間であるとも思えなかった。
『自分の身は自分で守れ、か。うし、ここまで上手く生き残れたんだから、がんばれわたしっ』
イーリスは王女に、正体は領主様の屋敷に着くまでは隠しておいた方がいい、と伝えその理由を説明する。アニタ王女はふんふんと真剣な顔でこれを聞き頷いた。
なので安心したイーリスだったが、これは安心ではなく油断であったとすぐ後に悟った。
完全に追撃を振り切ったと判断した商人を名乗る青年が馬車を止め、お互いの状況を話そうと言ってきた。望むところであったのでイーリスはこれを受け入れ、主であるアニタ王女が話をすることに。
青年と馬車の天井に乗っていた小柄な女性が並んで王女の前に立つ。イーリスの第一印象は美男子の好青年であったのだが、あれだけの大暴れを見せられた後ではとてもそんな風に見ることはできない。
「では改めて、えっと、君たちの名前を聞いてもいいかな」
王女はにっこりとほほ笑み、準備していたらしい偽名を名乗った。
「はい、わたくし、アニータと申します」
『隠す気あんのか王女さまあああああああああ!?』
イーリスの心中を読み取る術のないアニタ王女は、どうだ完璧だろう、とばかりにイーリスを見て胸を張っていた。
青年の顔がちょっと引きつって見えたのはきっと見間違いではなかったとイーリスは思う。だがこれに対する青年の返しから、イーリスはこの青年にはこんなバレバレの嘘も通用していたと断じる。
「そっか、私は仲間内では『殿下』って呼ばれてる。殿下商会の殿下だ、よろしくな」
『王族を前に王族詐称する馬鹿があるかあああああああああああ!? それ王女おおおおおお! そこにいるの王女様ですよおおおおおお! てーか殿下商会ってなんじゃあああああ! しかも殿下の名前が妙に似合ってるのが腹立つわあああああああ!?』
礼法を学んでいたイーリスは、内心でどれだけ壮絶なつっこみを入れていようとそれを表面に出したりはしないですんだ。実家で学ばされた数々に、心の中だけで感謝するイーリス。
アニタ王女は青年の名乗りにちょっと驚いた顔をしたあと、くすくすと笑いながら答える。
「まあ、とってもお似合いですわ」
「ははは、よく言われるよ」
『どっちもツッコミ無し!? アンタらが言われるべきは危機感がないだとか天然だとかそーいうのでしょうがあああああ!』
イーリスは考える。このまま目的地である街に向かうのは危険。かといって戻るのも無しだ。どちらにも敵がいると考えられる。
なら信頼できる味方の居るところまで行かなければならない。そんなものが存在するのならだが。アニタ王女曰く、自身のおじに当たるエルヴァスティ侯爵ならば信頼できるとのこと。彼の勢力圏まで逃げ切れば安全だろうと。
その言葉の真贋を判断できるほどイーリスはイジョラ事情に通じてはいない。かといってこのとんでもなく怪しい四人組に全てを話して判断を仰ぐというのもありえない。
結局、アニタ王女の言う通りにするしかないということだ。イーリスには一応、王女をほっぽっといてさっさと逃げるという選択肢もあったが、王女がこのまま無事生き残ってしまった場合、それはとんでもない悪手となろう。
殿下商会を名乗る四人組には、エルヴァスティ侯爵領に向かう旨を告げると、彼等は親切にも同行を申し出てくれた。それを怪しいと思う程度には判断能力が残っているイーリスと、とても嬉しそうに感謝を述べるアニタ王女。
嘆息するイーリス。
『どの道この人たちが私たちを殺す気になったらもうどうしようもないんだし、だったら王女様みたいに素直に喜んでみせた方が相手の心証が良くなる分マシってことよね』
王女がそこまで考えてそうしたかは甚だ疑問ではあるが、その行動は正しいと思うイーリスは、王女に倣って喜んでみせることにした。
その時の殿下の反応を見て、イーリスは少しだけ考えを改める。イーリスの社交辞令的な好意表明を聞いても一切動じた風はなく、かといってそれを嫌がるでもなく極自然に受け止め流していたその態度は、一流の商人の立ち回りに見えたのだ。
これなら、殿下たちは行った先で貴族を相手にすることになろうが問題はないだろう、と思えた。
だが、いざ街に着いて発生した問題の原因はそういったところにはなかったのであるが。
ハンネス・エルヴァスティ侯爵は忙しい身であったが、姪が命を狙われたと聞きすぐに彼女のいる自領へと出向いてきた。
侯爵の領地での屋敷に、アニタ王女が暗殺者に狙われ逃げ込んでくると、エルヴァスティ侯爵が指示するまでもなく暗殺者の調査は行なわれており、既にいくつかの報告が侯爵に上げられている。
エルヴァスティ侯爵は屋敷に着くとすぐに姪のもとに。彼女は侯爵が思っていたよりずっと落ち着いていて、わざわざコウヴォラから来てくれたことに感謝の言葉を述べる。
『ほう、蝶よ花よのお嬢様でしかないと思っていたが。子供というものは少し目を離していただけで、あっという間に大きくなるものよな』
エルヴァスティ侯爵からすれば妹の子である。王は自らの子であろうとさほど興味を示さないだけに、王女はよく母方の親族である侯爵たちのところで面倒をみたものだ。
アニタ王女はその可愛らしさもそうだが、王にも妹にもまるで似ていない素直で正直な性格のおかげで誰からも好かれていた。もちろんエルヴァスティ侯爵もそうだ。
だが、侯爵は同時にイジョラ最大派閥の長でもある。姪っ子一人のために派閥の舵取りを誤ることはできない。だから今回の暗殺に対しても、侯爵は全てを投げ打ってでも防ぎにかかるといったことができなかった。
もしこの情勢下で動く者がいたのならアニタ王女は諦めるしかないと思っていたところ、思わぬ幸運から王女は命を拾ったのだ。
その思わぬ幸運に関して、侯爵は姪っ子に訊ねる。
「アニタ。それで、その助かった時の話を聞かせてくれるか?」
エルヴァスティ侯爵が聞いた報告は、控えめに言ってまるで意味がわからなかった。
ほぼ完璧、むしろ過剰とも思えるほど状況は整っていた。王女の侍女や侍従を買収し、或いは脅し、護衛の戦士もぼんくら揃いにさせられた。襲撃戦力も魔法使い含む精鋭揃い。相手が王族ということでこちらも切り札を投入している可能性を考慮したのだろう。事実、相手が引き受けてさえいれば護衛に元ツールサスの剣がついていたところだ。
だが護衛は断られ、敵の過剰戦力に対し揃えられた兵士は穀潰しのような者ばかりで、襲撃の第一報を受けた時はアニタ王女の生存は絶望的だと思われた。
そんな窮地をいったいどうやって切り抜けたのか。その説明は、報告を聞いた時以上に、アニタ王女の言葉は意味がわからなかった。
侍女と二人、諦めかけていたところに突如現れた青年が、走行中の馬車に飛び乗って自らの命も顧みず、精鋭暗殺者集団に襲われているアニタに対し護衛を申し出、たった四人でこれを全て撃退したと。
その撃退方法も意味がわからない。
青年は走行中の馬車の脇に張り付いていて、敵が来たら馬車から飛び降り、馬と同じ速さで走って敵を倒し、また馬車に戻ってきたと。
また馬車の屋根の上に乗っていた女性は魔法で走る馬の頭部を一撃で粉々に消し飛ばし、騎乗していたフードの男は槍の一閃で馬ごと敵を両断したと。
『……おとぎ話か?』
話の途中そんなことを考えたエルヴァスティ侯爵であったが、姪の真剣そのものの表情に口には出さぬまま。
そしてそんな豪傑たちは、護衛対象である王女を街に届けた後、気が付くといつの間にか消えてしまっていたらしい。こんな結末も実におとぎ話らしいものだ。
驚き街中を探して回ったが見つけられなかったと。侯爵の配下が暗殺者たちの死体を発見もしているし、戦闘の跡を調べる限りでは王女の言葉に嘘はなかったそうな。つまり、槍の一閃で馬ごと人を両断したとも受け取れる跡もあったし、強力な投擲魔法を受けたと思しき死体もあった、二十七人にも及ぶ襲撃者の遺体もあったと。
「それでですね、おじさま。その方々は殿下商会を名乗っていて……」
アニタ王女は偽名のつもりで自らをアニータと名乗ったらしい。ここまでやる気のない偽名をエルヴァスティ侯爵は聞いたことがなかった。そちらが王女を名乗るのならこちらは殿下だよ、と冗談で返した、といったところだろう、とか考えたエルヴァスティ侯爵。これは侯爵のみならず侯爵の屋敷にいた者もそう思ったようで、本気で殿下商会なんてものを調べようとはしなかった。
だが、アニタ王女の言うような強大な戦力がここらを徘徊しているというのは見過ごせない。王女の言う風体の者たちの捜索は開始されていた。
侯爵は王女から話を聞いた後、王女以外の生存者である侍女にも話を聞く。
こちらは王女よりずっとわかりやすい話し方をする。要点のまとめ方一つとっても王女とは比べ物にならず、侯爵は当初、彼女、イーリスは王族であるアニタ専属の侍女であると思っていたほどだ。
だが、聞けば彼女はこの襲撃直前に、それも代理という形で地方から送り込まれた侍女らしい。その怪しさを当人も自覚しているようで、侯爵の部下による聞き取りにもとても協力的であったとか。
許可さえ頂ければ拷問しますが、との部下の言葉に侯爵はこれを許さず。部下たちも薄々感じていただろうが、彼女は被害者であろうと。
これまで王女の侍女には、王女の面倒を見ていた貴族の娘がついていた。これを、襲撃を知ったその貴族が娘可愛さに別の貴族の娘を侍女に宛がったということだろうと。
ここまで状況証拠が真っ黒でも、言い訳が整っている以上その貴族を断じることは侯爵にすらできない。貴族間の理不尽かつ不可思議極まりない力関係の為せる所業である。
王女から聞いた彼女の立派な態度と調査の時に示した彼女の知性は、むしろ信用に値するものであったと侯爵は評価する。今後の王女の侍女を任せてもいいと思うほどであったのだが、当人は当たり前と言えば当たり前であるが実家に戻ることを希望した。
着任して一週間もしないうちに絶体絶命な暗殺騒ぎに巻き込まれれば、栄達云々より我が身の安全を優先するのも無理は無かろう。
少し惜しいとも思ったが、アニタ王女の侍女をやれる人間の心当たりなど幾らでもあるエルヴァスティ侯爵は、良くぞ王女を守ってくれたとイーリスを称え、褒賞金を与えその退職を許した。実家に戻り落ち着いた後で、仕事先に困ったなら自分を頼るよう言い添えることは忘れなかったが。
イーリスへの処遇を終えたエルヴァスティ侯爵は、ほっと一息つけたことで油断し、自身の感情がそのまま顔に出てしまった。
まっすぐではない、少し歪んだ笑み。
魔法兵団敗北の報を受けてより、侯爵の周囲全てで思うとおりに物事が進まなくなっていた。だからと判断がブレたりすることはなかったが、心の中に少しずつ鬱屈したものが溜まっていっているのは自分でもわかった。
時にそれが思いもしない場所で噴き出しかけ危うく自制したことも何度かある。
それが今回、本当に久しぶりに自分の予想もせぬところで助けが入ってくれた。それを素直に喜べぬ我が身の置かれた立場を考えると、どうにも皮肉げな笑みが出てしまうのだ。
『姪の無事を単純に喜べぬというのだから、ココはまっこと窮屈な居場所よな』
こんな所に好んできたがる奴の気がしれない、と本気で思うエルヴァスティ侯爵であったが、ココに来たいと思う者の大半は、自分の姪が生きようが死のうが知ったことではないような人種ばかりであり、そんな連中にイジョラの舵取りを任せるわけにはいかないのだ。
他者に残酷であればあるほど客観的で冷静な判断ができている、などと勘違いしてるような馬鹿者共に、断じて任せてなるものかと。
イーリス・リュフタはもらった多額の褒賞金を、手でもって帰るような不注意な真似をするほど馬鹿ではないので、後で実家に送り届けるという形にしてもらった。
実家への帰り道、一人旅は不用心なので、イーリスも知っている地元にも展開している商会を頼り、その商会の荷馬車に同行させてもらうよう手配する。
荷馬車の出発は半月後。たった半月というのは運が良い方であるが、何もすることなく半月潰れるというのは彼女の年齢では少々落ち着かぬものだ。
その商会でもう少し早く出る荷馬車はないものかと尋ね、少し離れた場所にある大きな街の商人を紹介してもらった。
地方のド田舎弱小貴族の傍流の娘とはいえ身分がきちんとしていれば、それだけでこうして多少の手間を掛けてもらえるものだ。もちろんこれには当人の立場を弁えた交渉術が不可欠でもあるが。
新しい環境で侍女としてこれから生きていく、なんて決意と共に家を出たのだが、なんの因果か王女様と一緒に殺されかけて、今こうして実家へと逃げ帰っている。
これを実家の家族にどう説明したものか、なんてことを考えながらイーリスは行った先の商人が手配してくれた宿の食堂にて、渋み過剰なご当地ワインを燻製肉と一緒に流し込む。
すると、聞いたことのある声が聞こえた。
「おまっ! 殿下っておま本気かよ! ぶはーっはっはっはっはっは!」
「いい名前だろ。一度名乗ったら大抵の奴は忘れないでいてくれるしな」
「そりゃそうだ! そんな名乗りする奴ぁ俺だって初めて見たしこれからも出てくる気しねーよ!」
食堂の入り口から賑やかに入ってきたのは、恰幅の良い若い商人ともう一人、見るからに貴族然とした青年。イーリスを助けてくれたあの青年、殿下であった。
突然、イーリスの左右から物音がしたので驚いて左右を見ると、イーリスの右側には御者席に座っていたレアという少女が、左側には馬車の上にいたアイリという少女が、いつの間にか椅子に座っていた。
その物音がするまで、二人がいる気配なぞ一切しなかったというのに。
フードを深く被って顔を見えないようにしているアイリが、愉快そうに言う。
「久しぶり、と言うほど大して久しぶりでもないな」
同じくフードを被っているレアも笑っている。
「まさか、こんな所で会うとは思わなかった。もしかしてあの襲撃、イーリスが手引きしてたとか?」
屋敷から逃げてきたとでも思ったのだろう。イーリスは全力で首を横に振り誤解を解く。
レアも半ば以上冗談であったようで、イーリスの弁明を疑うようなことは言わなかった。
この二人に両側を挟まれると、イーリスはなんというか気恥ずかしい気持ちにさせられる。
どちらも驚くべき美少女であり、面倒を避けるためフードで顔を隠すのも当たり前である。翻って自分を見るに、彼女たちのような大した顔でもないのに、自分の身を守らなければなんて用心をしているのだ。それが正しい判断だとわかっていても、赤面してしまうのはまだ彼女が年若いせいであろう。
アイリは、今回は災難だったなと笑っていて、一杯おごってくれると言ってくれた。
レアもまた親し気に声をかけてくれたので、イーリスは思った疑問を素直に口にすることができた。
「あのー、どうして皆さん、あの方の前から逃げちゃったんですか? あなた方の手柄を考えれば、きっと多少の問題には目をつぶってでもお礼してくれたと思いますよ」
イーリスは殿下商会が逃げたのは何かしら犯罪行為に類することを彼らがしているからだ、と考えた。
もしそのつもりがあるのなら、今から自分と共に屋敷に戻って改めて紹介してもいいと告げると、アイリとレアは顔を見合わせる。
「いや……それが、だな」
「うん、別に私たち、後ろめたいことは何もない、でも……」
二人は同時に、商人と楽し気に話をしている殿下の方を見た。
イェルケルの合図で殿下商会の四人は王女の前から一斉に姿を消した。
四人は四方へと散っていき、そして合流地点である街から出た場所の木の下に集まった。
予定外の動きである。しかしイェルケルがそうしようと言うのであれば三騎士に否やはない。だが、理由は知りたいとスティナが代表してイェルケルに問うた。
「殿下、全部予定通りだったと思うんですけど。何か不都合でもありましたか?」
襲撃者から襲われる誰かを守る。そして守った誰かさんを安全な所まで連れていき恩を売る。襲われる者が誰かはわからなかったのだが、当人がアニータとか言ってくれたおかげですぐにわかった。
イェルケルたちはイジョラに入る前に、有力貴族や王族の外見的特徴を記憶している。もちろんだからと一目見てすぐにそれとわかるようなことはないが、推理する材料は持っているということだ。
あの名乗りと立ち居振る舞いで、イェルケルは彼女がアニタ王女であると見破っていた。
そしてスティナに問われたイェルケルは当たり前のことのように言ったのだ。
「いや、だってあの子、王女なんだぞ。絶対に関わり合いになったら駄目じゃないか」
スティナ、アイリ、レアの三人は即座に理解した。イェルケルは王女と聞いて、自分の姉妹と重ねて見てしまっているようだ。
どうやらイェルケルの知る王女というシロモノに、好んで付き合いたいと思うような存在は一人もいなかったらしい。
レアがぼそりと言って目頭を押さえる。
「なんか、ちょっと、こっちが悲しくなってきた、かも」
同じく首を横に振っているアイリ。
「おいたわしや殿下……」
せっかく労力を払ったのに、得られるはずだった利益を捨て去るような行為であったが、スティナはその一言で文句を言うつもりも失せてしまった。
「うん、うん、殿下は頑張った。それでいいですよ、もう」
一人、とても納得のいかない顔をしているイェルケルである。
「おいおまえらその同情に満ちた目はなんだ、とても不快なんだがせめて理由を言ってくれっ」
うんうん、と三人は交互にイェルケルの肩を叩くのだが、それでイェルケルの不快さが薄れることは一切なかった。