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143/212

143.王室馬車の車窓から


 馬車の上に陣取っているのはアイリ・フォルシウスである。

 イェルケルたちは二頭立ての馬車でこの戦場に突っ込んできて、これを乗り捨てアイリ、レア、イェルケルの三人が襲撃されている馬車の方に飛び乗ったのだ。残るスティナは乗ってきた馬車の馬を切り離して使っている。

 馬車の上から短剣を投げ狙い撃ちにしてやろう、と考えてここにきたアイリであるが、いざ上に乗ってみると思惑通りにはいきそうにないことに気付く。


「……不覚っ。少し考えればわかることであったな……」


 足元がこんなに揺れてしまっていては狙いを定めるのも難しい。馬の上からならば、馬が大地を蹴り重心が空中にある瞬間を使えばいいだけの話なのだが、馬車という乗り物は車輪が大地の凹凸を常時拾ってしまうので、揺れが全く予測できないのだ。

 せめて狙いをつけ易い弓を持ってきていれば、と思ったが後の祭りである。

 アイリは外れるの覚悟で短剣を手に取り投げる。


『マズッ』


 敵の頭部を狙った短剣は、かすりもせずその後方へと抜けていく。

 馬に乗っている襲撃者からすれば弓を使って狙う距離ぎりぎりであるのだが、アイリからすれば絶対に外さぬ必中の間合いであり、それで外してしまったのが恥ずかしくてしかたがない。

 思わず誰かに見られていないかと周囲を見渡し、そして馬に乗ってにたにた笑っているスティナと目が合ってしまった。

 頭にきたのでそっちに短剣投げてやろうかと思ったが、本数に限りがあるので我慢する。

 アイリの短剣を警戒してか、敵騎馬は矢を馬車上のアイリに集中してきた。

 鞍上からの射撃でありながら敵もさるもの、六射の内二つは命中させてきた。一つはかわし、一つは片手で掴んで止める。

 そして残った片手で再び短剣を投げる。最初に狙った男の馬の頭部が破裂した。

 頭部は完全に砕け散り、行き場のなくなった血が馬の首元から上に向かって噴き上がっている。馬はそのまま前脚から崩れるように倒れ、騎手もまた脱落した。

 周囲を走る襲撃者たちの動揺する気配が伝わってくる。

 およそ投擲で出し得る破壊力ではないのだから、彼らは当たり前に魔法の存在を疑ったわけだ。それも走る馬車の上から同じく走り回る馬の頭部を狙い打てるような精度の高い射撃魔法を。

 今はロクな遮蔽物もない平原であり、ここで射撃に大きな差があるのはそのまま致命的な差であると言えよう。

 騎馬たちは大きく散開し蛇行を始める。この動きだけで射撃の命中率は大幅に低下する。アイリはとても楽しそうに目を細めた。


『ほうほう、やるではないかコヤツら。不利を承知でそれでもと挑む勇気、今できる最善を迷いなく選べる判断力、危地にあって尚一糸乱れぬ統率、実に見事な連中だ』


 戦士たる者こうでなくては、とアイリはゆっくり狙いを定め短剣を放つ。もちろん蛇行程度で、投げる度にこの環境に慣れていくアイリの死の牙より逃れるなぞ不可能である。




 侍女イーリスは馬車の窓から外を見る。

 先程までは怖くてできなかったが、イェルケルの登場で少しなりと余裕ができたのか、周囲の状況を自分も把握しておかなければと戦況を見るようになったのだ。

 すると、後方より迫っていた敵の馬の頭がいきなり消し飛んだ。


「え?」


 それが夢でない証に、馬はその場で大きな音と共に崩れ落ち、騎手の重苦しい悲鳴が聞こえてきた。

 そして並走している騎馬だ。騎手はフードを目深にかぶっていて、あれで前が見えているのかと不思議であるのだが、問題なく馬に乗れているのできっと見えているのだろう。

 彼はイーリスも見たことがないぐらい見事な馬術であっという間に敵騎馬の側に寄り、手にしていた槍を一閃する。

 こちらも意味がわからない。槍を振り回しただけで、馬の頭部と乗っている人間が吹っ飛んだ。

 よく見ると、人間の下半身は馬の上に残ったままだ。あれは、殴り飛ばしたのではなく、斬り飛ばしたのだ。


「いやいやいやいや、そんな泥人形じゃないんだから。馬って硬いわよ? あのぶっとい首とか死んでても切り落とすの苦労するのに走ってる馬の首落とすって何よ。てか人間の胴ってあんな簡単に取れたりしないでしょ。どんな魔法使ってんのよアレ。騎士? 近衛? いやさっき商人って言ったわよね?」


 思わず声に出してしまったイーリスに、アニタ王女も気になってきたのか一緒になって窓の外を眺める。

 そしてアニタ王女はイーリスに問うた。


「あの、私、一応、魔法、見えるのですが」

「は、はあ。そりゃアニタ王女なら見えると思います。私には無理ですが」

「それでですね、あの方々、魔法、使ってないように、見えるのですが……その、そのようなこと、ありえるのでしょうか」

「いやいやいやいや、だって馬の首、爆発してましたよ? ほらまた、ぼかーんって。あんなの魔法以外でどうしろってんですか」

「で、ですよね。やだ、もう、私ったら、怖すぎて魔法も見れなくなっちゃったのかしら」

「そうです、そうですよ王女様。まさか、魔法無しとかそんな馬鹿なことが……」


 すると、襲撃者側の一人が、隠れて準備していた大きな魔法を撃ち放つ。これには完全に虚を突かれたようで、馬車上のアイリ、騎馬のスティナ、馬車横に張り付いているイェルケル、共に反応が遅れる。

 イェルケルが怒鳴る。


「レア! 右だ! 合図と同時に動け!」

「ほいほーい」


 襲撃者からの魔法は、巨大な火球を撃ち放つもので。

 これが襲撃者の手から離れた瞬間、イェルケルが叫ぶ。


「今だ!」


 馬車の窓に張り付いていたイーリスとアニタ王女の二人は、いきなり逆側の壁に吹っ飛ばされそちらに押し付けられる。

 そして轟音。衝撃。窓の外が一瞬真っ赤に染まり、それで、終わりだった。御者席から女の子の怒鳴り声が聞こえた。


「でんか! アイリ! あんなおっきなの、撃たせるなー!」

「すまん! 次はやらせない!」

「あれは敵が見事であったわ! 来るぞ! 備えよレア!」


 馬車の中ではイーリスが壁に張り付き、イーリスと壁とを挟み圧し潰すようにアニタ王女がイーリスの外側に。

 申し訳なさそうにアニタ王女。


「す、すみません」

「いえいえ、逆やらかすよりずっとマシです」


 自分がアニタ王女を壁に押し付け挟み込んでる所なぞ想像するだに恐ろしい。

 馬車が通常移動に切り替わったことでようやく落ち着いた二人だが、アニタ王女はとても申し訳なさそうに言葉を発する。


「あ、あのね、イーリス。さっきの魔法、私、見えたんです。ああ、あれは魔法だなって。でも、その、お味方の方々からはもうこれっぽっちも、魔法、感じないのですよ……」


 妙に真剣な顔のアニタ王女に、イーリスは笑って返してやった。


「なーにをおっしゃってるんですか。魔法もなしにあんな真似できるわけないじゃないですか、あっはっはっはっは」

「そ、そうよね。ごめんなさい、私の見間違いよね。私、戦いには本当に疎くて」


 そう言って笑い合う二人であったが、脳裏をよぎる不安は消えてくれなかったので、二人は同時に窓に張り付き外を見る。

 にょきっと出てきたのは、見るからに強面の男の顔であった。しかも直後、その首が血飛沫と共に斬れ飛んだ。


「っぎぃゃああああああ!!」

「っきぃゃああああああ!!」


 二人が同時に叫ぶと、すぐ扉の外から声が聞こえた。


「っと、ごめん。外は斬った張ったの最中だから、あまり見ない方がいいよ」


 先程の青年の声だ。

 ふと、イーリスは気付いた。この青年、疾走する馬車の扉に入ってきた後、あまりに当たり前の顔で出ていったのだから不思議に思わなかったが、彼はどうやってこの馬車に乗り込んできたのだろうか。

 馬が並走している、としたら、馬車に乗り込んだ時馬は完全に空いてしまっていて、戻ることはできなくなっていただろう。かといって他の馬車の姿は見えないし、音も聞こえない。

 というか、今、すぐ側から声がしたのはどういうことなのか。想像すると恐ろしくなってきたイーリスであったが、実際はどうなのかを確認する術はない。

 イェルケルは単純に馬車の側面に片手で掴まったままであるのだが、大きく揺れる馬車の全力疾走の最中、そんな真似ができる人間がいるなどとイーリスには思いもよらぬのだ。

 現在外は、大火球の魔法を合図に残った襲撃者全てが馬車に向かって突っ込んできているところだ。

 まず御者と馬を狙った襲撃者たちだったが、馬車上のアイリの投擲をすり抜け接近した連中も、横に張り付くイェルケルに斬り倒され、御者席で馬を制しながら片手間に剣を振り回すレアにその全てを蹴散らされていた。

 レアは御者席と馬の上を移動する。だが、側面に張り付いたイェルケルは片腕が完全にふさがっている。こちらを先に倒すべし、と襲撃者は御者席からイェルケルへと標的を変える。

 イェルケルの間合いの外から、弓にて射掛ける実に賢い戦い方だ。

 イェルケルは馬車の側面を上手く移動しながらこれをいなしていたが、その動きは馬車の窓の前を横切るようなものでもあったので、遂にというかようやくというか、イェルケルがどうしているのかが馬車の中の二人にも伝わってしまった。

 青ざめた顔のアニタ王女。


「な、なんという危ない真似を」


 信じられないと窓の外を見るイーリス。


「うっそ……中に乗っててもまともに立ってられないような揺れなのに。この人、本当に凄い人なんだ」


 その凄い人はというと、窓のすぐ外からいきなりその姿が消えてしまう。

 その前の挙動で、いったい何をしたのかは二人にもすぐにわかった。馬車から、飛び降りたのだ。


「ええええええええええ!?」


 大声と共に窓に張り付き外を見るイーリスと、声もなく驚き慌てながら同じく窓に張り付くアニタ王女。

 二人はそこで、今回の事件で最も信じられぬ光景を目にした。

 イェルケルは馬車から飛び降りた後にもかかわらず、イーリスにもアニタ王女にもその姿を見ることができた。イェルケルは、大地を自らの足で疾走しながら、馬車と並走していたのである。

 イーリスは思わず叫んだ。


「なんじゃそりゃあああああああああ!! 馬と同じ速さで走んなあああああああ!! いやもうそれ凄いとかじゃないですよねええええ!? 人が馬と同じ速さで走れる魔法ってそんなシロモノ商人が使えるわけないでしょうがあああああああ!」


 アニタ王女は少しふっきれた顔であった。


「ああ、やっぱり私、訓練不足みたいです。もうっ、こういう重要な時にこそ、魔法の有無ってきちんと見えなきゃいけないのに私ったらもうっ」


 地面を走って弓との間合いの差を埋めたイェルケルは、三騎を瞬く間に斬り倒し、馬車へと戻ってきた。

 馬車の側面に飛び乗った彼は、離れた場所の誰かに向かって言った。


「おーい! 生き残りの尋問は任せる! 私たちは先に行くから今日中に合流しろよー!」


 遠くから、はーいという可愛らしい女性の声が聞こえた。襲撃者は壊滅したようだ。

 第二陣を警戒し馬車はこのまま止まらずに街を目指す、と青年は言った。イーリスたちにも異存はない。

 青年は御者席に。いったい何者なのか、といった一番の疑問をぶつけたい二人であったが、全く速度を落とさず揺れに揺れる馬車の中で、あれだけの化け物じみた暴れ方をした相手に、自らの主張を通す勇気をイーリスもアニタ王女も持てないのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] この話が第一話なら完全になろう系の…なろう系の一話…かな?
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