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142.侍女イーリスは運が悪い


 イェルケルたち第十五騎士団の四人は、根拠地である街を四人揃ってあけ、馬車に乗って旅路の最中にあった。

 大きな仕事を終え一段落ついたということで、イェルケルはかねてより行きたいと思っていた時計職人の街に行くことにした。

 時間という概念を大きく書き換えた、ここ百年最大の発明と言われているイジョラの時計は、その全てが一つの街で作られている。

 時計はただ便利な道具であるというだけではない。カレリアの熟練工すら手も足も出ぬほど高度な技術を用いた、精巧無比な工芸品であるのだ。

 時計発売当初と違い今では廉価な時計も出回っているが、その廉価時計ですら、イジョラ以外ではどうやっても作ることができぬシロモノなのだ。

 そんな至高の工芸品を作る街がある。イジョラにきたのなら是非とも一度寄ってみたいとイェルケルは常々思っていた。

 そして金融業にて商人としての信用をそれなりに得てきたイェルケルは、この街への逗留許可を取れるようになったのだ。もちろんこれは顔役が方々に手を尽くした結果でもあるのだが。

 そんなわけで一同揃って馬車にて街を出たのだが、途中の街にて宿泊した時、浮かれるイェルケルは気付けなかったがスティナ、アイリ、レアの三人はその異常に気付いた。

 異常なまでに異常さのない商人たちがいたのだ。

 それも優れた身のこなしを隠して動いている連中だ。

 レアはこういうのが得意なスティナに問うた。


「カレリアの諜報部と、似た空気がある。もしかしてコイツら、相当優秀だったりする?」

「サヴェラ男爵の所の連中なら一流揃いよ。イジョラにもあの人たちと張り合えるようなのがいるってのはちょっと意外だったわ」

「うん。魔法王国だけど、イジョラは魔法だけじゃない」

「そ。魔法だけじゃないからこそ、魔法の威力がより増すってものよ。イジョラの上は間抜けか馬鹿しかいないって聞いていたけど、いやいやどうして、国一つってのはなめてかかるものじゃないわね」


 この話を聞いたイェルケルは、どうすべきかの意見を問う。スティナは面白いからちょっかいかけよう派、アイリはとりあえず監視しとこう派、レアは面倒ごとはやりすごすべき派、であった。

 イェルケル、熟考の末スティナの意見を採ることに。面白いから云々はさておき連中の目的を探っておくべき、ということである。

 想定外の出来事ではあるが、何か面白い情報でも拾えればと思ったのだ。一流の諜報員を相手に気安くそんな真似を仕掛けられるのだから、第十五騎士団を敵に回した者はたまったものではないであろう。

 彼らは一流であるが故、聞き耳を立てようと何しようと、任務に関する会話をおいそれとしたりはしない。もしくはしたとしても最低限の内容しか話さないので、その目的を知ることはできなかった。

 だが彼らの装備や総人員数やらはすぐに丸裸にされてしまう。そしてそこから任務を類推することはできる。

 アイリが現状で集まっている情報をもとにイェルケルに敵の目的を告げる。この作戦に反対の立場であったアイリだが、やるとなれば手は抜かない。


「暗殺任務と思われます。それも標的についた護衛ごとすり潰せるよう念入りに戦力を整えているようで。また連中が持っている商取引の許可証はかなり高位の貴族でもなくば手配できないもの。今まで相手してきたヤクザ紛いなどではなく、きちんとした貴族、もしくは国が後ろ盾にあるような、そんな相手だと思われます」

「判断に迷うところだな」

「ですな。積極介入は暗殺を阻止するといった形しかありませんが、それで標的側から十分な見返りが得られるかどうか。暗殺阻止に動けば間違いなくコイツらの後ろの貴族だか国だかは敵に回りますし」


 熟考の末、イェルケルは介入を決意する。イジョラは四大貴族が権力争いをしている国であり、国全てを挙げてといったことが起き難い。ならばこの暗殺も、一派がどこかの一派を狙っているといったことである可能性が高い。

 ある程度戦力が拮抗してくれているのなら、殿下商会が手を出すことにも価値が出てくるであろう。

 そしてヤるとなれば俄然元気になってくる三騎士である。慎重論を唱えていたアイリも、無精者のレアも、もちろん面白いこと大好きなスティナも、荒事自体は嫌いではないのである。

 諜報活動の副産物として手に入れた相当な精度の地図を見ながら、イェルケルたち四人はどこでどう仕掛けるかを相談しはじめるのだった。




 イーリス・リュフタは成人の年になったということで、外に奉公に出ることになった。

 年頃の女の子でもあり、奉公先は侍女の口を親が見つけてあったのだが、突然先方より断りの連絡が入った。

 先方にも都合がありどうしてもイーリスの受け入れはできぬと。代わりの奉公先を紹介するのでそちらに行ってほしいとのことだ。

 あまりに失礼な話であるが、イーリスの家は貴族を名乗るのも烏滸がましいと思えるほど貴族としての血は薄く、こんな話も断れぬ立場で。

 どこの誰に仕えるとも知らされぬまま、イーリスは慌ただしく家を出た。

 そんないい加減な対応に両親は不安を覚えるも、イーリスは少々やかましいのを別にすれば年に似合わぬしっかりとした子なので、どこに行っても上手くやれるだろうと、自分を納得させる。

 そしてイーリスは、まずはその予定していた奉公先に行き、そこからすぐに別の街へと出立する。

 移動はイーリスが乗ったこともないような豪華な馬車にて、であった。御者をしていた男は、光栄だろうありがたく思え、と偉そうに言ってくれていたが、イーリスからすればこんな豪華な馬車に乗せられてもありがたいどころか居心地が悪いだけである。

 半日ほどで目的の街に着くと、そこで一悶着あった。

 イーリスの姿を見た到着先で待ち構えていた男が、御者に文句を言い出したのだ。話が違うと。御者はイーリスに対するのとはまるで違う卑屈な態度で平伏しながら、この娘でも十分代わりは務まると説明していた。


『いや、そーいうの当人の前で話すのどうよ。てか悪かったわね、育ちが悪そうで。こら、そこの御者。頭が悪そうな方がいいってどういう意味よ』


 なんてことをイーリスが思ったとしても、もちろん相手はイーリスより身分も上の相手。口にするなんてことはないのである。

 御者が相手の男に挨拶するよう言ってきたので、イーリスは勉強しておいた礼法に則って丁寧に挨拶をする。すると、相手の男は少し驚いた顔をした後、幾つかイーリスに質問をしてきた。

 それは侍女としての基本的な質問であったので、全て淀みなくイーリスは答える。

 男はふん、と頷いた。


「これならよかろう。おい娘、今日よりお前はアニタ様の侍女としてお仕えすることになる。くれぐれも粗相のないようにな」


 どのアニタなのか、といった質問を許されぬままイーリスは新たな主の前へと。まさか、そんな馬鹿なことが、と思っていた光景がそこにあった。

 主であるアニタという少女は、もう見た目からして、それはそれはもうすぐにいいところのお嬢さんなのだろうとわかるような、上品さと高貴さを備えていた。


「こんにちは、イーリス・リュフタ。新しい侍女の方が来てくれるということで、私、本当に楽しみにしていたんですよ。それが貴女みたいな可愛らしい子で、とても嬉しいわ」


 彼女はイジョラで最も有名なアニタ、アニタ王女であった。

 イーリスは内心で叫んだ。


『王女様って王様の娘さんでしょ!? そんな国家の重鎮が私なんかの前に出てきちゃ駄目でしょーがー!』




 そして現在。

 イーリス・リュフタはこれまであった全ての不可思議に、解答を得た。


『うん、冷静に状況を確認しよう。現在、私とアニタ王女は馬車の中。何故かどうしてか侍女は私一人だけで移動中。護衛の兵士はみーんなやる気とか知能とかどっかにおっことしてきたようなのばっか。そんでそんで』


 疾走する馬車の窓から顔を外に出し後方を見る。

 馬車の後ろから砂塵が上がっているのが見える。やる気のない護衛の一人が、驚くぐらい真剣に馬を駆っているが、後方より飛んできた矢が刺さってそのまま落馬してしまった。


『絶賛しゅうげきちゅーですよねー! あーうんわかった! 王女様これ周囲の連中によってたかって売られたんだわ! ついでにわーたーしーもー!』


 一人が射殺されると、他の護衛の兵士たちは皆、馬車を見捨てて逃げ出してしまう。イーリスは彼らが逃げられることを祈る。もちろん博愛精神の表れなどではない。ここで護衛の連中を見逃してくれるようならば、標的以外の殺害に積極的ではないということになるからだ。

 だがイーリスの願い空しく、襲撃者たちはまず逃げ出そうとした兵士たちに襲い掛かり、これを皆殺しにしてしまった。


『……終わり、かぁ。逃げ足の速さには自信があったんだけど、これはさすがに、無理よねぇ』


 こんな時、一国の王女様がどんな顔をするものなのか、興味本位でイーリスはアニタ王女を見る。

 或いは王族らしい、普通の人間にはありえぬ反応を期待していたのかもしれない。だが、アニタ王女は可哀そうなぐらい青ざめた顔で、恐れ震えるのみであった。

 だが、イーリスに落胆はなかった。


『怖いの、必死に我慢してるんだ。今にも泣きだしそうな目で、まともに立ち上がることもできないぐらい震えながら』


 特別な人間とは思えない。だが、特別な立場であろうと、必死に踏ん張っているのはわかった。

 そんなアニタ王女の姿を見て、イーリスの腹も据わってくれた。

 アニタ王女の側に行き、イーリスはまっすぐに彼女を見ながら言う。


「アニタ王女。護衛の兵は全て死に、状況は絶望的です。もちろん私にも王女を助ける術なんてありません。ですが、もし、襲撃者が王女を侮辱するようでしたら、私が王女の代わりに怒鳴りつけてやります。王女を笑い者にするようでしたら、私が王女の代わりに笑い返してやります。ですから王女は私の後ろで、最期の時まで連中を睨み付けてやってください」


 イーリスにできるのはせめても王女の王族としての矜持を守ることぐらい。線の細い王女には難しいだろう毅然とした態度を、イーリスが代わりに取ってやることぐらいだ。

 王女はぎゅっとイーリスの手を握る。震えがひどすぎて声も出せぬので、その手の強さでイーリスに自身の気持ちを伝えようとしているようだった。

 馬車は相変わらず大きく揺れ続けている。この揺れが止まった時が、二人の最期だ。馬車の外が騒がしくなってきた。

 その賑やかさの中に、女の声があるのが少し意外だった。


『こういうのって女でもやるものなのね』


 そして男の声が馬車の扉のすぐ外から。


「おい! 中の人! 無事か! 助けに来た味方だから変なことしないでくれよ! 今開けるぞ!」


 予想外にすぎる言葉と共に馬車の扉が開く。イーリスとアニタ王女と、揃って二人は彼の姿を見た。

 上品で整った顔立ちの青年は、二人を見てにこっと笑う。外の喧噪も襲撃の恐怖も、その笑顔一つで吹っ飛んでしまうような、優し気で華やかな笑みであった。


「よかった。怪我はない、みたいだね。俺は通りすがりの商人だ。君たちさえ良ければ手助けしようと思うが、どうだい?」


 どうだい、とか聞かれてもイーリスにはなんと答えたものか。

 返事に困っている様子を見て、青年は苦笑する。


「そうだね、今色々言われてもわからないか。よし、なら襲撃者全部片づけてから、改めて話すとしようか」


 扉を閉めようとする青年を、イーリスは呼び止める。


「あ、あの!」

「ん?」

「わたし、たち。助かるんですか?」

「ああ、任せてくれ。私と三人の仲間が君たちを守る」


 青年は天井を指さし一人、御者席を指さし一人、外を並走する馬を指さし一人、と告げ、今度は少し勇ましく笑う。


「敵はたかが三十程度。かなり訓練を積んでいるようだが、何、訓練ならこっちも積んでるさ。そいつを競い合おうというのなら望むところだ。訓練の量も質も、絶対に負けない自信があるからね」


 人数差で言えば話にならないのだが、この青年の言葉はイーリスの胸の内にすとんと沈み込んでいった。

 普通の人とは違う何かがある、そう思わせてくれるようなものであったのだ。

 ただ一つだけ、イーリスが懸念しているのは、隣の席に座っているアニタ王女の表情が、それはそれはもう腑抜けきったものになっていることだ。

 確かに彼は美男である。だが、この窮地に、つい今さっきまで恐怖に震えていたというのに、王女はいらんことを考えているのではなかろうか、などとイーリスは考えていた。


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