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136.闘技場のクソ野郎(前編)



 筋骨隆々たる体躯を持つヴァロとエルノの二人は、胸以外はちんまいとしか形容しようのない超小娘、レアの前に並んで立ち頭を下げる。


「頼む! 俺たちに修業をつけてくれ!」


 つい先日の戦紛いで全く戦力になれなかった自分を恥じてのことだ。だが、レアは一つわからないことがあって問う。


「なんで、私?」


 ヴァロとエルノは顔を見合わせる。まさか殿下商会の四人の中で一番暇そうだから、とは言えまい。

 スティナもアイリもほうっておけば勝手に自分で仕事を作ってやりはじめるのだが、レアは基本言われなきゃやらない上に言われてもやる率は五割ほどだ。ちなみにイェルケルは、人に仕事を振るのがあまり上手くないので自分が動き回っている。

 エルノが真顔で言い返す。


「アンタが一番教えるの上手そうだからだ」


 見え見えのおべっかを述べるエルノであったが、レアはというとこの一言にもう見るからに上機嫌に。


「むふー、そうでしょそうでしょ。二人は見る目がある。スティナは人を痛めつける機会は見逃さないし、アイリは加減がわからない。かといってでんかじゃ優しすぎるし、となれば、私しかいない。うんうん、わかっておるのうっ」



 イェルケルはそんなレアたち三人を横目に見て苦笑する。

 いたずらっ気さえ出さなければ、レアは案外親身になってくれるしきちんと加減もしてくれるので、ヴァロとエルノを教えるのも上手くいくだろう。

 それにあっさりと引き受けたレアの狙いを、実はイェルケルは正確に把握している。ヴァロとエルノ、どちらも基礎能力が大きく劣るのでイェルケルたちには全く歯が立たないが、二人の持つ素手戦闘の技はイェルケルも見たことがないものもかなりある。

 これを吸収してやろうというところだろう。最近、イェルケルが上段よりの振り下ろしを工夫するようになってからはイェルケルはレアに対して有利を取れる場面が多くなってきた。これに対抗すべくレアも色々と考えているのだろう。

 残る問題児の内の一人、スティナはよく他所の街まで足を延ばしているので、今日のように宿には居ないことも多い。そして都度違う銘柄のワインを買ってくるものだから、宿の貯蔵庫には新しいワインが山と積み上げられている。

 当人曰く、イジョラのワインは全くわからないので一々飲んで確認しなきゃならないのが面倒、だそうだが、今日はこれ、明日はこれ、と毎日違うワインを試している様はとても嫌がっているようには見えない。

 これらのワインは、スティナだけでなくイェルケルたちも一緒に飲んでいるのだが、スティナは基本的にあまり高いワインは買ってこないので、大ハズレを引いた時などレアは大いにぶーたれている。ケチだなんだと文句を言うレアにスティナは、安くておいしいワインを見つけるのが楽しい、と相手にせず、今日もまた美味いんだか不味いんだか見た目ではわからない安ワインを買ってくるのである。

 比較的真面目に活動しているのはアイリだ。火事の時に顔を出しているのでもう街では顔を隠してはおらず、この時に一緒に街を駆け回った連中に自主的に手伝ってもらいながら、効率的な貸金業運営のための資料作りを行なっている。

 アイリ曰く、手伝うと言ってきたのは向こうだし賃金も支払っているのだから問題はない、だそうだが、作業に従事する彼らの表情を見る限り、あまり好んでこの仕事を行なっているようには見えないのであった。

 留守番をそんなアイリに任せつつ、イェルケルは街の顔役に呼ばれていたので、街で一番高級な食堂へと向かう。

 イェルケルたちを顔役が招く時は常にこの店だ。随分と気を使わせているな、と思うイェルケルであったが、顔役はというと彼自身が安心するためにそうしているのだから、あまり気にしないでくれ、と言っていた。

 彼がイェルケルたちに対し随分と骨を折ってくれているのはわかっている。ちょっと前、アイリに殺されかけた時すら彼はイェルケルたちとの友好を維持しようとしてくれていた。

 それをイェルケルは恩義と受け取っているのだ。




 顔役は、その旅人よりの報告を受けた後、彼に対して今この街周辺で起こっている事件を順番に、丁寧に説明してやった。

 旅人は話を聞くにつれ驚愕の表情を浮かべる。彼もまた、顔役が報告を受けたことで想像したことに思い至ったのだ。

 旅人はカレリアから帰ってきた者であった。

 戦時中であったのでカレリアからイジョラへ来る者なぞほとんどいなかったし、ましてやここはカレリアからはかなり離れた場所であり、カレリアの近況など知りようもなかった。

 だが顔役は南方都市国家群を通してカレリアの近況を話せる人間を手配してもらい、今こうして彼の話を聞くことができたのだ。

 カレリアで今、最も有名な人間は誰かと問われれば、まず真っ先に挙がるのは新王アンセルミ陛下。そしてイジョラ軍撃退の立役者、国軍の元帥位についたターヴィ・ナーリスヴァーラ元帥だ。

 更に次は、となるとここで出てくるのが第十五騎士団である。

 騎士団団長、王弟イェルケル率いるたった四人のみ、それも団長以外は女ばかりの騎士団。

 旅人が名前を聞いたことがあるのは、アイリ・フォルシウスとレア・マルヤーナの二人で残る一人は知らなかったが、この二人はそれぞれ単身で数十人規模の騎士団や傭兵団を易々と撃破してのけたらしい。

 顔役は思った。


『殿下商会の三人のバケモノ。確か、うちの一人女で、アイリって名乗ってたよな……』


 また顔役が火事の落とし前をつけに行かせた街で、イジョラきっての魔法使いが何者かに暗殺された。下手人は、その前日街中を走り回りイジョラ最強魔法をコケにして回った銀髪の女と見られている。

 さらにさらに。ロータヤの街では美しき青鬼が、兵士数十人に加え魔法使いを二十人、二十人、二十人もまとめてぶち殺したらしい。殿下は隠していたが、これも女であるという話が顔役の耳に入っている。

 カレリアで噂されている非常識極まりない武勲を持つ騎士団と、殿下商会とが重なって見えてしょうがない顔役である。

 だが、だとしたら、何故こんな所に彼らがいるのかが全くわからない。カレリアでの武勲が真実のものであるのなら、カレリアでの栄達は思うがままではないのかと。なのに何故わざわざ敵国であるイジョラにきて商人の真似事なんてしているのか。

 要人暗殺。そんな言葉が頭に浮かんだが、顔役は首を横に振る。


『暗殺すんなら隠れろよ』


 でないとなれば、明殺。明るいところで隠れず殺しにきたというのなら、納得はできる。いや、やっぱり納得はできそうにない。自分で考えておきながら意味がわからないと頭をかきむしる顔役。

 思慮深げに旅人は口元に手を当てる。


「……武勲が、大きすぎたというのはどうでしょう?」


 その一言で彼の意図を察する顔役。


「おお、それならわかる話だ。あの巨大にすぎる武力を疎まれカレリアから追放されたのでイジョラに……直接戦争してた相手国に逃げる? 腕を売り込みにきたというのなら、こんなところで貸金業やってる意味がやはりわからんのだが」

「カレリアとイジョラでは一部を除きほとんど交流がありませんので、普通は顔で正体がバレることはないでしょうから、潜入するというのはわからない話でもないのですが、その、顔役さんから聞いた話ですと、殿下商会の方々まるで隠れる気がないように思われますね」

「そりゃ諜報でもしにきたってんなら潜入というのもわかるが、アレは絶対違うだろ。むしろ殴り込みにきたとでも言われた方がよほどしっくりくる」

「……案外、ソレかもしれませんね」

「やめてくれ。あんなのに殴りこまれたら……っておい待て。あんなおっそろしいのを、カレリアはそもそもどうやって追放したってんだ? たとえ国王様だろうが、下手に機嫌損ねたらとんでもないことになるぞ」

「殿下商会でも逃げるしかないぐらいカレリアが強い、とか」

「……………………イジョラ魔法兵団ぶっ殺したんだったなアイツら。なんなんだよカレリアって国は。魔法ないんじゃないのかよ。お前そんな国行ってよく無事で戻ってこられたな」

「あー、こんなこと言うのもなんなんですが、イジョラの百倍過ごしやすい国でしたよ。食事も酒も美味いし、宿は安くて綺麗で、衛兵や官憲も横柄じゃないですし、税は細かいですけどよく考えられたものですし、何より景気が良くて儲け話が多いですから」

「殿下商会みたいなのもいないしな」

「その意見への感想は差し控えさせていただきます。……殿下商会の方々の性質をお聞きしても?」

「アイリという女は冗談が全く通じない。僅かな手抜かりで簡単に殺しに動く。理屈の通らない相手ではないから、御しやすいとみる馬鹿もいるかもしれんが私はそうは思わん。どれだけ親しくなれたとしても次の瞬間には首を飛ばされていてもおかしくない、そういう相手だ。残る二人のバケモノは顔も名前もわかってはいないが、どちらも単身で平然と魔法使いにケンカ売る奴らだ、およそまっとうな神経の持ち主とは思えんな。殿下は話せる相手だから殿下商会との交渉は殿下を通すのが一番だ。あの人はわかりやすい善人だ。仲良くなれば情も持ってくれるし筋さえ通しておけばそれなりに融通も利かせてくれる。あの人が居てくれなきゃ俺の神経はとうに参っちまってたろうよ」


 旅人は自分が耳にした第十五騎士団の話を思い出し、それらにこの情報を当てはめる。それなりに綺麗に当てはまってしまっているのがなんとも申し訳ない話で、旅人は躊躇するも伝えるべきを伝えないでは顔役自身のためにならないので仕方なくこれを話す。

 予想通り顔役は渋い顔であったが、現実逃避をしている余裕すら顔役にはないのである。


「おい、この話他言無用だぞ。第十五騎士団の話も、絶対に他所ではするんじゃない」

「了解です。距離と交流の関係でカレリアの話はこの街まではほとんど入ってきませんしね。連中、下手に正体を暴いたりしたら何をしでかすかわかったものではありません」

「……となると、カレリアから来たって話もマズイな。どっか他から来たって話に切り替えるか」

「最低限の接触で留めるべき、と私なんかは思いますがね」

「貴族がな、殿下商会の名前を覚えた。ほれ、いつでも腕利き集めてるあの方の耳に街でのケンカの話が入ったらしい」


 旅人の表情が激変する。とても焦った様子で自分の思考に浸り、そして顔をあげて真顔で問う。


「すみません、それ、どうなってしまうのかまるで予測がつきません。どうお考えで?」

「殿下商会の中で第十五騎士団ではない奴を使う。あそこに今、ここらじゃ有名な戦士が居てな、あの二人ならあの方も納得していただけるだろう」


 安堵した顔になる旅人。そんな彼に顔役が話を持ち掛ける。


「で、お前はこの後どうする。街に留まるというのなら上等な三食も美味い酒も、十分な手当も用意するぞ」


 旅人はとても良い笑顔で答えた。


「絶対に嫌です」

「だよなぁ。話のわかる相談相手、欲しかったんだけどなぁ」


 いつ噴火するかわかったものではない火山の側からは、それが可能ならば即座に避難するのが最善の手なのである。




 どうしてこうなった、そんな言葉が顔役の脳裏に浮かぶ。

 殿下が善人であることはそれまでの付き合いで知っていたはずだ。だが、その善人度を顔役は見誤っていた。

 魔法使いでもあるイジョラ貴族と揉めるぐらいならば、部下に苦労を負わせるぐらい目をつむるだろう、そんな当たり前の判断を顔役は望んだのだが、殿下はそうは受け取らなかった。

 殿下ことイェルケルは少し申し訳なさそうであった。


「どうも勘違いがあったようだな。ヴァロもエルノも俺の部下ではないぞ。時折仕事を手伝ってもらってはいるが、どちらかといえば外注に近い。そんな相手に、幾らなんでも貴族絡みの面倒ごとを押し付けるのは筋が通らない」

「い、いや、面倒ごとではあるが、あの二人なら普通に戦って、勝って、笑って戻ってきて終わりだと思うが」

「君はそう言ってくれるが、貴族なら気まぐれで何をしでかしてもおかしくはないだろう。それが殿下商会にきた話で君でも断れないものだというのなら、私、じゃない俺たちが相手しなければならないと思う。こう言ってはなんだが、貴族が観戦に集まる闘技場の剣闘士なんて奴隷と同じだろう。そんな所に彼らを放り込むような非道な真似は承服しかねる」


 だから、とイェルケルが後に続けた言葉も顔役には予想外である。


「俺が行くさ。俺なら大抵の無理難題もどうにでもできるからな。貴族の目に留まったらマズイ、とかあるのか?」

「殿下、もしかして殿下商会を貴族に売り込みたいのか?」

「まさか、丁重にお断りするさ。俺の望みは平和で穏便な商売だよ」


 嘘だ! と顔役は思考を即座に言葉にしたりはしない。大人なのである。


「断るのを断られたら?」

「その時は、まあ、なあ?」

「ちょ、ちょっと待て! いいか、今から相手貴族の説明をする。今回は本気でヤバイ相手なんだからよーく聞いとけよ」


 ここらにいる地方貴族ではなく、きちんと中央で任官もしている現役の役職持ちで、闘技場運営は地方貴族との繋がりを持つ目的で行なわれている。

 闘技場は同時に貴族の社交場にもなっており、彼にはここで見どころのある貴族を中央へと推挙する役目があるので、地方に出向いた時の彼は王の代理人であるかの如き権力を持つ。

 それがどれほど恐ろしいことか、イェルケルならば理解できると思って顔役は話をしたのだが、イェルケルの反応に彼は驚きを隠せず。

 イェルケル自身は意識していないだろうが、その表情に反骨の相が出ていたのだ。

 それほど大した奴なら俺が試してやろう、とでも言わんばかりのイェルケルの顔に、顔役は自らの失策を悟るも最早手遅れである。


「君には世話になっているしな、君からの頼みだというのなら俺も断れないよ。闘技場には俺が行く。文句は、ないよな?」


 全てを投げ出し国外に逃げよう、そう半ば以上本気で考えながら、顔役はイェルケルの申し出を受け入れるのであった。


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