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134.その頃シルヴィさんは(前編)


 老人は萎えた足腰を叱咤し、必死の形相で山道を駆け下りる。だが、後ろより迫る壮健な男たちと比べては、あまりに老人の足は貧弱過ぎた。

 あっという間に三人の男たちに囲まれてしまう。

 老人は追いすがってきた男たちの顔を見る。日に焼けた皮膚にのっぺりとした顔つき。またその身体を見れば、彼らが農作業に従事してきただろうことは見てとれた。

 藁にも縋る思いで老人は言う。


「こ、これは村の皆で馬を買うために、何年もかけて貯めた大切な金なんじゃ。これを奪われてはワシは皆に合わせる顔がない。どうか、どうか見逃してはくれんか」


 老人が両手で大事そうに抱えている小さな麻の袋を、男たちはせせら笑いながら奪い取る。


「アホか。そんな大事なモン悠長に持ち歩いてるテメェが間抜けなんだよ」

「ま、待て、待ってくれ。お主らも農民の育ちじゃろう、ならば、この金がどれほど大事かは……」


 男の一人が老人を蹴り飛ばす。


「誰が農民だ! こちとら天下御免の盗賊様よ! てめぇらみてえに日がな一日中地べた這いずってるようなのと一緒にするんじゃねえ!」

「ふーん、そうなんだ」


 その声が聞こえたのが、あまりに近くからであったので、男たちも老人もぎょっとした顔で声の方に目を向ける。

 そこには、馬に乗った長身の女がいた。

 忽然と姿を現した。そんな言葉がぴたりとくる。確かにそこには何者もおらず、誰かが、ましてや馬みたいな大きな生き物が近寄ってくる気配なぞどこにもなかったのだ。

 またその女の可憐な顔立ちときたら。男たちに加え老人までもが、言葉もなく見入ってしまうほどであった。

 一本にまとめた髪が腰まで伸びており、まるで尻尾のようである。ただでさえ背が高いのに、馬に乗ったうえぶかぶかの貫頭衣を着ているものだから、更に大きく見えてしまう。

 また片腕には長い棒を持っており、相手が女だというのに男たちは思わず後ずさってしまう。


「大金持って一人で山道歩くのは、確かに不用心だと思う。でも、それと盗賊するのとは別の話だよね」


 馬に乗る姿がとてもサマになっている女、シルヴィ・イソラはそんな言葉と共に男たちに非難の視線を向けた。




 騎士軍とイジョラ魔法兵団との戦において全治半年の重傷を負ったシルヴィ・イソラは、途中別任務に就いていた兵士たちと合流すると、追撃任務は国軍がやるとのことで国元へと帰還する。

 王都では戦勝の宴が催される予定で、シルヴィはその多大な武勲を称えられている身であるため強制といっていいほどの参加義務があったはずだが、全治半年という話は関係各所に伝わっているため、心ある者は皆不参加を勧めてくれた。

 もちろんこうした交渉や調整を行なうのはシルヴィではなく領主のヤロ・ハーヤネンである。彼がシルヴィに国元に帰るよう命じたのは、シルヴィの怪我を案じてのことではなく、ヤロが会う貴族のほとんどがシルヴィを譲れと言ってくるせいだ。


「案じる気にもならんっ」


 戦地より戻ったシルヴィと再会したヤロは、立てた武勲の大きさに喜んでいたものの、全治半年と聞いて、一つ間違えばシルヴィほどの戦士が失われていたと遅まきながら気付いたらしく、ヤロをそそのかした騎士軍の将たちへの憎しみをつのらせていた。

 シルヴィはヤロの貴重で大事な切り札である。こんなところで死なれてはたまったものではなく、戻ってきたシルヴィの治療には万全を期すよう待ち構えていた。

 その医者が、シルヴィの治療を始めて三日目にヤロに言った。


「全治半年と聞いてどんな重傷者がくるかと思ったのですが。あの調子でしたら三月もすれば動けるようにはなります」


 それは良い報せだ、と喜んだヤロであったが、一週間目にまた医者が言いにくそうに報告にきた。


「彼女は実に優れた戦士でして、体力が常人のそれではなく、後三週間もすれば動けるようになってしまう、かと」


 ヤロは不信の目を医師に向けながらその話を聞いていた。

 時折シルヴィの様子を見に行ってたのだが、三週間どころか、来週にはもう馬にも乗れてしまうのではないか、というぐらい元気であった。というかベッドの上で飽きた飽きたと、とてもうるさかった。

 この様子ならば王都の戦勝の宴にも出られそうであったが、現在でもシルヴィの引き抜きが凄いのだ。これが王都になんて連れていったらどうなるものか。

 ヤロは、絶対にシルヴィは連れていかん、と隊長とヤロの二人のみで宴には出たのである。

 シルヴィはというと、王都の宴には全く興味がなく、それよりも久しぶりに国元に帰って、そこで兵たちと戦勝祝いのお祭り騒ぎをしてる方が楽しいようだ。

 王都の宴に出席したヤロは、シルヴィの今後の去就に関してやたらそこら中から口を出されて、そこから逃げるのに必死で宴を楽しむ余裕もなかった。

 結局ヤロは、王都の宴は最低限の滞在のみで済ませすぐに自領へと戻ってしまう。

 このヤロの行動は、領主としては実は最悪のものであった。

 ヤロにシルヴィを譲るよう言っていた人間は、遠回しにではあるが皆、国軍に彼女を預けるべし、と言っていたのだ。そしてこれは国軍の要望というだけではなく、ヤロにそれを勧めた人物を見れば普通の貴族ならばそこに国王アンセルミの内意を見ることができたはずだ。

 だがヤロは、シルヴィが挙げた武勲は全て彼女の主である自分の手柄である、と心底本気で考えていたので、シルヴィ個人をそうした高位の人間が気に掛けるなどとは欠片も思っていなかった。

 だから貴族たちがヤロに言う言葉を額面通りに受け取ってしまったし、そこに含まれた国軍やアンセルミ王の意志といったものを汲みそこねてしまっていた。

 勧めた貴族は、まさか現在のカレリアで王や国軍の意向を無視する馬鹿がいるなんて思ってもみない。言うべきことは言ったのだから、これで十分だろうと思っていたら、シルヴィをどうするといった具体的な話をする前にヤロが自領へと帰ってしまったのだ。

 ヤロに声を掛けるよう言われていた貴族たちはこのヤロの行動に大いに焦る。

 優れた戦士を寄越せ、と言われて反感を持つのもわかるが、だからとその指示を無視して自領に戻るというのは、ともすれば、そんなに欲しければ力ずくで奪いに来い、と言っているとも取られかねない。

 それを、アンセルミ王とカレリア国軍相手にやらかすなどと。

 彼らはヤロに対して悪意を持ってそうしているわけではないし、むしろヤロにとっても良い話であろうと思っての行動であった。

 これからカレリアでは国軍以外の兵力は削減していく方向に進んでいくだろうし、そもそも今後戦は起こらなくなるだろう、というのが大半の者の判断である。ならば手柄を立てる機会もないのだから、無駄な兵なぞ持っていても仕方がない。アンセルミ王に不信感を持たれぬためにも、むしろ自分から削減に動くべき場面であるのだ。騎士軍への王の対応を見れば、そんなことすぐにでもわかろうものである。

 ただ、彼は基本的に善良な人間でもあったので、ヤロがこんなことで国を敵に回してしまい破滅したりせぬよう、アンセルミ王と国軍を説得しつつ現状を全く認識していないヤロにこれを説明しようとヤロの領地へと向かう。

 そして行った先で、再び絶望するハメになるのだが。


 国元へと戻ったヤロ・ハーヤネンは、現状認識能力は致命的なまでに欠けていたが、このままではシルヴィを寄越せという要求を断ることができなくなるということだけは理解していた。

 ヤロは、自身が領地経営という面では凡庸な人間であると自覚していた。領主に就任してから自分の行なった新しい施策の全てが失敗していれば、嫌でも自覚させられるというものだ。

 だからこそ、シルヴィという本物を手放すことは考えられなかった。シルヴィだけが、ヤロが持っているモノの中で唯一世界に通用するものであったのだ。

 ヤロは今はともかく要求をかわすことだけを考え、時間があけば皆シルヴィを諦めるだろう、と策を講じる。

 領地に戻るなりヤロはすぐさまシルヴィのところへと向かう。

 シルヴィに与えた家に行き、そこで寝ているはずの怪我人シルヴィを呼べと、彼女の看病を命じていた使用人に言う。

 すると彼は、とても言いにくそうにしながら答えた。


「も、申し訳ありません。その、今朝早くから、シルヴィは馬の様子を見てくると……」

「馬鹿者! 怪我が治るまでは安静にさせておけと言ったであろう!」

「で、ですが、シルヴィが本気で逃げたら私ではとても……」


 使用人の言葉は実に説得力のあるもので、思わず言葉に詰まってしまうヤロ。

 嘆息しつつ心を落ち着かせるヤロ。考えてみれば、そこまでシルヴィが元気だというのは都合の良い話である。

 シルヴィには少し無理をさせることでもあるし、ここはひとつ優しく諭してやるか、と考えたヤロの思考を遮るように部屋の扉が大きく音を立てて開く。


「逃げちゃってごめんねー、でももーだいじょーぶだよー。馬は全部きちんと言い聞かせてきたから……あ」


 シルヴィの笑顔が言葉の途中で固まる。その能天気な声を聞いてしまったヤロは、いつもそうであるように今日も、自制が吹っ飛んでしまった。


「こんの馬鹿者があああああああああ!! 怪我が治るまでは大人しくしておれと言ったであろうがあああああああ!!」

「りょ、りょーしゅさまー!? なーぜーこーこーにー」

「何故ここにではない! 今日という今日はもう勘弁ならん! そこに座れ馬鹿者が!」


 床に座らされたシルヴィを、これでもかと怒鳴り説教するヤロ。

 使用人は、ヤロの凄まじい怒声と半泣きのシルヴィを見ながら、ああ、いつも通りだなぁ、と笑い、家の掃除でもするかと助けを求める視線を向けてきたシルヴィを無視しつつ、この場を離れるのであった。


 説教を終えたヤロは、涙目で俯くシルヴィに問う。


「で、怪我はもういいのか?」

「……はい」

「ああ、もう怒っとらんから顔をあげろ。それは戦もできるほどか?」

「うん、もうほとんど痛くない」


 ならばとヤロはシルヴィに命令を下す。イジョラ魔法王国への潜入調査を行うようにと。

 シルヴィは諜報員の教育なぞは受けていない。この命令はほとぼりが冷めるまでカレリアから離れていろということだ。

 王都にて、シルヴィが同等であると認める第十五騎士団の面々がイジョラへの潜入調査を行なっているという秘密の話を聞き、そこに手柄の匂いを感じ取ったというのもある。

 またつい先日の戦により、イジョラ魔法王国も噂程ではなかったと侮っている部分も。どうせ身を隠させるのなら、同時に手柄が狙える場所に行かせるのがよい、そうヤロは考えた。

 シルヴィは基本的に、ヤロの命令には逆らわない。ただ、最近は兵士たちが皆、領主ヤロへの不満を口にするようになってきたので、それに影響されている部分はあった。

 それでもシルヴィはヤロの命令には従おうと思った。少なくともこの任務ならば、シルヴィが一人でイジョラに行く形でありみんなは領地に残っていられるのだから。

 自己犠牲的な話ではない。彼らは兵士ではあれど、彼らに死の危険がある状態というのは、シルヴィにとってとても落ち着かない話であるのだ。そしてシルヴィがいなければヤロが無茶な作戦を振ってくることもないとシルヴィにはわかっている。

 もちろん隊長や兵士たちは皆が揃ってシルヴィを止めたものだが、シルヴィはいつものようにのへらーとした顔で、大丈夫だよー、と笑って言い領地を出たのだ。


 シルヴィが出立してすぐ。王都よりヤロ説得の任を帯びた貴族が領地を訪れる。

 彼はヤロには遠回しな貴族的物言いが通じないとわかったせいか、ヤロにもわかるようはっきりとした形でヤロが置かれた状況を説明してやった。

 カレリアでの絶対権力者となったアンセルミ王。その意向を無視したならば、最早比喩でもなんでもなくカレリアの全てが敵に回る。そういった状況の中でヤロは王の内意が込められたシルヴィ譲渡の話を無視したのだと。

 元よりヤロの家は先代領主がヤロへの引継ぎの直前に王家側へと鞍替えした家だ。王の配下となって挙げた勲功なぞそれこそシルヴィに頼った今回の戦ぐらいのもので。

 そしていかな剛勇とて、たかが平民の兵士一人の引き渡しすら拒むなどと、本来ヤロの身分でも立場でもありえぬ話であった。

 ヤロは必死に言い訳した。そんなつもりはなかった、王の内意には気付かなかっただけだ、と。だが、シルヴィは後から誰が何を言ってこようと何もできぬよう、単身でイジョラへと旅立たせた後であり連絡すら覚束ない。今更シルヴィを譲ろうにも、すぐにはできぬのであった。

 ヤロを訪ねた貴族は思った。


『……よく動く馬鹿ほど始末に負えぬものはない、か』


 それでも、ヤロはぎりぎりのところで幸運であった。こんな遠くに出張ってまで、物を知らぬヤロを説得しようとしてくれるような善人であるのだ、この貴族は。

 なので彼はヤロと王都との間に立ち、どうにかヤロへの追及が浅く済むよう尽力する。その間ヤロは、国王に逆らったと聞いて驚き激怒した親戚一同から毎日のようにつるし上げられ、とても生きた心地がしなかったという。




 盗賊の一人が、怒声を上げながら剣を抜く。


「馬に乗ってるからってちょーしこいてんじゃねえぞてめえ! その馬もてめーも! 俺様たちが頂いてやっからありがたく……」


 剣を抜くという行為が、脅しであるのか開戦の合図であるのか。その判別は少なくとも第三者にはつきづらいもので。

 ましてや相手は初対面であり、法的にも社会通念的にも、殺してしまっても構わない盗賊相手となれば、シルヴィがどう判断するかは火を見るよりも明らかである。

 老人の眼前を、突如吹き荒れた豪風が抜けていく。

 それが風ではなく一蹴りのみで跳んだ馬であると老人が気付けたのは、風が通り過ぎた後で、上半身が消えてなくなってしまった盗賊を見てからであった。

 切れたでもなく取れたでもない。すれ違いざまのシルヴィの棒の一撃で、盗賊の上半身が粉々に消し飛んでしまったのだ。男の下半身を中心に大地に描かれた扇状に広がる赤い飛沫。その広さを見ればこの色こそが男の上半身であったとわかる。

 いかな剛腕のシルヴィとて、自らの腕力のみではこれは成し得ぬ。飛び込んだ馬の体重をも棒、いやこれは棍というべきか、に乗せシルヴィの膂力も加わってこそのこの威力である。

 盗賊が既に手を掛けている剣を抜ききるよりも、馬で飛び込んで棍を振るう方が速いなど、誰が想像しえようか。

 もう一人も易々と仕留めたシルヴィは、残った一人の頭を、棍の先で軽くこつんと叩く。


「そこでちょっと待っててね」


 その場にへたりこんだ盗賊を他所に、シルヴィは老人のもとへと。

 こちらも盗賊に負けず劣らず怯えていたが、シルヴィは老人の怯えにもこれといって頓着せず普通に声を掛ける。


「どう? 一人で帰れそう? 無理なら私送っていくけど」


 老人は、この突如現れた化け物の如き女を村に連れていくなど冗談ではない、と何度も首を横に振る。

 シルヴィはそれをどう受け取ったのかにこーっと笑う。


「そう、じゃあ私はこっち先に行くね。一応聞くけど、おじいちゃんこれまでに盗賊の被害に遭ったことってある?」


 これにも老人は首を横に振る。するとシルヴィは大きく笑って言った。


「あはは、そうだよね。そうでないと大金持って山を出歩いたりしないか」


 じゃあ、と言ってシルヴィが老人に背を向けると、老人は転がっている麻の袋を拾って一目散にこの場を逃げ去っていった。

 残るはシルヴィとへたりこんだ盗賊の二人のみ。シルヴィは彼を棍の先でつつきながら命じる。


「アジト、あるよね。案内してもらえるかな」


 仲間を売るというのは、彼ら悪党にとって最も忌むべき行為であるはずなのだが、この盗賊は二つ返事でこれを了承する。

 案内中、盗賊はただの一度も逃げるそぶりを見せなかった。

 騎馬が相手ではたとえ山中でも逃げ切るのは難しく、ましてやこの男はシルヴィの武勇をその目で見てしまっているのだ。訓練を受けた兵士であるとか、人生の大半を修羅場の中で過ごしたような生粋の悪党でもなければ、こんな恐怖に抗うことなどできはすまい。

 シルヴィが盗賊の足に合わせてやったので、道中はとてものどかに、こからんこからんと馬の蹄の音を鳴らしながらの移動となる。

 盗賊は時折ちらと後ろを見る。馬上の長身の女は、起きてるんだか寝てるんだかわからない半目で、とてもつい先ほど仲間を殺したとは思えぬぼけーっとした顔であった。

 だが、盗賊は決して逃げようなんて気にはなれない。女の代わりに、馬が盗賊を威嚇してくるからだ。

 行く先である盗賊の隠れ家には三十人の仲間がいる。それでもこの馬上のたった一人にまるで勝てる気がしない盗賊であった。




 男と共にその集落紛いを訪れたシルヴィは、自らの立ち位置を明確にするため、入口で二人を出迎えた見るからに好色そうな男の首を、棍で殴ってへし折った。

 残るもう一人は泡を食って集落の中へと駆けていく。うんうん、と頷くシルヴィに、再び恐怖に硬直してしまった案内盗賊の男。

 ほどなく集落から多数の男たちが飛び出てきた。


「殴り込みだ!? なめやがってぶっ殺してやるぜ!」

「今日こそ俺の星を増やしてみせらあ!」

「てめえはまだ一人しかやってねえしな! 俺ぁこの間ので二人だ! てめえもせいぜい気張るんだな!」

「早いもん勝ちだろ! 俺が先にぶっ殺してやるぜ!」


 相手が一人と聞いていたせいか、飛び出してきた男たちは皆嬉々とした顔だ。それでも、集落の入り口にきて仲間の死体を見ると、彼らの表情は憤怒に変わる。

 ざっと三十人弱。騎乗したシルヴィを半包囲する形で男たちが並ぶ。集落の長らしき、一際体躯の立派な男が前に出る。


「ウチの身内、殺してくれたらしいな。てめぇ、生きて帰れると思うんじゃねえぞ」


 だが、と最初にシルヴィが殺した男とまったく同じ好色そうな顔を長は見せる。


「おめえ、見たこともねえぐらいべっぴんじゃあねえか。いいぜ、俺の嫁になるってんなら、生かしておいてやってもよお」


 すると集まった男たちからは不満そうな声が。


「えー、長もう嫁三人目じゃん。幾らなんでも欲張りすぎだろ」

「良い女みーんなもってっちまうとか、ちょっと許されざるでしょ」

「さすがにこれは村八案件ですわ」

「みんなで持ち回りにするってのが、誰もが納得する話なんじゃあねえですかねえ」


 だー、と腕を振り回す長。


「わかった、わかった。俺の前の嫁一人、お前らに回してやっから。それで納得しろ」


 男たちが一斉にぶーぶー喚きだす。長はとりあえず手近な男を一人蹴り飛ばしながら怒鳴る。


「わかった! わーかったっての! 俺の嫁はコイツ一人! 残りはおめーらで回せ! そんでいいだろうが!」


 おー、おー、と歓声に変わると、長は苦々し気にぼやく。


「ホント、どいつもこいつも調子がいいんだから……おい、話は決まったから、こっちこい女」


 シルヴィは、肩をごきごきと鳴らして準備を整えてから、にっこり笑って言った。


「うん」


 同時に、シルヴィの乗る馬が大きく跳ねた。

 長の頭上を、更にその後ろにいた三人の男をも飛び越え、その背後に着地する。馬ほどの重量が人間の頭上を跳んで越えるなど、本来は決してありえぬ挙動である。

 だがこれは、シルヴィ・イソラが鍛えた馬であり、操る騎手もシルヴィ・イソラであるのなら、この名が二つも並ぶのであればできぬことなどありはしない。

 馬が振り返るに合わせてシルヴィは棍を薙ぎ払う。ただの一振りで三人の男が吹き飛んだ。

 振り返りながら馬は走り出している。包囲の後ろ側に飛び出した後、馬はこの包囲に沿うような形でぐるりと円を描きながら走る。それはちょうど、ずらりと並んで男たちが揃ってシルヴィの棍の殺傷圏内に入るような動きであった。

 彼らを順に叩き殺しながら、シルヴィは長を最後に回す。

 長が生きている間は、盗賊たちも自分たちに勝ち目があるのでは、なんて勘違いをしてくれるだろうから。そのためにわざわざ入口の男は、軽く優しく殺しておいたのだ。

 案の定盗賊たちは一目散に逃げ出すなんて真似はせず、なんとか抵抗しようと考え、もしくは長にどうするか聞こうとしながら、次々と殺されていった。

 シルヴィは一息に殺せる分だけ殺すと、次どうするかは敵の動き次第、と長たちを見る。どう動いていいのかわからない、そんな顔をしていた。

 少し、考え込んだ顔でシルヴィ。


「どうする? 降参する? したとしても殺すしか私、手がないから意味ないと思うけど。ごめんね、私イジョラの騎士とか警邏の人とかに知り合いいないんだ」


 長は声音が震えながらも声をひりだす。


「じゃ、じゃあ、なんで俺たちを?」

「ん? そりゃ盗賊なんて殺せる時にきちんと殺しておかないと、後でひどいことになるでしょ」


 シルヴィは二十人以上の人間を殺した後とはとても思えぬ、のほほんとした顔である。その戦意の無さそうな顔に、長は一縷の望みを賭ける。


「そ、そいつは誤解だ。俺らぁ盗賊ではあるが、狙うのは悪党だけさ。良い奴を殺したことなんざ一度だってありゃしねえ」

「いやついさっき、通りすがりのおじいさん殺そうとしてたよ」

「い、いや、そいつは、だ。そういう行き違いもあったかもしれねえ。だがな、俺たちも根っこは農民よ。街で生まれたクソみてぇな連中とは違う。な、なあ、アンタ、貴族の使いっぱとはとても思えねえ、すげぇ武勇だ。なら、別に俺たちをわざわざ殺す意味もねえだろ。もちろん、金なら用意するさ。とても大金なんてシロモノじゃねえが、それでも出せるだけ出させてもらう、だからっ」


 こてんと首をかしげるシルヴィ。


「お金が欲しいだけなら、それこそ貴方たちを生かしておく理由ないよね。どうせ貴方たち、私が奪ったらその分村から奪うんでしょ?」

「む、村が気になるのか? な、なら村から奪うのはやめる!」

「嘘ばっかり。それにもし本当だったとしても、それを私は確認できない。殺すのが一番確実だし、きっとそれが最善だよ」


 やめ、と途中まで言い掛けた言葉が、長の最期の言葉となった。

 その後ろで震えていた男たちも皆、シルヴィは棍で打ち殺した。一人でも残せば、きっとその男は生きるために仕方なくという免罪符を持って村の誰かを害するであろうから。

 そして全員を殺し終えたシルヴィは集落の中心に馬に乗ったまま進み、そこで声を張り上げた。


「まだ、隠れてる人いるね。出てきて。女子供、老人なら殺すつもりないから」


 そして一言付け加える。


「今のところは」


 逆らうことに意味はない。逃げたところで騎乗した相手に逃げ切れるはずもない。その程度の判断は、相手が盗賊とはいえ期待してもいいだろう。

 女が十人出てきた。いずれも十代後半か二十代ぐらいに見える。

 皆とても怯えた表情であったが、真ん中の一人は、睨むようにシルヴィを見返して言った。


「……私たちに、何をさせようってんだい?」


 肝っ玉だけながら男衆よりよほどよいものを持っているらしいこの女に、シルヴィは問い掛ける。


「この後、どうするつもりなのかなって。帰るところ、ないでしょ? 街に知り合いとかいる?」


 吐き捨てるように女は言う。


「そんなもんありゃしないよ。男衆皆殺しになっちまったんなら、アタシらも飢え死にするだけさ」

「働けば?」

「ふんっ、こっちはアンタみたいな器量よしじゃあないんでね。アタシら程度じゃどうせロクな稼ぎにもならないだろうさ。なあ、アンタ、なんのつもりなんだい? 偉そうに盗賊退治だのと言ってくれたけどさあ、アンタ衛兵じゃあないんだろ? かといって復讐にも見えない。なら、なんだってわざわざアタシらを殺しに来たんだい?」

「盗賊を殺すのに理由がいる?」

「ははっ、それはあれかい。盗賊見つけて義憤に駆られてってやつかい? アンタみたいに強い戦士なら、わざわざ盗賊退治なんて手間の掛かることしないでも幾らでも稼げるだろ。もしかして、弱い者の味方だなんて寝言ほざくつもりじゃあないだろうね」


 シルヴィは眉根に皺を寄せて問い返す。


「何が言いたいの?」

「アンタ、ここらの事情なーんも知らないくせに、偉そうに首突っ込んできてんじゃないってことだよ。アタシらが、好きで盗賊やってたとでも思ってるのかい」

「違うの?」

「ふざけんじゃないよ! 今のイジョラがどんな状況なのかも知らないくせにさ! ここにいる連中はね! 税の重さに耐えかねて村を逃げ出した奴らなんだよ! 食うもんから何からみーんな領主様に持っていかれちまって、このままじゃ飢え死ぬしかないから! だから盗賊に堕ちたんだよ! 義憤だあ!? そんなに正しいことがしたいってんならアタシらの税金なんとかしろってんだよ!」


 シルヴィの顔から表情が消える。戦場にあってもどこかとぼけた雰囲気の残るシルヴィであったが、今のシルヴィからはそうした長閑な気配は消えてしまっている。

 女はシルヴィの様子が変わったことにも気付かず、せせら笑う。


「正義の味方気取りでさ、弱い者だけいじめて楽しんでるなんざ、やってることは無慈悲な領主や悪徳商人と一緒なんだよ。ははっ、どうする? 頭に来たからアタシを殺すかい? そいつにはいったい、どういう理由をつけてくれるんだろうねえ。無礼を働いたからだー、ってか? はははっ、理屈が通らない時おえらい連中がいうことはいつも一緒さね。アンタも、その内の一人なんだろ」


 シルヴィはじっと女を見つめる。彼女は本気でそう思っているようにシルヴィには見えた。なので、殺すのはきちんと話してからにしようと思った。


「……税が重いから生きるために仕方なく盗賊になった、って言ったよね」

「あん?」

「その税、十年で村の人間が半減するような、そんな税だったの? 貴女の言葉を聞いてると明日にも人が死ぬみたいな話だけど、よっぽど物知らずしかいない村でもなければ、たとえ税で収穫したもの全部もっていかれたとしても、今日明日死ぬなんてことありえないよね。ここらで飢饉だなんて話も聞かないし、なら、生きるだけならなんとかなったはずだよ」

「なっ、い、生きるだけですって!? アンタ言うにことかいて……」

「人は、死ぬかもしれない。子供は生まれられないかもしれないし、老人を捨てないといけないかもしれない。でも、村人全滅はないよね。半減すらありえないでしょ。でもね、村を捨てて盗賊になったら本当に全滅するよ」


 シルヴィは淡々と告げる。


「盗賊が十年生きられると思う? 一年だって難しいよ。村に残って農作業してれば、生きるだけならまだ望みはあったはずだよ。それに、貴女たちが村から逃げたことで領地の総収穫量減っちゃったよね。ねえ、貴女の所の領主様は、村人が逃げたから収穫が減りました、で納得してくれる? 飢饉でもないのに重税課すような人は絶対納得しないよ。減った分を他所から徴収しようとする。貴女たちが逃げ出したせいで、他のなんの罪もない人たちが大きな負担を背負うことになるんだよ」

「た、他人の面倒見てる余裕なんてあるわきゃないでしょ!」

「誤魔化したってダメだよ。貴女たちが盗賊に身をやつしたのは生きるためなんかじゃない。ただ、他人を傷つけてでも楽をして稼ぎたかっただけ」

「そ、それは男衆がそうなんだよ! アタシら女は無理やり……」

「貴女たち、男の人たちと同じ村から来たでしょ。村全体が逃げる、そんな話だったんじゃないかな。でもね、この集落に老人も子供もいない。きっと若い人たちだけで盗賊を始めて、足手まといは全部村に捨ててきた。それやられたらもう重税どころじゃない、残った村の人たちは生きていられなかったでしょ」

「違う! アイツらは自分から残りたいって言ったんだ! アタシらは悪くない!」

「見捨てないでくれ、助けてくれ、って言ったはずだよ。きっとまだ、貴女の耳に残ってるでしょ?」

「やめて! 見てきたように言わないで! 何も知らないくせに! アンタみたいな恵まれた人間が偉そうに語ってんじゃないよ!」

「私が恵まれているかどうかと、貴女に罪があるかどうかは別の話だよ。別に、貴女の領主様が正しいなんて言うつもりもないし、重税の辛さは私にもわかるよ。でも、貴女たちはそれを言い訳に、自分たちだけが楽したいからって逃げた結果が盗賊なんだよ。生きるための選択なんかじゃない、仕方のないことですらない、そしてそれを反省すらしていないのなら、きっと貴女は女の身でも盗賊をする。だから、今ここで、貴女は殺すことにする」


 馬から降りたシルヴィが女に歩み寄っていくと、女は後ずさりながら怒鳴り返す。


「い、いつでもアタシらは奪われてばっかりだったんだ! そんな生き方はもうごめんなんだよ! これまで奪われた分! 奪い返して何が悪い!」

「奪われてばっか、か。まあ、世の中なんてそんなものだよ。私たち、農民にはさ」


 シルヴィは、作物の値段が大きく落ち込んだせいで領主様が普段以上に税を課してきた年の悲惨な光景を思い出しながら、女の頭部を棍で砕いた。

 なまじ身近に感じられる話であったが故に、シルヴィにはどうしてもこの女の理屈が許せなかった。シルヴィは、そしてシルヴィの知る農民たちは皆、盗賊になった馬鹿共の後始末を背負わされる側の人間であったのだから。


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