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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第一章 サルナーレの戦い
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013.サルナーレの戦い(中編)



 戦地の只中にある三人にとって最も重要な能力は体力であった。

 如何な膂力も、如何なる技術も、体力が尽きては用いることはできない。

 敵軍も当然、相手は人間であると思っているし、ならば間断なく攻め立てればいずれは体力が尽きようと考えていた。

 しかし最初に歩兵で囲んだ時は、三人から体力切れの兆候は一切感じられず、いつまで経っても押し寄せた数がそのまま被害者数となる状況が続いた。

 挙句三人はその場で留まらず、大胆にも陣中央を突破に動き出したのだ。

 イェルケルの前に現れる兵士たちの表情が、悲壮なものに変化していることにイェルケルは気付く。

 他の部隊はいざ知らず、この部隊の兵士はイェルケルたち三人の前に立つということがどういうことなのか理解しているということだろう。

 そんな彼らの不吉な予測に違うことなく、屍の山を積み上げながら走り抜けていくイェルケル、スティナ、アイリ。

 この辺りから、兵士たちは陣形を以て三人に対するようになってくる。

 盾と槍をかざし壁を作っての三列横隊は、恐怖する兵士たちを少しでも落ち着ける効果があるようで、整然と進む彼らから散発的に挑んでくる兵士たちのような及び腰は見られない。

 スティナが残る二人に先行してこの壁に突っ込んでいく。

 槍先を揃えたこの陣の弱点は上にある、なんて誤解を招きかねない、再度の跳躍をスティナは見せる。今度は馬無しで槍襖の上を越えた。

 馬ならばわかる。馬とはそういった生き物であるし、そもそも人と比べてもずっと大きな生物だ。

 しかし人の身で構えた槍先を軽々と飛び越え、しかもその跳躍の勢いは槍一本分の距離を容易く越えるだろうなどと、槍を構えた者たちはもちろん後ろで彼らを指揮する者にも埒外の出来事だ。

 今度は馬の時のように槍を上に構えることもできず、スティナは最前列にて槍を持つ兵士のすぐ手前に着地。いや、着槍する。

 槍の上に片足を乗せ、その槍を持つ者を斬る。兵士たちは密集しすぎていて身動きが取れない。この間に、スティナの剣が右に左に弧を描く。

 槍やら鎧やら人やらが密集しているこの場所で、足元は死体が手にする槍なんて状態でも、スティナの剣は正確に敵の急所を捉え、切り裂き貫いていく。

 兵士たちは悲鳴を上げることすらできずばたばたと倒れていくが、距離がある周囲の兵士たちはこの狭い場所で剣を振るえるとは考えておらず、押し潰そうとスティナに迫り寄っていき、スティナの動きが視認できる距離になって初めて自らの失策を悟るのだ。

 人が幾重にも折り重なって倒れている様は、戦場を経験している兵士たちにすら異質なものに見えよう。ましてやこの倒れる兵士たちの上に立ち、この人山を更に増やさんと速すぎて切っ先の見えぬ剣を振るう女騎士の存在なぞ、現実のものとして受け入れることすら難しかろう。

 彼らは義務感からか、はたまたそういった訓練の成果か、吸い寄せられるようにスティナのもとに集っていき、面白いように次々と狩られていく。

 まるで死を感じさせぬ流れるようなスティナの剣も、戦場にあるとはとても思えぬ美麗な容貌も、数多の兵に囲まれながら誰一人一切触れえぬ神秘も、兵士たちの判断能力を奪うに足るものであろう。

 本来これを止めるべき立場の指揮官ですら、ただ呆然とスティナを見つめるのみ。そんな死の行進も、やがて終わる。

 指揮官を一人残して、彼が率いる全ての兵が死に絶えたからだ。

 彼はそこまで来てようやく自分が置かれている立場を理解し、恐れ、怯え、震え、後先も考えず身を翻す。


「逃がすわけなかろうが馬鹿者が」


 回りこんでいたアイリの剣にて彼は倒れ、残されたのは夥しい遺体の上に立つスティナのみ。

 スティナはここで初めて手にしていた剣を捨て、倒れた兵士から二本の剣をちょうだいする。


「さて、本番ですわよ」

「わかっておるわ」


 アイリももう一本の剣を拾い二刀の構え。

 荒い息を漏らすイェルケルに、アイリは厳しい表情で言う。


「矢が来ます。駆けますぞ殿下」


 槍兵たちを駆逐した後ここに兵士たちが来なかったのは、弓矢を構える者たちがぐるりと三人を取り囲んでいたからだ。

 三人は一斉に走り出し、そんな三人に無数の矢が射掛けられる。

 イェルケルの前にスティナとアイリが並ぶ。そのすぐ後を走るイェルケルであったが、二人がどんな技を駆使しているのか、どんな剣術の類を使用しているのか、全く理解できなかった。

 矢が飛んできているのはわかる。風切り音はひっきりなしに聞こえてくるのだから。

 だが、矢が命中した時の肉を抉る音が全く聞こえてこない。聞こえるのは鈍い音と甲高い音の二つ。

 前の二人が忙しなく動きながら走ってるのもわかる。後ろを走るイェルケルに二人の汗が飛んでくるほどの動きであるのだから。

 だが、矢が当たったことによる動きの停止は無い。二人は動き続け走り続け、イェルケルは二人に続き走るのみ。

 二人は走りながら会話なんてものまで交わしている。


「ねえアイリ! 矢って思ったより遅いわね!」

「そうだなスティナ! これなら二人もいらんかもしれん……ってうおっ! 危なっ!」

「ちょっとアイリ! 気抜いたら危ないに決まってるでしょ!」

「抜いとらん! 中に熟練の射手が混ざっておる! えいくそ前言撤回だ! これ結構危ないぞ!」


 あー、そー、危ないんだー、結構つける程度にはー、と前方で起こっている異世界の出来事と会話を聞き流すイェルケル。

 一本二本ならイェルケルでも弾いてみせるが、こんなまとめて何十本も飛んでくる矢を、いったいどうすれば全部弾きながら走るなんてことができるものやら。

 とはいえイェルケルもそろそろ暢気に構えていられなくなる。

 最前列の弓隊に辿り着きこれを斬り倒して更に前へと進むが、側面から射ってきていた者たちの矢が今度は背後から来るようになる。

 こうなるとイェルケルは後ろを見ながら走りつつ、背後より迫る矢を切り落とさなければならない。


「おっ!? おうわ!? なんたり!? とあー!」


 何言ってるんだか自分でもわからぬ言葉と共に矢を弾く。敵は弓でしとめると定めたのか接近戦を挑む者はなく、ひたすら距離を取って矢を射続ける。

 これを指示したのが誰かはわからないが、イェルケルはサルナーレ辺境領にもまともな軍人は居るのだな、と妙に感心してしまう。

 辺境領側はこんなイカレた近接攻撃力を持つ連中を、馬鹿正直に受け止める必要はどこにもないのだ。

 疲労を待つというのであれば、少しでも被害を減らせるような手を打つのは至極当然のこと。

 対するイェルケルたちは、最初に定めた通りだ。

 一直線に本陣を目指す。後はその途中の道に少しでも多くの敵陣があることを祈るばかり。敵陣の中に突入してしまえば矢は使えないのだから。


『敵が陣を敷くのを期待するとか、つくづく普通の戦じゃないよなぁ』


 目測ではあるが、敵本陣までの距離は把握している。この調子で走るならば一刻とかからず辿り着けるだろう、と考えたが実際はどうなるかわかったものではない。

 敵も馬鹿ではないことはよくわかっている。何かしら対策を打たれたら、と、そこで突然イェルケルは躓きかける。

 矢をいなしながらであったから心底焦ったが、追撃の矢はきっちり弾く。

 足を止めたイェルケルに、後ろも見ずに気付いたスティナとアイリが振り返る。


「殿下!?」

「どうされました!」

「すまない、少し躓いただけ……」


 しかしイェルケルは、それ以上の言葉を発することができなかった。

 息が、苦しい。全身が熱病に冒されたかのように熱い。

 両足が、爪先から腿に至るまで、どこもかしこも痛くて堪らなくなってきた。


「なん、だ、これ?」


 声もまともに出ない。動くどころではない、止まっていても全身が痛くてたまらない、呼吸が苦しくてしょうがない。

 何かがせり上がってくる感じがし、それが喉から顔を伝い目に来たところで、視界が眩む。


「……っ! ……り……で……っ!」

「で……! 気……た………っ!」


 左右から声が聞こえるが、何を言っているのかわからない。

 目の前は暗闇の中で光点が無数に瞬き、上も下も右も左もわけがわからない。

 いきなりの不可思議現象に見舞われたイェルケルは、焦るようなことは一切無く、自分がここまでやってきたことを思い出す。

 馬を駆って槍襖を飛び越え敵陣に真っ向から突入し、群がる兵士達を何人も何十人も斬って斬って斬り倒し、五人の強敵を同時に撃破し、後はひたすら走って走って走り続けた。


『ああ、幾らなんでも動きすぎだよなぁ。そりゃ、体も限界が来るって。むしろ、良くもまあここまで保ったもんだ。人間、集中してると本当に限界まで引っ張れるもんなんだなぁ』


 そして、ここで意識を失えば二度と目を覚ますことは無いだろう、とも。


『ごめん、二人共。まさか、敵にやられる前に体力が尽きて倒れるとはね……あーあ、随分鍛えたつもりだったんだけど、私もまだまだだったなぁ……』


 今生との別れにはあまり相応しくもない思考を最後に、イェルケルは意識を失った。






 例えば、地獄というものがあったとして。

 そこはきっと、居るだけで地獄のように苦しい場所なのだろう。イェルケルがそんなことを漠然と考えていたのは、どこがどう痛いとかがわからぬぐらいそこら中が痛くて仕方が無いからだ。

 自分なりに誠実で勇敢な人生を送ったつもりのイェルケルは、地獄に墜ちたことに関してどこと無く理不尽さを感じていたりもする。


『ああ、そっか。私が地獄だとしたら、他の嫌な奴らもみんな地獄に来るんだろうな。嫌だなぁ、地獄に墜ちてまでアレとかアレとかの顔見たくもない』


 目を開くのは、いつもの朝と一緒。

 目を開いても真っ暗なのはいつもとは違うが。


「地獄って暗いのか」


 どうやらうつ伏せらしいので首を逸らすと、光が差し込み視界が開ける。そこには地獄の住人の顔があった。


「やあご同輩。機嫌はあまりよくなさそうだね」


 彼は死人のような顔で白目を剥いたままであった。

 うつ伏せのままは口の中に泥だか何だかわからないものが入って気分が悪いので、イェルケルは痛いのを我慢して仰向けになるよう転がる。


「…………あれ? やっぱりここは天国だったか?」


 見えるのは青い空と、天使が二人。天使たちはイェルケルを見下ろしている。


「随分とお早いお目覚めですね、殿下」

「もうしばらく踏ん張れば夜ですし、なんでしたらもう一眠りされますかな?」


 二人はイェルケルを見下ろしていた姿勢から、一瞬で戦闘態勢に切り替え、飛来する無数の矢を全て斬り払う。

 こんな真似ができるのは、スティナとアイリの二人以外おるまい。


「あれ? もしかして、私生きて……」


 イェルケルは気付く。あの状況で倒れたイェルケルが生きているということは、当然守ってくれた者が居るという事。

 真っ青になって立ち上がろうとするイェルケル。だが、体が重くて思うように動けない。


「おっ、お前たち、まさか今まで私を守って……」


 スティナが弓の雨を全て切り落としながら。


「苦労しましたよ、窪地見つけてそこまで殿下引っ張って来て。そうそう、倒れる殿下の上に死体放り投げて盾にしたのアイリですから。文句ならアイリにどうぞ」


 周囲は上手い形にへこんでおり、一方からしか矢が飛んでこないような地形になっている。

 窪地の脇から顔を出して矢を射ようとする者は、アイリが走り斬って回る。


「きいいいいさまもやったであろうが! 殿下! もう一つの死体はスティナが蹴飛ばして上に乗せたものですぞ! まったく! なんたる不敬か!」


 二人はずっとこうやって、イェルケルが意識を取り戻すまで守り続けていてくれたのだ。

 胸の奥が震え、目頭が熱くなる。


「こんな私を、こんなにまでして……すまん、スティナ、アイリ。すまん……」


 こうまでしてもらって、動けぬなぞと寝言をほざくぐらいなら、今すぐ自分の喉かっさばいてくたばった方がマシだ。

 イェルケルは悪鬼の表情で立ち上がる。

 体は痛い。どこもかしこも痛いが、生きているのなら動かぬ道理は無い。

 動くなら、走れるはずだ。そう自らの体に言い聞かせ、無理やり足を動かす。

 倒れる直前の、これまで経験したこともない信じられぬ苦しさを覚えている。

 二度と経験したくないとその時は思ったが、今は、それすらどうでもいい。

 イェルケルは、途中で倒れた自分を恥じていた。


「次は、息の根が止まるまで走り続ける! スティナ! アイリ! もう一度! 私と共に駆けてくれるか!」


 よく見るとスティナも全身から凄まじい量の汗を流しており、これに泥やら何やらがこびりついてエライことになっているが、彼女は晴れやかな顔で微笑む。


「夜まで待てば逃げられますのに……まったくもう、仕方の無い王子様ですわね。お付き合いいたしますわ」


 アイリの握った二つの剣は所々に欠けがあり変形さえしている。彼女ほどの達人でも、そうなるような時間であったのだろう。


「殿下が行かれるのでしたら、どこまでだろうとお供いたしますぞ! 本当に、殿下は、我が期待を大きく上回る素晴らしきお方です!」


 イェルケルは死体の剣を一本拾い、強く握る。握力も著しく落ちているが、戦えぬとは口が裂けても言うつもりはない。


「では……」


 矢をひっきりなしに降らせ続ける窪地の先の兵士たちを睨み、イェルケルは言った。


「殺すとしようか」



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