表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
125/212

125.カレリア・イジョラ戦争終結


 騎士軍、イジョラ魔法兵団を打ち破る、の報はまずどこよりも先に、カレリア国軍へと伝えられた。

 国軍総司令官ターヴィ・ナーリスヴァーラは、その報告に僅かに目を見開いた。


「ほう」


 ターヴィのみならず、陣幕の内に列席した他将軍達からも意外そうな声があがる。


「なんと。これはこれはまたまた……」

「ふん、イジョラも不甲斐ない」

「イジョラの失策か? はたまた騎士軍の策が当たったか」


 ターヴィが皆を静かにさせた後、報告を続けさせると、戦闘の具体的内容へとうつっていく。

 最初は誰もが興味津々であったのだが、報告が進むにつれ、全将軍がそれぞれの表現の仕方でその報告者に懐疑的な視線を向ける。

 シルヴィ・イソラ率いる五人の戦士が、五騎のみにて城壁の如き土壁へと突入。そのまま土壁を乗り越え敵陣を崩し、これに乗じて騎士軍は魔法兵団の土壁を突破、そのまま乱戦となるも敵主力魔法使いを同じくシルヴィ・イソラとその一党が撃破、シルヴィ・イソラは単身で魔法兵団の予備兵力を、そしてその配下の一人はこれまた単身で敵本陣に突入し敵大将を討ち取ったと。

 馬鹿かお前は、なんて言葉を発せずに済んだのは彼らが皆いい年をした大人であるおかげであろう。

 より具体的に聞くと、馬が土壁を駆け登ったなんて話まで出てきて、もう将軍たちは相手をするのが馬鹿らしくなってしまっている。

 立場上、これを問い返さなければならないターヴィ将軍は、注意深く言葉を選びながらこの報告者に内容の真偽を問うと、彼はとても困った顔をして言った。


「申し訳ありません。この戦を他にどう報告して良いのかわからないのです。せめても起こった出来事、私がこの目で見たことだけをお伝えするようにしておりますが、時を置くにつれあれが現実に起こった出来事であるのか、私自身も確証が持てずにおります。報告者としてはあるまじきことながら、どうか他の報告者の言葉も吟味したうえでご判断ください」


 ターヴィだけではない、他将軍たちもまた、ここ半年ほどの間に何度か聞いたことのある報告だな、と思った。

 報告の内容ではなく、報告者の態度が同じなのだ。だが、アレらを引き起こした元凶である第十五騎士団は王都にいるはずで、しかもシルヴィ・イソラの名は辛うじてではあるが聞いたことのある将軍もいた。

 一人の将軍が額に手を置く。


「……まさか、増えた、のか? あれが」


 もう一人の将軍は苦々しく答える。


「最初は三人だけだった。それがいつの間にか四人になっておった。ならば、五人目が出ても不思議ではあるまい。せめても五人目は別口であることを喜ぶべきではないか?」

「やめてくれ、悪夢以外のなにものでもない。……いや、待ってくれ、では、もしかして、馬で城壁を駆け上ったなんて話も、本当だというのか?」

「五人と一頭か、更に増えたな」

「だから止めろと言っている! はっきり言わせてもらうが、第十五騎士団の四人ですら我らの手には負えんのだぞ! そんなものに家畜が子供産むみたいにぽこぽこ増えられてたまるか!」


 また別の将軍が投げやりに言った。


「きっとあれだ、二十年ぐらい前にこの国に神が密かに降り立たれたのだ。それでその時こさえた子供がぞろぞろと今頃になって出てきたと」

「だったらその神とやらが責任取ってコイツらどうにかしろ! 後、馬までもとか見境なさすぎだ!」

「はっはっは、おぬしも子供の頃から聞いている神の話だぞ。無責任で適当で思いつきで生きているのが神なのだから、こんな馬鹿げた話に相応しいではないか」

「ワシが教わってきた神はもっと真面目にカミサマやっとるわっ! どこの邪神の話だいったい!」


 ターヴィは嘆息しながら他将軍たちの現実逃避をたしなめる。


「そちらの追及は後だ。第十五騎士団の手綱も騎士軍のその後も陛下の範疇だしな。我々の任務も、予定とは少しずれてしまったが問題はない、だろう?」


 うむ、と将軍たちは大きく頷く。


「ならばいい。これより、イジョラ魔法兵団への追撃戦にうつる」


 カレリア国軍は、とうに騎士軍対イジョラ魔法兵団の戦場付近への布陣を済ませていた。

 騎士軍乾坤一擲の攻撃の隙をつき、両軍にとって思いもよらぬ援軍として参戦する予定であったのだ。

 イジョラには空よりこちらを索敵する手段があることも承知しており、そんなイジョラの目をすらくらますような行軍と布陣を、ターヴィ将軍たちは成しえていた。

 まさか騎士軍単独で魔法兵団を打ち破るとは、国軍将軍たちにとっても意外ではあったが、それならそれで問題はない。

 ここで魔法兵団の息の根を止めてやるまでである。

 何故このような迂遠な真似をしたのか。それも将軍たちは皆理解している。

 魔法とは、魔法使いとは、単騎ですら村一つ、町の一角を容易く滅ぼしうる恐るべき存在である。

 そんな存在がカレリア国内を必死の形相で逃げ回るなんてことになれば、この機会に魔法兵団の魔法使いを皆殺しにできたとしても、カレリアは大きな損害を被ることになろう。

 そんなことにならぬよう、完全なる包囲にて逃げ道の全てを塞ぎ、徹底的に叩いて叩いて叩きのめすことにしたのだ。

 兵法には、敵を追い詰めすぎるのもよくないとあるが、状況がそれを許さぬ時もある。カレリア国軍首脳部にとっては、今がそうだという判断であった。もちろんこの判断には王からの要求も影響しているが。

 当初の予定と比べればかなり楽になってしまったが、もちろん気も手も一切抜くつもりはない。

 国軍らしい、整然とした、イジョラにとっては絶望的な追撃戦が始まったのである。







「イェルケルが?」


 気の抜けたすっとんきょうな声で、アンセルミ新王は側近ヴァリオに問い返した。

 宰相執務室改め、国王執務室にてアンセルミは書類に目を通しながらヴァリオから、騎士軍イジョラ魔法兵団を撃破すの第一報を聞いていた。ヴァリオは渋い顔である。


「状況証拠から類推しますに、第十五騎士団でほぼ間違いないかと」

「なんだなんだ、今度はアイツら何をしようというのだ?」

「諜報部からあがってきた予測によりますと、シルヴィ・イソラより援軍を頼まれたのでは、とのことです」

「ならば何故報告をあげんのだ?」

「騎士軍に助太刀する形になりますから。それは陛下の意向に沿わぬと思ったのでしょう」

「ふむ。まあ、そんなところか。……シルヴィ・イソラとは誰だ? あー、待て、確か、大鷲騎士団を、レア・マルヤーナと共に潰した女戦士、だったか」

「はい。やはり、陛下はあまり怒っておられませんな」

「私がイェルケルに助太刀するなと命令したわけでもあるまい。ならば、友軍のために行動することになんの不都合があろう。……特にアイツらには、私の意向とやらに縛られてほしくはないからな」

「それで通るのはこの部屋までです。外では通用しませんよ」

「だからアイツも熊の被り物なんてしたんだろう?」

「……それで対外的にも通そうと?」


 この場合の外というのは、この国王執務室の外、という意味であり、カレリア国内を差す。


「山の民、いいじゃないか。中途半端に本当っぽい話をされても逆に信じられんだろ。報告書を見る限りでは、イェルケルたちよりよほどシルヴィ・イソラというのの方が目立っているようだしな」

「対応雑になってません? まあ、いいです。イェルケル殿下が陛下を裏切らぬという前提ならば、問題視する部分でもありませんし」


 その場はこれで終わったのだが、後日次の報告が上がってくると再びこの話題が蒸し返された。

 国王アンセルミは、机に両肘をついて深く項垂れている。

 そんなアンセルミを放置でアンセルミの側近たちが話し合いを進めている。

 アンセルミが黙った時は、ヴァリオが話の進行を担う。


「では、イスコはどう見る?」


 諜報担当のイスコ・サヴェラ男爵は、アンセルミの側近達の中では最もイェルケルたち第十五騎士団と関わりが深い。

 また諜報担当なだけあって、カレリアにおいて最も注視すべき危険人物である第十五騎士団の四人には常時監視の目を光らせている。結構な確率で振り切られてもいるが。


「第十五騎士団は王都にてシルヴィ・イソラの訪問を受けておりましたし、そこで援軍要請を受けたというのも納得できる話ですが、お互いの関係性を考えますと、第十五騎士団側が自発的にシルヴィ・イソラを助けに動いた、という形だと思われます」


 どうしてサヴェラ男爵がそう考えたかの説明がつらつらと続く。

 二度目の報告は、騎士軍の中核を担う者たちがシルヴィ・イソラを襲撃したというものであった。

 第一報が届いた後、第二報目にはこの話があったことから、戦闘終了直後にこの襲撃が行なわれたのがわかる。

 現在騎士軍はひどい混乱の最中にあるらしい。中には国王の陰謀を声高に叫ぶ者もいるとか。

 だが、その陰謀の中身が、戦の手柄を独り占めにして手柄を立てさせないようにする、なんて話であるため、今回の騎士軍は完全に独立した指揮権が確保されているのを知っている者は、馬鹿かと笑うのみだ。

 国内に国王への悪意を持つ勢力があるのならば、これはアンセルミ国王の悪評を振りまく好機である。騎士軍が国王にとって邪魔な存在であるのは周知の事実であり、これを排除するため王が企みを目論んだという話は、誰しもが納得できるものであろうから。

 だからこそ側近たちも焦ったのである。隠してはいるがこの件の下手人は第十五騎士団であるし、国王への助力として勝手にそう動いたと言われれば、そういうこともあるかと思える相手だ。

 ただ、同時にもう少し詳しい状況も国王執務室には届いている。

 シルヴィの仲間の兵士たち百人を受け入れてもらった国軍の将軍から、内密にと王に報告がきていたのだ。

 この将軍、誰にも言わぬと固くイェルケルに約束していたが、速攻でこれを破っていたわけだ。

 それを誠実さに欠ける、とはこの国王執務室の誰一人思わない。事の軽重を弁えているだけだ。それにこの話を彼はアンセルミ国王以外には、それこそターヴィ将軍にすら報せていない。

 その将軍にしたところで、騎士軍がシルヴィを襲撃し首脳陣皆が返り討ちに遭うというのは全く予想していなかった事態である。

 百歩譲って襲撃が起こるなんてことを予想できたとしても、この襲撃から逃げるではなく返り討ちにするなどと、予測できる方がどうかしているだろう。シルヴィたちは無理に戦闘なんてする必要はない。襲撃の事実が明るみに出ればそれで騎士軍は咎めを受けることになるであろうし、危険を冒さず逃げれば良かったのだ。

 ここで国王執務室では意見が二つに分かれた。

 一つは、国王の立場を慮って騎士軍を殺しておこうとした説。もう一つは、逃げる必要すらないほど弱かったのできっちり殺しておいた説。

 第十五騎士団を詳しく知る者であるほど、後者の意見を推すという形であったので、国王執務室の判断としては後者がより可能性が高い、ということになった。

 その結論にやや拗ね顔になりながらアンセルミは考えこみ、言った。


「……で、これを騎士軍首脳の暴走とシルヴィ・イソラの豪勇と公表して問題は?」


 ヴァリオがそれまでの話し合いの結果を答える。


「最早国内に、組織立って陛下に歯向かうどころか、機嫌を損ねようとする者すらいないだろう、とのことから、シルヴィ・イソラとその配下の手柄を奪わんと、騎士軍首脳が暗殺を仕掛け返り討ちに遭ったという発表で問題ないかと。強いて言うのであれば、残された騎士軍に対しある程度の寛大さを見せるのもよろしいかと」


 発表の内容は騎士軍が一方的に悪い、というものだ。たとえそれが事実であれ、命懸けで戦った騎士軍がその対価も得られぬとなれば彼らは大きな不満を抱えるだろう。騎士軍首脳の選択行動を、騎士軍全体で常に全て共有しているわけではないのだから。


「そうだな。襲撃者への罰は当たり前に下すとして、それ以外の騎士軍の内、功のあった軍にはそのまま騎士団特権を認めるということでよかろう。もちろんそれが傭兵団であったなら、騎士団として認めてやっていい」

「公布予定の騎士団廃止令との整合性は?」

「元々一代のみであるしな。それほど問題にもなるまい。騎士に関する法は以前より厳密に運用されることを周知しておく程度か。シルヴィ・イソラたちに殺された襲撃者の名前を見たが、私が知る限りの危険人物は全て死んでるぞこれ?」

「相変わらず、狙ってやってるのか偶然なのか判断のつきにくいところです。……私見ですが、イェルケル殿下にとってもこの結果、思いも寄らぬ話だったのではと。手柄を挙げ過ぎるのも予想外なら、そのせいで騎士軍に襲われるのも予想外、そして騎士軍首脳を皆殺しにしてしまったのもまた」


 ぼやくようにアンセルミが言葉を繋ぐ。


「さんざ考えて計画を立て、数多の可能性を潰しながらいざ実行に移してみればこの有様だ。謀議というものは、つくづく一筋縄ではいかんのだな」

「イェルケル殿下たちさえ絡まなければほとんどの作戦は計画通り進みますよ。だから常日頃から監視させておいたというのに」


 恨めし気にヴァリオはイスコ・サヴェラ男爵を見るが、男爵は心外だと言い返す。


「籠も紐も無しに、空を飛ぶ鳥をどうやって捕まえておけというのですか。たとえ魔法があったって上手くやれる気がしませんよ」


 これに魔法の専門家である元イジョラの魔法使い、オスヴァルド・レンホルムがやはり彼もまた投げやりに言う。


「魔法は、慣れた者からすればその不自然さから、たとえ魔法を感じ取る力がなかったとしても痕跡を見つけ出すことができる。あんな獣並みに鋭い連中を魔法だけで誤魔化しきれるものか。後もう一つ。第十五騎士団のイジョラへの派遣、私はこれまで反対の立場であったが意見を翻させていただく。ツールサスを狩れるというのならイジョラに行ってもどうとでもできるだろうよ。今となってはこの地上のどこかに、アレらの行動を制限できるような土地があると言われても私は信じられんよ」


 俯いていた頭を上げ、アンセルミが皆に問う。


「そういえば以前から聞きたかったんだが、お前たちはイェルケルたちをどう思っているのだ? 嫌いならば率直にそう言ってほしいのだが」


 今日はこの部屋にアンセルミ含めて六人の人間がいる。一人目は、特には、と言い、二人目は、頼もしい限りですな、と。

 そしてイスコ・サヴェラ男爵は、持っている能力を別にすれば好ましい人物たちだと。オスヴァルド・レンホルムは、イェルケル殿下にしろ他の団員にしろ人品はとても好感が持てるが仕事では絶対に関わり合いになりたくない、と。

 ふむふむ、と二度頷くアンセルミ。


「奴らの処分を望む者はいないと。ま、妥当なところか。……正直に言え。アイツらがイジョラに行くからこそ許そうという気になっているのだろう?」


 ヴァリオは笑いながら答えた。


「それは考えすぎというものです。国軍からあがっている報告によれば、準備に一月かけられるのであれば、第十五騎士団を殲滅するに必要な犠牲は五百で済むそうですから、本当にカレリアに害をもたらすのみだと判断しているのであればそちらを選びますよ」

「それ、信じたのかお前ら?」


 全員無言。国軍の判断能力を疑うわけではないのだが、第十五騎士団ならばカレリア最高峰の軍人集団の予測をすら易々と覆してきそうで。

 アンセルミはもう一度、今度は別の問い方をする。


「お前たち。イェルケルをイジョラに向かわせるのに、反対してくれる者はもういない、か?」


 第十五騎士団ほどの戦力ですらイジョラ国内は危険すぎる、と言っていた最後の砦であるオスヴァルドが堕ちたのである。アンセルミが密かに狙っている、イェルケルを王都においておき、時々二人で兄弟水入らずの時間を取ろうという、実にささやかな願いはこれで果たされることはなくなったのである。

 恨みがましい目を向けてくるアンセルミに苦笑しながらイスコ・サヴェラ男爵は答える。


「スティナ・アルムグレーンのみでしたらウチで引き取ってもいいですけど」


 おいおい、とヴァリオも口を出す。


「ならアイリ・フォルシウスはウチでもらうぞ。アレはいい。アレの伸ばすべき才は軍務ではなく政務だ」


 なら私も、と皆が勝手に誰が欲しいだの言い出し始める。アンセルミは嘆息した。


「あの女騎士たちがイェルケルの下を離れるのは最早ありえんだろうよ。あの類まれな才たちを、見つけ出し引き上げられるのはこの場にいる私たちの誰もができなかった、イェルケルのみができたことなんだからな」


 女騎士。ただそれだけでもう、アンセルミたちの目には留まらなくなる。女は全て無能である、なんて思っているわけではないが、女が軍務や政務の場において有用であると証明できる場面なんて普通はありえないのだから。

 国の重責を担っているでもない、身軽な立場のイェルケルだからこそできたことで、それはきっと、見出された女騎士たちもわかっているのだろう。

 こうして武名を上げることができたのだからもう他所に行っても構わない、なんて考えるほど恩知らずでもないようであるし。

 ともかく、この話はこれで終わりだ。イェルケルたち第十五騎士団は騎士軍とイジョラ魔法兵団との戦には関わっておらず、彼らはイジョラへの探索行に向かうことになる。それは当人たちの希望と国としての利益が一致した選択であり、決定事項であった。

 その日の執務が終わり、自室へと戻る前にふと、アンセルミが思い出してヴァリオに問うた。


「そういえば、さっき誰もイェルケルが欲しいとは言わなかったな。何故だ? アイツあれで何やらせても上手くこなせると思うんだが」

「何言ってるんですか。第十五騎士団をばらして使うとなれば、イェルケル殿下はアンセルミ陛下が持っていくに決まってるじゃないですか」

「あー、うん。そうだな。他所には絶対にやらん」

「どんだけ大好きなんですか……」


 さりげに両想いなアンセルミとイェルケルであった。もちろん兄弟的な意味で。







 パニーラ・ストークマンはその年齢からは考えられぬほど長い戦歴を持つ。何せ彼女の初陣は五歳の時で、それから今の年まで、年の半分は戦地にいるなんて生活を送り続けてきたのだから。

 そんな彼女の経験の中でも、今回の追撃戦は飛びきり最低のものとなった。


「パニーラ様! 正面右! 敵伏兵です!」

「っだー! まーたーかー! だがまだまだこっちもヘバっちゃいねえだろ! 第三魔法小隊に援護させろ!」


 伏兵、伏兵、伏兵だらけ。どこに行ってもどちらに逃げても敵は狙い澄ましたかのように待ち構えていて、嫌らしくこちらの戦力を削り取っていく。

 逃走路を誘導されている自覚はあれど他にどうしようもない。どうしようもないように、敵は布陣しており、こちらは言われた通りに抜けていくしかない。

 それでも、絶対に踏み込んではならない場所は避ける。イジョラ魔法兵団はこの撤退戦の最中にあってまだ、軍としての形を崩さぬままであった。

 汗と泥とに塗れたパニーラの真っ赤なドレスは裾がぼろぼろに破れて、爛れた生活を送りながらも決して失われぬ瑞々しき肌をところどころ晒しているが、当人まるで気にしていないようで。

 戦場の最中にあろうと思わず見惚れてしまうような美貌は、笑みに象られ皆を怒鳴る。


「おーらお前らこんな所でヘコんでんじゃねえぞ! おらそこ! 顔が暗い! 俺たちはイジョラ魔法兵団だぞ! こーんな程度で潰れちまうわきゃねえだろうが! 気合い入れろ気合い! なんとしても国に帰ってエロイことしまくるんだろうが!」


 そんな元気あんのアンタだけだ、なんて顔で皆はパニーラを見返すが、想像すらしたことのないような地獄の最中にあってもこんな台詞を満面の笑みと共に吐いてくれるのだから、兵士たちからすれば頼もしいことこの上ない。

 これだけ派手で目立つ指揮官だ、カレリア国軍はあの手この手でこのパニーラを狙うが、その全てを多種多様な魔法ではじき返し、パニーラは昂然と胸を張り続けるのだ。

 またパニーラはこのようなふざけたナリで言動もチンピラ以下であるが、その戦歴の長さからか異常なまでに戦が上手い。

 カレリア国軍の誘導に逆らえぬ中でも、各所に仕掛けられた最悪の罠だけは、ぎりぎりで見抜いて避けるのだ。

 これはカレリア国軍にとっても予想外であり、驚異の粘りでイジョラ魔法兵団は撤退を続けていた。

 既にパニーラには国軍の目的がこれまでの追撃の仕方から見えている。カレリア国内の被害を最低限に抑えることが国軍の第一目標だ。

 ならば、これを阻害しない動きをしてやれば、国軍の強烈な一撃をもらわずに済む。第二目標がイジョラ魔法兵団の魔法使いを可能な限り殺すことであるため、余裕なんてこれっぱかしもありはしないが。

 パニーラは必死に笑顔を作ってはいるが、耳に入ってくる報せは全てが悲報である。

 パニーラが所属していた精兵部隊ツールサスの剣も、パニーラ以外全員の死亡が確認されているが、これを悲しむ暇もない。

 時折、同じく撤退してきたイジョラ魔法兵団の兵たちと合流できるが、そのほとんどは兵士たちで、本隊からはぐれた魔法使いが再合流したことは一度も無かった。

 だから、その歓声が聞こえてきた時、いったい何が起こったのかパニーラにもすぐには理解できなかった。

 部隊の前の方から声が聞こえてくる。彼らは、一人の勇者を称えていた。


「テオドル! 頑強なるテオドル! 不死身のテオドル! 決して死なぬ無敵のテオドル!」


 まさか、そんな顔で視線を向ける。そこに、首元から下をドス黒く染めたテオドルの姿があった。

 パニーラは咄嗟に湧き上がってきた衝動を堪え、テオドルに向かって怒鳴る。


「おっせーぞテオドル何してやがった!」

「うっせー! こっちはこっちで大変だったんだよ! 俺はどこに入ればいい!?」

「まだ動けんのか!?」

「だーれに言ってやがる! 頑強なるテオドル様なめんじゃねえぞ!」

「はっ! 抜かしやがる! ならケツにつけ! 群がるカレリア共蹴散らしてやれ!」

「おうよ任せろ!」


 そう言うとテオドルは軍の後方へと向かっていった。

 それを見送った後、誰にも聞こえぬ声で顔を隠しながらパニーラは呟く。


「あの野郎、生きてるんなら生きてるって、先に言いやがれっ」




 残存魔法使い、四百人。

 カレリアとの国境を越えた所で確認したところ、千五百人いた魔法使いは、三分の一以下にまで討ち減らされていた。

 一万五千の兵は二千にまで減っており、この状態でありながら潰走ではなく軍としての形を整えているのは奇跡としか言いようがない。

 国境付近まで来るとカレリアは追撃を諦めたようであるが、イジョラ側からすればカレリアが追撃を諦めた確証なんて得られるわけがない。

 それまでと同じように恐怖に震えながら進み、国境を越えた所で皆、安堵しきったのかその場に崩れ落ちた。

 本気で追撃する気なら国境なんてクソの役にも立たないとパニーラにもわかっているし、カレリア国軍が最大の戦果を求めるならこここそが最大の追撃地点となるだろう、と予測していたが、さしものパニーラにも、今の精魂尽き果てた兵士たちを動かすことはできなかった。

 来たら皆死ぬ。そんな腹をくくってパニーラは笑い、皆に休息を命じる。

 国境付近まで逃げてから後、カレリア国軍の追撃が緩くなっていた。これはカレリア国軍にそうした命令が上から出ている可能性があり、ならばここでの休息にも望みはある、とも思っていたのだ。

 果たしてパニーラの予測、というか願望の通り、カレリア国軍よりの追撃は無かった。

 その日の夜、パニーラの陣幕の内にテオドルが顔を出してきた。


「よー、やーっとこさ落ち着けた……」

「ておどるううううううううううう!!」


 テオドルが陣幕の中に入ると、パニーラはものすごい勢いでこれに飛びつく。


「おわっ! いきなりなんだよ!」

「みんな死んだって本当かよ! お前生きてるじゃん! だったら他の奴らも生きてるんじゃねーのかよ! なあ! 生きてるんじゃねえのかよ!」


 そう言ってテオドルの胸に顔を押し付け、びえーんと泣き出してしまった。

 パニーラは泣きながら時折何かを言っているのだが、鼻声のせいでテオドルにはその言葉が判別できず、あーよしよし、と宥めるのみだ。

 かなりの時間そうしていて、ようやくパニーラも落ち着いてくれた。


「テオドル。布くれ」

「へいへい」


 陣幕の内にかけてあったタオルを渡すと、ちーんとこれで鼻をかみ、パニーラもどうにか会話ができる程度にはなってくれた。

 テオドルがパニーラに問う。


「……他の奴ら、皆死んだのか?」

「兵士が見たってよ。お前も首切られたって聞いてたんだがな」

「斬られたしすげぇ血も出たが、治癒でどうにかなる程度で済んだわ。ほれ、お前も会ったあの男にやられたんだよ。ばっか強ぇわアイツ、死ぬかと思った」

「俺も別なのに会った。あんな化け物見たことがねえ。……俺がついててよ、大将、守れなかった」

「おめーで無理なら他の誰にもできなかったんだろうよ。俺たち揃って、カレリアなめてたな」

「ああ。こんなヤベェ国だったなんて、よ。つーか話に聞いてたのより全然強くねえか?」

「だよな。パニーラ、お前から見てカレリアどうよ? お前帝国とも都市国家群ともやりあったことあんだろ?」

「帝国とは小競り合いだけだ。さすがに帝国の本気はなんとも比較できねえだろうな。だが、数が一緒なら間違いなくカレリアが最強だ。後、個人の戦闘力ならイジョラだと思ってたけど、カレリア、とんでもねえのが時々混じってるわ。聞いたか? ボーとサシでやりあって閃光の魔法避けて勝った奴がいるんだとよ」

「しんじらんねー。ありえねー。つーか俺、魔法抜きで城壁馬が走り登ってくるの見ちまってんだよなぁ。なんなのあれ? なんなのアイツら? なんなんだよカレリアって国は」


 二人は今回の戦を話し合う。お互いがどんな目に遭ったのかを話しているだけで飛ぶように時間が過ぎていく。それほど、驚きだらけの戦であったのだ。

 二人共がそういったタチなのか、敗戦直後だというのに、その敗戦を語る口調に陰鬱さはない。むしろ、笑い話にでもするかのように陽気に語り、時に大笑いまでしてみせる。

 陣幕の内に腰を下ろし思いつくままに話を続けていると、ふと二人の会話が止まる。両者が話したいことを話し終えたのだ。

 テオドルはこの間にパニーラの陣幕の内にあったパンを勝手にとってかぶりつく。パニーラは、これをじっと横目に見つめている。


「ん? どした、お前も食うか?」

「……いや」


 大きく深く嘆息した後、パニーラは自分の頭を乱暴にかきむしる。


「つくづく、俺もアホだよなって話だよ」

「なんだよいきなり」

「俺がさ、ガキの頃からずーっと戦場にいたって話は知ってるだろ」

「おう」

「戦場に当たり前にいるようになるとさ、できるだけ隣の奴に入れ込まないようになるんだ。どんなにタフな奴でもいつ死ぬかわかんねえからな」

「そう、か」

「でもな。ツールサスの剣入った時、俺思ったんだわ。コイツら殺せる奴なんているわきゃねえって。いやだって無理だろ、魔法盾の展開速度考えたらまず不可能だ。んでもって全員頭おかしい魔法持ってて初見じゃほとんど対応できねえと来た。こんな奴ら、俺の知ってるどんな戦場に放り込んだって殺せやしねえよ。魔法だー、偉いぜー、とかふんぞりかえってる馬鹿じゃないんだぜ? みんな戦場を知ってる奴らだ、軍で鍛えに鍛えぬいてきた奴らなんだぜ」


 少し興奮気味に、パニーラはテオドルに身を寄せる。


「なら、さ。仲良くなってもいいじゃんって。だって死なねーんだもん。死なれるとキツイからさ、仲良くしちゃまじーわけだろ? なら、いいじゃん、しかもお前らみんな俺と年近くて話し合うしさ、仲良く、したいじゃん。だって楽しいんだもんよ、お前らとつるんでるとすげぇ楽しいんだぜ」

「……そうだな」

「かと思ったらこれだ。戦場はクソったれなことしか起きやしねえって、わかってたはずなんだけどな、俺は……」


 パニーラは更にテオドルに顔を寄せる。


「だから、お前が生きて戻った時、俺……」


 テオドルはパニーラの頬に手を当てる。そして、これをおりゃ、と横に押し出す。


「だーからっ、俺はおめーとはやんねーって言ってんだろーが」


 顔が真横向いてしまったパニーラは、テオドルの手を払い落として強く抗議する。


「おっ、おまっ! ここまで雰囲気作ったってのにこういうことするか!? ここはさー! もっとこうお前から手出してくる流れだったろー!」

「あー! ほー! かー! 今のへばりきったうえに傷口残ってる俺がおめーとやりはじめたら命があぶねえわ! お前絶対やってる時は加減きかねーだろうしな! だからパニーラ天国からの帰還率五割とか言われるんだよ!」

「天国だったらいいじゃねえか! 五割帰ってこれることを喜べよ! てーかお前なら十割戻ってこれそーだからやろーって言ってんじゃねーか!」

「今やったら十割死ぬわぼけええええええええ!!」


 まともな人生送っている人間ならあまりの下品さに顔をしかめずにはおれぬ話で、延々二人は怒鳴り合う。

 ひとしきりそうして、怒鳴り疲れて一休み。すると、どちらからともなく大笑いだ。

 そのまままた、二人で下らない話をし続ける。

 その話が、死んだツールサスの剣の奴らの話ばかりであったことは、きっと二人なりの死者を送る儀式でもあったのだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ