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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
123/212

123.スティナとパニーラ


 イェルケルと合流したアイリは、イェルケルの首元を濡らす大量の出血跡に驚き硬直する。


「ふう、やっと見つけた」


 そんな風にいつも通りに声を掛けてくるイェルケルであったが、アイリの方はすぐいつも通りにはなれない。

 たっぷり深呼吸一回分、間をあけてから口を開いた。


「……ご無事で、何よりです」

「そっちもな。君の所にも行ったか? ツールサスの剣」

「なるほど、殿下の所にも行きましたか。怪我の具合をお聞きしても?」

「ん? あー、うん、かなりやられた。派手に動いたら危なそうなんで、一度引こうかと思ってるんだが、そっちはどうだ?」

「どこを?」


 イェルケルの問いを無視して聞き返してくるアイリに、少し違和感を覚えるもイェルケルは素直に答える。


「首をなー。血を流しすぎて少し眩暈してきたよ」

「首ですと!? 殿下っ! 何を悠長なことを言っておられるのですか! 今すぐ引きますよ!」

「ああ、だから、あとは任せ……」

「もちろんっ! 私も一緒に行きます!」


 いや戻るだけなら一人でできるから、と言い掛けて止まったのは、アイリの剣幕に圧されたせいだ。

 戻る前に一度傷口を見せろ、と言うので見せてやったら、アイリはその場で簡単な治療を始め出した。


「おいおい、ここ戦場のど真ん中だぞ」

「殿下は大人しくしていてくださいっ!」


 やっぱり凄い剣幕である。これは逆らっても良いことなさそうだと素直にされるがままになるイェルケル。

 治療のためにとイェルケルの首元に顔を寄せるアイリ。よく見えるようにと熊の被り物を外しているアイリの髪からは、戦地のものとは思えない女の子らしい良い香りがした。

 なんとなく赤面してしまうイェルケル。戦地の只中とはいえ、土壁の内の半ばは騎士軍が掌握しており、ここは比較的敵の来ない場所ではあった。

 傷口の丁寧な治療を終えると、アイリは何か言いたげな顔でイェルケルを見上げるも、それを堪えてイェルケルの手を引く。


「さ、引きますよ殿下。薬は陣幕にまで戻らないとありませんし」


 不機嫌の極みのような顔のアイリ。その理由が今一理解できないイェルケルであったが、帰りしなにアイリがイェルケルの方を見ぬままに溢した言葉で、アイリの心中を察する。


「……殿下も戦士ですから、間違っても戦うななどとは申しません。ですが、ですがどうか、我々がいつでも殿下の身を案じていること、どうかお忘れなきよう」


 きっと、アイリは戦うなと言いたいんだろうな、と。

 そしてそれがイェルケルにとって絶対に聞き入れ難いことであるというのも理解している。だからはっきりと口にできないのだろう。

 本来ならば、アイリの希望する形こそが正しいのだ。

 騎士団の長であり王族でもあるイェルケルが、真っ先に死ぬような場所で剣を振っているのは誰がどう考えてもおかしいだろう。

 だが、第十五騎士団は、イェルケルの身分がどうこうは関係ない。戦に指揮を執る者も必要ない。ここは、たった四人で一軍を相手に戦う騎士団であり、それを成立させるためにはまっとうなあり方なぞ一考にすら値せぬ。

 イェルケルは苦虫をかみつぶしたような顔のアイリに、笑って言った。


「諦めろアイリ。今回は運良く生き残ったが、どう考えても君やスティナより私が長生きするのは無理だ。悪いとは思うが、先に死者の国に行くのはまず間違いなく私だろうし、その後のことは、君たちが好きなように思うようにやってくれればいいさ」


 アイリにできるのはせいぜい皮肉を返すことぐらいであった。


「これが王族の御言葉とは。とてもではありませんが新王陛下にはお聞かせ出来ませんよ」


 イェルケルは、拗ねているんだか不貞腐れているんだかな顔のアイリを見て思う。

 戦は楽しい。楽しいというと語弊があるが、望んでここに赴く程度には戦を好んでいる。それはイェルケルだけではなく、アイリもスティナもレアも同様だろう。

 ただそこがいかなる戦場であろうと、剛勇無双の第十五騎士団であろうと、誰かの死の危険は常につきまとう。それでも、戦場に勇んで飛び込んでしまうのだ。

 或いは、だからこそか、などと考えるとイェルケルもまた苦笑いするしかなくなる。こんな話、確かに他人に聞かせられるようなものではないなと。






 土壁内に騎士軍が突入を始めた。壁上はイジョラ魔法兵団が再度抑えていたのだが、いったいどんな手を使ったものか、瞬く間にこの一角を制圧し乗り込んできた。

 スティナは、騎士軍もやるものね、と感心したものだが、魔法兵団ももちろん一筋縄でいく相手ではない。

 壁を制圧されておきながら、今度は壁から下に下りることができなくさせるのだ。その暴風の如き魔法の嵐は先程スティナもくらったもので、あれがどれだけキツイものかは己が身をもって知っている。

 すると今度は、土壁の一角が大きく崩れる。

 どうやら騎士軍は外から大規模な攻城兵器を持ち込んでいる模様。それがどんな物なのかスティナからは見えないが、土壁を崩すほどの大きさの攻城兵器をイジョラ魔法兵団相手に運用するというのは並大抵の苦労ではないだろうに、見事成し遂げた彼らにはもう脱帽ものである。

 そうやって布陣の有利を騎士軍が突き崩すが、それで魔法兵団の士気が衰えるということはない。

 土壁内にて信じられぬほどの激しい抵抗を見せる魔法兵団に、土壁をすら乗り越えてきた騎士軍が足を止められてしまった。

 数では魔法兵団が圧倒しており、魔法というトンデモ火力も備えている相手に、騎士軍はあの手この手で挑みかかる。

 スティナは自分が戦うのを一時控えてでも、この騎士軍の動きを注視する。

 騎士軍は数多の騎士団傭兵団の寄せ集めである。およそまとまりなんてものを期待できぬはずの彼らは、逆に寄せ集めであることを利用してきた。

 騎士軍の各部隊はそれこそ五百にも満たないものばかりであるのだが、これらにそれぞれ頭がいて、各々の判断で歴戦の名に恥じぬ見事な攻め手を次々繰り出してくるのだ。

 各部隊の頭は皆、小なりとはいえ一軍の将である者ばかり。そんな彼らの仕掛けを、たかだかイジョラの一部隊の小隊長、中隊長風情が完璧に防げるはずもなく。

 各所で綻びが生じ、その綻びを各々の軍がここぞと突いていく。土壁の内部に騎士軍が突入した段階でかなりの混戦模様となっており、そうした状況もこの戦い方を後押ししてくれる。

 ただ、騎士軍にとっても予想外であったのは、ここまで攻め込んでおきながら一切敵の士気が崩れないことだ。

 薄気味悪いほどに従順な兵士達は、どれだけ不利な戦況であろうと決して勇気を失わず、魔法使い達は追い詰められ追い込まれようと一撃でひっくり返しかねないふざけた魔法を繰り出してくる。

 各所で一進一退の激しい戦闘が繰り広げられる。これをスティナは隠れて観戦しながら嘆息する。


「国軍の戦いとは全く違うけど、これも、戦なのよね」


 むしろこちらの方が戦としてはわかりやすい。ただ、きっと、とスティナは戦場を睨む。


「国軍の方が強い。魔法を使っても、指揮官の数を増やしても、国軍には勝てない。そして多分、私たちでも」


 整然とした動きの中に、鍛えに鍛えた屈強なる力が押し込められ、それら全てが一つの意思の下まとまって押し寄せるあの圧力に抗するのは、並大抵のことではないだろう。

 アンセルミ新王が戦を恐れないのは、あの軍あればこそだろう。ドーグラス元帥亡き後のカレリア国軍を、きちんと作り上げてあったのだ。

 貴族たちの領地権限を奪い中央集権を進め、これに逆らう者を打ち倒す軍を揃え、同時に他国の干渉を跳ね返す。

 口で言うのは簡単だが、それら全てを当たり前にこなしてしまうのだから、いったいいつからこのための準備を整えていたというのか。いつから今のこの国の姿を予測していたというのか。

 よく化け物呼ばわりされるスティナであるが、よほど新王の方が化け物だろうと思うのだ。

 戦場に動きが出たことで、スティナの思考は現実へと引き戻される。

 騎士軍が力押しに出たのだ。魔法兵団にはまだ余力があるように見えたのだが、騎士軍側に何か焦る要素でもあるのか、はたまたスティナにはわからぬ戦場の理でもあるか。

 ただ好機でもあるので、スティナはここで自分も動くことに決めた。






 イジョラ魔法兵団の指揮官は、無念さのあまり自分は憤死してしまうのではないかと思えるほどであった。

 総指揮官の指示も無しに、予備兵力を勝手に動かす馬鹿がこの世にいようとは。

 ツールサスの剣がまさかの敗北を喫し、この空いた穴を埋めようとしたところ発覚したこの事態に、彼はこの戦における勝機は失われたと察する。

 まだ総兵力では魔法兵団が大きく勝っているし、魔法使いの損害も出てはいるが、軍が崩れるほどではない。

 だが、こうまで後手に回っているうえ、切り札のツールサスの剣は大半が敗死したとの報告があがっており、勝利の(爛れた)女神パニーラはカレリアの土地ではその力を発揮できぬときた。

 それでも魔法兵団の力ならば窮地を乗り切ることもできよう。そう思っていたのだが、この窮地で予備兵力が勝手に動くなんて馬鹿げたことが起こるのだ。これは指揮官が軍を把握しきれていない証であろう、少なくとも彼はそう受け取った。

 自らの手足のように扱える、イジョラ最強の軍であるとの自負もあったのだが、いざ戦場に出てみればこのザマだ。

 指揮官が全てを掌握できていない軍なぞ、盗賊の群同然だと彼は思うのだ。そんな有象無象がカレリアに勝てるものかと。

 これ以上の不測の事態は軍の壊滅に繋がりかねない、そう彼は判断し、即座の撤退を決意した。敵国ど真ん中で軍が潰走なんてなったら、比喩でなく皆殺しになる。

 軍馬の上で指示を出そうとした指揮官の下に、パニーラ・ストークマンが馬を走らせてきた。金髪縦ロールが真っ赤なドレスで騎乗している様は、ちょっとどころではなく目立っている。


「大将! 俺に一軍貸してくれ! このままじゃ押し切られちまう!」


 そう怒鳴るパニーラに、指揮官は特にその格好に言及せぬまま首を横に振る。パニーラが戦場でこんな姿をしているのも、イジョラ魔法兵団においてはもう当たり前の風景になっているようだ。


「いや、これまでだ。引くぞ」

「はあ!? …………あー、そう、か。それも、わからねえでもねえ、か。でも、まだ勝てるぞ?」

「その場合、こちらはどれだけ死ぬ?」

「下手すりゃ三分の一もってかれる。それでも、コイツらここで殺しきりゃカレリアのヤバイ連中はもう残ってねえだろ。やる価値はあるぜ」

「いや、最も危険なカレリア国軍が残ったままだ。私はコイツらより国軍の方が強いと見ている」

「うわぁ、どうなってんだよカレリアって国は。くっそ、俺の魔法が使えりゃこっからでもひっくり返してやれんのに」

「そういう一発逆転みたいな発想止めろといつも言っているだろう。とにかく、殿は……」


 そこでパニーラが怒鳴る。


「下がれ大将!」


 同時にパニーラが指揮官の馬を蹴飛ばすと、指揮官の馬の首が直上に向かって千切れ飛んだ。

 すぐにパニーラも馬から飛び降りる。これを追うようにパニーラの馬の胴が縦まっ二つに斬れ落ちる。


「てめえ!」


 その姿を見つけられているのは、これだけ護衛の兵士に囲まれていながらパニーラ一人のみ。

 馬の影から飛び出してきた人影に、パニーラが魔法で瞬時に作り出した剣を振り下ろす。あっさりと弾かれる。

 パニーラの握っている剣が輝くと、細長く伸びていき槍へと変化する。後退したその人影に向かって槍を突き出すが、人影はこちらもまた事も無げに弾き落とした。

 焦った調子でパニーラが叫ぶ。


「やべえ! 大将逃げろ! コイツ俺一人じゃ抑えきれねえ! てーか護衛の連中でも手に負えねえ! 逃げろ大将!」


 たった二合でスティナの力量を見抜いたようだ。

 パニーラの焦る様子に、本陣付の兵士たちは余程の難敵かと腹をくくって突っ込んでくる。

 人影、熊の毛皮を羽織り被り物をしたスティナは、パニーラの目の良さに舌打ちするも、敵指揮官に向かって突っ込んでいく。

 真後ろから魔法が飛んでくるが、そちらを見もせず真横に飛んでかわすと、戦場にあるまじき赤ドレス女が悲鳴を上げる。


「っだー! お前それ魔法使ってねえのにどうやって今の避けるんだよ! 大将! 大将! 脇目もふらず逃げろって! アンタじゃ一瞬たりともそいつの前に立ってらんねえ!」


 パニーラのここまで切羽詰まった声はなかなか聞けるものではない。指揮官も兵士も、危急の事態であると認識し全力で逃げに、逃がしにかかる。

 しかし必死の逃走も決死の肉盾も、第十五騎士団のデカくてタチの悪い方ことスティナ・アルムグレーンには通用しない。

 剣光が閃くと、兵士が力を込めたその支点となる足であったり腰であったりが断ち斬られ、驚くほど簡単に道が開く。

 その移動速度は走っているとはとても思えず、氷上を滑り進むかのように滑らかに指揮官へと進む。


「やらっ! せっかクソが!」


 手にした槍を、パニーラはスティナの背中目掛けて投げつける。真っ赤なドレスなんてふざけた格好にはまるで似合わぬ力強い唸りと共に槍が飛ぶ。

 パニーラが指を鳴らすと、その槍が空中で四つに分かれた。

 突如四筋の死槍と化したこれに対し、スティナは一瞬のみ背後を見た後、身体を斜めに倒しつつ、片足を上げ、片腕を前に伸ばしながらくるりと一回転。

 唯一、絶対に回避できぬだろう位置と狙いであった槍を腕で叩き落としつつ、残りは全て避けてみせる。

 だが、これで走る速度は落ちたはず。パニーラの狙いは最低限ではあるが果たされ、この隙に兵士たちがもう圧し潰す勢いでスティナへと突っ込んでいく。

 パニーラは地面に向けて小さく息を吐く。すると、その身体が大地より高く空へと舞い上がる。

 スティナと兵士たちをこれで一気に飛び越したパニーラは、着地の寸前にもう一度息を下に向けて吐き出すと、ふわりと身体の落下速度が穏やかになり、指揮官のすぐ側に着地する。

 これで後は自分が盾になれば指揮官は逃げられる。そう考えていたパニーラの背に、指揮官より声がかけられた。


「ぱに、ーラ。聞け、パニーラ」


 背後から聞こえてきた声に愕然とするパニーラ。その弱弱しい声は戦場で何度も聞いたことがある、死に瀕した人間の声であった。


「大将!?」


 驚き振り向くパニーラ。指揮官の胸に、一本の短剣が刺さっているのにそこで初めて気が付いた。

 あの時、四本の槍をかわした回転の時に、スティナは短剣を投げていたのだ。


「馬鹿野郎! 魔法盾出せなかったのかよ!」

「出してこれだ。この私が、そんな失敗をするものか」


 弱弱しく抗議する指揮官は、パニーラの襟首を掴んで引き寄せる。


「後は、お前が指揮を執れ。一人でも多く、国に……頼んだ、ぞ……」


 そこで、指揮官は力尽き倒れた。

 パニーラの全身を憤怒が駆け抜ける。だが、辛うじて自制が間に合う。いや、頼んだぞ、の言葉の意味が理解できているパニーラならば、絶対に自らの激発を堪えきったであろう。

 パニーラはこの指揮官を心から尊敬していた。だからこそ、その最後の願いを無下になぞできようはずもない。

 周囲の兵に撤退の指示を出した後、パニーラはスティナに向かって怒鳴る。


「おい! そこの熊女! 大将の首だけじゃなくて俺の首も取ってみるか!?」


 パニーラは問うているのだ。本陣壊滅まで残るか、ここで引くかと。

 スティナは素早く計算する。この後イジョラ魔法兵団が退却するのならば追撃は必至。しかも地理の不確かなカレリア国内でそうされるのだから、彼等の損害は膨大なものとなるであろう。

 今ここで、無理をしてまでこれ以上の損害を与える必要はない。

 それにスティナはこの非常識赤ドレス女の動きが気になっていた。

 手を抜いているとも思えないが、その動きが妙に噛み合っておらず、また出てくる魔法も多岐にわたるもので、あまり条件の良くない今の状態での戦闘は好ましくない。

 パニーラの言葉に従い、スティナは音もなくこの場から去っていく。

 その後姿を睨み付け、パニーラは一言だけ私情を漏らす。


「面ぁ隠しててもてめぇの動きは確かに見たぞ。次はぜってー逃がさねえからな」


 その一言の後は、パニーラはわがまま放題な普段からは考えられぬほど真剣に、イジョラ魔法兵団の撤退を指揮するのであった。



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