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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
120/212

120.激突、ツールサスの剣(イェルケル編)


 イェルケルと、その前に男が一人。

 テオドル、頑強なるテオドルという名はイェルケルも事前に聞き知っていた。

 具体的な戦い方はわからないが、そういう名の強者がイジョラにいるという話を元イジョラの魔法使いであるオスヴァルドより聞いていた。

 テオドルと共に来た、パニーラという戦場で赤いドレスなんてものを着ている金髪縦ロールの派手な女は、イェルケルを遠巻きに取り囲んでいた兵士たちと共にこの場を離れていく。

 意図はわかる。わかるのだが、どうにも信じられないイェルケルだ。ここは戦場で、何をやっても許される場所であるはずなのに。

 我慢できなくなったイェルケルは、口を開いてテオドルに問うた。


「本気で、一騎打ちをするつもりか?」


 イェルケルが声を出したことに少し驚きながら、テオドルは笑い答えた。


「その方が損害少ないだろ。おめーらみたいなの相手にするにゃ、雑兵はいてもほとんど役に立たねえ」

「そうか? 疲れさせるなら兵は必要だろう」

「なんだよ、お前もしかして体力に自信ない口か?」

「ある。だが……ああ、そうか、すまない、理解した。疲れを待つではなく私を殺すつもりなら、確かに兵を置いておくのは無駄に損害を増やすだけだな」


 お互いの間にあった齟齬に、テオドル側もすぐに気付けた。


「あ? あー、あー、そうか。お前の所だと魔法ないもんな。まともに戦って止められなきゃ、そりゃへばるまで数で押すしか手はねえか。……それはそれでとんでもねえ話だなおい。兵百ぐらいの被害でなんとか殺せたりしねえかお前?」

「最終的に逃げていいんなら数千に突っ込んだって生き延びてやるさ。それに、私が何人を相手にしたら死ぬかなんて、死ぬまでやったことないから私にもよくわからんよ」


 ぶはっ、と盛大に噴き出すテオドル。


「そりゃそうだ。お前、名前は?」

「悪い、それは秘密だ、頑強なるテオドル。熊四号とでも呼んでくれ」

「……うん、お前に名付けの才がないのは理解した。んじゃ、やるか」

「ほっとけ。さあ、殺し合うとしようか」


 イェルケルは抜いていた剣を、両手持ちに頭上高く構える。対するテオドルは剣を抜いてもこれといった構えは取らず、低く腰を落とし今にも飛び掛からんとする姿勢だ。

 いつもならばそこから獣のように襲い掛かるテオドルであったが、イェルケルの構えの前になしえず。

 高々と天に向かってそびえ立つ剣の威容に、テオドルはその間合いの内へと飛び込むことができない。

 これはイェルケルが最近になって編み出した戦い方だ。こちらの出方を構えからはっきりと相手に明示してやることで、逆に敵の手を制限しようという試みだ。

 例えばこのイェルケルの構えならば、上段より剣を振り下ろすしかできない。厳密にはそれ以外もできるが、そうするのがイェルケルにとっては一番効果的な一撃になるのだ。

 これをどう凌ぐか。受けるか、流すか、かわすか、もしくは先に斬るか。どれかができる確信がなければ、おいそれとこの間合いに入ることはできないだろう。

 テオドルは、そのどれもが死に至る選択であると肌で感じたのだ。

 この辺りの勘の良さがテオドルの強みにもなっている。だが、生来の負けん気の強さが現状維持を良しとしない。


「へっ、この俺様を。殺せるもんなら殺してみろっての!」


 敢えて真正面から挑むテオドル。イェルケルは、もう戦場で戦をしている気分ではなかった。


『まるっきり決闘だよなこれ。詩人の唄にでもありそうな話だ』


 相手が勇敢だからと加減をしてやるつもりもなく。イェルケルは一歩を踏み出しながら頭上に掲げた剣を振り下ろす。

 その一振りに込めるは正に必殺の意思。

 避けるを許さぬ速さと、受けるを認めぬ強さとを、技と力の双方を用いて実現させるのだ。

 この時のイェルケルは、人を斬るなどと思ってはいない。巨大な岩をも砕くだろう渾身の力を込め、金属鎧だろうと斬り裂く技の極みを乗せ、標的に一切の生存可能性を許さず過剰も辞さずにありったけで殺し尽くす。そんな一撃であるのだ。

 スティナとアイリが揃って「剛剣」と称したこの一撃を、イェルケルは絶対の自信と共にテオドルへと放った。




 想像以上であった。

 強い一撃であろう、速い一撃であろう、そんなものは構えを見れば誰にだってわかる。

 だがテオドルには魔法がある。

 頑強なるテオドルが得意とするは自己の強化魔法である。

 その魔法により肌は矢を弾き、刃もこれを通さない。頑強なる、とはそうした戦い方により付いた二つ名である。

 ただそれもまたテオドルの魔法の一部に過ぎない。

 腕力は常人の及ばざる領域にまで上がり、俊敏さは獣をすら容易く凌駕するものへと。そんな人としての存在そのものが向上したかのような効果を、テオドルの魔法は成しえるのだ。

 また、その能力が向上した状態で、テオドルは訓練を重ねてきたのだ。人ならざる速さにも、テオドルの目も頭もきちんと反応できるよう鍛え上げてある。

 だからこそ、あからさまなほどの誘いにも正面から飛び込めたのだ。そんな人外の域にあるテオドルだからこそ、自分は出た所勝負で全てに対応しきれるとの自信を持てるのだ。

 受けのためと頭上にかざした剣。かわせるのならそれが一番だったがかわせずとも剣で受ければいい。しかし、かざした剣にのしかかる重圧を感じ取った瞬間、テオドルは悟った。これは決して止められるようなシロモノではないと。

 受けるどころか、流すことすら許されない。テオドルの知る最も強固な盾魔法であろうと、この一撃だけは止められない。その軌道上に急所を晒した時が死ぬ時だと。

 だが、彼もまたイジョラ魔法兵団が誇るツールサスの剣の一人。頑強なるテオドルの強みは、魔法のみならず、身体を鍛え、技を鍛えるイジョラの魔法使いにあるまじき戦士としての在り方をまっとうしているということだ。

 流せぬを流す。これこそが一流である証だ。テオドルの剣技が逸れぬ一撃を僅かに逸らした。

 その代償に剣は折れ砕けるも、生じたほんの僅かな猶予に身体を滑り込ませ、イェルケルによる必殺の一撃より辛くも逃れるテオドル。

 テオドルはこのやりとりで、全身の肌が粟立つ思いであったが、必殺をかわされたイェルケルはというとそれほど衝撃を受けているようにも見えない。それはそうだろう。イェルケルは既に何度もこの剣を、アイリにもスティナにもかわされてきているのだから。

 ちなみにレアには二度に一度当たる。更にかわされた三度に一度は裏を取られる。自らに匹敵する、或いは凌駕する相手との毎日の鍛錬は、慢心の心をこれでもかと粉砕してくれる日々でもあるのだ。

 ただ、それはテオドルも同じこと。

 窮地を潜り抜けたとてテオドルはそこで安心なぞせず、逆に踏み込みすぎたイェルケルの一撃に対し反撃を試みる。

 テオドルにとってもこうやって危うい目に遭わされるのも初めてのことではなく、鍛錬ではツールサスの剣の仲間達によく追い込まれたりしている。


『はっ、ボーの魔法よりゃまだ遅ぇよ!』


 無手でも今の魔法で強化されているテオドルの膂力ならば、一撃で人体なぞ破壊できる。

 テオドルの左の剛腕が、イェルケルの胸元へと吸い込まれていく。

 踏み込んだこの距離は剣よりむしろ拳の距離だ。そして今度はテオドルが選択を迫る番。

 テオドルの拳は、魔法により硬く強化されているのはもちろんだが、腕、胴、足、それらの力も強くなっており、訓練により身体の使い方を学んでいるテオドルは、魔法で強化された力を更に身体の動きにて効果的に発揮する術を手にしている。

 足で踏み出し、胴を捻って動きを伝え、腕を振り抜き打撃に変える。それは全て、力任せにやるものではなく、技術であるのだ。

 テオドルの優れた格闘戦技術に魔法による非常識な力が加わることで、いかな戦地にあろうと生還を約束された稀有な戦士が出来上がるのだ。

 この剛腕、先のイェルケル同様、受けるも避けるも至難の一撃。

 だが、だが、イェルケルの技量は魔法を含めたテオドルの上を行く。


『んな!?』


 イェルケルは両腕を振り上げながら半身になって拳をかわす。身をよじる、ではなく歩法にて移動して拳をかわすのは余程速さに差があるか、さもなくば動きが読まれていなければできない芸当だ。

 そしてこのかわす動きは、再びイェルケルが大上段に剣を構える動きに繋がっている。

 再び振り下ろされるイェルケルの剛剣。だが今度は、その切っ先が揺れて見える。

 奇妙に遅く見えるその剣は、魔法でも使わねば決して辿れぬ軌跡を描き、真上から降ってきたはずの剣が真横よりテオドルに襲い掛かる。

 本来は攻撃に使う切り札をテオドルは咄嗟に使ってしまう。

 イェルケルの剣は空を切り、テオドルはというと、イェルケルより大きく距離を離した場所をごろごろと転がっていた。

 さしものイェルケルもこれには驚きを隠せない。

 今、テオドルはイェルケルの手の届く場所にいたはずなのに、瞬きする間に踏み込み一つでも届かぬ場所にいるのだ。

 これこそがテオドルの奥の手であった。





『何だ? 何が起きた? この、テオドルという男、今いったい何をした?』


 イェルケルは自問するも答えは出ない。ただ、詠唱らしきものが見えたので、魔法だろうと当たりはつく。


『魔法で? 一瞬であそこまで移動したのか? 結構な勢いで転がっている、ということはやはり移動したんだよな。あの勢いで転がるってことは相当な速さが……』


 そんな速さで動けるというのだ、あの男は。

 イェルケルは考える。あの速さで踏み込まれたら対応できるか。否。無理だ、間に合わない。そもそも反応できるかどうかすら怪しいところだ。

 せめても、とイェルケルはその場でテオドルに対し半身になりつつ、剣を片手中段に構える。

 これならば、急所に来たとわかってから剣に急所を守らせるのが少しは速くなる。

 イェルケルの構えを見て、テオドルは見るからに口惜しそうであった。


「くっそー! 一発で最適解出してんじゃねえよ! あーもう! せっかく隠してたってのにもうバレちまってんじゃねえか! そうだよ! これが俺の切り札だドチクショー! もういい! わかってたってかわせねえのはボーの魔法と一緒だ! コイツで一発で仕留めてやるよ!」


 やはりイェルケルが予想した動きをするための魔法らしい。

 テオドルはあの魔法で一瞬で距離を詰め、通りすがりに一撃をくれてやる、そういった攻撃を切り札としているのだ。

 テオドルの全身が一瞬で彼方まで吹っ飛ぶ、そんな速さ、重さを、イェルケルが身体の前に構えた片腕と剣とで受けきれるわけがない。突っ込んでくるテオドルの身体は絶対にかわさなければならない。

 そのうえで、テオドルが通り抜けざまに振るう剣を受けなければならないのだ。

 誤魔化しは効かない。なんとなくで剣を振るったら間違いなく捌かれ殺される。イェルケルはこのテオドルという男は、この奥の手の精度を上げるため血の滲むような訓練を繰り返してきたのだろうと確信し、信じていた。

 魔法を使うとはいえ剣の道を真摯に歩いてきた、そうであろうとこの短い戦いの中でイェルケルはテオドルを理解していたのだ。

 勝つべく動かなければ負ける。

 それがどんなに危険を伴うものであろうとも、その領域にまで踏み込まねばこの男を相手に勝利は得られない。そう、信じられる。

 イェルケルの意識が集中していく。それは同時に、テオドルの意識が集中しているということでもあった。

 二人はどちらからともなく無言になり、ただじっと、お互いを見つめ合いその時を待つ。

 イェルケルの心の内に、断固たる決意が宿る。


『避けるじゃない、斬るんだ。斬れなければ私の負けだ』


 詠唱で間が測れる、そんな間抜けた相手ではないと、イェルケルはテオドルを信じていた。

 テオドルもまたそこでイェルケルを出し抜けるとは思っていなかった。

 詠唱らしい詠唱もないままに、事前挙動も何も無しで、テオドルの全身が跳ねた。

 同時に、イェルケルの全身もまた跳ねる。前方へと伸び上がりながら剣を前へと突き出す。

 交錯。

 両者は同時に大地に崩れ落ち、飛び込んだ勢いのまま転がっていく。飛んだ勢いが強い分テオドルの転がり方は激しく、イェルケルは一回転ほどで静止した。

 地面から起き上がりながらイェルケルは、ぞっとする感覚と共に剣を持たぬ手を首元に当てる。

 夥しい出血がある。首から。首は、言うまでもなく急所である。


『わ、私が、負けた?』


 だが、勢いよく転がっていったテオドルもまた、回転が止まって起き上がるとイェルケル同様首元を片手で押さえている。あちらも見るからにひどい出血である。

 イェルケルもテオドルも、どちらもがすがるような目でお互いを見る。

 どちらもが目で問うていた。負けたのはこっちか、と。

 傷口に手で触れていたイェルケルは、出血が落ち着いてきていることに気付くと、慌てて自分の服の袖を破って簡易の包帯とし、これを首に巻き付ける。

 見ると向こうでテオドルも同じことをしていた。強くしめると息が詰まる感じがあったが、そうすると血の流れ出るのが更におとなしくなってくれる気がした。

 ただこれ以上激しく動けば間違いなく死ぬ。このままでも死ぬかもしれないが、今は落ち着いてくれた出血が激しくなれば絶対に死ぬとわかる。


「スティナ、アイリ、レア。ごめんな」


 イェルケルはそう呟き、一歩、二歩とテオドルに向かって歩を進める。

 向こうも何かを呟いているのが見えた。きっと、同じことをしていたのだろう。

 今戦えばどちらも死ぬ。だからと、ここで戦いを止めるわけにもいくまい。ここは戦場で、イェルケルとテオドルは敵同士であるのだから。

 そんな戦場らしい狂騒に水を差したのは天より響く轟音であった。

 何事か、とイェルケル。驚愕に目を見開くテオドル。

 轟音が二度鳴ると、テオドルは今度は呆けたような顔になった。すぐに首を振って意識を取り戻し、首を振ったらマズイじゃん、と大慌てで首元を押さえている。


「おい、おい! そこの熊! 悪いが俺は逃げる! 撤収命令だわ!」

「…………え?」

「ああ、うん、その、色々と気が抜ける顔になるのもわかるが。ホント悪い、さすがに軍隊にいて撤収命令無視はありえねえわ」

「あ、ああ。そっか。帰るのか……えっと、その、なんだ」


 死ぬ覚悟を決めた直後であったこともあり、混乱した頭のままイェルケルは寝ぼけたことをほざいた。


「き、気を付けて帰れよ」


 つい大笑いしていまい、そのせいで首からの出血が激しくなりかけたテオドルは、そういう飛び道具は卑怯だろ! と怒鳴りながらこの場を去っていった。

 周りに敵影無し。

 敵中ただ中に飛び込んだはずなのに、必死になって戦っていて気が付けば、周囲に敵も味方もいなくなっていた。

 少し離れた場所から戦の叫びが聞こえてくるので戦が終わったというわけでもないのだろうが、イェルケルはその場で呆然としたまま、どうしたものかと回らぬ頭で考えるのだった。


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[一言] 飛び道具(大笑い)
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