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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
118/212

118.激突、ツールサスの剣(レア編)



 レア・マルヤーナの前に立つは、ツールサスの剣において個人戦闘、つまりタイマンなら最強と目されている男、閃光のボーである。

 これは当人の能力云々ではなく単純に魔法の特性の問題で、目にも止まらぬ刃を放つ魔法、なるものをボーが持つからだ。

 ツールサスの剣の中でも、辛うじて閃光の魔法に反応できるのは二人のみ。その二人にしたところで、いざ十分な距離を以てボーと対峙すればこれを打倒する術を持たない。

 実は、その内の一人テオドルはボーの閃光に対抗する術を訓練していたりするが、閃光の魔法を駆使するボーに殺せない敵というのは想定しづらい。

 そんな目の前で撃たれても、反応すらできないような魔法にて不意打ちを仕掛けておきながら、仕留めることのできなかった事実にボーは衝撃を隠せない。

 その敵はもう一度と試したら今度はきちんと弾いてみせてきた。

 ボーは自身が高速の魔法を用いているせいか、動体視力はかなりのものがある。

 その目は、敵は偶然ボーの刃に剣を当てたのではなく、きちんと狙ってこれを行なったと捉えていた。


「興味が尽きないな。カレリアの戦士は皆そのような化け物じみたことができるというのか?」


 ボーの目には純粋な称賛の色が見えた。

 自身の無敵を約束してくれる必殺の術を破った相手に率直にこのような態度が取れるのは、ボーという人間の人柄を表している、なんて見方もできなくもないが、実はこれには彼が極めて度量が大きい人間だ、という以外の理由がある。

 レアは口を開くわけにはいかないので、片手のみをあげ、彼に向かって手招きしてやる。残る片手は構えた剣を身体の前に構えたまま。こうしていないと剣が間に合わないのだ。

 ボーは三度閃光の魔法を唱える。必殺の自信があればあるほど、他の殺しの手段など用意していないものだ。

 魔法には、詠唱という実にわかりやすい行動の「起こり」がある。

 詠唱の終わりから魔法の発動までの時間も通常は一定で、一度詠唱を見ているというのは魔法に対しては大きな優位点となる。

 だから魔法使い同士の戦いにおいては、この詠唱と魔法の発動とを敢えてずらすといった技術も用いられる。

 閃光の魔法の場合は、起こりが見えてもその後の視認が極めて困難であるため、勘の良い者が攻撃の起こりと間を読んで避けようとしても、それをボーが狙い撃てば事は済む。

 その辺りの対魔法戦闘の有利不利は、ボーは魔法兵団で十分に叩き込まれている。

 それを魔法も使えぬカレリアの戦士相手に用いることになるとは思ってもみなかったボーであるが、強力な敵を相手に加減も躊躇もしている余裕はない。ボーは、閃光を二度も受けて尚無傷のままでいるこの熊人間を、自分を殺し得る敵であると認識していた。

 ボーが戦闘において、相手を敵として認識することは実は多くはない。そのほとんどがただの標的でしかなく、先制さえ許さなければ勝利は確定しているのだから。

 いや、たとえ先制されたとしても。閃光の魔法の速さは、防御的にも用いることができるもので。それこそ認識する暇もない即死、とかでもなければボーは自分が負けて死ぬなどと欠片も思っていない。

 それほど優位に立てる魔法であったとしても、絶対を保証できないのが戦だ。ましてやボーが敵として想定しているのは、何が出るか予測が難しい魔法である。

 普段の立ち回りから、いかな優位であろうと油断なく、いつでも一方的な虐殺ではなく同等の立場での殺し合いができるよう心構えをしているボーだ。

 だから、こうして予想もしないカレリア戦士に閃光を破られる、なんて事態にも怖じず怯えず、相対することができる。

 ボーは対する熊人間の虚をつくように、詠唱と発動の間をずらして閃光を放った。


 レアは山中での修業で身につけた技の中で最も有効であったものとして、意識を集中させる術を挙げる。

 戦うこと以外の全てを意識の外にやり、攻められたらどう返すか、守っている敵をどう攻めるか、そんなことを考え行動するだけの存在と化すのだ。

 実際にはそうしている間に何か起こればすぐに思考は戻るのだが、自分で意識してそうした思考を遮断できるようになったのが、レアにとって最も便利な技であった。

 集中しきっている時は、周囲の見え方からして違う。

 目で見るのみではないのだ。これは近接戦闘の最中が一番わかりやすい。

 見えない場所で振るわれた剣でも、大気の流れを感じ取ることで見えぬ剣先を見切ることができる。見切る、という表現が妥当かどうかはさておき。

 自分でも意味がわからないのだが、肌で感じる、といった感覚が一番近い。敵が踏み出す足の音、腕や腰が動くことで聞こえる鎧がこすれる音、切っ先が大気を切り裂く音。

 音、と言い切るにはこれまたそこから得られる情報量が多すぎて、レアは空気や大気といった言い方をするが、それも妥当なものかもわからない。

 そんな現実とは思えぬ世界が、集中したレアの周囲には広がっているのだ。

 数多の戦士を屠ってきたレアだが、この世界の中で平然とレアの上を取ってくる化け物には今まで三人しか出会ったことがない。もう一人、できるだろうと思えるシルヴィとはまだ本気でやりあったことはない。

 レアは、コイツもそうなのか、と閃光の出際を睨む。

 男の詠唱が終わり、すぐに来る。と思ったが来ない。気配も今ではないと言っている。

 小癪にも魔法をずらすといった技を使うようだ。ほんの一瞬の間のことだが、レアはそこまで考えていた。

 そして集中したレアの世界にもう一つ、余計な思考が混ざる。


『二度も見て、三度目見極められないとか、ありえないしっ』


 敵は駆け引きと陽動にて本来の狙いを隠そうとしているが、戦士としてのその技術は、閃光の魔法の鋭さと比べればあまりに未熟。

 一番避けにくい胴中央を狙ったものだとすぐにわかる。

 来た。

 刃、細い、何故か柄まで付いてる。

 今度は自らの意思を以て剣を僅かに上にずらす。そこを抜けていく軌道であった閃光の刃は、レアのその小さな挙動一つで刃の中心部を叩かれ斜め後ろへと弾き飛んでいった。

 レアは満足げに頷く。


『かんっ、ぺきっ』


 弾く先も狙い通り。完全に、見切ったとレアは確信する。

 敵魔法使い、ボーは大きく嘆息してみせた。


「凄まじい。ため息しか出んよ。魔法で防ぐでなく、魔法で避けるでもなく、目で見て剣で受けるなんて真似、俺の閃光をそうできる存在がいるなんて考えもしなかった。盾で全身覆うぐらいしか防ぐ手は無いと思っていたんだがなぁ」


 レアは、それやったらそっちが見えなくなる、と思ったがやっぱり口は開かず。

 返事がないのを少し残念そうにしながら、ボーは言った。


「ま、それでもこれは無理だろうがな」


 ボーの周囲に詠唱と共に閃光が生まれる。

 今度は、五つ同時に。






 レアは、カレリア戦士の中では突出して、と言っていいほどに、敵を倒してきている。

 常に前線に出続けてきた戦士が生涯かけてようやく殺せるほどの数を、たった数か月で容易く凌駕するほどに敵を殺してきた。

 それは短い期間ではあれど、レアに膨大な情報を与えてくれた。

 戦において、戦士がいかに戦い、いかに勝利し、いかに敗北するか、といった情報をだ。

 追い詰められた戦士をレアは何十何百と見てきた。皆必死であり、体裁なんてもの気にしている者などほとんどいない。がむしゃらに生き延びようと戦う、或いは逃げる者ばかりだ。

 戦場において必殺の術が破られた者もまた、レアは山と見てきたのだ。そこから考えるに、この魔法使いの態度がレアは気に入らなかった。

 その刃を高速で飛ばす魔法は、確かに絶対的と言ってもいい程に強い魔法だろう。だが、だからこそ、これが破られたというのにこの魔法使いの態度があまりに、余裕のあるもの過ぎたのだ。

 まだ次がある。そう思っていたからこそ反応できた。

 咄嗟に手首を返して剣をひねる。

 空より降り注ぐ陽光を、剣が照らし返しその輝きがほんの一瞬だがボーの視界を奪う。

 それは魔法の起こりを見てすぐそうしたので、ボーの魔法が放たれる前にレアは回避のための段取りを済ますことができた。

 そうしておいて動く。

 真横に向かって、追い詰められた戦士がそうするように必死の顔で跳躍すると、魔法が発動する。五筋の輝きがレアの右隣を抜けていく。


『あ』


 目で見るわけにはいかない。今、この難敵より目をそらすなんて真似ができるはずもない。

 だが、右足の脛脇から、こすった後のような違和感が。

 そして汗かと思われる滴りも感じられる。もちろんこれは汗ではないだろう。

 右足に力を入れてみる。入る。筋は大丈夫。後は出血の量だが、こすったような感じで肌が麻痺しているせいでこればかりは目で見てみないとなんともいえない。

 敵から目を離さぬレアは、男の表情がよく見える。少し、安堵した。

 男は今の攻撃をかわされたことで、これまでにないほど焦り動揺している。レアのあれがただの小細工で、二度は通じないとわかっていても動揺は隠せない。

 これが、これこそが、必殺の攻撃をかわされた後の反応というものだ。

 だからレアはそんな魔法使いにトドメを刺してやることにした。

 剣は構えたまま。やることはさっきと一緒だ。だが、状況が違う。

 絶対的であろう、五つの刃を飛ばす必死必殺の魔法に向かって、レアは片手で、手招きをしてやったのだ。

 もう一度来い、と。次ももちろん、今のようにかわしてみせるから、と。

 そして今度は前とは違う。

 魔法使いも怒りに燃えレアの挑発に乗ってきた。

 この余裕の失われた反応こそが、命懸けの戦いというものだ。

 それに距離を取って一方的に撃ち込める魔法では、裏を取るというのはなかなかに難しく、撃ったからといって自分が不利になるという例はあまりない。

 魔法使いから余裕が失われていようと、その魔法の威力も精度も落ちることはない。

 放たれるは五つの閃光。

 レアの目は五つ共が全て命中軌道にあると見た。

 内の四つ、頭部二つ、胸部二つを、剣の一振りで弾く。同時に放たれた同速度の攻撃だ、命中の瞬間もほぼ同時であり当たる場所もすぐ近く。ならば剣の振り方さえ間違えなければ一振りで弾ける。そう断言できるのはレアほどの技量があっての話であるが。

 だが、冷静さが失われていても訓練は身体を裏切らない証拠である、最後の一つだ。

 ボーは敵の狙いを外すために、五つの閃光を放った時は内の一つだけは他から少し離れた場所を狙い少し遅く飛ばす、といった工夫を常にできるよう訓練していたのだ。

 振り切った剣。最後の一本がレアの下腹部目掛けて飛来する。

 ボーは四本の刃が弾かれたこともそうだが、五つ目にすらレアが反応していたことに、驚愕をあらわにしている。

 五本目が吸い込まれたレアの下腹部には、これを押さえるようにして剣を持つのとは逆の手が添えられている。

 ボーは不安に駆られる。

 この、腹を押さえている手は、五つ目が刺さるより前にここに伸ばされてはいなかったかと。

 ゆっくり、ゆっくりとレアは腹部から手を放す。

 レアの手はボーの刃、その柄を掴んでおり、レアの腹部には刃が刺さった傷なぞ残ってはいなかった。


「ば、馬鹿、な……」


 レアは身体を起こしながら、掴んだボーの刃をこれ見よがしに高くに掲げ、手の平を内に返してボーから見えないようにしつつ手を開く。

 当然、刃は下に落下する。そうボーも思ったのだが、そこに刃は見えず。


「がっ!?」


 代わりに、ボーの額に短剣が突き刺さる。掲げた手は投てきに動いたとは見えなかった。

 ひっかかった、と笑うレア。

 刃を掴み、その刃を上体を起こしながら掲げる動きで自然に半身になり、手を開いてこれを落とす動きでその注意をそちらに引き寄せつつ。

 背中越しに剣を離しつつ短剣を抜き投げ放ち、投げた動きの後、まだ落下しきる前の剣を手に取ったという早業である。

 まあつまるところ、手品とかペテンとかそういった類のもので、剣技なんて気の利いたものではなかったが、案外こういう技は戦場では使い勝手が良いものなのだ。

 はふー、と息を吐き、レアは呟いた。


「あー、死ぬかと思った」



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