115.テオドル・シェルストレームは常識を大事にしたい
イジョラ魔法兵団精兵部隊ツールサスの剣の暫定隊長をやっている『頑強なるテオドル』ことテオドル・シェルストレームは、土壁上が賑やかになるのを見て、いったいなにごとかと魔法にてしつらえてある土の階段を上って壁の上へと向かった。
兵士たちが盾を構えて壁を作り、その後ろから魔法使いたちが魔法を放つ土壁上の陣形は、国にいた頃からさんざやらされてきた備えだ。
幸い今のテオドルはそういった陣形などの訓練には参加しないでもよいのだが、ツールサスの剣入りする前はテオドルもこれを嫌々ながらやっていた。
魔法も使えない弱い兵士の後ろに隠れてこそこそしているようで、気分のあまりよろしくないものであったのだが、魔法兵団の教官は皆絶対にこれをやらせ、できないならできるまでそれこそ何度だってやり直させるのだ。
臆病なのではない。千人の魔法使いが十度の戦に出て、千人全て一人も欠けることなく生きて戻るための備えなのだ。
この重要性は、実際に戦に出なくては実感できないだろう。
イジョラ魔法兵団においては、魔法使いの損失が発生しない限りは、どれだけ兵士が削られようと攻撃力の低下は起こらないのだから、こうやって万に一つに備えることこそがイジョラ魔法兵団の最も有効な戦い方であるのだ。
テオドルは他の魔法使いたちがやっているように、兵士たちの隙間から土壁の外を見る。
遮蔽物もない開けた平野だ。視界はすこぶる良好である。だからすぐに状況を把握することができた。
「うわ、なんだあの馬。気持ち悪ぃ」
五騎が縦横に駆け回る姿を上から見てみると、その動きがあまりに馬離れしすぎているため、テオドルはそんな感想を抱く。
百人近くが壁上から魔法を放っているから、いったいどれだけの敵がきたかと思えばたったの五騎だ。しかしその五騎を百人の魔法使いが仕留められずにいる。
魔法兵団の魔法使い達は皆、当然のように馬術も鍛えられる。だからこそわかる。あの五騎の馬術も駆る馬も、常識の範疇から大いに逸脱した存在であると。
「やっぱカレリアってな、とんでもねえわ。いくら馬の産地だからってこんな馬がひょいひょい出てくるのかよ。つーか! お前らもうちょい気合い入れろよ! 向こうからカレリア軍見てんだぞ! いつまでも好きにやらせてんじゃねえよ!」
そう言ってテオドルが魔法を撃ち続ける魔法使いたちを煽ると、すぐにそこかしこから怒鳴り返された。
「うっせー! だったらてめーがやってみろ!」
「いやホントやっべーんだってコイツら! ここまでやって命中ゼロなんだって!」
「あたらねー、ぜんっぜんあたらねー、かする気すらしねー」
「やっべ! 蛮人やっべ! おまっ! 魔法無いからってなんだってここまで馬術上手くなってやがんだよ!」
「すんませんっしたー! 蛮人なめてましたー! ほんっとすっげぇよアイツら! 馬に乗りながら矛で魔法弾くってそんなんテオドルだってできねーだろ!」
できるけどな、と口の中だけで答えつつ、テオドルは走り続ける五騎の内の一騎を注視する。
先頭をきって突っ込んでくる、そいつだけは妙な被りものをしていない女。
じっと見つめ、テオドルはその馬にも女にも、まるで魔法の力が働いていないことを確認する。ある程度熟練した魔法使いは、魔法を使っているかどうかを見ただけで判別することができる。
あの奇跡の走りは紛れもなく騎手の技量と馬の力だ。
テオドルは飛来する魔法を馬上で弾くことができる。できるからこそ、それがどういった離れ業であるのかもよく理解できる。
『魔法がきちんと目で見えてねえと絶対にできねえ。それを揺れる馬の上で正確にこなせなきゃならねえし、見切り損ねればまともにもらっちまう。俺もアレはできるが、戦の場に出てやってみようなんて気には絶対にならねえ。アイツどういう度胸してやがんだ。それに……』
残る熊の被り物をした四人も、先頭の女と同じことが当たり前にできている。
それだけのことができる五人だ。おそらく、いざ戦いになったなら下手な魔法使いでは束になっても歯が立つまい。
そういった化け物のような存在を抱えているのはイジョラだけだとテオドルは思っていたのだが、どうやら認識を改める必要がありそうだ。
もしあの五人と平地でまともにぶつかるのなら、それこそツールサスの剣総出で出迎えてやらなければならないだろう。
「ふん、前哨戦は完全にこっちの負けだ。クソッタレ、だがな、切り札最初に見せちまったこと、絶対後悔させてやるからな」
まさか将の言葉を無視して突っ込んできてるとは思わないテオドルである。
馬にて土壁を越えることはできないのだから、五騎の暴走は示威の一種であると当たり前に解釈している。
終わったら一度戻ってこのことを報告するか、と五騎が戻るまでの間はこの動きを観察し続けることにしたテオドルであったが、五騎はいつまで経っても戻ろうとしない。
それどころか先頭の一騎はもう土壁のすぐ下にまで迫ろうとしていた。
射角の関係上、ある程度近寄られてしまうと土壁上から魔法で撃つことはできなくなる。
そこまで入られるか、と舌打ちしながらテオドルは兵士の壁を抜け、壁の端までいき身を乗り出して下を覗き込む。
これだけは絶対にやってはならないと言われている行為である。城壁上にいる魔法使いを仕留めるに、人壁の前に出てきている時はほぼ唯一の機会になるのだから。
ツールサスの剣であるテオドルだからこそ、土壁上の魔法使い達を指揮する者にこの行為を見逃されているのだ。
二つの思いがあった。
見て良かったという思いと、見るんじゃなかったという思いである。
壁に沿うように走る女と馬。
なんのつもりだ、と訝し気にしていたのもほんの僅かの間で、すぐに何をするつもりなのかがはっきりとした。
「っ!?」
声にならない叫びが上がる。馬がほぼ垂直に立ち上がる土壁を駆け登ってきているのだ。
最初は深く斜めに上がり、徐々に角度を急に、それまでは横に大きく弧を描き走っていたのが、今度は縦に弧を描き走り登ってくる。
「ばっ! ちょっ! なんっ! なんだそりゃーーーーーーーーー!!」
テオドルの叫びに壁際で盾を構えていた兵士も下を覗き込み、そうした全員が、敵前であるという事実を完全に忘れ大口開けたまま壁を駆け上がる馬を凝視してしまう。
テオドルですら、魔法を撃つだの何かで防がないとだのといったことを一切思いつけなかった。
そのありえない光景に、ただただ見入っているのみだ。
兵士の叫びが聞こえた。
「嘘だ! 嘘だっ! カレリアにも魔法があるなんて聞いてないぞ!」
テオドルにはわかっている。アレは魔法なんかじゃない。魔法の気配はどこを探してもありはしないと。
「つーか! むしろ魔法であれよ! なんなのあれ! なんだよあれ! なんだっつーんだよ! 魔法ならわかるよ! 仕方ないよ魔法だしな! でもな! 魔法も無しに魔法使うなよ! 馬が壁を登るとかそれどー考えても魔法だろうが! 魔法以外でコレやらかすとかお前俺の常識返せよ! もっと当たり前とか一般人的視点とかを大切にしようよ! しかもさ! お前それ最初は斜めに走って少しづつ急に登っていくとか、滅茶苦茶助走つけたとか、身体を壁に向かって倒してるとか、上手いこと工夫しました気配出してんじゃねーよ! どんだけ工夫したって普通は馬は壁登れねーんだよ! ばかじゃないの! 馬鹿じゃないの! バッカじゃないのかお前ーーーーーーーー!」
ありったけの声で理不尽を主張するテオドル。下を覗き込んでいた兵士の全てが、テオドルの言葉に心底よりの理解を示した。
そしてついに、女と馬は土壁の上へと飛び込んできた。
壁の上に馬が立つと、成し遂げた偉業故か、馬と女が一際大きく感じられる。
呆気にとられるなんて贅沢が許されたのは、騎馬から離れた場所にいる者だ。すぐ側に来られた兵士は、女が無造作に払った槍の一閃で二人まとめて斬り飛ばされた。
女は狙うべき場所がわかっているのか、兵士の壁を抜け後ろの魔法使い目指して駆けだした。
咄嗟に動けたのはテオドルだけだ。
「兵たち! 魔法使いを守れ! 隊長! 迎撃だ!」
テオドルの叫びに置かれた状況を認識したのか、魔法使いたちの隊長が指示を出し、テオドルの声に応じるように兵士たちが魔法使いへの厚い壁となる。
兵の壁の後ろに多数の魔法使い。どのような状況であれこの陣が成立している限り、イジョラ魔法兵団に敗北はありえない。
それでも、あの非常識な女は、魔法を弾きながら同時に兵士も削り取り、じわりじわりと進んでくるではないか。
勢いよく飛び込むことはどうにか防げているが、あの奇跡の馬術の担い手だ。いつ隙を見出し飛び込んでくるかわかったものではない。
これはテオドルが行かなければならない場面だ、そう思ったテオドルはふと思い出す。壁の下には、あと四人居たのではなかったかと。
「まさか!?」
そう、残る四人もまた、城壁の如き土壁を、容易く無力化できる化け物たちであったのだ。
熊の被りものの四人が、同時に壁際に現れた。突然、気が付いた時には、そこに、四人が居たのだ。
テオドルがこの連中を迎え撃つにはツールサスの剣が出るしかないと考えた五人が、今、この土壁の上に揃っていた。
『まっじい! コイツは相当にやっべえって!』
近くの兵士の腕を掴み、大至急これを指揮官に伝えるよう言おうとしてテオドルは動きが止まる。
『ああ、そうだよ。コレ兵士が言っても大将絶対に信じねえ。俺が言ったって危ねえってのに……クソッ! どうする!』
テオドルが迷っている間にも、四人の熊人は動き出す。テオドルの予想した通り、四人は草を刈るように兵士たちを削り取っていく。
魔法使いを避難させないと、このままでは土壁上の者は全滅するだろう。だがここはこの陣地の大切な防衛線で、ここからの撤収指示なんてテオドルの手に余るものだ。
だが下に降りて指揮官に状況を説明して、それで間に合うかどうかテオドルにも自信はない。
下手をすれば、魔法使いたちの半数以上が殺されるかもしれない。
『えいくそ! やらせっかよ!』
テオドルがあの五人を全員殺せば全ての問題は解決する。
一瞬の隙を狙う。兵士達の隙間を抜け初撃で仕留めれば。それを五回繰り返せれば。
最初に狙ったのは一番背が高い熊人だ。
目の前の兵士の脇下を駆け抜けながら、抜いた剣を逆袈裟に振り上げる。だが、背の高い熊は完璧な体勢でテオドルの剣を上より押さえ込んだ。
「なっ! てめえ!」
「鋭いっ!」
テオドルは力比べには持ち込まず、剣を弾かれるままに任せ身体を流しつつ足を下段に飛ばす。
背の高い熊人はなんと足の裏でテオドルの蹴り足を押さえる。しかもその上体が倒れた形から、片手で剣を振るってきた。
前方へと転がりながらこれをかわしたテオドルは、仕方がないと次の標的へ走る。奇襲が失敗した以上、一発で仕留めるのはもう不可能だからだ。
後ろから、あっこら逃げるな、なんて声が聞こえたが無視である。
二人目は二剣のチビ熊人だ。
こちらは完全に背後を取れた。腹を狙って剣を突き出したところ、後ろも見ずにソイツはくるりと半回転し剣先をかわしつつ、右剣でテオドルの側頭部を狙ってきた。
『コイツ後ろに目でも付いてやがんのか!?』
右剣をくぐってかわした後、もう一つ来た左剣は剣で受ける。受けきれない。
テオドルの胸ほどしかない背丈のチビに、テオドルは大きく吹っ飛ばされてしまう。
チビ熊人はこれで終わりにしない。空中に浮きあがってしまったテオドル目掛けて、右剣を投げ放ってきた。
「こなくそっ!」
飛来した剣を足で真下から蹴り上げる。反動で地面に落下したテオドル。その顔脇に、蹴り上げた剣が降ってきて突き刺さった。
後方に転がりながら飛び起きると、三人目に向かって走る。
少し背の高い熊人だ。動きはそれまでの二人と比べてもそれほど速くはない。
だが、テオドルは飛び込んで剣の間合いまで後三歩、といったところで全身に走る悪寒に従い足を止めた。
風が首前を走り抜けた。
いや、錯覚だ。
だがきっと踏み出していたならそうなっていただろう。熊人は一瞬だけテオドルに顔を向ける。
熊の顔はどれも一緒だ。だが、この熊は、本当にヤバイ、とテオドルの全身が交戦を拒否する。
そんな危険な相手なぞ、それこそツールサスの剣以外でお目にかかったことなどない。
今の状況で相手するには、あまりに重すぎる相手だとテオドルはこの熊人を諦め最後の一人に向かう。
最後の一人は、一番狙い目に見えた。
こちらもチビだ。だが、戦い方が一番常識的に見える。
せめてコイツだけでも、と渾身の一撃を、防ぎに動いても剣ごと叩き折る勢いで。
大きく振りかぶり袈裟に斬り下ろす。チビの死角斜め後方より。
当たるだろうと確信していた剣が目標を捉えられない時、勢い余った剣に身体が引きずられ大きく体勢を崩す要因となる。
何故、どうやって、まるでわからないが、チビの姿は見えず、振り下ろした剣は空を切った。
上体が崩れそうになるのを必死に堪える。馬鹿みたいに身体を鍛えてきて良かったと心から思えた。
おかげで必死必殺の剣閃を仰け反り避けることができたのだ。
よし、かわした、と思ったのも束の間、チビより声が聞こえた。
「二度どころか、四度もやる馬鹿があるか」
そう、今のテオドルのありったけを注ぎ込んでようやくかわした一撃すら、このチビの牽制であったのだ。
しかも最初のあのかわし方は間違いなくテオドルの奇襲を読んでいた。テオドルは誘われたのだ。
三人を襲っていたテオドルの動きを、このチビは混戦の最中にありながら見ていたというのか。
剣は外したが、チビは足を振り上げてきた。
それも膝のみを。この蹴り方をやられると、膝を上げるまでの動きでは上段か中段か下段か、どこを狙ってくるかわからない。
読みきれる自信はない。だが、テオドルは反射神経には自信がある。神経を研ぎ澄ませ、己の反応速度を信じる。
膝から先が伸びてくる。下段、いや、中段。
胴を真横から蹴り飛ばしにくる。入ったら胴が千切れ取れるんじゃないかと思える強烈な一撃。だが、受けは間に合った。テオドルの反射神経が僅かに勝った。
受けた瞬間テオドルは、それこそがこのチビの狙いであったと知る。
「もう一手あったのだがな。まあ、ここまでやらせただけでも大したものだということにしておいてやろう」
女の声。偉そうなそんな声が遠く離れていく。
テオドルはチビに蹴り飛ばされた。
それは衝撃を身体に残すような蹴り方ではなく、遠くへ飛ばす蹴り方で。
テオドルはチビの狙い通り、土壁の上からその内側へと、蹴り落とされてしまったのだ。
高さは城壁のそれだ。
しかも壁から遠く離されてしまっていたため、壁を掴んだり引っ掛けたりなんて真似ができない。
ただ落ちるだけだ。
腹の下が恐怖に震える。
『やべえやべえやべえやべえ! 死ぬってこれ絶対死んじまう!』
テオドルにとってはとんでもなく大きな音、周囲の者にとっては思ったより小さな音が、どしんと響いた。
土壁下にいた兵士と魔法使いが、落下したテオドルの下へ駆け寄ってくる。
「う、嘘だろ! テオドル! おいチクショウ! テオドルがやられちまった!」
しかしそんな声を上げた魔法使いの男は、地面に横たわるテオドルが動き出したことに驚き大きく後ろに飛び下がる。
テオドルは、寝転がったまま口を大きく開き、天を見上げて両腕を伸ばす。
全身、指の先にまで力が籠っているのがわかる。
あと顔を見れば今テオドルがどんな状態なのか誰にでもわかろう。顔中が引きつって見えるのはもちろん、力を込めに込めているからだ。
痛いのをどうにかしようと、ゆっくりと横に転がっていく。腕は右に左に肘から先が動いており、まるで何かの儀式のようだ。
仰け反った姿勢から徐々に横倒しの形になっていくが、それでも痛いのか逆側に回り出す。もちろん、痛いのは変わらない。
テオドルが激痛と戦っている間に、どうやら周りの皆はテオドルの無事を確信したようで。
「すげぇ! すげぇ! すげぇぞテオドル! コイツ無事だよ! 信じられねえ!」
「頑強なるテオドルの名は伊達じゃねえ! かっこ良すぎだろおい!」
「頑強どころじゃねえよ! あの高さから落ちて無傷とかもうそれ不死身じゃねえか!」
無傷じゃねえよクソボケが、と抗議の声を出したかったが痛すぎて言葉にならない。
「不死身のテオドル! よっ! ツールサス最強の男!」
みんなが寄ってたかって地面に倒れゆっくりとのたうってるテオドルを称えるが、当のテオドルはそれどころではない。
うるせえ騒ぐな喚くな痛いんだよぶっ殺すぞてめえら、と八つ当たり気味に怒鳴ろうとして、やっぱり痛くて声が出ない。
それでもしばらく蠢いているとようやく痛みも落ち着いてきたのか、なんとか身を起こすぐらいはできるようになった。
そうなってくると、痛い以外のことも考えられるようになり、今テオドルがやらなければならないことにも思い至る。
身体を引きずるようにしながら、テオドルは歓声を上げる皆に手を上げて応えつつ、イジョラ魔法兵団総指揮官の下へと。
案の定というべきか、指揮官は報告者を怒鳴りつけていた。
「報告は正確にしろと言っているだろう! もっとわかるように話せ!」
「大将! 報告! 俺からさせてくれ!」
「テオドル?」
「土壁の上で何が起きたのか、起きてるのか、俺が見た。信じられねえことばっかだが、頼む、聞いてくれ。一刻を争うんだ」
そう言ってテオドルはそこで起こった出来事を簡潔に話した。
本来ならばもっと丁寧に説明しなければならないのだが、そんな時間は無い。
話を聞き終えた指揮官は顔中にありありと、信じられないと出ていた。
魔法使い百人による魔法弾幕を騎馬にてかいくぐり、挙げ句内の一騎は垂直な土壁を馬にて駆け上り、残る四人もまるで空でも飛んだかのようにいつの間にか土壁上に登っていたなんて報告を、信じる方がどうかしている。
テオドルは必死に言いつのる。
「無茶苦茶言ってる自覚はある。だがな、あの五人は、全員が俺とサシでやりあえる化け物だ。そう考えてもらえりゃ、どうすべきかはわかってもらえんだろ。頼むよ大将、このままじゃ土壁上の奴ら皆殺しになっちまう」
懇願するようなテオドルの口調に、指揮官は今も戦闘が続く土壁上を見据えて言った。
「……わかった。ツールサスの剣の出撃と、土壁の放棄を許可する。おいっ! 至急上の連中に引き上げるよう合図を出せ!」
「ありがてえ大将! 信じてくれたのか!」
「南方軍からの報告に、城壁を魔法も無しに飛んで乗り越えた化け物がいる、というものがあった。とても信じられる話ではなかったが、報告者はあのグレーゲルだ。アイツが錯乱したなんてそちらもそちらで信じられぬと思っていたが、お前まで錯乱したなんて考えるよりはこれが事実であると認める方がよほど理に適っているだろう」
「すまねえ! 地上で待ち構えられりゃ万全だ! 五人は俺たちが引き受けるから、押し寄せてきてる軍を頼む!」
「それだがな。まだ敵軍に動きは無い。連携が乱れているのかなんなのか。いっそ動いてくれていれば、判断に迷うこともなかったのだろうが」
これが意外だったのかテオドルも驚くが、伺うように指揮官に問う。
「もしかして、連中下に引きずり下ろした後、再度上に部隊展開するの間に合いそう、か?」
「やってみよう。敵の意図が見えんが、事態の急変に対する対応速度は絶対にウチの方が上だ。何が起ころうと凌ぎきってみせるさ。テオドル、ツールサスの剣はお前に任せる、上手くやれ」
「おうよ! いきなりの開戦で泡食ったが、いつまでもやられっぱなしじゃねえって所見せてやるさ!」
色々と振り回されはしたが、イジョラ魔法兵団の対応能力は並みの軍とは比較にならない。多種多様な魔法を運用できるのだから、予想もできない事態に対しても取れる選択肢は多いのだ。
テオドルは急いで駆け出し、ツールサスの仲間の下へ向かう。
一度交戦したのは、敵の力を肌で感じたかったからだ。これを皆に伝えられれば、もうこちらに油断はなくなる。ならば、イジョラ最強部隊の自分達が負ける道理はないとテオドルは信じている。
皆が集まるテントに飛び込みながら、テオドルは叫んだ。
「お前ら! 戦の時間だ! 俺たちでなきゃ殺せねえ化け物が相手だ! 敬意を払って全力でぶち殺してやるぞ!」