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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
113/212

113.出来ない理由ではなく、出来る言い訳を考えよう


 イェルケルの屋敷食堂にて、レアはボウルに山盛りのサラダにたっぷりのドレッシングがかかったものをとても幸せそうにほおばる。

 それが許されるのなら肉だけ食べていたい派のスティナとアイリからすれば酔狂の極みであるが、イェルケルは屋敷の料理人がこうした生食野菜の調理にも手間をかけていたこともあり、サラダも肉と同じぐらいには好んでいる。

 幼い頃よりイェルケルは食べ物に好き嫌いを言わなかったが、おいしいものはおいしいと喜んで食べるので、料理人も執事も与えられた環境の中でより良い食事やワインをと工夫してきた。

 サラダのような安くて済む料理は特に工夫し甲斐のあるもので、元より野菜を好んでいたレアはこのイェルケルの屋敷でしか味わえないサラダが大好きになったのだ。

 安い材料で料理を作ることに関しては一家言あるスティナであるが、ことこの屋敷のサラダに関しては脱帽もので、当初は悔しさのあまり得意の芋料理を披露し無駄に対抗したものである。

 イェルケルたちの食卓に並べられた牛肉は、いわゆる贅沢品である。

 だが国からの褒賞金を山ともらった身としては、逆に肉ぐらい食べないとこの金を使いきれそうにないのだ。同時にワインにかける予算も大幅に増えており、ワイン担当の老執事は表には出さないがとても楽しそうであった。

 日々の訓練は常軌を逸している、と思われるようなものであったが食生活はとても充実しており、今は戦もなく休息も充分に取れるのでむしろ訓練をするのならば今、と四人共がここぞとより厳しい訓練に勤しんでいる。

 積み重ねた鍛錬に相応しいだけの量の夕食を終えると、四人団らんの時間となる。

 今日はここで、ちょっと真面目顔になったスティナがイェルケルに言った。


「殿下。シルヴィの所、行っていいですか?」


 シルヴィが置かれた状況をスティナが説明すると、イェルケルは渋面を見せる。


「参ったな。それ、私に許可を出せというのは無理があるだろう」

「そこをなんとかっ。私とレアだけでいいんで」

「馬鹿を言うな、イジョラ相手にそんな半端な真似ができるか。負け戦でイジョラに追撃受けたら幾らお前たちでも死ぬぞ……いや、四人がかりなら、逃げるぐらいならどうにかなるか……いやいやいやいや、ダメだ。そんな馬鹿な真似するぐらいだったら、最初から無理やりシルヴィ拉致した方がマシだ」

「それやったらさすがに恨まれますよ」

「シルヴィの領主殿を脅すとかできないものかな」

「うーん、実によい案ですわ殿下。ただ、確認はしていないんですけどもし私が騎士軍の人間なら、きちんと一筆いただいて前言翻せないようにしておきますわね」

「連中、抜け目なさそうだしなぁ。だが、なあ。陛下のご意向を蔑ろになどできるはずもない。うーむむむむむむ、だがだが、シルヴィは本気で惜しい。あの子本当に良い子だしなぁ、なんとかしてやりたいって二人が思うのもよくわかる」


 そして、とても嫌そうな顔でイェルケルは言う。


「だから、わかってるから、そういう顔するなレア」


 まさか見捨てないよね、的すがるような捨て猫視線をじーっとイェルケルに向け続けるレアに、イェルケルは抗議をしておく。

 どこまでならば許されそうなのか、その見極めをするためサヴェラ男爵と話をする、ということでこの場は収めるイェルケル。

 スティナもレアも、それがイェルケルの立場にとって良くないことであるのはわかっていたし、これといった名案があるでもないので一応はそれで引き下がった。




 その晩、アイリは二人に気付かれぬよう屋敷に残り、シルヴィの件をイェルケルと話す。


「殿下はどうされるおつもりで?」

「決めてない。なんとかしたいとは思うが、さすがに無理筋ではとも思うんだよな」


 苦笑するアイリ。


「スティナは、あれで身内には本当に甘いですから。存分に槍を交えた後でもありますし、シルヴィ・イソラは既にスティナにとっての身内扱いなのでしょうな」

「そうなのか? 確かに、スティナにしては妙に拘るとは思っていたんだが」

「あんなに楽しく槍を向けられる相手、そうはおりませぬ。私から見てもシルヴィは気持ちの良い娘ですし、実際何度かやりあったスティナはより顕著にそう感じているのでしょう。基本的に、スティナは自分のわがままを我慢するタチではありませんから、結局最後はなんやかやとシルヴィを助けに行ってしまうでしょうよ」

「であるのなら、私たちも行くしかあるまい」


 くすりと笑うアイリ。


「ですなぁ。私もあまり人のことは言えませんが、何せ数少ない友達ですから。スティナがムキになるのも仕方がありません」

「レアも同じかな」

「あちらはもっと深いでしょう。お互いのみで死地を潜り抜けたそうですから。殿下もわかるでしょう。一年付き合うより、一度戦場を共にする方がよほど相手を深く理解できると」

「だったらもう選択の余地なぞないだろう。スティナとレアが揃って戦に出る、死地へ向かうというのに私たちが留守番してるなぞありえん」

「そういうことです。まあ、殿下もよかったのではありませんか? 騎士軍、気にはなっていたのでしょう?」

「そうだなあ。それに、こんなこと言ったら怒られるかもしれないが、イジョラ魔法兵団も気にはなっていた。いったい、どれほどのものなのかとな」

「あ、あははははは。実は私もですよ殿下。せっかくわざわざカレリアまできてくれたというのだから、その武名の所以を確かめてやりたいと、騎士軍が少し羨ましいと」

「オスヴァルド殿が言っていたのだがな。魔法兵団には特に選りすぐられた精兵部隊がいるそうだぞ。きっとこれまでに出会った恐るべき魔法使いよりも強いのがいるのだろう」

「そのような話があるのですか。殿下もお人が悪い、先に言ってくだされば変に悩むこともなかったでしょうに」

「だーから言わなかったんだよ。あーしかし本当まいったな。行くのは確定だとして、どう誤魔化したものだか……」







 シルヴィ・イソラはとても驚いた顔でその四人を迎えた。


「え、えん、ぐん?」


 シルヴィの後ろに控える兵士たちは、その異様に恐れをなしているようだ。

 四人は一様にその全身を毛皮で覆っていた。

 また頭には威嚇するかのように熊の顔がそのままのっかっている。

 見るからに山の民である。が、もちろんシルヴィは山の民に知り合いなんていない。これは第十五騎士団の四人が、身元がバレないようにと偽装した姿である。

 見る者がみればわかるラノメ山の大熊の毛皮を身に着け、シルヴィの切り札である山の民、という触れ込みでイェルケルたちはシルヴィの援軍に来たのだ。

 スティナが調べたシルヴィたちの置かれた状況を、シルヴィと兵士たちの隊長とに説明すると、どちらもひどく驚いた顔をしていた。

 騎士軍からはもちろんのこと、領主からもシルヴィたちがどういう状況なのか全く報せがいっていなかった模様。

 シルヴィが聞いていたのは、騎士軍指揮の下絶対に手柄を立ててこい、という大雑把な命令のみであった。

 驚くべきことに、騎士軍の総数八千に対し、イジョラ魔法兵団が倍の一万五千であるということすら、シルヴィは知らなかったのだ。

 全てを聞き終えたシルヴィは、とても悲しそうに目を伏せた後、顔を上げ、隊長に向かって言った。


「戦は私がやるから、みんなは今すぐ逃げてほしいかな」


 何を言っている、と抗議する隊長を無視して、シルヴィはイェルケルに目を向ける。


「みんな、頑張って鍛えてるし、それに、戦争しない時は農作業たくさんできる。だからどうか、殿下のところでみんなを引き取ってもらえないかな」

「その辺も含めて、私たちに考えがある。上手くいけば、みんな死なずにすむ」

「そんなことできるの?」

「君は戦いで死ぬかもしれないがな。そこはかまわないんだろう?」

「うん」

「よし。なら決まりだ」


 そう言ってイェルケルたち四人が考えに考えた作戦を告げる。

 それはさしものシルヴィも目を丸くし返事に困るようなシロモノで。

 隊長はというと、こんな馬鹿げたことを真顔で話すイェルケルを、狂人を見るような目で見ていた。




 シルヴィは陣幕の中でレアに問う。


「ねえ、この前も、今も、どうして助けてくれるの?」


 まっすぐにそう問われると、レアもどう答えたものか。

 思わず口ごもってしまうレアの頭の上に、スティナが両腕を乗せよりかかる。


「友達だしね。それに下心もあるのよ。これで上手く助けられれば、ウチの騎士団にシルヴィ入ってくれるかもしれないじゃない」

「んー、それは難しいかなぁ。領主さま、私が他所行くの絶対嫌がるから」

「……この期に及んでアレに様づけするアンタにびっくりよ。怒ってないの?」


 シルヴィたち百人は、領主の失策により騎士軍に生殺与奪を奪われていることは既に告げてある。

 隊長は憤慨していたが、シルヴィはといえば話をした時も特にこれといった反応は見せなかった。


「ん? 怒るって誰に?」

「アンタん所の領主に」

「だめだよー。領主さまに怒ったら、前みたいに失敗しちゃうもん」

「失敗って、何やったのよ」

「変な所さわってきたから、驚いて突き飛ばしたら領主さま死にそうになっちゃった。だからもう、私領主さま怒らないことにしてるの。領主さまもそれからは変なことしないでいてくれるし」

「ああ、うん、わかった。……そっか、シルヴィって、貴族の出じゃないんだったわね」


 スティナもアイリもレアも貴族として生まれ貴族として育ってきた。イェルケルもまた王族として。だが、シルヴィは生まれも育ちも平民であるのだ。

 平民が貴族を前にした時の態度としては、当たり前に逆らわぬそれが最も正しいものだろう。むしろ一度でもやり返してるシルヴィは少し異常だ。

 スティナたちに敬語を使えないことにしても、単純にそういった教育を受けていないせいだろう。どこぞのまるで敬語を使う気のないレアとかレアとかレアとかいう子とは全然違うのだ。

 軍事に関する知識はある辺り、シルヴィに施された教育には相当な偏りがあるようだ。

 シルヴィに手を出そうとしてぶっ飛ばされていながらこれを使い続けていたりと、領主は色々とシルヴィに気を使っているようで。だが、必ずしも善意の庇護者ということでもないのだろう。

 話を聞くだけでも、領主とシルヴィの関係の歪さが伝わってくる。隊長とシルヴィとの間にある領主に対する感情の温度差は、こうしたことが原因であろうと思われた。

 スティナの話を全て聞き終えた後で、改めてレアは言う。


「友達だからっていうのが、うん、一番しっくりくる。最初は正直、もったいないからだったけど、もう、シルヴィは友達だから、危なかったら助けるよ」


 えへー、と二人で笑いあうレアとシルヴィ。これをほほえましい顔で見ていたスティナに、レアは追加で告げる。


「あと、スティナに友達がいることに、びっくり」

「……そろそろレアとは一度決着をつけておくべきかもしれないわね」


 ぷくくっ、とレアは吹き出し笑う。


「私たち、以外にっ」


 そんなくわえられた一言にも、スティナはすねたようにそっぽを向くのみ。実際はレアに友達って言ってもらえたことが嬉しくて、それが顔に出てるのを見られたくないのでそうしたのだが。






 テントを二つ、イェルケルたち専用に用意させ、その中でレアはゆっくりと身を起こす。

 こちらは女性用テントだ。男性用はイェルケルのみが使用しているのでこちらには残る三人が寝ている。

 アイリとスティナは汲んであった水で顔を洗っている。アイリはまだ少し寝ぼけているようだ。

 戦の日の朝は、レアはいつでも奇妙な焦燥感に駆られる。

 何かし忘れていることがあるのではないか、そう思えてならないのだが確認してみると特に忘れていることはない。

 何度も抜けがないことを確認しては、また不安を覚え最初から確認しなおしたくなってくる。

 情けない、と自嘲しながらレアはスティナとアイリを見る。どちらも緊張とは無縁に見える。

 そんな二人を見てると落ち込んでくるので、少し早いが着替えを始める。

 靴は念入りに縛り、途中で石や砂が入ったりしないように。

 また腹部には布を強く強く巻き付ける。腹を刃がかすめた時、中身がこぼれたりしないように。

 あとは手際よく革鎧を身に着けると、あっという間に装備は終わる。

 レアは短剣をすべて目の前に並べる。

 一つ一つ、刃を覗き込みながら、欠けがないかを確認する。

 昨夜もしたことだが、こうしていると心が落ち着いてくれるので、戦の前になるとレアはよくこうするのだ。

 見ると、テントの中でだがアイリも体を曲げたり伸ばしたりと軽く動いている。以前にも、戦の前にアイリがそうしているのを見たことがあった。

 もしかしたらアイリも戦の前は落ち着かないのか、とじっとそちらを見つめるも、やはりアイリの表情や動きからは緊張の色は見られない。

 スティナは仰向けに横になって目をつむっている。

 寝ているのではないことは、わかる。だが、だからと何をしているのかはよくわからない。だが顔つきは真剣そのものなので、声をかけるのは少し憚られた。

 レアは立ち上がり、熊の毛皮で全身を覆いつつ、テントの外に出る。

 まだ朝も早いというのに、兵士たちは結構な人数が起きているようだ。

 今日より騎士軍は陣を前に出す、つまりイジョラ魔法兵団が陣地を作った場所へと軍を進める。

 敵の対応次第ではすぐに開戦となろう。

 騎士軍の兵士たちは皆歴戦の勇士ばかりであるが、たとえそうだとしても戦の前となればいつもの通りとはいかず。

 朝早くから何やら落ち着きない兵士たちがそわそわと動いているのが見える。

 だが、彼らのそんな様は決してレアの戦意を損なうようなものではない。

 緊張はしていても、その表情に怖れはないのだ。

 勇名をはせるイジョラ魔法兵団を相手に、己が武勇を見せてやろうとばかりに猛っているものばかり。

 国軍兵士は極力そういった個人の武勇を競うような心持ちはしないようにしている者ばかりであったが、こちらはもう誰憚ることなく手柄を目指し目をぎらつかせている。

 開戦前の朝という限られた状況においては、レアにとってはこちらの方が頼もしいと思えるものであった。

 アイリから聞いていた、イェルケルは騎士軍が気に入っている、という話にも、これを見て初めて納得ができたレアだ。

 きっと、より強いのは国軍であろう。だが、より恐ろしいのは騎士軍であろうと。

 面白いことに、レアの熊の毛皮で全身を覆うなんていう目立つ格好にも、誰一人声をかけてくる者はいなかった。

 それは毛皮を不気味に思ったなんて話ではなく、単純にどうでもいいと思ったからだろう。

 今の彼らにとって問題なのは敵か味方かで。

 味方だというのなら、きちんとなすべきことをなすというのなら、別に見た目がどうだろうと知ったことではないのだろう。

 開戦の朝にわざわざ下らないちょっかいをかける馬鹿もいない。誰もが意識のすべてを戦へと向けているのだ。

 レアは気分よくテントに戻る。

 スティナもアイリも既に装備は終えていて、その精神も戦の前にふさわしいものに整え終わっていた。

 もちろん、テントに戻ったレアもそうだ。

 レアの顔を見て、スティナとアイリはにやりと笑う。そこに、熊のかぶりものを外しながらイェルケルが入ってきた。

 イェルケルもまたスティナ、アイリ、レアの顔を見て、全員が戦の前にふさわしい顔つきをしているのを確認すると、顎を振って外へと促す。

 四人共、限界まで引き絞った弓のように、張り詰めた気配でテントを出る。

 第十五騎士団にとっては、今日が一番の勝負どころであるのだから。







 イジョラ魔法兵団とカレリア騎士軍との戦は、攻城戦のそれに酷似している。

 だだっ広い平野のど真ん中にぐるりと周囲を覆ったまるで城壁のような土壁がそびえ立ち、この内に陣取るイジョラ魔法兵団と、カレリア騎士軍が相対する形だ。

 土壁と城壁との違いは、わずかに斜度があることと、土を盛り上げて作られたものであるため、城壁ほどの硬さはないことか。とはいえ、質量がデカすぎるのでこれをまっとうな手段で外から崩すのはほぼ不可能である。

 よじ登るにしてもほぼ垂直に近い斜面は、どの道はしごなりでもなければとても登れたものではない。というかこういった急すぎる斜面を世間一般では、壁面と呼ぶのだ。

 防衛側であるイジョラ魔法兵団が一万五千、攻め手側であるカレリア騎士軍は八千と、攻め手の方が半数近くしかいないという圧倒的攻撃側不利な状況。

 双方にそれぞれの思惑があり、策の用意もある。

 騎士軍は攻城兵器を用意してあり、攻城装備も一通りを揃えている。そして騎士軍ならではの策もあり、大将ヨアキムの表情に不安は見られない。

 対する魔法兵団側もまた充分な勝算をもっている。

 魔法兵団には、索敵に用いる鳥がいるのだ。この鳥は魔法使いと視界を共有しており、空から敵陣や周辺を監視出来るという破格の利点を持つ。

 これだけでも、それ以外が同条件で戦を始めれば十回やって十回勝てるだけの優位点だ。これ以外にも獣を用いる、魔法で支配した人間に自殺紛いの特攻をさせる等のまともな軍隊にはありえぬ手を打てるのが魔法兵団だ。

 魔法兵団の司令はこちらもまた勝利の確信を持ち戦に臨んでいる。

 とはいえ、まずは双方様子見。

 攻め手である騎士軍側が魔法対策が通じるかどうかの確認の意味で、盾をかざした部隊が攻撃範囲に踏み込みその威力を探るといった序盤戦らしい動きの準備を始めている。

 守り手側である魔法兵団も手の内を見せすぎないようにしつつ、敵戦力の把握を行わんと土壁上にて待ち構える。

 ある意味、緒戦は双方様子見という暗黙の了解のようなものがあった。お互いにとって有利な選択であり、これ以外を選ぶとどちらもが大いに不利を被る可能性が高いのでそうしたという話である。

 だが、そんな当たり前を、接敵直前にぶちこわした馬鹿がいた。

 盾と弓とを備えた部隊を前に出そうとしていたヨアキムは、その命令を出そうとしたところで、ソレを見た。

 騎馬だ。

 五騎。

 横に並んで進んでいる。

 中央には見た顔が。


「シルヴィ・イソラだと? あの馬鹿、なんのつもりだ」


 ヨアキムの声に、傍にいた副将が答える。


「確か、先陣を名乗り出ていましたが」

「いや先陣て。最初の様子見は普通含まれないだろ。それ入れるんなら先陣はいつだって斥候がって話になっちまうだろ」

「そもそも城攻めですからな。敵が城より出てきてるでもないのに、馬でどうするつもりなんでしょうかね」

「俺が知るか……ってわけにもいかんか。おい、誰か行ってあの馬鹿止めてこい」


 そんな話をしている間も、シルヴィはとことこと馬を進めている。

 長身のシルヴィが馬にまたがり大矛を手に持ち、背後に長く伸びた一房の髪を流しているさまは、戦乙女と呼ぶに相応しい凛々しき美を誇る。

 だが彼女に従う四騎の異様さはどうだ。

 全員がシルヴィと同じく騎乗し手に同型の大矛を持ち、そして、腰下まで全身をすっぽり覆ってしまうほどの大きな毛皮を身に着けている。

 頭部は熊の顔をそのまま頭に乗せ、これで隠れて中の顔が見えない。戦に際して、見た目で脅しにかかるような装束を身に着けるのはよくあることだが、それにしてもこの姿は異質にすぎる。

 シルヴィ子飼いの山の民、という触れ込みであるが、もちろんこれは顔を見られないようにした第十五騎士団の四人である。

 騎士軍の兵士たちは、いったい何が始まるんだと先行し馬を進める五騎を注視する。

 そしてもちろん魔法兵団の方でもこの動きは察知している。

 土壁の上から、あれは撃ってもいいものかどうかと魔法使いたちが上役に確認をしており、にわかに土壁上が賑やかになりはじめる。

 土壁上に配置された兵士たちは皆覗き込むようにして五騎を眺める。

 シルヴィは敵魔法の射程からまだ遠く離れた場所で、馬を一度止める。

 左右の四人を見て、四人が頷き返すのを確認すると、大きく息を吸い込んだ。


「我こそはカレリアはカラヨキの戦士シルヴィ・イソラ!」


 その童顔に似合いの子供っぽい口調は鳴りを潜め、まさに戦士の名乗りに相応しい声量と威風堂々たる態度でシルヴィは続ける。


「これより! カレリア騎士軍の先陣つかまちゅる! イジョラの兵士たちよ! 心して我らが突撃を受けよ!」


 途中、とても可愛らしくかんでたりするが、当人は完ぺきに言い切ったと満足げである。

 そして、絶対やらないだろうとこれを見ていた誰もが思っていたこと、たった五騎での突撃を開始するのであった。


「いくよー! とっつげっきだー!」


 そう叫ぶシルヴィの顔は大層晴れやかで、とてもこれより殺し合いの渦中に飛び込もうとする者のそれには見えなかったという。


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