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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第七章 イジョラ魔法兵団
110/212

110.精兵部隊、ツールサスの剣


 カレリア西部にあるトゥロ・ペルキオマキ子爵の領地にて、侵入したイジョラ魔法兵団は物資の補給を受けた。

 子爵は南部貴族連合の蜂起と同時に声を上げており、連動して動いたイジョラとも当然繋がっているのである。

 イジョラ魔法兵団はここでたらふく食料を得た後、勇躍カレリア奥地へと軍を進める。

 しかしそこで、思いも寄らぬ邪魔が入った。

 夜陰に乗じて接近してくる騎馬部隊である。

 ロクに視界もきかぬ夜の闇の中でも、カレリアの騎馬はまるで足並みを乱すこともなく、正確にイジョラ軍の急所を狙ってくる。

 魔法で迎撃しようにも何せ暗がりの中でのことであり、魔法使いも狙いを定めることができない。

 あっという間に接近され、被害を与えるや風のように去っていくのだ。

 あくまでこれは数十騎の騎馬での攻撃であり、イジョラ魔法兵団全軍がどうこうなるようなものでもないのだが、毎夜毎夜こうしてどこかしらから襲いかかってこられてはたまったものではない。

 イジョラの指揮官は対策を同行していたベルキオマキ子爵に問うと、子爵は答えた。


「こ、ここまで練度の高い騎馬隊なぞ、見たこともありませぬ」

「……何? ここはお主の国ではないのか?」

「は、はい。ですが、先の内戦でもこのような騎馬隊があったなど聞いたこともありません。国軍めにこのような切り札があったとは……」

「つまり、対策は無いと」

「も、申し訳ありません。ここは一つ、イジョラの偉大なる魔法で」


 指揮官は子爵より顔を逸らす。

 なんでもかんでも魔法で解決できるのであれば、この世はとうにイジョラが全てを制しているだろうに。

 敵がどこに来るかが読めず、そのうえ大地より壁を生やす魔法でその侵攻を食い止めようとしても、この騎馬隊、壁が大地よりせりあがりきる前になんとこれを飛び越えて来たらしい。

 イジョラ側が想定している騎馬隊の能力を遥かに超えている。

 カレリアは畜産に力を入れるようになって、馬の一大産地としても有名になった。

 だが、だからとこうまで彼我の騎馬隊に差があろうとは。

 しかも小憎らしいことに、この騎馬隊は深く踏み込みすぎるようなこともなく、あくまで目的はこちらを牽制するに留めている。

 恐らくは南方のカレリア国軍がこちらに戻るまでの時間稼ぎなのであろう。

 指揮官は考える。

 どの道、主要都市の一つ二つ落としたところで、カレリア国軍が健在であるのなら落とした都市に守備兵を回す余裕は無い。

 王都を落とせるなら意味もあろうが、そこまでは辿り着けまい。ましてや今のような騎馬の妨害があっては、行軍速度にも影響が出る。

 ならば、と指揮官は周辺の土地の中で、大軍が布陣するに相応しい場所を見つけ、そこでカレリア国軍を迎え撃つ準備を整えることにした。

 もともと魔法兵団は待ち伏せにおいて無類の強さを発揮する。

 魔法を併用した陣を作成できれば、かのドーグラス突撃すら凌ぎきれると指揮官は考えていた。

 無理な侵攻は貴重な魔法使いを失うことになる。それだけは避けなければならない。


「たいしょー! たーいしょー!」


 天幕の外から騒がしい喚き声が聞こえる。

 その声だけでも誰なのかわかる。

 指揮官は心底嫌そうな顔で天幕から外に出る。


「おおっ! 大将! 聞いてくれよ!」


 指揮官の前に立っているのは、ふわっふわの金髪と、顔脇に作った縦ロール髪がやたら目立つ、見るからに育ちの良さそうな女性だ。

 着ている服もそれに相応しく上等なもので、そこら中にレースのひらひらがくっついているせいで、彼女が歩くとそれだけで服まで可愛らしく波打つ。

 派手好きな性格が表れているのか、装飾部位もやたら賑々しい彼女だが、その地顔はといえばこれらに負けぬ存在感がある。

 ただその美しさのみで、戦場の只中に女性が立つという不似合いを塗りつぶすほどの、兵士の一人として女性が立つ理不尽を力づくで押し通すほどの、美貌の持ち主であった。

 彼女は愛嬌に満ちた表情と声で、指揮官に訴えた。


「持ってきた童貞が尽きちまった! 補給! 補給させてくれよ! 童貞が足りねーんだ!」


 この顔で、この声で、この衣装で、言ってることは己の爛れた欲望である。当人それを恥かしいことと欠片も思っていないのか、まるで臆するところがない。

 指揮官は当たり前の主張を試みる。


「ここは軍隊だ。童貞なぞそこらに吐いて捨てるほどいるだろうに」

「ばっかちげーって! 童貞ってのはな! ただヤったことねーってだけじゃ童貞じゃねえの! いいか! 童貞ってのはな! 心まで童貞じゃなきゃいけねーんだよ! 身体は反応すれど心は従わぬ、そんな純潔を内に秘めてこその童貞なんじゃねえか! 後見た目な」

「最後だけだろ、お前が気にしてるのは。……私に言ってくるということは、カレリアの村で人狩りをさせろという話か?」

「そーうそれそれ! さっすが大将! 話がわかる!」

「わかるか! 大体お前は奴隷が相手だと、一回やっただけで容赦なく殺すだろう。そんな非生産的な遊びに付き合えるか」

「えー、大将何かそれ感じ悪くねー。いいじゃん、貴族は殺してねーんだしさー。大将も今度やってみろって、人が死ぬ直前ってホントもう、すっげぇんだって。ありゃあ人間の可能性って奴を教えてくれるもんさね。大将もそいつを学んで、少しは寛容ってもんを身に付けるべきじゃないのかねえ」

「いいから、下らんこと言っておらんで大人しくしていろ。傷つけぬのなら兵士にも手を出してよい、そうは言ったがもちろんこれはいつでも撤回可能だ。忘れるな馬鹿者が」

「ぎゃー! それは勘弁! ワインは無くても死なねーが、男が無くなったら私死ぬ! 死んじまうって!」

「その程度でお前が死んでくれるんなら、とっくにそうしていたわ。パニーラ・ストークマン、これより当分は待ち伏せだ。補給とやらは望めんと思え。カレリア国軍との決戦が終わってからだな、お前に自由を許せるようになるのは」


 渋面を顔中に広げるも、元の容貌が良すぎるせいでそれすら美しく見えるのだから、とんでもない話であろう。

 パニーラ・ストークマンと呼ばれた金髪縦ロール女は、己の欲望に実に忠実であるが、同時に愚か者でもないようで、指揮官の話から軍がどう動くつもりなのかも読み取った。


「なあ、幾らなんでも消極的すぎやしねえか?」

「お前はあの騎馬隊を見ていないんだったな。カレリアは、そうせねばならんほどの敵だということだ」

「なる、ほど、ねえ。それはそれは」


 パニーラは底冷えのする笑みを見せる。


「結構なことじゃあねえか。なあ大将よう、つえー奴をぶっ殺すのは、私の仕事だぜ」

「男が好きで、戦いも好き、か。お前、本当軍隊に置いとくしかない奴だな。……その無駄に整った見た目は軍隊じゃ不要だから誰かに譲ってやれ」


 カレリアのチビ曰く、強い奴は見た目も綺麗だそうなので、その基準にのっとって考えればパニーラ・ストークマンの容貌は彼女に相応しいものであろうて。

 指揮官の言葉に答えたのはパニーラではなく、こちらへと歩いてくるにやけ顔の青年であった。


「おいおいおいおい、そんなもったいねえこと言わないでくれよ大将。パニーラの良い所なんて身体と見た目だけなんだからよ」


 軽薄な態度とは裏腹に、その身体は鍛え抜かれた戦士のそれで。しかし、彼はれっきとしたイジョラ貴族でもある。

 パニーラは彼の言い草に口を尖らせる。


「なんだよテオドルー。私の魔法、すげーだろー」

「それはムカツクところだ。そんだけ身体も顔も良いんだから、もっと弱っちくなってろよ。そしたら好き放題できたってのによ」

「なんだよなんだよ。別にお前なら好きにしていいっていつも言ってるじゃん、テオドルってすげぇタフだし楽しいんだよな」

「嫌だね。俺はもう二度とお前とはやんねーって決めてんだ。お前、ヤってる最中勢いついたらいきなり殴ってくるじゃん。意味わかんねーよ、気持ちいいのにマジ殴りしてくるとかなんだよあれ」

「いやぁ、それはほら、なんつーの、テオドルでもそーいうのねえ?」

「あるよ! だけどお前、頭来て殴り返したらすげぇ勢いでキレんじゃん! やってらんねえよそんなの! 見た目落ちても一方的に殴れる奴隷の方が百倍マシじゃぼけえええええ!!」


 無駄に爛れた貴族な夜生活を聞かされて、うんざり顔の指揮官である。


「テオドル、テオドル・シェルストレーム。お前は私に用があって来たのではないのか?」

「おおっ、そういやそうだった。大将さ、ベルベル子爵どこにいるか知らねえ? なーんかどっか行っちまったって話でさあ」

「ペルキオマキ子爵だ。他国の、それも協力してくれる貴族だぞ、いい加減名前ぐらい覚えろ馬鹿者。子爵ならばほれ、そこの天幕の中に」


 指揮官がそう言って少ししてから、天幕よりベルキオマキ子爵が出てきた。

 その表情から彼はテオドルと会いたくはなかったらしいことが窺える。きっと指揮官が居場所を言わなければ隠れてやりすごすつもりだったのだろう。


「おー、ベルベル子爵。実はさ、もらったワインもう全部飲んじまってさ、追加欲しいんだけど。もちろん等級落とすの無しでな」


 ベルキオマキ子爵は助けを求めるように指揮官をちら見するも、指揮官は他所を向いたまま。

 嘆息しつつ子爵はテオドルの要求を呑む。

 テオドルは満面の笑みであった。


「そっかそっか、さっすがベルベル子爵。ほーら、聞いた大将? これが大貴族の懐ってもんっすよ? ここは一つ大将も懐の広いとこ見せてですね、俺らに外出許可を……」

「そーだそーだー」


 にやにや笑いで指揮官に擦り寄るテオドルに、一緒になって騒ぐパニーラ。

 指揮官は手を振ってわずらわしげに振り払う。


「やかましい、用事が済んだのなら二人共さっさと失せろ。……待て、待てテオドル。お前、酒を全部飲んだと言ったな。まさかあの三十本あった酒全部か?」

「そっすよー」

「アホか! お前ら十人の部隊でどんだけ飲んでるんだ! それじゃお前以外の連中全員……」

「ういっす、潰れてます。いやぁ、アイツら酒弱すぎっすわ。パニーラ、おめーの分ももうないからそのつもりでな」

「あー、酒はいいや。あれ飲みすぎると感度落ちるんだよなぁ。かと言って飲み始めると途中で止めるの気分悪いしさー」

「やかましい! 今後一切お前ら酒禁止だ馬鹿者ーーーーーーーーー!!」


 テオドルの悲鳴とパニーラの大笑いを背に、酒の手配をせずにすみそうなベルキオマキ子爵はほっと胸をなでおろすのであった。






 彼らイジョラ魔法兵団は、魔法という特殊な技術をいかにして戦争に利用するか、に特化した者たちである。

 実際の兵団員は一万五千の内の千五百ほどで、残りは徴兵された兵士たちだ。

 そしてこの魔法兵団の強さは、十分の一ほどであるたった千五百人の魔法使いたちが支えているのだ。

 魔法兵団とは、個人での戦闘術はもちろん、集団戦における魔法の活用法なども含めた戦争に魔法を用いる方法を日夜研究し続ける、研究機関でもある。

 戦上手と名高いカレリアと比しても遜色ないイジョラの武名を支えるのは、この魔法兵団での研究成果であろう。

 だが、魔法とは特殊な技術であるが故に、集団で運用することに全く向かない存在も発生してくる。

 基本的に、それがどのような技術であろうと集団で運用しようとするのならば、その集団の平均値より大きく差のあるものは集団での運用を妨げる要因にしかならない。

 魔法とはそもそも平均化が極めて難しい技術であり、これを軍という枠組みの中で集団として運用することの難しさは並々ならぬものがある。

 それが故に、平均に対する評価が多少なりと甘くなっているはずだが、それでも、飛びぬけてしまう存在がいるのだ。

 飛びぬけて劣っているのならば軍から外せばいいだけの話。だが、飛びぬけて優れているというのなら、それはそれで活用法が生まれてくる。

 彼らは単身で百の兵を屠れるような飛び抜け方をしてくるのだから。

 十人の精鋭部隊『ツールサスの剣』はそんな集団なのである。

 『ツールサスの剣』のまとめ役、という立場にあるのはテオドル・シェルストレームこと『頑強なるテオドル』である。これは彼がまとめ役に相応しい性格であるという理由ではなく、単純に個人の戦闘力が最も高いからだ。

 また『ツールサスの剣』で最も名が知れているのが『狂魔女パニーラ』ことパニーラ・ストークマンだ。その美貌もさることながら、積み上げてきた武名は他の追従を許さない。

 そして残るは八人。


 『獣使いミエス』は魔法で様々に変質させられた奇怪な獣たちを操る。

 彼が操る巨大な獣は下手な城門なら単身でこれを砕いてみせるほどで、単純な破壊力だけでも相当なものだ。

 だが彼の強さはそんなところにはない。

 或いは蛇のような獣はそれと悟られず敵の背後をつき、或いは鳥のような獣は空中高くより急降下しつつ敵を射抜く。

 また懐には常に小型の犬の如き獣を忍ばせてあり、これがいついかなる時も主ミエスを守るのだ。

 この獣は今も、不調に喘ぎ地面に突っ伏す主の頬を心配そうになめている。


 『炎鞭のパウリ』は突き出した手の先より炎を吹き出す魔法を使うのだが、この炎がパウリの望むがまま自由自在に変化するのだ。

 敵を追尾し、敵をまとめて薙ぎ払い、取り囲んで蒸し焼き、壁を回り込み、隙間を縫うようにして、決して狙った獲物は外さない。

 恐ろしいまでに炎の術を操ることに熟達した男だ。

 そのパウリは今、天をかっと見つめた姿勢で口から泡を吹いて仰向けに寝ていた。いや、やはりこれは倒れていると形容すべきだろう。

 青ざめた顔色といい、焦点の合わぬ目といい、こちらも絶不調なのは見ただけでわかる。


 ちょっと珍しいところでは『流麗なるウリヤス』という者がいる。

 こちらの特技は水流を自在に操ることで、船戦などでは圧倒的な強さを持つ。

 もちろん陸上でも強い。水を事前に用意する必要はあるが、ウリヤス操る水は空をすら飛ぶのだ。

 これを高速で撃ち出し水弾として用いることもできるが、最も強力なのはこの水で被害者の頭部を覆ってしまうことだ。

 対象は呼吸もできずもがき苦しんで死ぬことになろう。

 そんなウリヤスは現在、口から水流の如く嘔吐物を吐き出し、目から涙を流しながら胃の内容物を吐き出し続けている。


 『破裂のダーヴィド』の放つ炎弾は、とてもわかりやすい強さを持つ。

 当たると爆発するのだ。それも下手な石造りの家なぞ一撃で吹き飛ばしてしまう勢いで。

 その破壊力は圧倒的で、密集する軍の中に打ち込みでもした日には、ただの一撃で数十人が死傷するほどの威力がある。

 あまりに威力が強すぎて逆に使いどころが難しいほどであるが、破壊力でいうのならば間違いなく彼こそがこの部隊一であろう。

 ダーヴィドはというと、もう出るもんねーよ、と息も絶え絶えに溢しながら、木にもたれかかって身体を支えている。

 そのすぐ側にやはりウリヤス同様嘔吐物を撒き散らしてあるあたり、彼と同じ症状に見舞われているのだろう。


 この惨状に、眉根を強く寄せ憤怒の表情を露にしているのは、誰あろうこのイジョラ魔法兵団の指揮官である。


「テオドル! パニーラ! この馬鹿共をテントの中にでも片付けておけ!」


 はーい、と心底嫌そうな声でテオドルとパニーラの二人が返事する。

 パニーラはとりあえずで手近に転がっていた男を背後から引っ張る。


「おーい、ヴィルホー。大将本気でキレてるぞー。洒落になんねーからさっさと起きろー」

「すんません、もう飲みません。だから助けて、ホント、もう、きもち、わるくて死ぬ……」


 『石像のヴィルホ』の顔色は、もう青通り越して土気色になっている。

 この顔を見て、パニーラがケラケラと笑っているがヴィルホはそれにムカつくことすらできないほどに衰弱しており、しきりにこの世全てに謝っていた。


「うわ、くっせぇなおい。せっかくの良い酒、飯ごと全部吐いちまうとかお前らもったいねえと思わねえのかよ」


 そんな言葉と共にテオドルは右手に『閃光のボー』の襟首を、左手に『緑の人マッツ』の右足を掴んでそのまま引きずっている。

 人間二人を引きずっているというのにテオドルの姿勢は一切崩れぬまま。その筋肉質な体躯に相応しい膂力の持ち主である。

 そんな彼らに、回りで眺めていた他の魔法使いが声をかけてくる。


「よー、今度は何馬鹿やらかしたんだお前らー」


 テオドルが不機嫌そうに怒鳴り返す。


「俺じゃねえよ! コイツらが酒弱すぎてひっくり返ってるだけだ!」


 すると、地面に突っ伏し嘔吐物まみれになっていた『飛行木ペッレ』が喚きだした。


「ぜってーこれはカレリアの罠だ! あまりに酒が旨すぎたんだよ! こんな旨い酒のまずにはいられねえだろ! んで気が付いたらこれだよ! ちくしょうなんて周到で悪辣な罠だ! こんなの見破れるわきゃねえ!」


 そして怒鳴るだけ怒鳴るとまた腹部よりせり上がってくるものがあったらしく、おげーおげー、と横を向いて呻きだした。

 魔法使いたちは大笑いである。


「ざまーねえな! おめーらだけで飲んでっからだよ!」

「つーかおめーに酒の味がわかるわきゃねーだろ!」

「ざまー! ざまー! ざまああああああああ!! やっべ俺も酒飲もう! 絶対今日の酒はちょーうめー! ばーかばーか、カルロッタに手出すからそーなんだよざまー!」

「おいお前ら、今のうちだぜ。石投げてやろ石」


 実に人望のある部隊のようだ。

 もちろん石を投げるとやらは、テオドルが睨むとすぐに諦めたようだが。

 大きく嘆息するのは彼ら全てを率いねばならぬ指揮官である。

 基本的に、魔法使いというのは皆貴族階級であり、この魔法兵団においてもそれは変わらない。

 そしてイジョラにおいて貴族とは、概ねわがままで自分勝手な存在なものなのである。そんな貴族で、しかも若い連中ともなれば、こうした思慮に欠けるアホ共ばかりになるのも仕方が無いことだろう。

 それでもこんな連中をすらいっぱしの軍人に仕上げるのだから、この魔法兵団の教育がいかに優れているかわかろうものだ。

 ただ、元が馬鹿なだけに、このようにちょっとしたきっかけ一つで元の馬鹿貴族に戻ってしまう。指揮官も頭が痛いところだ。


「貴様らもくだらんことしとらんでさっさと仕事に戻れ馬鹿者どもが!」


 指揮官の一喝に、集まりかけていた魔法使いたちも仕方が無いかと解散する。

 一応言うことは聞くらしい。そしてこの間にテントの中にイジョラ魔法兵団最強兵力八人を放り込んだテオドルとパニーラ。

 パニーラがしみじみと言った。


「こんな馬鹿ばっか相手にしなきゃなんねえなんてさ、大将も大変だよな。なあ、大将ってあんま好みじゃないけどイラついてどーしようもなくなったら俺が相手してやろっか? 気持ちよくなりゃ大抵のことはどーでも良くなるぜ?」

「馬鹿筆頭が寝言をほざくな! それとテオドル! いいか! 禁酒だからな! 忘れるなよ!」


 やだやだいーやーだー、と駄々をこねるテオドルを無視し、なんだよせっかく俺がヤらせてやるって言ってるのに、と拗ねるパニーラも放置。指揮官はとても疲れた顔で自分のテントへと戻っていく。

 途中、ベルキオマキ子爵のとっておきの二十年ものを一本用意しておく、という言葉に危うく涙を溢しそうになりつつも、部下に禁止しているのだから私も飲むわけにはいかんとこれを断ったりしていた。






 ベルキオマキ子爵は自身用の天幕に戻ると、これまでにかかった経費の計算をはじめる。

 何度か繰り返したことだが、この作業をしていると心が落ち着くのだ。

 計算はすぐに終わり、いつも通りの結論が出る。出費に充分以上見合った成果が得られていると。

 万を超える軍勢に食料を全て手配し、そのうえ貴族用の嗜好品も山ほど要求されたのだが、それでも尚、このイジョラ魔法兵団を味方とできるのなら払った代金以上の見返りであると断言できる。

 特にあの、パニーラ・ストークマンやテオドル・シェルストレームの所属する精鋭魔法部隊は、格が違う。

 子爵のイジョラ魔法兵団に対する認識が大きく変わってしまうほどの、馬鹿げた戦力であるのだ。あんなもの出されては、いかなカレリア国軍であろうと対処などできまいと。

 たった十人、それだけだ。だが、全員が高位魔法の使い手でかつ、戦闘に特化した訓練を施されてきた魔法戦闘の最精鋭である。

 指揮官が彼等のわがままをある程度までなら認めているのもその強大な戦力故だろう。むしろ、あんな化物共を平然と部下としてこき使う彼の神経が理解できない。

 またイジョラの指揮官は慎重で思慮深い。他のイジョラの将と違いカレリア国軍を甘く見ず、万全最善で迎え撃とうと準備している。

 子爵は既に、イジョラの勝利を確信していた。

 たとえドーグラス元帥が生きていたとしても、これを打ち破る用意があるという指揮官の言葉を、彼は信頼していたのだ。

 今彼が考えるべきは、魔法兵団がアンセルミ新王を追い落とした後、いかにカレリアを治めるかである。

 子爵は来るべき未来のカレリアを想像し、このための準備を始めるのだった。






 いつものように、第十五騎士団の四人はイェルケルの屋敷にて夕食を取る。

 そこでふと、イェルケルはいつも飲酒量の多いスティナとレアに問うた。


「そういえば二人は、前後不覚になるまで飲んだって話は聞かないよな」


 レアはブスッとした顔だ。


「お酒は適量越えたら、味がわからなくなる。それじゃ飲む意味がない」

「そうそう。おいしく飲めるうちにやめておくのが大人の知恵というものですよ。そう言う殿下こそ……って、そういえば殿下にはあの執事さんがついてましたね。なら、馬鹿な飲み方はしませんか」

「ああ、そういう飲み方をしたらどうなるか、実際にやらされて以来できるだけ限度は超えないようにしてるよ」


 スティナとレアは少し驚いた顔で老執事を見ると、彼は常と変わらぬ慇懃な態度で一礼をした。

 そのすました態度がつぼに入ったか、二人はくすくすと笑い出す。

 そして何か足りないな、と思ったイェルケルが残る一人を見ると、彼女、アイリは話題に入らぬようそっぽを向いたまま黙々とじゃがいもを食べていた。


「あー、いー、りー」

「……なんですかな、殿下」

「君がわざわざそういう態度を取るということは、何かやらかしたな」

「…………付き合いが長くなるのも考えものですな。まったく、そんな大した話ではありません。一度だけです一度だけ」

「よし、じゃあそれで」


 スティナとレアも、同時にうんうんと頷く。

 こうなっては逃げられないので、仕方なくアイリは自分の失敗談を披露する。


「十歳ぐらいの時でしたかな。父に勧められて飲んだワインがおいしくて、もっと飲みたいと厨房から瓶ごと盗み出して納屋で隠れて飲んでいて。そして、次に気が付いた時には、この世の終わりかというほどの頭痛と共に、完全に崩れ落ちた納屋の下敷きになっておりました。どうも私が自分で納屋を壊したらしいのですが、全く覚えてなくて」

 

 大笑いしているスティナとレアを他所に、イェルケルは額を押さえながら言った。


「案外、簡単に壊れるんだよな、納屋って」

「だから私は記憶にないんですって。……殿下も?」

「騎士学校で嫌なことがあった時に一度だけ。酒はほどほどに、だな」

「まったくです」


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