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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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109.王位継承


 イェルケルたち第十五騎士団にイジョラへの探索行許可が出た。

 しかし出るには出たのだが、なんやかやと王都にてやることが残っており、一行はまだ王都に滞在したままであった。

 王がイジョラの暗殺者に殺されるという衝撃的な事件の後であり、色々と、そう色々と政情不安定な部分もあり、イェルケルたちには王都における見せ兵力になるよう求められていた。

 今の王都で下手なことをすれば第十五騎士団が出てくるぞ、という脅しである。

 またこれは王位を継ぐ予定のアンセルミが、うまいこと時間が取れればまたイェルケルとゆっくり話がしたい、と思ってるせいもある。

 側近ヴァリオ曰く、これから王になろうって人にそんな時間あるわけないでしょうが、でありこれはヴァリオに限らず側近全員の共通認識でもあるのだが。

 そして今日もアンセルミは、王になる前にやっておかねばならぬことの処理を行う。

 廊下を歩くアンセルミと、その二歩後ろを進む側近ヴァリオ。

 王城内では時折見る組み合わせだ。どちらも容貌に優れた美男同士であり、宮女なぞはこれを見かけると今日は運の良い日だ、と喜ぶほどであるのだが、当人たちはその容貌のおかげで得られる物にこれっぱかしも価値を見出していないので、その見た目を気にした風は見られない。

 アンセルミは懐より取り出した、手の平に乗る大きさの筒をヴァリオに渡す。


「これは?」

「彼女の髪だ。これで墓を用意してやってもらえるか。遺体は、欠片すら残っていなかったのだろう?」

「まさか、事前に?」

「……そう責めるような目をするな。上手く誤魔化してそうしたのだから、それでいいではないか」


 彼女とは、アンセルミの妻であった女性のことだ。例の件の前にその髪をもらうなんて話をしていたとしたら、計画の気配を察せられていた可能性もありうる。

 それを視線のみで言っているヴァリオであったが、アンセルミならばそのぐらい上手く誤魔化せるとも思っているので、それ以上は言わなかった。


「やはりこちらも、情が?」

「何年臥所を共にしたと思っている。彼女自身には意思も何も存在しないと知ってはいても、それなりに思う所ぐらいはある。……或いは、愛着のある物とでも思ったかな」


 ヒト人形の言動、その全てが予め訓練されたことで身に付いた所作であり、自発的な判断能力は存在しない。

 その不自然さを考えれば、ほんの僅かぐらいは自意識もあるのかもしれない、と思えるものだが、少なくとも表層的なところにそういった挙動が現れ出ることは無かった。

 自嘲気味にそう言ったアンセルミであったが、ヴァリオは踏み込むような真似はせず、アンセルミの感傷に付き合い無言で頷いて返した。

 アンセルミは続ける。


「名前は、書けんな。美しく儚き女とでも書いておいてくれ。それならきっと私以外にも誰か一人ぐらいは、墓を見て彼女の魂が安らぐよう祈ってくれるかもしれんからな」


 父の方はそれはもう盛大な国葬で送ることが決まっている。

 しかる後、アンセルミの戴冠式が行われる。

 今日は、その前に、片付けておかねばならないことを処理するため、アンセルミは王城の一室を訪れた。

 部屋に入ると、立派な体躯の男が椅子より立ち上がり両手を広げた。


「おお! アンセルミ! 久しぶりではないか! どうだ! 息災であったか!」


 第一王子、ウルマス。

 アンセルミ宰相の政敵であった男だ。

 国を二分した内乱の首謀者でありながら今この時まで生かされていたのは、もちろんアンセルミが身内の情に流されたせいではない。

 アンセルミはまるで親愛なぞ感じておらぬだろう冷徹な視線を向ける。


「兄上こそ。相変わらず、全く変化のない兄上っぷりに眩暈がしてきましたよ。兄上はどうして、妻を実家に帰すよう命じた私の命令を無視したのですか?」


 ウルマスはわざとらしい、と思えるほど大仰な素振りで天を仰ぐ。

 アンセルミは知っている。これは別段ウルマスがわざとやっているのではなく、ウルマスはこういった大きな仕草を無意識当たり前にしてしまうのだ。


「おお、アンセルミよ。どうしてそなたはそうなのだ。家族の情を考えればそれがどれほど無体な命令かわかろうに。古の書にもこう記されて……」

「従わぬのなら、こちらも相応の対処をさせていただく。……と言ったところで、兄上には通じぬのでしたな。昔から兄上は、自分の考える筋道のみにしか従わぬお人でした。それが故に、貴方をここまで生かしておきましたが、もう、充分でしょう」

「はっはっは、付き合いは長いからな、アンセルミは私がどういう人間かをよく知っているだろう。あまり人の道に外れたことをするものではないぞアンセルミよ。それで私を呼び出したのはあれか、元帥亡き後の国軍の去就であろう? わかっておるわかっておる、この私以外に、カレリア国軍を率いるに足る人物なぞおるまいに」

「私が時間の無駄を嫌うタチなのも、兄上はご存知でしょう? なら、さっさと結論を述べてこの場を去るとしましょう。兄上、今日、この場で、死んでいただきます」

「はっはっはっはっは、わかっておるわかっておる。軍の大将たる者、その命は国に捧げるも同然ということであろう。なに、このウルマス、王族に生まれしその日よりこの命は王国に捧げておるわ」


 全く話は通じていないのだが、アンセルミは満足して部屋を出ていく。

 閉じられた扉の向こうから、悲鳴とも怒声ともつかぬ声が聞こえてきたが、アンセルミの注意がそちらに向けられることはなかった。

 同行したヴァリオがぼやく。


「最期まで変わりませんでしたな、あの方は」

「わかっていたことだろう。あれでこちらの機嫌を取っているつもりなのだから、笑いすら起こらぬわ」


 反乱の際、援軍を請う目的でアルハンゲリスクの王族より妻を娶ったウルマスは、反乱に敗れた後もこの妻を娶ったままで、それが王国に対する再度の叛意を示すとはまるで考えていなかった。

 そんなウルマスだから、彼の周りに現王家に対する不満分子が集まろうと危機感を抱くこともなく、ウルマスがしたのと同じ勘違い、ウルマスが生かされているのは王族の筆頭である第一王子であるから、という馬鹿げた発想をする連中をひとまとめにしてくれた。

 第四、第五王子は先の反乱で処刑されているというのに、こんな間抜けな勘違いをしてしまうような輩が、カレリア王国に君臨せんとしていたのだ。

 それはアンセルミにとって断じて許せることではなかった。

 それでもウルマス王子がアンセルミに対し無駄な対抗意識を発揮してこなければ、或いはウルマス王にアンセルミ宰相という布陣も存在したのかもしれない。

 アンセルミは前国王との付き合い方がそうであったように、上位者の機嫌を取りつつ自らの目的を遂行する術に長けているためだ。

 だが、いずれ結果は一緒だっただろう。アンセルミ宰相は自らの上位者に、自身より優れた為政者であることを望むが故に。

 ヴァリオはそんなアンセルミの性質をよく理解していたので、アンセルミ自身はウルマスを立てて国政を行うつもりであったのを、早期より諦めるよう説得し続けていた。

 反乱の時は、結局ヴァリオの言う通りになった、とアンセルミは苦々しい顔で愚痴っていたものである。

 ただヴァリオの言う通りにしなかったこともある。アンセルミが、王族の処刑はあくまで法にのっとった形にすることに拘ったことだ。

 国王の暗殺も、あのような回りくどい真似をせず、自身の配下から暗殺に向いた者を差し向ければいいだけの話であったのだが、アンセルミは真実と建前に固執した。

 理由をヴァリオが問うたところ、アンセルミはやはり苦々しい顔で答えたのだ。


「宰相アンセルミが暴走しないよう常から監視し続け、その行動を制限できる者などカレリアにはおるまい。なら、私は私自身で監視と行動の掣肘を行ない続けなければならないだろう。明日の私、来年の私、十年後の私が調子に乗らないために、私自身を制する枷は必要だと思わんか?」


 疲れたような、呆れたような顔で、ヴァリオは言った。


「未来の自分すら信じられずに、良くもまあこれまで政治なんてものやってこられましたね」

「時々自分でも悲しくなってくるよ。それでもこの手のわがままは、それが許される時しかやっておらんのだから大目に見ろ」


 老境に至り精神を破綻させたアンセルミの師匠である前宰相の死に様が、アンセルミのこうした人格形成の役に立っているのだろう。

 一国を背負うということは、人一人の精神なぞ容易くすり潰すほどの激務と重責であると、アンセルミは知っているのだ。

 だからと、責務より逃げ出した前国王や、見えぬフリをして楽をしようとするウルマスのことを理解してやらぬのが、アンセルミ宰相という人物なのであるが。

 また面白いことに、アンセルミ宰相は自身が法を超えるのを嫌うが、法を守る者に対する充分な配慮をしたうえでならば自分以外の者が法を犯すことに意外と寛容である。

 一時的にとはいえバルトサール侯爵の人身売買を黙認したり、ドーグラス元帥のわがままを許したりと、それが国益に適うと考えられれば建前は重視するも認める所は認めてしまう。良くも悪くも現実を見据えることを忘れぬ為政者なのであろう。

 ちなみに、この微妙な時期に起こった王女殺害事件は、事が王族なだけに大掛かりな捜査が行なわれたのだが、結局犯人の特定には至らなかった。

 幾人かがとある集団を思い浮かべたそうだが、証拠も証言も一切出ずではどうしようもない。

 時期が時期なだけに、この異常なほどに痕跡を残さぬ殺害劇の捜査担当者に対する責任追及の声は、一切上がらなかった。

 もちろん、更に別所であった反乱騒ぎを起こした騎士団とそこに居た王族が死亡した件に関しても、第だか十五だか騎士団だかのちっこいのがやったなんて話は一切出ないままであった。




 アンセルミ宰相は、その三人の女と面会した時、真っ先にしたのは彼女たちに謝ることであった。


「すまない。君たちを軽んじたわけではないんだが、どうしても優先せねばならぬことが続いてな。不安に思ったろうが、私が君たちのこれまで積み上げてきた勲功を蔑ろにすることは決してない」


 三人並んだ女、いずれも絶世の美女である彼女たちの真ん中に立つ女性が、一歩前に出て宰相に応える。


「……勲功、ときましたか。殿方らしい表現のされかたですわね」


 彼女たちの表情を窺ったアンセルミは、その整った育ちの良い顔立ちに笑みを浮かべる。


「怒っては、いないようだな」

「そこまで子供でもありませんわ。閣下が必ず約束を守ってくださると信じるからこそ、そもそもこのお仕事をお引き受けしたのですから」


 いけしゃあしゃあとそんなことを抜かす女。

 一国の宰相から依頼された仕事を、彼女の立場で断れるはずもない。

 アンセルミもそういった互いの立場は理解したうえで、彼女の言葉に乗って応える。


「もちろん、約束は守る。……十人居たが、結局残ったのは君たち三人だけか。これは興味本位であくまで他意はないんだが、そんなに難しい仕事だったか?」


 後ろで控える二人の女が思わず噴き出す。真ん中の女もまた苦笑していた。


「色気さえ出さず宰相閣下を信じ続けていられるのなら、それほど難しい話でもありませんでしたわ。国家の中枢にあって、贅の極みのような環境の中でそうできる者は、それほど多いとも思えませんが」

「そうだな。君たちが最後まで残ってくれたことには、仕事といった枠を抜きにして感謝しかない。君たちのおかげで、カレリアは法治を遵守することができた」


 この三人の美女の仕事は、前国王の愛妾としてその側に侍り、国王の放蕩を制御下に置くことであった。

 男を操ることにかけて右に出る者なし、と言われるような人材をアンセルミはどういったツテをもってか十人集め、前国王へとそれと気付かれぬようあてがったのだ。

 途中、三人が任務を忘れ王と同じく放蕩に走って追放され、より危険な行為に踏み込もうとした二人が処分され、王の勘気に触れた二人が後宮を追われた。

 そうして残ったのがこの三人の美女で、彼女たちは三人ともが当初最も贅に弱いと思われていた娼婦の出であった。

 三人は結束して任務の遂行に当たり、王の気まぐれで起きた全ての窮地において、アンセルミ宰相の望む結果を引き出してみせたのだ。

 この三人が後宮の実権を握ってからは、王が新たに愛妾を招くことはなく、そのために法を捻じ曲げるようなことも起こらなかった。

 放蕩国王というアンセルミ宰相が長年頭を抱え続けてきた問題を、この三人が見事に処理し続けてきてくれたのだ。アンセルミは心底から彼女たちに感謝をしていた。

 そして任務が終わり、彼女たちの役目も終わろうとしていた。

 王家の恥ずべき秘事を、山ほど抱えることになった。娼婦の出であるということも含め、賢い彼女たちは自らの死をも覚悟せねばならない場面だとわかっていた。

 それでも三人は宰相のために、最後まで任務を全うした。

 彼女たちが生き残るためには幾つか選択肢があったが、その中で三人は、アンセルミ宰相を信じる、という選択をしたのだ。

 もちろんそんな彼女たちの考えもアンセルミはわかっている。だから彼女たちのためにも、アンセルミは最後の大仕事、国王暗殺に彼女たちは一切関わらせなかった。

 そこを外部の者に知られればもう殺す以外になくなる。アンセルミはこの三人を絶対に殺したくはなかったのだ。


「君たち三人が果たした役割はとても大きなものだ。これを表立って称えてやれんのが心苦しいが、せめても、今後の人生がより豊かなものになるよう、私からできる限りのことをさせてほしいと思う」


 女は、王の前では決して見せることのなかった、少し意地悪そうに見えてしまうから普段は決して見せない、自分が最も自然な状態で出せる笑みで言った。


「きっと、宰相閣下はそう言ってくださると思っておりました。わたくし共のような娼婦からすら信頼を勝ち得るのですから、閣下はきっと、誰からも信頼される素晴らしい王となることでしょう」




 かくして、宰相アンセルミはカレリア国内に確固たる地位を築いたうえで王位に就く。

 まだ国内にはイジョラ魔法兵団が侵入したままであったが、アンセルミがこの処理を誤るとは誰も思っていないのだ。

 前王の遺児たちもその大半が罪に問われ継承権を剥奪され、アンセルミの地位を脅かす可能性がある者はその全てが力を失った。

 見る者が見ればたった一人、将来的にアンセルミ宰相の敵たりえる者が残っていることに気付くだろう。

 だがそれも、物事の一面のみを見ているに過ぎない。

 両者の性質、特質を考えれば、この二人はお互いの得意分野を一切侵害し合わず、それぞれの得意分野においては代替の利かぬ比すべき者もない第一人者であるという、稀有な関係性にあるのだ。

 またアンセルミは、理屈の通らぬ相手を接待する技術にかけても特筆するほどに優れており、対抗しうる存在イェルケルとの友好関係構築もさほど難しくはないだろう。そんなもの無くてもいきなり仲良しになっているが。

 この辺の齟齬が、第十五騎士団のイジョラ派遣に関するアンセルミと側近たちとでのズレに繋がっていた。

 側近たちは新たな心労のタネである第十五騎士団を、問題が起こっても知ったことではない遠くに追いやり宰相の心労を減らそうとし、アンセルミはというと心安らぐイェルケルとの時間を確保すべく近くに置いておこうとしていたのである。

 実に微笑ましいすれ違いと言えよう。

 どの道イェルケルの希望が後方任務などではないので、アンセルミ宰相の希望は通らなかっただろうが。


 王都は国葬でのしめやかな空気を吹き飛ばすかのように沸き返り、王都の民たちは新たな王の誕生を喜ぶ。

 民たちの誰もがカレリア躍進の原動力は誰かを知っており、アンセルミの即位はカレリアの更なる飛躍を約束するものと信じられたのだ。

 民たちの前に姿を現したアンセルミはにこやかな笑みを崩すことは無かったが、その心中は当然渋い顔である。

 いずれはこうなると覚悟はしていたが、だからと望んで王位になぞついたわけではないのだ。

 誰か自分よりもっと優れた王が上に居てくれて、そんな信頼できる王の下自由闊達に政務を取り仕切りたい、なんて願望をずっと幼い頃より持ち続けていたのが、遂にここで夢破れるとなったわけだ。


「……憂鬱にもなろうものだ」


 すぐ後ろに控えていた側近ヴァリオは、とても良い笑顔で言った。


「そうでしょうか。私はずっと昔より待ち望んだ光景が実現して、感無量ですよ。何せ、幼き頃より期待を寄せてきた王子が、私の予想を遥かに上回る功績と共に王位についたのですからね。やはり持つべきは優れた上司ですね。これで心置きなくカレリアの振興に力を注げます」

「今すぐ殴りたいなその笑顔」

「今日だけなら一発ぐらいは大目に見ますよ。それが済んだらいつまでも愚痴るのはやめてくださいね、みっともないですから」

「まったく、お前に乗せられ随分遠くまで来たもんだよ」

「まだまだ道半ばです。帝国に、一泡吹かせてやるんですよね」

「ああ、そうさ。まだ、誰も信じはしないだろうがな。私は帝国に勝てるカレリアを作る。ははっ、そう考えると血が滾る思いだな。王位の重さに戸惑っている暇なぞ、私にありはしないのだ」

「そうですとも。誰も見たことのないカレリアを、知恵の限りを尽くし実現させねばなりません」


 ヴァリオは確信している。

 新王はきっと百年後の世にあって、賢王、名君と呼ばれるであろう類稀な王になると。

 だが、それだけの才があったとしても、道半ばで倒れる可能性も高かった。何度も窮地は迎えていた。

 そして今、その手にカレリアの全てが納まっている。もう、今のアンセルミを掣肘する存在は無い。

 アンセルミ新王がその全力を富国に注ぎ込めるとしたら、いったいその国はどこまでいけてしまうのだろうか。

 今からヴァリオは楽しみで仕方が無いのである。




 イェルケルは新王の戴冠式に列席しながら、少し涙ぐんですらいた。

 イェルケルの側には三人の騎士が侍り、感無量顔のイェルケルを生暖かい目で見守っていたりする。


「ホント、殿下って新王陛下大好きよね」

「まだそこに文句があるか」

「もうないわよ。どうも、新王陛下の方も殿下のこと大好きみたいだし、ならいいかなって」

「どーいう基準だ。とはいえ、格別の御配慮を頂けておるのは事実だな。あれは殿下の持つ武力と忠誠を評価してのことではないのか?」

「私たちみたいなのを側に置こうとしてるのよ。そんなもの、評価云々だけでできることじゃないでしょ」

「……新王陛下の奥方の話を聞いた。あの方ならば、ありえそうではないか?」

「……たしかに。うーわ、だとしたら殿下たらしこまれてる可能性もありえる?」

「殿下はあれで悪意には敏感であるからな。どの道、新王陛下は今の殿下と仲違いするわけにもいかんだろう」

 

 ここでこれまで無言だったレアがぽつりと呟いた。


「男色」


 これまでどんな強敵と対しても動じることのなかったスティナ、アイリの二人が、驚愕に顔を歪める。

 思考の盲点をつかれたと、ただただ驚きをそのまま顔に出す。

 そしてイェルケルがレアを見て言った。


「そろそろ殴っていいか?」

「ごめんなさい」


 レアは即座に謝った。本当に危険な瞬間を見分ける能力は高いのだ。

 アイリとスティナがしみじみと言う。


「レアは時々我らにはまるで思いも寄らぬ発想をする。その自由な思考が羨ましくなるな」

「正に天才の発想だったわ。さすがはレアね、なんて夢のある話なのかしら」

「おまえら、その話これ以上引っ張るつもりなら……」


 アイリもスティナもまた即座の撤退を決める。

 不意に、レアがあっ、と声をあげる。

 不覚を取ったと、眉根を寄せながら言った。


「そういえば、新王陛下が即位するということは、おーじがおーじじゃ、なくなっちゃうってことだった」


 再び、驚愕の顔を見せるアイリとスティナ。すぐにいつもの顔に戻ったが。


「いやそれは当たり前だろう」

「そうよね。とはいえ、王子から王弟になるわけだし、殿下は殿下のままじゃない?」

「やだ。でんかよりおーじの方が、響きが可愛い」

「……お前が頑なに王子呼びを続ける理由はそんな下らないものだったのか。そんな可愛さなどさっさと捨ててしまえ」

「むう、おーじが冷たい。よっぽど男色が気に入らなか……」

「レア」

「はい、やめます。うーん、でんか、でんかかぁ。おーてーでんか。うん、これならやや可愛い。でも長い。やっぱでんかかー」


 その『でんか』と呼ぶレアの発音が少し独特で、スティナが面白がってこれを真似する。


「でんか。でんか、ね。それなら全然可愛いじゃない」


 アイリもくすくすと笑いながら真似てみる。


「ふむ、でんか、な。良いのではないか。見た目凛々しい殿下にその響きは、妙な納得感がある」


 意味のわからん理屈でアイリまで認めたことで、レアは気を良くしてでんか呼びを受け入れることにした。

 イェルケルは、女の子ばかりの集団に男一人でいることの悲しさを、これでもかと味わいながら戴冠式を過ごすのだった。


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