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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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107.お風呂で遊ぼう


 諜報実習より戻ったレアから報告を受けたイェルケルは、胸を張ってどや顔をしているレアを引きつった顔で褒めてやりつつ、以後は諜報活動中の武力行使を極力控えるよう注意してみる。


「わかった。次はきちんと、全部隠れて殺す」

「ちくしょうこれも全部スティナのせいだそうに違いない」

「違いない」

「自分で言うな!」


 手柄を譲ったため戦闘に関しての褒賞は無かったが、諜報を手伝ったことへの謝礼は出ていたので、イェルケルはこれをそのまんま全部レアへと渡す。

 レアは不満そうに金袋を見下ろし言った。


「こういうの、半分ぐらい、王子が持っていく、ものだと思う」

「いや、私何もしてないだろ」

「騎士団の、運営費用とか。きちんと貯めてる?」

「と言われてもな。これといって金のかかるものは無いし……」

「だめっ。今後は、お金で人を雇う機会も、増える。全部、私たちだけでやってたら、キリが無い」


 いざ必要になってから人を雇ったのでは遅い、と言われれば確かにとも思える。

 第十五騎士団がどういう所なのか、きちんと理解している人物に雑務を任せられればそれが一番良い、と考えたところでイェルケルは思いつく。


「ウチの、ほら、これまでずっと私の屋敷で十五騎士団の事務やってくれてた執事がいるんだが、アレに全部任せちゃうってのはどうだ? ウチの屋敷のはまた別に雇えばいいし」

「大変、結構。あの人なら、文句ない」


 仕事には騎士団の金銭管理も含まれるが、少なくともイェルケルよりはずっとそうしたものに慣れている人物である。

 屋敷にレアが来た時、時々ねだられて果物を用意してやっていたので、彼にはそこそこ懐いているらしくレアから文句は出なかった。

 その人に渡しておいて、と金袋を全部イェルケルに返した後、レアは話は終わりだと今日一番の目的を告げる。


「では、ごほーびとして、お風呂を所望するっ」

「いや別に好きな時使っていいって言ったろ」

「あれだけ、豪勢なお風呂だと、さすがに、気後れする」

「……そういう慎ましやかな所は、もっと別の場所で発揮してくれ是非に」


 んじゃお風呂いってきます、とそそくさと部屋を出ようとするレア。そこに鍛錬を終えたスティナとアイリも戻ってくる。

 じゃあ一緒に入るか、となって三人揃ったところで、スティナがイェルケルを振り返って聞いた。


「殿下もどうです?」

「真顔で聞くな!」


 アイリはいつぞやを思い出したか真っ赤な顔になり、レアはというとこちらも真顔で悩み始める。


「王子が、是非にっていうのなら、さすがに断れない。んー、今後の人間関係を考えるに、ここはむしろ、こちらから勧めておくべき?」

「やめろその気になるなレア! スティナの言うこと真に受けないって話はどこに行った!?」

「……殿下、そうやって私に流れ矢射ち込むのやめてくれませんかねぇ」

「元はといえばお前が原因だろうが! あとレアは悩むなと言ってるだろう! レアが本気でもの考えだすと絶対ロクなことにならんのだから自重してくれ!」

「おーじは、失礼だ。私は、できることを、できると言ってるだけ。スティナみたいな、残虐非道をこそ、至高とする悪魔崇拝みたいな真似、絶対にしないし」

「…………どうしてかしら、レアに言われると自分の人生見直したくなるぐらい心に響くわぁ。あとで殿下に八つ当たりしますね」

「お前ら! いーからさっさと風呂でもなんでも行ってしまえーーーー!!」


 はーい、と三人はぞろぞろ部屋を出て風呂場へと向かう。

 廊下から、どうしたのアイリさっきから真っ赤な顔してまさか何かあったとか、それは聞き捨てならない今すぐ全てをつまびらかにすべきそうすべき、といった会話が聞こえてきたので、イェルケルはもう全部聞こえないフリして屋敷の外に出ることにした。




 イェルケルの屋敷の風呂は、当代きっての風呂職人が贅の限りを尽くして作り上げた逸品である。

 これが何故イェルケルの屋敷にあるかに関しては、涙無くては語れないアホ臭い話があるのだがそれはさておき、当時の流行の最先端を行く造りの風呂であったがそれだけではなく、使用者の利便性にまで考えの及ぶまっとうな風呂職人の作ったものだけあって、中は実に快適な時間を過ごせる空間となっている。

 あまりの豪華さに当初はスティナやアイリも、イェルケルが使っていいと言ってくれててもレア同様気後れしていたのだが、毎日鍛錬の後に使っているうちに次第に慣れたらしく、今では鍛錬の後は当たり前にここに寄るようになっていた。

 屋敷の使用人も心得たもので、スティナたちが来るとすぐに準備を整えるようになっていた。

 間違ってイェルケルが入ったりしないように使用中の立て札を用意するぐらい気の利いた使用人たちである。

 とても微妙な顔をしているアイリをさておき、脱衣所で服を脱いだスティナとレアはさっさと風呂場へと。

 そしてこの風呂を使うのが二度目であるレアは、きらきらと輝く目で風呂場を眺めつつスティナに質問攻め。

 すっぱだかのままでそうするレアに、スティナは苦笑しつつも自分はさっさと湯船に入る。レアは広い風呂場のあちらこちらを見て回りながら、あれが良いこれも良いと騒いで回っている。


「冷えるわよー」

「うんっ」


 聞いているんだかいないんだかのレア。そうこうしている間に出遅れていたアイリも風呂場に。

 スティナがそちらに目を向けた瞬間背後より、どっぱーん、という盛大な音が。

 レアが走り飛び込みながら、空中で半回転捻りをしつつ真横からお湯の中に入ったのだ。

 大きな音は、レアの体の側面全てが同時に水面に叩きつけられたせいで発したものだ。


「こーら! 何してんのレア!」

「あはっ、いたいこれー。みてみて、横がまっかー」


 かなり空中高くにまで飛び上がってそうしたらしく、レアの片腕から足にかけてがうっすらと赤く染まっている。


「むう」

「こらそこアイリっ! アンタまで何面白そう顔してんのよ!」

「よしっ、もういっかい。今度は逆側で……」

「レアっ! 風呂場で遊ばない! あー! アイリやっぱりアンタその顔やる気でしょ!」


 その通り、とばかりに湯船に向かって走り出すアイリ。が、浮かれていたせいか片足を取られて勢い良くすっ転ぶ。

 とはいえ運動神経の塊であるアイリだ。即座に片手を床につき、腕の力のみで跳躍、こちらは二回転して湯船へと飛び込んだ。


「おー。うまいこと、まぬけを、誤魔化した」


 こちらもどぱーんと飛び込む。ちょうど背中から水面に落下する形で、水面への接触面積が大きいせいか、風呂の底にぶつかることなくそこそこ沈む程度ですぐに浮き上がってくる。

 そして立ち上がり、自分の赤くなった背中を覗き見るとレアと一緒になって楽しそうに笑う。

 文句を言い続けるスティナに、アイリとレアは並んで湯船に沈み込みながら言った。


「スティナは、口うるさい。せっかくのお風呂、もっと楽しまないと」

「うむうむ。既にスティナからは小姑気配すら漂っておるぞ。若年寄も大概にせんとな」

「……コイツら……どうしてくれようかしら」


 そんなことを言いながらも、スティナは湯船に浸かった心地良さのせいでもう一歩すら動く気が起きず。

 風呂の縁に頭を乗せて頭部だけ湯船から出した状態で、だらーっと弛緩している。

 鍛錬で体中痛めつけたばかりなので、特に心地良さが染み入るのであろう。

 この間に、レアとアイリは次の遊びだーと湯船の外に。

 風呂の縁に二人は向かい合って立ち、お互いの両手を握った状態。

 湯船を背にしたアイリが下、手を繋いだままで勢い良く飛び上がったレアが上。

 両手を天に掲げたアイリの上に、レアは逆立ちの要領でアイリの手を支えに逆さまに立っている。

 二人はそのまま、せーので湯船に倒れこむ。

 アイリもレアも背中から湯船に落下することになるが、より高い位置から落ちたレアの方が楽しいものであろう。どちらも並々ならぬ身体能力の持ち主なので、その遊びの難度も相当なものとなる。

 だぱーんと、湯船に叩きつけられた二人は、お湯から顔を出すと嬉しそうに笑いあう。


「あははっ、いたい、いたいー」

「次っ、次は私が上であるぞ!」


 おーしまかせろー、と今度はアイリが上で同じく二人で湯船にどぱーん、と。

 見た目相応の幼い笑みをかわしあった二人であるが、ふと気が付いてスティナを見る。

 寝てた。

 それも相当に気持ち良さそうな顔で、この世の天国を満喫しているかのように。


「……ここまで安らいだスティナの顔は、私ですら初めて見るな」

「なんだかんだと、いっつもスティナ、色々頑張ってるから。疲れ、たまってたのかな」

「かもしれんな。さすがにこの邪魔をする気にはなれん、今日はそろそろあがるとするか」

「うん、また、入ろう。やっぱり王子の屋敷のおふろ、さいっこう」

「そうだな、是非そうしよう。スティナ、しばし一人でゆっくりするが良いぞ」


 二人はスティナを残して風呂から上がる。

 一時間後、かんっぺきにのぼせたスティナが今にも死にそうな顔で這いずりながら風呂から出るのを見たアイリとレアは、これはまずいと後ろも見ずに逃げ出したのだが、休憩を取って回復したスティナに捕縛され、延々説教されることとなったのであった。




「まったくもう、死ぬかと思ったわよ」


 そんな文句を溢しながら、スティナは食卓にあがった鶏肉をいただく。

 傍らには赤みがかったワイン。これで三杯目であるが、スティナにとってはいつもの量である。


「だから、悪かったって、言ってる」


 レアはあまり悪いことしたとは思ってない顔で、そんな言葉を返す。

 こちらは皿に山盛りの茹でた野菜に塩気の強いソースをかけたもので、置かれているワインも赤ではなく薄黄色でより透度の高いものだ。

 こちらもワイン三杯目であり、レアもこれがいつもの量だ。

 苦笑しているのはイェルケルだ。

 今は鶏肉をいただいているので、グラスには赤のワインを。野菜を食べる時は白のワインを飲む。

 一度の食事で赤と白のボトル二本開けてしまうのは、こうして四人揃っていなければ難しかろう。ワイン好きのスティナもレアも、この環境を実に楽しげに満喫している。

 イェルケルは一般的なワインの知識しか無いが、給仕をしてくれる執事がとにかく詳しいので、自然とワインの良し悪しがわかるようになっていた。

 この中で一番ワインがわからないのはアイリであろう。

 それでも旨いものは旨いので、銘柄はわからなくとも食事にもワインにも文句は無い。

 アイリはこのまま放っておいてはいつまでも愚痴愚痴うるさいと思い、話題を切り替えにかかる。


「時にスティナよ。今日のワインはどういう趣向なのだ?」


 スティナの意識を逸らすにワインは鉄板のネタである。

 すぐに嬉しそうに食いついてくる。


「あ、それね、今日は私口出してないのよ、全部お任せ。もーね、私が色々考えても絶対思いつかない所からワイン引っ張ってくるんだから、嫌になっちゃうわ」


 全然嫌そうでない顔でスティナがそう言うと、イェルケルの側に控えていた執事が小さく頭を下げる。

 イェルケルが第十五騎士団の事務を任せようと思っているのがこの男だ。

 スティナも彼は当然気に入っており、ワインの管理を怠らないのなら、という条件付きで事務員専属を了承している。

 残るアイリはといえば、アイリが優秀な執事を嫌うわけもなく、第十五騎士団事務担当はこの執事で決定したのである。

 そして食事が終わり、談笑の時間となった時、執事が皆に報告を上げる。

 曰く、ケネト子爵より大量のワインが贈られてきたと。

 アイリ、目を細めて突っ返せと言うも、スティナは僅かばかり泳いだ目で銘柄だけでも確認しようとし、レアは無言のままスティナ頑張れと両手を振る。

 イェルケルは嘆息する。

 レアの騎士就任の件といいこれといい、ケネト子爵は随分とイェルケルたちに和解を提示してきている。

 ワインの確認を終えたスティナとレアは胸を張って言った。


「うん、これはこれとして受け取って、あの馬鹿は殺しましょう」(←アレーナワインまであったので上機嫌)

「贈り物に、罪はない。アレは殺すとしても、これは、いただいておくべき」(←お気に入りの銘柄があったので略)


 イェルケルとアイリの二人は、ほっそい目でスティナとレアを睨む。


「お前ら、欲望に忠実すぎだろ」

「殿下、いっそコイツらの目の前で全部のワイン叩き割ってやりましょう。そのぐらいせねばこの馬鹿共は目が覚めませぬ」


 物凄い勢いで抗議してくるスティナとレアを他所に、かなり本気でワイン叩き割るつもりのアイリであったが、イェルケルが止めれば一応は止まる。


「どれも価値ある物だ、壊すのは忍びない。それにだ、送り返したら向こうに、敵意があるとバレてしまうだろうに」

「殿下?」

「戦だろう? 夜討ち朝駆け上等であるのなら、油断を誘うもまた兵法だろう。レア、事と次第によってはラウタサロ伯爵も殺ることになるが、構わないか?」


 ラウタサロ伯爵はケネト子爵と共にレアの騎士叙勲に尽力した、となっているレアの親戚である。

 かなりケネト子爵と接近しているようで。レアの実家は思い切って領地を王家に渡してしまっているので、ケネト子爵としてもこちらとは多少距離を取らざるをえない。

 伯爵はレアの実家をよく嘲っていた男なので、レアはあまり彼を好んではいない。


「もちろん。私の実家は、今はもう、王家側だと旗色はっきり出した。貴族同士の付き合いからは、距離を置くことになる。なら、伯爵の影響力も、問題にならない」

「よし……と威勢の良いことをいってはみたが、あの調子だとケネト子爵、王家側にかなり食い込んでいると見ていい。殺しきれん場合も出てくるだろうなぁ」


 本物の貴族というものは、かくも手強き相手なのである。


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