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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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103.シルヴィ・イソラの大鷲退治


 後方支援を行なってくれている諜報員の許可を取り、レア・マルヤーナは大鷲騎士団の駐屯地への潜入を行う。

 レアは第十五騎士団よりの預かり物であるので、諜報員は決して無理はしないようにと強く言い含めていたが、駐屯中の軍に対する諜報は極めて難しいので、レアのような人外の範疇で忍べる存在はここではありがたかった。

 王都から馬で一日程度の場所に、大鷲騎士団はテントを張って待機していた。

 表向きの理由は王都よりの新たな命令待ちのため、となっているが実際はもっときな臭い理由だ。

 レアを頼らずともカレリア王国諜報部は大鷲騎士団の不穏な動きを捉えていたので、このきな臭い理由がバレていないと思っているのは大鷲騎士団とその仲間たちぐらいのもので。

 だが、この騒ぎの後、周辺貴族たちを追い詰めるためにも誰がどれだけ協力しているのかを確認する作業は必要で。

 そのためにこそ、レアはこの駐屯地へと潜入していた。

 問題は、大鷲騎士団のこの行動を察していたのは諜報部だけではなかったことだ。

 元より大鷲騎士団の立場がよろしくないことは皆が知っていたことで、それがいきなりの国軍離脱だ。

 これを怪しまぬ者などおるまい。

 ただそこから行動するに足る情報を手にできるかというと、多少なりと難しくなってくる。

 もちろん、多少なりと、といった範疇でしかなく、相応の代金とツテを持つ者ならばどうにかなってしまうものであった。

 大鷲騎士団側も防諜に注意はしていたが、拙速さにより巧遅を補おうとしていたフシもあり、それは万全とは程遠いもので。

 だから今、大鷲騎士団の駐屯地の側の森中に、百の兵が集結してしまっていたのだ。

 これを率いる兵士の隊長は、隣に並ぶこの軍唯一の勝機である、シルヴィ・イソラを見上げる。

 何度見ても慣れそうにない美貌だ。後ろに長く垂らした一筋の髪も、これが馬を駆ると鮮やかに波打ちシルヴィの美しさを引き立ててくれる。

 元より長身でもあるのだが、当人の姿勢の良さも手伝ってその背は更に高く見え、凛とした佇まいからはある種の威厳すら感じられる。

 だがその顔付きを見ればシルヴィの本性がそんなところにはないとわかるだろう。

 見る者がほっと安堵する、そんな優しげな微笑が最も似合うだろう、彼女の心の優しさが顔つきにも表れているのだ。

 隊長も共に並び同じく馬に乗っているのだが、女性とはとても思えぬ長身のシルヴィが相手では、どうしても見上げる形になってしまう。

 口さえ開かなければ立派な大人そのものであるのだが、長く一緒にいる隊長含むここの兵士たちからすれば、暢気という単語が最も似合ういつもの表情といい、いつまでも子供っぽさの抜けぬ口調といい、どうにも大人扱いする気にはなれない。

 不安げにシルヴィに問いかける隊長。


「なあシルヴィよう、やっぱり俺たちも行くべきだろこれ」

「だめー」

「いやそうは言うがな。さすがにお前一人に戦わせて俺たちは高みの見物っていうのは……」

「それでもだめー。練度が違いすぎるから、行ったらみんな死んじゃうもん」

「……あー、そんなに危ないか」

「私ならだいじょーぶだよ。前もおなじようなことやったし」


 あれは敵百人も居なかったろ、と思ったが隊長は口を噤む。

 領主様からの命令は、シルヴィと百の兵で裏切りの証拠を得た大鷲騎士団を叩き潰せということであったが、大鷲騎士団はそも千名からなる騎士団だ。

 今は半数が王都入りしているとはいえ、この駐屯地には残る半数五百がいる。

 これを、シルヴィはたった一人で相手すると言っているのだ。

 だが隊長にもわかっている。シルヴィと違って百人の兵が突っ込んだらとんでもない損害を被ることになる。

 いや隊長には更にその先が見える。

 百人の兵士を守るために、シルヴィが我が身を盾にしてでも頑張ってしまうだろう姿が。

 そしてきっと、たった一人でも犠牲者が出たら、周囲も憚らず大泣きし出すのだろう。

 隊長含む兵士たち全員にとってシルヴィは、世話のかかる妹分のようなものだ。

 皆が何かと目にかけて面倒を見たり世話を焼いたりしてきたせいで、シルヴィは兵士たち皆に本当によく懐いている。

 隊長は思う。

 既に家族全てを失って久しいシルヴィにとっては、この隊こそが彼女にとっての家族に近い何かなのではないかと。

 そういったありようは、軍という殺し合いを常とする集団にとっては、あまり好ましいことではなかろう。

 隊長はあきらめたようにため息をつきながら言った。


「わかったよ。だが、お前も危なかったらすぐに逃げてくるんだぞ。お前が逃げるの見たら、俺たちもすぐに逃げ出すからな。いいか、領主様には全力で謝り倒せばなんとかなるんだから、絶対に無理だけはすんなよ」

「うん、わかったー。たいちょーも気をつけてねー」


 そのまま気負いもなく馬を走らせ行ってしまうシルヴィ。

 向かう先に五百の兵がいようとも、軽やかな馬の足に乱れは見えない。

 いつものように、山に馬で遊びにいくような気安さで、シルヴィは敵中へと駆けていくのだった。







 シルヴィはこれで戦のための勉強はかなりの量を修めている。

 領主がシルヴィの武才に目をつけ引き取った後、色々と教育したおかげである。

 なので自分がどこまで戦えるかの判断もつく。

 少なくともこれまでのシルヴィの基準からすればこの突撃は、自殺行為以外の何物でもなかった。

 だが、それと同時に高揚している自分がいることにも気付く。

 それはスティナと名乗る女傑と槍を合わせた時から感じていたことだ。


『本当の私は、何もかも全部賭けたら、どこまでやれるんだろう』


 毎日毎日、苦しい思いをしながら鍛錬してきた。

 もし許されるのなら、その時間ずっと牛や馬の面倒を見ていたかった。畑の開墾してた方がずっと楽しかった。

 それでも、自分が強くなっていくのが、もっとたくさん力がついていくのもまた楽しくて、強くなってみんなに褒めてもらえるのが嬉しくて、頑張ってきた。

 そんな力がどこまで通用するのか、シルヴィ自身が知りたいと願っているのだ。

 もし自分が考えてるよりも頑張れるというのなら、みんなを死なせずに済む。

 ならここで自分の力に賭けてみるのも悪くないとシルヴィは思う。

 みんなを守れるというのなら、自らが属する領地の名を叫びたった一人で敵陣に飛び込むことに、恐怖なんて感じないのだ。


 シルヴィの狙いは、逆に一騎のみで飛び込んだのならば敵も対応に迷うのでは、ということだ。

 もちろん迎撃には動くだろうが、たった一騎を相手にいきなり陣を組んだりはしないだろうし、その間に少しでも多くの敵を倒せればと。

 そうして飛び込んだシルヴィは、驚き呆気に取られる兵を次々と槍先で沈めていく。

 だが、ここは大鷲騎士団だ。

 ドーグラス元帥お気に入り騎士団の練度が、低いわけがないのだ。

 まだ敵襲に対し将にこれを伝えてすらいないだろうに、兵士たちは勝手に集まり槍を揃え構えを取る。


『うそー!』


 なんて悲鳴を外に出さずに堪えつつ、シルヴィもまたその技前を大鷲騎士団に披露する。

 騎馬にて駆け抜けながら、槍を棍のように薙ぎ振るう。

 するとその穂先が刃となって敵兵の急所のみを正確に斬り裂くのだ。

 精妙無比な操槍術を、こともあろうに疾走する馬上から駆使してみせたのだ。

 右方の敵は、全てその刃で切り裂き、左方の敵は槍の柄尻を叩き付ける。

 この柄尻も凄い。

 敵頭部を瞬時に突き通すその素早さで、敵の首が音を立ててへし折れるのだ。

 どれほどの膂力で、どれほどの速さで、槍の柄を突き出せばそうできるものか。

 忙しなく左右に槍を振るいながらも、その騎馬は行く先を過たず。

 敵陣をかすめるようにしてこれを削り崩し、踏み出し追いかけてくる槍兵たちを置き去りにする。

 シルヴィの目は鋭く敵陣を射抜く。

 敵兵の動きを見定め、最適の進路を選択しこれを斬り進む。

 騎馬はただの一瞬たりとも足を止めず、シルヴィの操るがままに右に左に跳ね走る。

 大鷲騎士団の兵士たちはシルヴィの馬を驚愕の思いで見送る。

 まるで暴れ馬のような挙動でありながらその全てが騎手の思う通りであり、的確精妙に陣を打ち崩していくなぞと、大鷲騎士団の兵士たちにすら思いも寄らなかった動きである。

 彼方の地にあると言われる伝承の獣、上半身が人であり下半身が馬であるというケンタウロスなる幻獣を彷彿とさせる、人の知恵と馬の機動力を合わせ持つ騎馬の申し子かと。

 もちろんシルヴィにそんな神秘の血など流れてはいない。

 あくまでこれは馬術の延長線上にある技術であり、シルヴィはかなり本気で、一生懸命訓練すれば誰でも同じことができると思っていたりする。きっとアイリとは話が合うことだろう。

 はっきりと言ってしまえば、今のシルヴィを止める術なぞ大鷲騎士団に存在しない。

 誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも遠くまで刃が届き、その閃光の如き穂先をそらすも受けるもできはしないのだ。

 兵士たちは隊毎に集まり、各々が出来得る限りでこの理不尽極まりない襲撃者に備える。

 少しでも犠牲を減らすべく盾と槍をかざし、隣の友を守るため、盾の隙間より勇気と共に槍を突き出す。

 そのまるで役に立っているとも思えぬ挙動の積み重ねが、きっとこの殺意の風をすらいつか討ち滅ぼす一助になると信じて。

 兵士たちにそんな信じてもいない事を徹底させられる、それこそが優れた軍の証明である。

 そして遂に大鷲騎士団団長が動き出す。

 敵の動きから、自らの居場所を悟られればあっという間に殺される、そこまでを察し命令はそれと知られぬ形にて伝達を。

 兵士たちはじわりと一塊に集まっていき、その中心に騎士団長は位置する。

 槍襖の内側にて、兵士たちは弓を手に取り団長の合図を待つ。

 いかな魔馬であろうとも、槍襖を削ることはできてもその内に割って入ることはできぬ。

 ならこれを盾にその内より無数の矢を射掛けてやれば騎手が駄目でも馬は止められよう。

 単純な動きである。だがこれを、五百の兵が一糸乱れず即座に実行に移せるのだから、大鷲騎士団は優れた、と評されるのだ。

 シルヴィもしかし負けてはおらず。

 騎馬に乗りかつシルヴィの高身長だと、かなり遠くまでを見通すことができる。

 それは敵陣の動きをその目で直接視認できるということで、いかに大鷲騎士団の動きが速かろうとも、シルヴィ一騎と比べればお話にならぬ。

 シルヴィはじっとその瞬間を待ち続け、そして弓隊の射撃準備が整うなり動きを変える。


『突破できないなんて、言ったおぼえないよ』


 シルヴィとその愛馬は大鷲騎士団の槍襖に向かってまっすぐに突っ込んでいったのだ。

 身を前方に乗り出しながらシルヴィは、片腕のみで槍を前へと突き出し真横に払う。

 そんなまるで力の入らぬような動きで、シルヴィと馬の前方を塞いでいた槍襖が容易く弾かれてしまう。

 そして人群に向かって駆け入ると、時に轢き、時に弾きながら、しかし跳躍するでもなく、踏みつけるでもなく、奇跡のような足取りで馬は兵士たちの間を駆け抜けていくではないか。

 そこは間違いなく、兵士たちが密集し馬上から見下ろしてすら、大地の茶を見ることもできなかった空間であった。

 なのにシルヴィが槍を一突き、一薙ぎする度に進む騎馬の踏み出す大地が姿を現すのだ。

 槍の長さを考えれば絶対にありえぬ現象だが、シルヴィの槍はその一撃にて一人のみならず、その奥にいる兵士たちにも大いに影響を与えるのだ。

 これを自在に操り、騎馬の踏み蹴る大地を確保する。

 正にそれは神域に至って初めて許されるだろう、人外の御技。

 傍目にこれを見るハメになった兵士たちは、まるでそれは、兵士の壁を騎馬がすりぬけていくように見えたことだろう。

 そして陣の内へと飛び込むともう弓は使えぬ。

 シルヴィと騎馬はそのまま弓隊に飛び込み、これを思う様蹂躙する。

 円を描くようにぐるりと回りながら、決して足を止めず馬は人波の中を駆け続ける。

 そして馬上のシルヴィが槍を振るう度、哀れな犠牲者の数は増え、さしもの大鷲騎士団の兵たちも動揺に大きく陣を乱す。

 この様に業を煮やした中隊長の一人が大声で怒鳴る。


「陣を崩すな! 内に来たのならばちょうどよい! このまま押し潰してやれい!」


 兵だらけの中にあってもその動きを一切掣肘されぬ騎馬を前に、指揮官の所在を明確にするなぞ正気の沙汰ではない。

 この中隊長もそれを知ってはいたのだが、兵のあまりの不甲斐無さに苛立ったせいだろう。

 すぐさまシルヴィより放たれた短剣が彼の額に突き刺さる。

 見通しが良いというのは、つまりこういうことである。

 後、彼女の胸の大きさを考えるに、きっと遠距離攻撃は弓ではなく投擲頼りなことも、この準備の良さや投擲の精妙さに繋がっていたりするのだろう。

 大鷲騎士団は辛うじて軍の体裁を整えてはいるものの、混乱の極みにあった。







 おかしい、とレア・マルヤーナは首をかしげる。

 今回は荒事は無しのはずであったのに、何故か騎士団駐屯地はとんでもない騒ぎに見舞われている。

 兵士たちは皆殺気立った様子で駆け回っている。

 実に迷惑な話だ。

 レアは兵士たちの死角を縫うようにしてテントの陰や荷物の隙間に潜みつつ、兵士たちをやり過ごしながら隠れ続けていたのだ。

 テントの上に登るのは実に良い手であった。まさか木で簡易に組んだ程度の造りのものを人が登っていられるなんて誰も思ってないが故に。

 ただこれも、中に人がいて上を見上げると影が見えてしまって危なっかしいので、あまり多用はできない。

 そんな隠密活動の中、このような勢いであちらこちら兵士に走り回られては、死角も著しく減少してしまいロクに移動もできなくなってしまうではないか。

 既に敵重鎮が集まるテントの内に忍び込んであったレアは、ここに積んである荷物の山に隠れつつ、どうしたものかと悩んでいるのだ。

 敵襲、らしいのはわかった。

 だが敵が何なのかが全くわからぬままだし、敵数も不明。これでは動くに動けない。

 そうこうしていると、このテントに五人の若い男たちが走りこんできた。


「こ、ここにおればいいのだな!?」

「はい、戦況が落ち着くまではこちらに避難していただければ……」

「おいっ! 避難とは聞き捨てならん! 我らは戦うためにこそここに来たのだぞ!」

「はあ。でしたらこの場を守っていただけませんか? 本陣のテントを敵に奪われたなんてことになれば大事ですから」

「そ、そうか。そういうことならば良いのだ。良いか、我らは敵を前に恐れ怯むなぞありえんのだからな」

「はい、では戦闘が終わりましたら報告に参りますので」

「お、おいっ! こ、ここにはこれしか残らぬのか!?」

「二人の兵はいずれも一騎当千、王族の方にお付けするに相応しい戦士でありますれば。おい、お前たち、くれぐれも外には出ぬようにな」


 兵士の一人がそう命じると、残る二人の兵士は大きく頷き、兵士の一人はさっさとテントを出ていってしまった。

 テントに今いるのは四人。

 兵士が二人と、戦場にまるで似つかわしくない高そうな衣服の二人。

 というか、レアが後をつけていた王族の二人であった。

 レアは考える。

 王族は気を使わなければならない相手、だがここは戦場になった、なら貴族だろうと王族だろうと死ぬこともありうる、というか攻めてきた奴のせいにすれば問題ない、しかも王族は殺すのも手間がかかって面倒だからやれる時にやらないと。


『おおっ、つまり好機、ということで』


 そうと決まれば後は簡単だ。

 一騎当千の兵士とやらを、レアは一瞬で二人まとめて斬り殺す。


「「へ?」」


 いきなり現れた少女に、王族二人は馬鹿面下げたまま。


「王族、だから、ここで死んどいて」


 親切心から死ぬ理由を伝えたうえで、さっくりすっぱりと二人を斬る。

 レアは、一仕事終えた冷徹な大人の雰囲気を出そうとして盛大に失敗した、意味のわからん謎格好で呟く。


「うん、完璧。さすが私、できる女は、違うっ」


 面倒な王族をこうして綺麗に処理したのだからきっと褒めてもらえるし、褒めてもらえるなら少しぐらいはハメを外しても怒られないだろう、なんて考えながらレアはテントの外の様子を窺う。

 もちろんレアの身長では遠くなど見えないので、まるで体重などないかのようにテントの上にするすると登って周囲を見渡す。

 そこでようやく、レアは襲撃者がたった一人であることと、それが従軍中に顔だけ見に行ったシルヴィ・イソラであることに気付けたのだ。


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