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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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102.蠢動する有象無象


「私に、客?」


 うんざり顔のイェルケルは、これでもう何度目になるか、王族の来訪をテントにて迎え入れる。

 姉、妹、兄、弟と、イェルケルのテントにはもう十人近い王族が訪れるという意味のわからないことになってしまっている。

 彼らの要望は皆判で押したように同じもので、南部貴族の助命嘆願であった。

 もっとも、助命というだけではなく身分を保障し、収入を確保してくれといったものがほとんどであり、自分の立場がわかっているのか、とイェルケルは都度うんざりしたものである。

 最初の例に懲りたイェルケルは、もうスティナたち騎士を側に侍らせることは止めていた。

 西方で一緒にやっていた兵士に手伝いを頼み、彼らの中から貴族対応のできる者を従者として一時的に借り受け、対応に当たっている。

 スティナなどは本気でイェルケルを心配したものだが、下手な貴族より王族との付き合いの方が多かったイェルケルは、スティナたちが心配するよりずっと気楽にこれを捌いていく。

 イェルケルはこの段階で、イスコ・サヴェラ男爵を通じてアンセルミ宰相の意向を確認してあった。

 男爵曰く、南部貴族と繋がっているかのような振る舞いを許すつもりは無いとのことで。

 つまり今こうしてイェルケルを訪れている者は全員、宰相よりお咎めを受けることになろう。

 むしろそれを口実にしたいのだろう、とスティナ、アイリから説明を受けたイェルケルは、男爵に何を約束しようと構わないとの確約を得たうえで、訪れる王族にはかなり調子の良いことを伝えてやっている。

 イェルケルの頼もしい言葉を聞いた王族たちは皆、裏を確認しようともせず気分良く帰っていく。

 こうまでイェルケルに頼みに来るというのは、宰相閣下がそうなるよう仕向けたのでは、と疑いたくなるほどだ。

 それをスティナに言ったところ、当たり前じゃないですか、と言われた。

 一つ間違えばイェルケルもこうして陥れられるような立場だった、と不安に思ったものだが、スティナはやはり何を今更といった顔である。


「最初、誰よりも先にハメられた王族って殿下でしたよね」

「……ソウデシタネ」


 その後、紆余曲折を経てこうして仕事を頼んでもらえるまでになれたのだ。

 努力の成果だと思おう、とイェルケルは前向きにこれに取り組む。

 王族一人当たりにかかる予算を、アイリはどこから引っ張ってきたものか正確に把握していた。

 イェルケルは自身が随分と金を使わせていると思っていたのだが、他の王族はイェルケルより更に多額の金を浪費していた。

 ちなみにイェルケル、狭いとはいえ領地を一応持っているのだから本来は収入の方が多いはずなのに貧乏しているのは、宰相アンセルミが進める農地改革の内、耕作に向かない土地用作物の導入を決めたせいだ。

 今まで耕作に向かないからと放置されていた土地で作物を作れれば、その分得をするだろうという単純な動機でこれを取り入れたのだが、そこで作られるのは芋などの価格の安いもので。

 むしろ開拓に人を使って手間と金をかけた分を考えると、そこから利益を生じさせるには十年以上の時が必要であったのだ。

 これにより、開拓のためにと人を受け入れたせいもあって、イェルケルの領地はたちまち赤字、火の車となったのだ。

 それでも王族であるからして、借金の申し出を国が受けてくれたおかげでどうにかなったのだが、利息を払うことを考えればその完済は更に遠のく。

 そんなこんなでイェルケルは自業自得により貧乏していたのだが、昨今の手柄のおかげでこれらの借金は全て綺麗に返済しきれた。

 このイェルケルも利用した国への借金、という部分が、国に大きく負担としてのしかかっていた。

 何せロクに世間も知らぬ王族たちである。金を借りたところで返すアテなどあるはずがない。

 これは本来、借金という名の資金援助でしかなかったのだ。真面目に返すイェルケルがアホ、というか珍しいのである。

 アイリはこの王族予算の大きさに憤慨していた。

 イェルケルは最初この話を小さくなって聞いていたのだが、アイリが調べてあった他王族の奔放さというか無茶さというか厚顔さに、顔をしかめずにはおれぬ。


「……良くもまあこれまで、宰相閣下は私たちを生かしておいたもんだな」

「陛下のお子ですよ、無体に扱えるわけありません。ですからこうして口実を整えているのでしょう」

「それで陛下にはご納得いただけるのか?」


 アイリはそこで押し黙る。その表情の深刻さから、イェルケルはとある可能性に思い至る。


「まさ、か……」

「推測に過ぎません。ですがきっと陛下にかかっている予算は、他王族予算全てと比べても遜色ないほどでしょうな」

「いやいやいやいや、幾らなんでもそれは、ないだろう。そんなことをして……」


 誰が、文句をつけられるというのか。

 カレリア国軍を掌握し、カレリア領土の半ば以上をその手に収めており、今こうして逆らう貴族たちを叩き潰している宰相アンセルミに、誰が文句をつけられるというのか。

 唯一宰相アンセルミに比肩すると言われていたドーグラス元帥も亡くなっているのだ。


「恐ろしいことだな、アイリ。だが、宰相閣下が必要だと判断したのなら、それはきっと本当に必要なことなのだろう」

「何を暢気なことを。殿下は率先してその片棒を担ぐぐらいでなければなりませんぞ。王族に対し遠慮なく物事を行える者なぞ、同じ王族である殿下以外にそうはおりますまい。故にこそ、今回このお役目が回ってきたのです。殿下は宰相閣下の信頼に応えねばなりません」


 多少気が引けるとはいえ、王子王女を陥れるというのならばイェルケルにもそこまで罪悪感は無い。

 内の幾人かは自ら手を下してやってもいいほどであるし。

 だがこれが国王ともなれば別だ。自分の父親であるという感覚は全く無いが、最も敬うべき者とずっと考えていたものを、急に変えろと言われても難しいのだ。

 苦々しい顔を崩さぬイェルケルに、アイリは詰め寄った。


「殿下、既に我々は宰相閣下とは一蓮托生です。その大いなる庇護を受けるということは、同時に閣下のためにこそ働くということを期待されているのです。もし宰相閣下に忠誠を試されたのならば、やりすぎるぐらいがちょうど良いでしょう」


 イェルケルは何度かアイリと話し合った、カレリア王国の未来に思いを馳せる。

 様々な状況を想定し話し合いを繰り返してきたがそのどれもで、アンセルミ宰相が居る場合と居ない場合では明らかに前者の方がより豊かなカレリアへと辿り着けた。

 アンセルミ宰相がその辣腕を存分に振るうことのできる国ならば、それはきっと公平で、公正で、人が人らしく生きていける国になると信じられた。

 王すらも、その公平さの餌食にしようというのだから、筋金の入り方も尋常ではなかろうて。

 スティナは見守るのみ。

 イェルケルは、ゆっくりと頷きアイリに言った。


「……その時が来ても怖気づかぬよう、心の準備をしておけということか?」

「はい。我々のような決して防げぬ暗殺が実行可能な集団を、その懐に置いてくださる剛毅な権力者など、宰相閣下をおいて他にはおりませぬ」


 くすりと、スティナが小さく笑う。


「それにもし、宰相閣下が裏切ったとしてもその時はその時ですよ。私とアイリとレアが揃ってるんですから、殿下のための国の一つや二つ、どうとでも用意してみせますって」

「それは勘弁してくれ。宰相閣下を見ればわかるだろう、王なんて好んでなるものじゃない」

「あはははは、欲の無いことで。でも、確かにその通りですわ。信頼できる王が居て、その下で好きに暴れるっていうのが一番気楽でしょうし」

「スティナのそういうチンピラ思考は、いつ聞いてもついていけないんだよなぁ」


 スティナがあははと笑う脇で、ブスッとした顔のアイリだ。


「まったくです。こやつは本当に、あまりに無法者が似合い過ぎていて恐ろしくなります」

「ハハハー、ホントダネー」


 アイリから目を逸らしながらイェルケルはそう言った。







 レアはイェルケルの許可を得たうえでサヴェラ男爵の招きに応じ、一時的に諜報部の仕事を手伝うことにした。

 サヴェラ男爵が諜報部の人間だったとはまるで気付いていなかったレアは最初驚いたものだったが、言われてみれば納得できる部分もあったのか男爵には特に何も言わなかった。

 スティナは知っていたそうだが、こうしたことは後先というものが重要なのも理解している。

 必要があれば話したであろうが、そうでないのなら男爵との信頼関係を優先する、そうしたスティナの配慮をレアは頼もしく思うのだ。

 そして今レアはその男爵に頼まれた仕事で、とある王子の寝所の床下に忍び込んでいるわけだが。


「どうしてこの私がイェルケル如きの下風に立たねばならんのだ!」


 とか酒飲んでほざいてる馬鹿の戯言を延々聞かされて、いい加減うんざりしているところである。

 この部屋には二人の王子が集まっている。

 どちらもレアが聞いたことのない名前の王子だ。男爵曰く、彼らはそれなりの貴族と血縁関係にあるため、昔のイェルケルの百倍は裕福らしい。

 それだけでも不愉快なのに、二人が揃って話す話がひたすらイェルケルを貶す話ばかりなのだ。


「たまたま優れた騎士を得たからと調子に乗りおって。まったく、元帥も不甲斐無い、あの程度の若輩者一人殺せぬとは」

「所詮過去の遺物よ。それよりも……」


 彼らは声を潜める。


「ウルマス兄上の話を聞いたか?」

「おおう、それよ。遂に動かれるとか」

「元帥亡き今、武の領域においてウルマス兄上に勝る者はカレリアにはおるまいて。いかなアンセルミ兄上であろうと……」

「では」

「うむ、今こそ虐げられし我ら王族の権威を取り戻す時。貴族たちも皆同じ気持ちであろう。君側の奸とは正にアンセルミ兄上のことよ」

「その通りよ。だが、いかなウルマス兄上とて兵がおらぬでは指揮もできまい。資金も土地も全てアンセルミ兄上に押さえられている現状、挙兵は現実的ではないのではないか」

「ふふっ、おぬしを今日この場に招いたのはこのためよ。おい!」


 そう乱暴に声をかけると、部屋の外から一人の中年の男が入ってくる。

 腰に差した短剣から彼が騎士の位にあるとわかる。


「この者は?」

「聞いて驚け。大鷲騎士団の騎士よ」

「なんと!? だ、だが大鷲騎士団は元帥と懇意であったと聞くぞ」

「故にこそよ。元帥が失われた以上、国軍に義理立てする必要も無くなった、そうよのう」

「はっ。である以上、これよりは正道に立ち返り、真の王族、貴族に仕えたいと思います」

「そうか! そうかそうか! その通りよ! いや良くぞ言ってくれた! このような真の忠義を持つ騎士ある限り! カレリアは決してアンセルミ兄上なぞには屈せぬわ!」


 レアは大鷲騎士団の立場を思い出す。

 この騎士団はよりにもよって、元帥の尖兵となって第十五騎士団にちょっかいをかけてきたらしい。

 まだレアが加わる前のイェルケルたち三人を、謀殺せんと画策していたと聞いている。

 おそらくは、元帥の庇護が消えたことで第十五騎士団よりの報復を恐れ、新たな後ろ盾を求めたということだろう。

 しかし、と嘆息を禁じえぬレア。


『次から次へと、貴族たちが騒ぎ出す。宰相閣下、本当に貴族たちに、嫌われてる』


 アイリはこの状況を望むところと言っていた。

 既にカレリア一国を統治するに充分な数の文官、味方貴族は揃っている。今、それ以外の貴族が抜けても誰も困らない、だそうな。

 もちろんそうなるよう全ての状況を整えてきたのはアンセルミ宰相で。

 つくづく、良い時期にイェルケルに拾われたものだとレアは思う。

 娘が第十五騎士団の団員だということで、レアの実家マルヤーナ家はこれまでの不遇を吹き飛ばすような絶好調である。

 元々それほど権力志向の強くないレアの父は、別段領地の自治にも拘ってはおらず、宰相閣下の庇護の下に入るにもまるで抵抗は無かった。

 親族が幾人かうだうだ言っていたようだが、レアの父は全く取り合わず、仕事が減ったからと嬉々として趣味の畑作りに精を出しているらしい。

 これまでその意思があったとしても、王家直轄領入りできるほどの産物も持たず、またツテも無かったのだが、レアが第十五騎士団団員だからということで向こうから声をかけてもらえたのだ。

 騎士学校の件では実家に多大な迷惑をかけていたので、こうして役に立てたのはとても嬉しいことで。

 ただ、母からの手紙によると、レアが実家に送った大量の褒賞金を父はまるで湯水の如く畑作りに費やしているらしい。

 浪費癖のある父ではないが、趣味に没頭すると回りが見えなくなるので、実家への送金は一度止めてくれ、と言われた。

 レアは別に父の無駄遣いにも文句はなく、むしろ父らしいと笑えてくるぐらいなのだが、側で見ている母からすれば心配で仕方が無いらしい。

 そんな父母のいつも通りの様子を想像するだけで、レアはとても幸せな気分になれるのだ。


「……後はお主の領兵を動員すれば、その総数は三千を超えよう。どうだ、王都への奇襲攻撃、お主も歴史に残る乾坤一擲の一撃に加わらぬか?」

「おおっ! 無論だとも! むしろこの私を誘わなんだら一生恨んでいたところだ!」


 上の声がレアを現実へと引き戻す。

 やっぱりこの王子も反乱に乗るらしい。

 三百だか五百だかの兵を各所から集め、これを大鷲騎士団がまとめ上げる、そんな話だ。

 ついこの間似たような作戦立てて失敗した侯爵が居た気もするが、あれとは目的が違うから彼ら的にはアリなのだろう。

 作戦としてはむしろあれより劣化してるとレアは思うのだが。

 今日はこれで聞けることは終わりか、と思っていたのだが、彼らはこれから移動するらしい。

 大鷲騎士団のところに行って、今参加を表明した王子を紹介するんだとか。

 大鷲騎士団は南方貴族の討伐に加わっていたのだが、庇護者である元帥が亡くなったのと、騎士団は基本冷遇するという国軍のやり方に不満を持ち既に王都に帰還してしまっている。

 どうしたものかと迷うが、面白そうという諜報員としてあるまじき理由で後についていくレア。

 結果レアは、この後に続く一つの事件に巻き込まれることになる。


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