101.カレリアの王女
「私に客?」
イジョラ魔法兵団を攻撃するため北上しているカレリア国軍。
これと行動を共にしていたイェルケルは、野営のためのテントにてその客人を迎える。
「姉上? ええ!? どうして姉上が!? ここ戦場ですよ!」
思わずそんな声を出してしまうイェルケル。
スティナに案内されてテントの中に入ってきたのは、線の細い感じの美人で、イェルケルの姉で、つまり王女様であった。
またその後ろには一人の美男子が付き従っており、彼は腰に騎士の短剣を差していた。
王女はテントの中の雑然とした感じに眉根を顰めるも、気を取り直して笑顔を作る。
「久しぶりね、イェルケル。随分と活躍してると聞いたわ。姉として、私も鼻が高いわよ」
「は、はあ。というか、姉上、ですよね?」
「ん? 何よ。まさか私の顔を忘れたとでも……」
「それだけは絶対にないです。いや、まさか姉上が戦地に出てくるとは思わなかったもので。何か急ぎの御用でしょうか」
「何を言っているの。大事な大事な弟が戦場で苦労しているというのですよ。姉として、その苦労をねぎらおうとするのは自然なことでしょうに」
「姉上が? 私を? ねぎらう?」
子供の頃から付き合いのある姉のいきなりの登場に、めちゃくちゃ油断していたイェルケルは思うがままを口にしてしまい、しまったと口を噤む。
しかし王女はというと顔を少し引きつらせながらだが、怒ることはしなかった。
「もう、イェルケルったら。お互いもう良い年ですもの。いい加減大人なお付き合いも覚えなくてはね」
「は、はあ」
イェルケルにとってこの姉は、幼い頃よりずっと暴君そのものであった。
というかこの姉に限らず他の姉も妹も皆そうであったが。
彼女たちはイェルケルの見た目がそれなりにマシだ、という理由で何かとイェルケルに絡んできていた。
そんな姉の一人がいきなりしおらしい顔をして現れても、何してんだコイツ、としか思えぬイェルケルだ。
王女はちらと脇に控えるスティナに目をやると、イェルケルの側によって耳打ちする。
「ねえ、そこの女。貴方の何?」
「ああ、スティナですか。彼女は私の騎士で……っと、ちょうどいい、みんなを紹介しますよ」
イェルケルが声をかけると、テントの外に控えていたアイリ、レアも中へと入ってくる。
イェルケルは悪気の欠片もなく三人を順に王女に紹介する。
ちなみにこの間、王女の脇に控えていた美男の騎士が青ざめた顔をしていたのだが、イェルケル全く気付かず。
全ての紹介が終わると、王女は、笑顔のままでイェルケルに言った。
そこでイェルケルは初めて気付く。
この笑顔は、姉が心底から怒っている時の顔だと。
「え、あね、うえ? その、いったい何が……」
「イェルケル。私はね、貴方の姉として言わなければならないことがあるわ。ねえ、貴方、何を考えて女を騎士になんてしようと思ったのかしら?」
そこからはもう怒涛の如き勢いである。
皆の範たる王族ともあろう者が普段から女を侍らせるとは何事かと。
しかも皆ブス。全部見るに堪えない醜い奴ら。
イェルケルは昔から趣味が悪かった。
スタイルが変、服が頭悪そう、剣持ってる女とかみっともない。
ずっと王族の美男美女を見てきたのに、どうしてこんなにも女の趣味が悪くなったのか。
今すぐこの女たちは追い出すべき。
イェルケルができないのなら、王族に対する無礼を働いたということで自分が罰を下してもいい。
ともかくすぐこの女たちに、身の程を思い知らせろ。
この女たち死ね。
ムカツク。
死ね。
等々。
イェルケルはあまりに意味がわからなすぎて、ただただ圧倒されるのみ。
そして三騎士はというと、三人が三人共呆れ顔である。
興奮のあまり王女の顔が醜く歪み始めたところで、聞くに堪えなくなったイェルケルがやんわりと止めに入る。
「あ、あの、姉上。何か、用事があったのでは?」
「何っ!? ああ、用事、用事ね。そうよっ。イェルケル、貴方……」
王女が懇意にしている貴族が南部貴族連合に加わって難儀しているらしいので、イェルケルに口添えを頼みに来たのだ。
そんな内容のことを大上段に構えた上から口調で命令ぎりぎりに言ってきた。
イェルケルはというと、当たり前の返答しかできないが。
「それを決めるのは私ではなく宰相閣下ですが」
「だからっ! 手柄を挙げた貴方が一言添えれば宰相閣下もお考えくださるでしょう!?」
絶対無理だ、と思ったがここでこれを口にしないだけの危機感はイェルケルにもあった。
騎士学校に入ってから一度も会っていなかった姉だが、何年も会わない間にも全く成長云々という話はなかったようだ。
イェルケルは首をかしげる。
「とは言え、ここで南部貴族を滅ぼしておきませんと、宰相閣下の今後のご予定に差し障りましょう。せめても命だけは、ということでしたらわからないでもないですが、姉上のおっしゃるのはそういうことではないのでしょう?」
「当たり前じゃない! 滅ぼす!? 何言ってんのよ貴方! そんなことされたら私の立場が無いでしょう!」
「ですがここで姉上が南部貴族に味方なぞしたら、姉上も一緒に連座させられかねませんよ?」
「なっ! そこで何で私がって話になるのよ! イェルケルが言うんだから私は関係無いでしょう!」
「……えっと、姉上? 相手は宰相閣下ですよ。私が口添えをしたら、どこからどう繋がってそんな話が出たかなんてすぐに調べられます。私もそうですが、姉上も、多すぎる王族ってことで国庫圧迫してるんですから、大人しくしてないとどんなことになるか」
「私は王女なのよ! そんな無礼許されるわけないでしょう! アンタほんっと馬鹿ね! 子供の頃からちっとも変わってない! もういいわ! 私が全部決めてあげるから貴方は黙って言うこと聞いていればいいのよ!」
「あー、それもう通じませんて。騎士学校行く時にはっきり言いましたでしょうに」
その後も大騒ぎであった王女だが、イェルケルが全く言うことを聞くつもりがないとわかると、苛立たしげに席を立って出ていってしまった。
おつきの美男騎士も彼女に続いてテントを出ていき、残った四人は同時に大きく嘆息する。
イェルケルは三人の騎士たちに謝罪する。
「すまなかったな。何が姉上の気に入らなかったのか知らないが、随分とヒドイ言葉を聞かせてしまった」
スティナ、アイリ、レアはお互いの顔を見合わせ苦笑する。
こういう時、皆を代表して話すのはスティナの役割だ。
「えっと、ですね。殿下、もしかして何が王女の気に入らなかったか、本当にわかってません?」
「スティナはわかるのか?」
スティナは淡々と事実を述べる。
「私たちの方が美人だからです」
「…………あー、あー、あー、その、なんだ、なんと言っていいか……いや、でも、それだけで……いや、なる、か。確かに姉上、自分以外の美人みんな嫌いだったしなぁ」
「ああして全く面識も無かった相手に会ったその場でいきなり親の敵のように嫌われるのも、初めての経験じゃありませんわよ私たち」
驚いたイェルケルがスティナからアイリ、レアと順に目を向けると、アイリもレアも居心地悪そうにしながら頷く。
「え、えー、そんな露骨な真似、するものなのか?」
「アレ、まだ殿下の前だから自制してましたよ。女同士でしたらあんなものでは済みません」
うんうんと頷くアイリとレアに、イェルケルはもう信じられぬと驚愕の顔である。
「……女性とは、皆そういうものなのか?」
「人によります、が、殿方に自分の醜い部分を見せないようにするというのは、女性としては一般的なやり方ではありますわね」
「醜いことしてる自覚あるんなら止めとこうよ……」
「女子供を、自分より弱いからと殴る男と大して変わりませんよ」
「……あの姉上に、王族の自覚なんてもの要求する方が間違っているということか。にしても……私が騎士学校に入ると言った時と同じぐらい怒ってたな。美男は好きなのに何故美人は駄目なんだろう……」
アイリもレアも、もちろんスティナも、イェルケルは絶対に女性の嫉妬というものを理解しきれないだろう、とわかった。
それはとても危険なことに思えたので、思わずアイリが口を出す。
「殿下は誰かに嫉妬するということはないのですか?」
「私か? 嫉妬というのであれば、君ら三人にはとても悔しい思いをいつもさせられているぞ」
「では男性で嫉妬するような方は居ないのですか?」
「嫉妬と言われてもなあ。相手が優れた方であれば、憧れこそすれ、恨んだり憎んだりというのは私にはわからないよ。敵が強ければ頭に来るかもしれないが、それはきっと嫉妬とは違うのだろう?」
アイリはそこで、ヘルゲという単語が頭に思い浮かんだが口に出すのは避けた。
スティナはアイリに言う。
「そもそも男の人は女ほど嫉妬したりしないものだし、殿下は更にそういうの無さそうだからわからないのも無理ないわよ。殿下はあの王女、あまり嫌ってるように見えませんわね」
「そう見えたか? ああ、そうだな、表に出さないようにずっとしてたから、今でもその癖抜けてないのか。……嫌いだよ。大嫌いだ。私の姉妹たちはね、私が騎士学校入ると結託して、私の屋敷に強盗けしかけたんだよ」
イェルケルはとても苦しそうな顔になる。
「庭師がね、一人逃げ損ねた。いい年だったしね。証拠はもちろんどこにも無い。でも、私が騎士学校に入ったその日に偶然、それも王族の屋敷に強盗が入ったなんて言葉、私は絶対に信じないよ」
思わぬイェルケルの言葉に、アイリ、レア、揃って殺気が漏れ出してくるも、スティナは特に変わった様子もなく。
「殿下、もしかしてやり返しました?」
「当時の姉妹の恋人、全員仮面かぶって半殺しにした」
「殺さなかったんですね」
「……今思うと温いと思うけど、当時はそこまでやっちゃいけない、って考えてたんだよ」
レアが興味深げに聞いてくる。
「それ、怒られなかったの?」
「全部闇討ちだったしなぁ。絶対バレないよう徹底的に調べてからやったから、後はしらばっくれて終わりだったよ。今日のアレ見る限りじゃ、姉上もしかして本気で私がやってないって思ってるのかも」
「で、王女たちは、恋人と別れたとか?」
「恋人たちはみんな逃げ出したよ。姉上たちに強盗手配するなんてツテあるわけないし、自分たちがそそのかしたって自覚もあったんだろうしね。ホント、姉上たちって男を見る目ないんだよなぁ」
イェルケルの復讐話にアイリもレアを溜飲を下ろしたようだが、スティナはその当時のイェルケルの年齢を考えるに、相当な悪ガキであったのだろうと推察する。自分のことは棚に上げて。
「話を聞けば聞くほど、殿下が私たちの主になったのは偶然じゃなくて必然だったと思えてきますわね」
「身近な人間が殺されたのなんて、あれが初めてだったんだよ」
アイリが呆れた顔で言った。
「それでそこまで周到に襲撃できるというのは、やはり筋金入りということなのでは?」
「アイリー! 君が真顔で言うと本気でそんな気してくるからやめてくれ!」
「ようこそ王子、ちんぴらの園へ」
「レア! 君やっぱりチンピラしてる自覚あったんだな!? だったら自重してくれよ! 私がやりたいのは騎士団であって盗賊団じゃないんだって!」
先程までの重苦しい雰囲気はどこへやら、いつもの賑やかな第十五騎士団に戻ったのだが、ただ一人、スティナだけはこの話がこれで終わっていないと考えていた。
王女は馬車に乗って早々に軍から離れる。
王都の外は宿泊施設もロクなものがなく、少しでもマシな宿にと考えるとあまり時間の余裕が無いのだ。
帰りの馬車の中、王女のかんしゃくを受け止めるのは美男の騎士の仕事である。
王女はかなりの無理をして、彼一人だけを騎士に押し込むことができた。
それに対し、イェルケルはいとも簡単に三人も、それも騎士に相応しくない女を騎士にしていると聞いて、王女は激怒したのである。
しかも三人共が王女を上回る美人。
王女どころか、王都中探してもそうそう見つからぬような美人ばかりで、王女の自制心はあっという間に決壊してしまったのだ。
今回の旅には、王女と美男の騎士の他に、六人の従者がついてきている。
カレリアは国内の治安が良く、王族といえどお忍びであればこの程度の人数で外出するのも珍しくはない。もちろん、重要度の極めて低いこの王女のような立場であればの話だが。
従者たちは全て王女が選んだ美男の青年で、王女は彼ら全員に騎士位を望んでいるのだが、当たり前に許可は下りない。
他の姉妹には騎士を抱えている者はほとんどいないことを考えれば、彼女は相当上手くやったか、もしくは運が良いかのどちらかであるのだろうが、彼女はそれを当然の権利と受け取っていた。
馬車が貴族用の高級宿につくと、王女は美男の騎士と従者を一人連れて取っておいた部屋に入る。
部屋に入るなり、いかに王都の宿と比べて貧相かを一通りぶちまけた後、王女は従者たちを全員集めさせる。
そして、今後の予定を語るのだ。
「イェルケルの騎士、アレをどうにかしなさい。手足の腱を切り落とし、私の前に引きずってくるのです」
騎士と従者は皆同時に思った。無理だと。
あれはただの女騎士ではない、噂に聞く第十五騎士団の騎士だ。
しかも現在飛ぶ鳥落とす勢いの騎士団であり、これと敵対するなぞ正気の沙汰とは思えぬ。
ただ、もちろん王女もそんなことは百も承知だ。
「誰も正面から行けとは言っていません。貴方たちならば、あの女共を篭絡するのも難しくはないでしょう。色と毒とを織り交ぜれば、あんなブサイクたちを仕留めるなど容易きことです」
元より色をもって王女の側に侍る男たちだ、得意な分野でもあるのだが、それでも尚第十五騎士団の武名に恐れをなしてしまう。
ただ、だからとこのかんしゃく持ちの姫に逆らうのもありえぬ話。
男たちは皆、お任せくださいと自信満々にこれを請け負う。
この辺は口で世を渡ってきた男たちの巧みな所で、心でどう思おうとまずは平伏し相手を気持ちよくさせておいてから、機嫌の良い時を見計らって条件を緩和させていくのである。
だがこの時この場においては、それが最悪の結果を招くことになった。
満足気な王女はその日の晩の相手を従者の一人に命じると、残りは皆それぞれの部屋に向かう。
基本的に王女の相手は一人がついておれば良いので、残りは皆で集まって酒を飲むのが彼らの慣わしであった。
そしてこれを天井裏から監視していた、スティナ・アルムグレーンは思った。
『あらま、随分楽させてくれるのねぇ』
相手は馬車でありかつ、お高くとまった王族サマが行きそうな街などすぐにわかるので、後を追うのは簡単だった。
さて、とスティナは従者たちの部屋の前に降り立ち、宿には別の客も居る中、堂々とこの部屋の扉を開く。
中の男達は皆きょとんとした顔。
スティナは扉を閉めると、とりあえず手近な男を一人、抜きざまに斬り上げる。
振り上げた刃を下ろすことでまた一人。
三人、四人、と斬ったところでようやく、男たちはこれが襲撃であると察する。
襲撃だのなんだの以前に、これが先程話していた第十五騎士団の騎士だと気付いたのもこの時である。
遅すぎる、とは言えまい。
いきなり部屋の扉を開いて入ってきた美女が、剣に手を伸ばすしかできぬであろう僅かな間に四人も斬り殺したのだから。
それもまだ日が落ちきっていない夕暮れ時。
宿の周囲には、いやさ、宿の中にだって多数の客と店員がいるというのに、こんな狼藉を行なう者がいるなど想像だにするまいて。
「ひっ!? だっ! 誰か!」
と声を上げた者の首が飛ぶ。
最後に残った一人は、あまりのことに怯え震えてその場にへたりこんでしまう。
彼は歩み寄るスティナを見上げ問うた。
「な、何故?」
「いや、私たちのこと、襲うつもりだったんでしょ? なら反撃されるってこともあるでしょ」
「そ、そそそ、それは誤解、だ。王女様はそう、おっしゃっていたがもちろん、私たちはそんなつもりはなかった。王女様のかんしゃくはいつもの、こと。貴女方に敵対するなぞ、そのような恐ろしいことするつもりはなかった……」
「ならそれを王女様の前で言うべきだったわね」
彼の言い訳を一蹴し、スティナはその首を刎ねた。
この部屋の扉には鍵がかかるようになっているが、一応念のためとスティナは扉の前に家具を押し込み入れぬようにしておきつつ、窓から外へと。
バレてもいいのだ。時間さえ稼げれば。
窓から外に出たスティナ。まだ日は僅かに残っていたが薄暗い最中でもあり、そこから屋根の上へと登っていく様を誰かに見られることもなく。
次は王女の部屋だ。
こちらも難なく屋根裏に滑り込み、まだ事に及ぶ前の王女と従者の前にひらりと舞い降りた。
「へ?」
「んあ?」
間抜けた二つの声。
スティナは酒瓶を持つ従者を刺し殺すと、彼の手から零れ落ちた瓶が床に落下する前に手に取る。
「あら、もったいない」
スティナが毎晩飲んでいるワインより二つほど上位のワインである。
目ざとく銘柄まで見ていたらしい。
あまり品はよろしくないが、このワインを瓶から直接喉に流し込みつつ、スティナは王女に問う。
「それで、私たち捕まえてどうするつもりだったの? ああ、悪いけど、私貴女みたいなダメ王族を敬うつもり欠片もないからそこに文句つけても無駄よ」
スティナが抜いたままの剣から、王女は恐怖のあまり目を離すことができない。
これでは話もできないか、とスティナは剣を収める。
空いた手ですぐワイングラスを手に取り注ぎはじめるあたり、むしろこちらが本命であったのかもしれない。
実においしそうにワインを楽しみつつ、スティナは先の質問を繰り返す。
王女は剣が無くなったことでようやく余裕を取り戻せたようだ。
「あ、あなたっ! 王族の私に向かってこんな真似して……」
「質問に、答える気はないのね?」
「っ!? べ、別に、どうこうするってつもりはないわ。ただ、身の程を教えてあげようと……」
「身の程? 貴女は私の気分一つで死ぬ程度の雑魚にしか見えないんだけど、これ、どうにかできるの? できないんなら今すぐ床に額をこすりつけて私に許しを請うべきだと思うんだけど」
「なっ! か、仮にも騎士が王族を前になんたる無礼! それでもカレリアの……」
さっきからスティナは王女の言葉を最後まで言わせない。
面倒なのだろう。
「そ、カレリアの騎士よ。王国からの給金で生活してる騎士。そんな相手に殺される気分、聞いてもいいかしら?」
王女は身も世も無い悲鳴を上げるが、顔をベッドに押し付けられているせいで声は外には響かない。
スティナが問いかけながら王女の腕をへし折ったのだ。
「最後に質問。貴女、誰の差し金で殿下にとりなしを頼もうとしたのかしら?」
「やめて、お願い、やめて……痛いわ、とても痛いのよ。以前の恋人の一人が、私がイェルケルと幼い頃から付き合いがあるって知ってて……そのツテで、南部の貴族が幾人か接触してきて……」
「その貴族の名前は?」
王女は問われるがままに全てを正直に白状する。
堪え性など元より絶無だ。
相手が権威に恐れ入る気が欠片もないとなれば、王女にできることなど何一つない。
そして聞くべきことを聞き終えたなら、スティナに対し王女が提示できる取引材料も、ない。
「じゃあね。殿下がきちんと女に警戒心持ってくれるようになったのは、まあ貴女のおかげって言えなくもないからそこだけは感謝してあげるわ」
ホント女って怖いわよねぇ、と自分のことを棚に上げつつスティナは王女の首を切り落とした。
やるべきことを終えたスティナは、さっさとこの場を離れる。
後で王族が殺されただのと大騒ぎになるだろうが、知ったことではない。スティナの顔を見ている者は皆死んだのだから問題など何一つない。
たった一つだけ問題があるとすれば。
「むう、あのワイン。もう一杯ぐらいもらっても良かったかも」
結構おいしかったワインを半分も残してしまったことぐらいか。
あの状況で瓶半分もあけたことに関しては、暗殺の最中なので自重した結果、であったようだ。