The Grim Reaper ―死神―
崩れた塀から中を覗くと、オーガの集落は火の海だった。
家の一軒一軒は、丸太を組み合わせ、その上に藁を被せるという、非常に燃えやすい造りだったらしい。
だが、一番奥に大きな家があった。
一部崩れてはいるが、土壁と同じ素材で作られている。
多分、あそこにオーガキングが居るのだろう。
炎に照らされた地面は青く染まっている。
こちらの世界の生き物の血は全部青いので、そのせいなのかわからないけれど現実感が無い。
色々と焼けるイヤな臭いや生臭い臭いにはちょっと吐き気がするけれど。
大きな家へ向かって真っ直ぐに進む。
その建物の中に居なかったオーガは全滅している。
火を纏い、叫び声をあげている者、息も絶え絶えにうめき声をあげている者。
まだ生きている者は居るが、時間の問題だ。
いっそ一思いに殺してあげたほうがいいのかもしれないが、私達にはそんな事に裂く時間も体力も魔力も惜しい。
全てはキングを倒すために。
建物の前には、大勢の無傷のオーガが待ち構えていた。
「ヨグモ、ヨグモオデノ家族ヲ! 妻ヲ、生マレデ来ダバガリノ娘マデ! ゴノ死神メ!」
言葉の意味よりも、オーガが話せるという事に驚いた。
そして、彼らは自分たちが正義だと思っているのか?
感情に任せて襲い掛かってきた隙だらけのオーガを数匹屠る。
数十匹が、冷静に建物の損壊部や入り口を守っている。
だが、彼らの瞳は怒りに赤く燃えていた。
「あんたらが先にこっちの村を襲って来たんでしょう? 村人を殺して、食料を奪って」
「オデ達ハ、抵抗シダヤヅラヲ殺シタダケダ! ゴンナ、女子供マデ・・・・・・ナンデヒドイゴドヲ」
オーガが涙を流している。
振り返ると、仲間のテンションまでダダ下がり。
こちらの世界の倫理観がわからない。
いや、向こうの世界のもあまりわかっていないけれど。
でも、オーガも女子供は守るという考えがあるらしい。
それでも―――。
「あなた達が最初に一方的に襲って来たのよね? それで、食料を奪われるのに抵抗した人を殺した、と。それは誰かの父親かもしれないし、食料を奪ったら、その奥さんも子供も飢えて死んでしまうかもしれないでしょ? でも直接手を下さなかったらそれはOKなわけ?」
どちらが正しいか、なんて話は、水掛け論にしか過ぎない。
「オデ達モ、食料ヲ得ナイド、飢エ死ヌ。オマエ達ガ、オドナシク食料ヲ渡セバ良ガッタノダ!」
「私達も食料が無ければ死ぬわ。男だろうが女だろうが、子供だろうが、等しく」
いや、こっちは村長が金持ちの娘だから村長が私財を投げ売ってなんとかなっているけれど。
でもそれだって限りがある。いずれ村長もろとも飢え死にする事になるだろう。
説明しても、オーガの瞳の怒りの色は消えない。
でもこいつらが被害者面しているのが気に食わない。
まあ、こっちの死人は神官に全員蘇生させてもらっているから大丈夫だったらしいけれど。
あ、もしかして、そんなこんなの呑気な感じが、あちらの感情を逆なでしているのかもしれない。
とりあえず話し合っても分かり合えない、という事はお互いに理解し、戦闘が始まった。
建物の外に出てきているのは雑魚らしく、やはり3発ほど殴ると倒れた。
だが、四方から複数で襲って来るため、多少は苦労した。
けれど、私達の敵では無かった。
ただ、戦闘中に、作ってもらったばかりの私の鉄のメイスが壊れてしまった。
ドワーフの鍛冶屋が、私が女性だという事で、本来の鉄のメイスと違い、華美な装飾を施していたのだ。
私のメイスは、先端が泡だて器のような王冠の形になっていた。
そこが、力加減を間違えたのか、インパクト部分を間違えたのか、砕けた。
その砕けた先端部分を見た私は、今まで振り回すばかりだったメイスで、敵を突いた。突いて突いて突きまくった。
それは確実に敵の急所を攻撃し、今までは3殴りでオーガを無力化していたのが、一突きで死に至らせた。
だが、次第にその泡だて器部分も、敵から引き抜く度に、1本、また1本と壊れて行った。
それならそれで、棒部分で殴って殺せばいい話だ。
そこでボルグが、予備の剣を取り出し、渡してきた。
「クレリック殿、これを使ってみてくだされ」と。
私は素直にメイスを地面に落とし、それを受け取って敵に攻撃した。
突きだけでは無く、それを横に振るうだけで、敵を一撃で絶命させることができた。
「どういう事ですか? ホノカ殿はクレリックでは無いのですか?」
シロさんの問いに、ボルグが答える。
「乙女は恐らく、クレリックの能力を持った勇者、という事なのでござろう。普通、クレリックは鈍器しか使えませぬが、剣を振るえているのがその証拠」
外に出て来ていたオーガを全て倒した後、シロさんが低い、いい声で言う。
「これから先、キングの側について守っているのはネームドだと思います、くれぐれも油断無きように」
ネームドって何? と聞いてみると、なんかすげえ強い個体で二つ名が付いてるって事らしい。
要するに、「氷雪の貴公子」とか「黒炎を纏いし者」とか「荒ぶる右手」とか「スク水ポルナレフ」とか言うあれだ。
「なにそれ、ちょーかっこいい! 私も欲しい!」
そう言った私に、3人が目を逸らした。
一人、涼しい顔でシロさんが告げる。
「ホノカ殿の二つ名は、この戦闘を始めた時に既に決まっていたようですよ。|The Grim Reaper《死神》と」