MISSING
「正体……ですか?」
代金の代わりとはいえ少しばかり抵抗がある質問に吐きかけた息を飲み込む。この観測者としての力。知られればそれを利用される可能性も無きにしも非ず。
難しい顔をしていたからだろうか。グレアはにへらと笑みをこぼしながら。
「そんな疑り深い顔をされると申し訳なくなるわね。ごめんなさいね言い方を変えるわ。自己紹介してくれれば十分よ」
確かにそう捉えれば若干緊張感も薄れる。
「すみません……。では改めて……。私は……」
と口にした途端言葉が詰まる。
私には統一された名前がない。ただの異形だ。しかしまた会話を途切れさせるのも億劫に感じそれを正直にそのまま伝えることにした。
「……えーっと。私が解るのは自分が色々何かが合わさった異形で……暗闇の中で作られた道? を辿って歩いてたらいつの間にかこの街にいました」
あとはこの街にたどり着いてすぐにキサラギという住人に遭遇しパンフレットを受け取っただけ。それが、今ここにたどり着くまでに記憶している経緯だった。
「それは、まだ名前がないってことかしら?」
グレアはなぜか嬉々として問う。
「ないというよりは呼び名がありすぎて、自分でもなんて自称すればいいのか……」
そう答えると「じゃあ」とグレアは考えるそぶりを見せる。そして、彼女は自身から見て右方にある広めの掲示板を指差しながら言う。
「あのね。さっきから。あなたのこの辺がこの紙に映ってる異形? によく似てるの。これも、サラが外から持ってきたものなんだけど」
グレアは軽く止められた色あせた一枚の紙を掲示板から剥がしバーカウンターへと広げる。
そこにはグレアの言った通り何者かが満面の笑みを浮かべており私の一部分とよく似ていた。
「あなた。もしかして有名人だったのかも!!サラが知ったらきっと羨ましがるよ。ふふっ」
確かにこの一部分は割とイケてる。もしかしたら本当に有名人だったのかもしれない。張り紙には写真だけでなく、おそらく紹介文のような文字の羅列が記されている
「この大きめの記号が名前じゃないかしら。きっとそうよ」
グレアは指差して反応する。同じく実際私自身もそれが名前だろうと踏んでいたので解読を試みる。
紙にはMISSINGの7文字。もちろん私は読むことすらできない。グレアは文字をなぞりながら。
「ミシン……グ?ミスシングって読むのかしら」
グレアも完璧に文字が読めるわけではないようで頭をひねっているが
「ミスシング?それが……私の名前?」
「たぶん……ね?まあ、間違ってても、とりあえず呼び方だけは決めてた方が便利よ」
「それもそうですね。ミスシング、ミスシング……私はミスシング……」
自分の名前に早く慣れるように繰り返し自分に言い聞かせていると、
「ミスシングだから、えーっと……。みーちゃん、みーちゃんって呼んでいいかしら?」
みーちゃん。おそらく愛称のようなものだろう。単純にフルネームよりは親しみやすいと思う。グレアには「みーちゃん。可愛いですね!いいですよ」と二つ返事で返事をした。