観測者の異能
お代。
その単語が聞こえた時。頭がからっぽになる。
「やば……」
つい先ほどこのダウンサイドを訪れ、今の私は無一文。自然と冷や汗が頬を伝わるのを感じ、この状況を打破せんと神経が研ぎ澄まされる。……グレアの顔は直視できないし、あの穏やかな表情が崩れていくのを見るのも嫌だ。
そんな苦悩している姿を見て、グレアも察する。
「ふふふ……あわてんぼさんね。焦らなくても大丈夫よ」
穏やかな囁きを聞きふと我に帰る。
「この街にお金なんてものはないわ。だれも生きることに苦労してないもの。ただの永久に続く余暇をどうやって楽しく過ごすか。それだけ……」
その言葉を理解することに時間はかからなかった。
自分は観測者
だと言うことを思い出す。場面が変われど過去に記述されたことは知っている。
つまり、彼女。グレア・ローヴもまた住人の一人であり、前述されたロシュカやキサラギのように何か異様な存在であるのだ。
「通貨はないけど他の住人達との関わりの為だけに交易。まあ物々交換してる子も多いわ。私にとってのこのお店もその一環」
「なるほど」
永遠の時を生きる彼女達。私も含めてだが。孤独が一番の苦痛だとグレアは言いたいのだろうか。
「とりあえず……」とグレアは説明から現状の問題へと話を戻す。
「今ちょうど身体を保つ為の亡者の血肉が少なくなってきたから代金として身体を少しだけいただくのもいいけども……あなたの身体、不定形すぎるわね」
そう言われ、窓ガラスに反射する自分の姿をまじまじと見つめる。観測者なのだから傍観した人の数だけ形がある。それは、その通りだ。納得できる。自分はぐにゃぐにゃのよくわからない何かだった。ショックではないが他の者に晒す姿ではないなと反省する。
「異形どころか、実体すら曖昧ですよね……私」
自分という存在に落ち込んでいる私に。
「素敵な姿じゃない。これからどんなものにでもなれそうな成長性があるって感じで」
さすがにマスターだ。心が安らぐ絶妙なフォローをいれてくれる。って感心してる場合ではなく、物々交換といっても今、私が所持しているのはボロボロの衣服とキサラギという異形から貰ったパンフレットだけである。さすがにグレアもこれらはいらないだろう。
「ん……?」
パンフレットを見て記憶の片隅を探り出す。
「パンフ…… このパンフレットに!」
スタグロという謎ドリンクの衝撃のせいか忘れていた……。パンフレットに小さく書かれた一文を。
「無一文の時は適当でどうでもいい情報を売ってタダで居座ろう!」
営業妨害様々なこの一文。むしろそれを読んで来店を決めたのに。マジこのパンフ有能。私、無能。
グレアはパンフレットを見て苦笑いを浮かべながら。
「その通り。情報も交換対象だけど……。適当なのは困るわね。サラちゃんにはその余計な一文は消すように言っておかないと」
「じゃあ情報を対価として払えばいいですかね……てついさっきこの街に来たばかりですし大したネタを持ってるわけじゃないですが」
「そうね。まあ最初からそのつもりだったんだけど。じゃあ、私の質問に答えてもらうってのはどう?」
グレアの提案にそれが一番手っ取り早いか。「いいですよ」と同意の意を示す。いったい何を聞かれるのだろう。まあ、隠すことも無いのだけれども……
私はゴクリと息を飲み込み次の言葉を待つ。
グレアは「じゃあ」と前置いて一言。
「あなたの正体を教えて」