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習作

二人称に挑戦して玉砕しました

作者: 灰色セム

 今日は本の発売日だ。

 近所の本屋へと足を運んだ君は『二人称に挑戦して玉砕しました』というタイトルの本を見つける。

 なんとはなしに手に取ると、視界がぐにゃりと歪んだ。


 蜃気楼のようなそれは、すぐに収まる。だが、ここはどこだろう。視界いっぱいに本が積み上げられている。ぐるりと辺りを見回しても、本、本、本。よほど本棚が足りないのだろうか。本棚の上にも、本が並べられている有り様だ。


 本や本棚があるということは、室内なのだろう。磨き上げられた床は、上からの光を反射している。光源はといえば、天井自体が光っているようだ。暗すぎず、眩しすぎない光量は、本を読むのに最適だろう。


 君は手近な本を手に取り、パラパラとめくる。そこには、不可解な記述があった。


『——かくして、無意識下における魔法制御は、無意識に発動している魔法のみに有効であると結論づけられる。魔力の見える瞳の所有者や、歴史の分岐点ともいえる発明や改革を行った歴史上の人々。彼らが魔法使いであると公言しなかったのは、まさに本人たちですら、それが魔法であると気づいていなかった可能性があり——』


 君は、そっと本を閉じる。他の書物にも手を伸ばすが、概ね似たような内容だ。卑弥呼はカリスマという魔法を駆使していただの、牛若丸の八艘飛びは魔法で身体能力を極限まで高めた証明だといったことが、書き連ねられている。


 そんなことを言ったら、現代において一流といわれる人たちですら、魔法を使っていることになる。君は、本を元の位置であろう所へ戻し、周囲を探索することにする。


 五分は歩いただろうか。本の樹海を進むと、突如として視界が開ける。田んぼが二反は収まりそうな空間だ。座り心地のよさそうなソファーと大きな机があるほかは、なにもない。そんな場所の中心地に人がいた。


 脚立に座り、後ろを向いているため、顔はわからない。腰まで伸びた長い髪は一つに結わえられ、身じろぎするたびに揺れている。

 不思議なことに、その人の周りでは、本がふよふよ漂っているではないか。なにかの手品⋯⋯にしては、ワイヤーなどは見えない。本を飛ばし、本を引き寄せる人を観察していると、不意に隣の本が動く。


 思わず声をあげた君のもとへ、その人が文字通り飛んでくる。

 脚立を蹴り、

「うっひゃあ、生きてる人がいるーーっ! ああ、外界と接点があるなんて、久しぶりだなぁ! 今夜は宴だ!」

すごいテンションで歓喜する姿は、とても心臓に悪かった。


 ひとしきり小躍りして気がすんだのか、ソファーへと案内される。


「やぁ、さっきは取り乱してごめんね。引きこもってばかりだから、本当に嬉しくて⋯⋯。私は須久那。ここで、魔法について研究しているんだ。まずは——ああ、それより、なにか飲むかい? 緑茶、紅茶にコーヒーや各種ジュースもあるよ」


 生き生きとした彼が、指を鳴らす。すると、机の上に飲料が出現した。大小様々なペットボトルや缶ジュースが、ところ狭しと並ぶさまは、まるでコンビニのようだ。君は礼を言い、好きな飲み物で喉を潤す。


「私の作品を手にとってくれて、ありがとう。本当は、文学フリマ短編小説に応募しようと思って書いてたんだ。でも、二人称が思いのほか難しくてねぇ。今回は諦めることにしたんだ。でも、せっかく書いたんだし⋯⋯と、投稿してみたところ、君が来たというわけさ」


 彼は君を元いた場所へ送ると言う。ぐにぐにと歪む景色の中、君はこれがなんなのか尋ねる。


「それは転移魔法だよ。これからも、なにかしら書く予定だから、また来てくれると嬉しいな。今日はありがとう。楽しかったよ。それじゃあね」


 名残惜しそうに手を振る彼の姿が消え、ほんの少し浮遊感を感じたのも、つかの間。君は本来いた場所へと帰ってきた。店内の時計を見れば、来店してから二分も経っていない。

 白昼夢でも見たのだろう。気を取り直し、持っていた本を元の位置へと戻す。もともと買う予定だった本を手にレジへと向かった先に、その人はいた。


「いらっしゃいませ、お預かりします」


 硬直した君を気にもとめずレジを打つ女性は、さきほど出会った男性——須久那に、よく似ていた。背格好はともかく、まとう雰囲気と髪型は完全に一致している。

 あれは、夢ではなかったとでもいうのだろうか。顔をあげた彼女にあわせて、ポニーテールが跳ねる。


「おまたせしました。またお越し下さいませ」


 ——完——

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― 新着の感想 ―
[一言]  二人称形式はやはり珍しいので、試みたチャレンジ精神は評価しますが……  まず、この物語が、誰の語りとして書かれたものか、ストーリーテラーが誰なのか、わからないこと。  それを説明しないま…
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