表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大東京放送のある風景

A【局アナ飯田氏の光と影】

今日も飯田アナウンサーに対する抗議の電話は、とどまるところを知らない。そんな飯田アナの光と影とは…

 今日も局の電話は鳴りっ放しだった。

 午後二時五十分からのニュースの後、正確には午後二時五十八分

になると、ここ大東京放送の電話は、暫くの間使用不可能になる。

 それは今噂の男、飯田アナウンサーのニュースが終わったという

証でもある。この現象は今週の月曜日から始まって、今日で四日目

だった。


「はい、ありがとうございます! 大東京放送でございます」

「あんたね、ありがとうございますじゃないでしょ! 何よ、今の

放送! ちょっと、私の話、聞いてんの?」

「はぁ」

「だったら何よ? 今のニュース! ちょっとおふざけが過ぎるん

じゃないの?」

「あ、はい。少々お待ちください。今係りの者に電話を回しますの

で」

 手慣れた調子で、オぺレイターが答えた。

「あ、そうなの?まったく、はなッからその係りの者が出てくりゃ

いいのに…」


 三分後、やっと係りの者と電話が繋がった。

「もしもし? お待たせ致しました。私がお話を承りますが」

「うぅ~、うぅ~…」

「もしもし? お電話、代わりましたが? あれ?切れちゃったの

かな? もしもし」

「あ、あんたね、うぅ~、ちょっと待ってなさいよ、はぁはぁ…」

「もしもし? どうかなさったんですか? 大丈夫ですか? もし

もし?」


 受話器の向こうで、暫くの間、はぁはぁ…という激しい息づかい

が聞こえていたが、急にそれが収まると

「ちょっとね、さっきのニュースだけど、あれ、ふざけ過ぎてるん

じゃないの?」

と、震える声が聞こえた。

「あの、大丈夫ですか? そちらはどちらでしょう? 良かったら

救急車を呼びましょうか?」

 担当の者が、心配そうに訊ねた。


「ああ、大丈夫。これというのも、あんたがあんまり待たせるから

よ! 今、薬が効いてきたからもう大丈夫」

「そうですか。良かったですね」

「何がいいもんですか! あのニュース、どうにかならなかった

の?」

 本当に薬が効いてきたのだろう、声に気合が感じられる。


「はぁ、さっきのニュースというと、二時五十分からのミニニュー

スのことで?」

 受話器から床を踏み鳴らすような、ドン、ドン、という音も聞こ

えてくる。

「そうよ、ああ、じれったい。あのニュースなんだけどね、何だっ

たの、あれ?」

「何だったのと申されましても…え~、少々お待ちを…ああ、今日

のミニニュースは3つの話題を放送したようですね。ええと…」

 あまりの迫力に担当者は嫌な汗をかき、それをハンカチで拭った。


「ちょっとあんた! したようですね、とは何ですか! あんたも

大東京の社員でしょ? だったら自分の会社のニュースぐらいチェ

ックしなくちゃダメでしょうが!」

「ええ、そうしたいんですが、私も仕事がありますので」

「あ、そう言やそうね」

 床を踏み鳴らすような音は、どうやら収まったようだ。やや落ち

着きを取り戻した担当の者が、手元の資料をスクロールしながら説

明を始める。


「で、さっきの続きなんですが、一本目の話題が、え~と、ああ、

これか。ええ、失礼しました。一本目の話題は、今日M市の人口が五

十万人を突破したという話題ですね。で、二本目の話題が、カラス

のいたずらで電線が切れ、A市の一部が一時停電の話題。え~と、

最後の話題が、交通事故の報告ですね。一家四人の乗った乗用車が、

トラックと衝突。両車両大破ながらも幸い軽傷で済んだ、というも

のです。以上ですが、どこに問題があったんでしょうか?」

 担当の者は相手の機嫌を伺うように、声をやや落としてそう訊ね

た。


 一拍あって、受話器の向こうからは、ふん、という鼻音が聞こえ

「問題? 問題も何も、あったもんじゃないわよ! いい? よー

く聞いてよ?」

「はい」

 担当者は唾を飲み込んだ。


「最初のニュース、M市の人口50万人突破の話題。これは何も問題な

かったわよ。まぁ、おめでたい話題だしね。それに私もM市といえば

まったく知らない訳じゃなし。ああ、私のお友達がM市に二人も住ん

でるの。これがね…」


 担当の者が、長くなりそうなその話を遮るように言った。

「あの、奥さん、どこが問題なんでしょうか?」

「奥さん? 私まだ独身よ? 失礼しちゃうわ!」

「ええっ? そうですか。声に上品さと落ち着きがありますもので。

失礼しました。で? その続きをどうぞ」

 担当の者は失言を自覚し、声のトーンもより柔らかく、そう促し

た。


 受話器の向こうでは、上品さと落ち着き、という言葉にやや勢い

も翳り、

「ったく…で、二本目がカラスのいたずらの話題。これもまぁ、微

笑ましいって言や微笑ましい話題だから、まあ、何も問題はないわ。

いえね、そりゃ、停電にあった地域の住人には同情しますよ? 期

待していたテレビ番組が観られなくなっちゃった人も居るんでしょ

うからね。でもねぇ、凶悪犯罪の多い昨今、カラスの仕業でって、

なんか童話の世界みたいで、ほのぼのしてるじゃない?」

 ほのぼのという言葉に同調したかのように、彼女の声も穏やかに

なった。


 担当の者も落ち着きを取り戻し、訊ねる。

「はぁ。ですからどこに問題があったんでしょうか?」

「だから、これには何も問題は無いわよ! 言ったでしょ?」

 何を言うのやら、という感じが否めない。担当の者は少しだけむ

っとしたが、敢えて明るい調子で続けた。

「では、最後の、え~と、交通事故の件で何か問題でも? あなた、

被害者の方の関係者なんですか?」

「違うわよ!」


 それを聞いた途端、担当者の声に力強さが戻った。

「ああ、分りました。それじゃ、加害者の方の関係者なんでしょ

う?でも、うちでは警察発表のコメントをニュースとして流したに

過ぎませんので。そういった事でしたら警察にかけ合ってみたらど

うなんです?あの子は悪くないっていう風に言いたいんでしょう?」


「それも違うわよ!」

 こちらも声に勢いが戻ってきた。

「どっちの関係者でもないわ。それに交通事故ってヤツは多かれ少

なかれ、どちらの方にも問題はあるものよ。まあ、軽傷とはいえケ

ガをされた方には気の毒だったけど、車両大破でその程度なら、ま

あラッキーというべきよね。そうじゃない?」


「え? どちらの関係者でもない? それに事故のニュースにも問

題が無いとすると、一体どこに問題があるって言うんです?」

「そんなに慌てないでよ。私だってさっきはあんなに待たされたん

ですからね。いい? よく聞いてよ? 問題はとっても大きいのが

あるの」

「だから、それを言って下さいよ」

 担当の者の声が、少々ふて腐れ気味だ。


「あのね、それが視聴者に対する態度なの? もうお宅の番組なん

て観ないわよ!」

 視聴者、伝家の宝刀が出ては、担当の者も襟を正さずにはいられ

ない。

「ああ、すみません、私も多少疲れておりまして。お気にさわった

部分があったのなら勘弁してください」

 素直な担当の者の態度に、受話器の向こうもヒートダウン。

「ま、分ればいいのよ。何も私も鬼って訳じゃなし」

「はぁ、ありがとうございます。ところでどういった問題があった

んでしょう?」


「そうね、あんたも疲れ気味だって言ってるし、本題に入りましょ

うか。あのね、ニュース読んでるアナウンサー、飯田さんっていっ

たかしら?」

「はい。飯田義男。うちの局アナですが」

「あのね、その局アナ、もう少しちゃんと教育できないの?」

 担当の者はなるほど、と自分自身で納得し、明るい声で言った。

「ああ、分りました。アナウンサーが言い方を間違ったんですね?

それとも言葉を噛んじゃったのかな?」

「違うわよ! 話し方はそりゃ、流暢なもんだったわよ!」

 意外な返事に、担当の者は少し考えて

「え? ああ、そうですか。ということは、何か余計なコメントで

も言いましたか? でも、このミニニュースの中ではそういった余

裕は無いはずなんだけどな。ま、私も最近、ニュースを読むアナウ

ンサーが、自分の意見を言ったりするのを苦々しく思わない訳じゃ

ないんです。そもそもアナウンサーというものは…」


「違うわよ!」

 今度は女の方が、長くなりそうな担当の者の話を遮り、

「あんたね、もしかしたらこの仕事、始めたばかりなんじゃない

の? どう、図星でしょ?」

「えっ、どうして分ったんですか? 確かに私、今日が初めてなん

です。今までは広告担当の部署に居たんですが、最近の不況で広告

の出稿量が減りましてね、で、こちらに回されたという訳でして」

 担当の者の声は、次第に小さくなった。


「やっぱりね。そんなところじゃないかと思ったわよ。あのね、今

この時間に苦情の電話、とくりゃ、二時五十分からのミニニュース、

しかも担当アナウンサーに対するものだって事は、苦情担当の人な

らピンとくるはずだもんね」

「はぁ」

「あのね、あんたんとこの飯田って局アナね、ほら、月曜からでし

ょう? あのミニニュース担当しているの」

「あ、はい。ちょっとお待ちください。ええと、あ、はい。月曜か

らですね。それまでは、あ、彼は天気予報を担当していたようです

ね」

 担当の者が、資料を必死になって検索している様子も、受話器を

通してでも伺える。


「そうなのよ。私、今までお天気で、彼を観るの、嫌いじゃなかっ

たわ。そうね、好きだったほうね。だから彼がミニニュースをやる

って知った時は期待したわよ。ところがどう?昨日も今日も観たけ

ど、彼、なってないわ」

「だから、どこがどうなってないんでしょうか? どうぞ教えて下

さい」

 担当の者の声は、もはや祈りに近い。


「今言うわよ! だからね、最大の問題は!」

「はい」

 担当の者はゴクリ、と唾をまた飲み込んだ。

「顔よ! 顔。飯田アナの顔!」

「はい?」

「いつもニヤニヤ笑いしてるあの顔よ! これが最大の問題点よ!

いい?お天気や微笑ましいニュースだったらまだ我慢できるわ。で

もね、人の不幸のニュースの時にもあのニヤニヤ顔! これが我慢

できないの! いい?飯田アナに言っておいて頂戴! いつでもニ

ヤニヤしてるんじゃないよ!」

 ここでガチャン!と電話は一方的に切られた。


「うう、耳が…くそっ、何もそんなに強く切らなくてもいいだろが」

 ここで担当の者は、苦情の種類をパソコンに打ち込んだ。

 その日、彼が担当の間にかかってきた電話は、十中八九、飯田ア

ナのニヤニヤ顔についての苦情だった。


「あの部長、ちょっとお聞きしますが…」

 例の担当者の彼が、帰り支度をしていた部長を呼びとめ

「あの、飯田アナの事なんですが…部長はご存知ですか? 今彼

に批難の電話がすごく多いんです」

 部長はにこやかに

「ん? ああ、彼ね、知ってるよ。今すごい人気なんだってな。局

長も喜んでおられたよ。作戦が当たったって」

「作戦ですって?」

 部長はいぶかしげな顔をして

「なんだい、君は知らなかったのかね? あの飯田アナをお天気コ

ーナーからミニニュースに替え、反響が巻き起こった処でゴールデ

ンタイムに大抜擢する、というね」

「ええ?」

「そうか、君は今まで違う部署だったからね。いいかい? 最近の

不況で広告量が激減してるのは君も知ってるだろう?」


 担当者の彼は意気込んで

「それなんですよ! 私がここに配置転換された理由も。だからよ

ーく知ってますとも!」

「ああ、そうだったね。で、だ。その減った広告量を元に戻すには

どうしたらいいと思うかね? ん? 君だったら?」

 彼は暫くの間腕組みをし、

「ええと、やっぱりいい番組を作って、スポンサー様について頂く

しかないと存じますが」


「ピンポブー!」

 部長が人差し指を立てて言った。

「ピンボブー? なんなんですか、それ?」

「あちゃ~、君、そんなコトも知らないのかね? ピンポンピンポ

ン、が正解だろ。で、ブーが不正解。で…」

 担当の彼の顔がパッと明るくなった。

「分りました! 半分正解っていうのが」

「そう、ピンポブー、だ。つまりね、スポンサー様について頂くっ

てのは大正解。でもね、いい番組を作るってのは間違いだな」

「はぁ」


「正解は視聴率が高い番組を作る事! しかも制作費を抑える事が

出来れば最の上! 番組の出来なんてものは関係なし」

「は、はい」

「そこでだ、ご登場願うのが飯田アナさ。彼はね、入社八年目だが、

今までニュースなんか読んだこたぁない」

「それがどうして視聴率アップに繋がるんです?」


 部長は担当者の前で、人差し指を横に振って、

「最後まで聞きたまえ。彼はね、ニュースを読むのも決して下手で

はないし、顔だってそんなに悪いほうじゃない。ただね、彼はニヤ

ニヤ顔なんだね。普通のニュースなら問題は無いがね、これが訃報

や死亡事故のニュースだったら、もうスゴイんだ」


 担当者の彼はあっと声を上げて

「そうなんですよ。今日私が受けた苦情の電話は、みんな飯田アナ

の顔がニヤついてるってことだったんです」

「だろ? この私だって、彼のニュースを観ると思わず電話したく

なるよ。でも、怖いもの観たさというか、次の日もまた彼の顔が気

になってそのニュースにチャンネルを合わせたくなる」

 部長も顔をしかめながらそう言った。


 ここまで聞いた担当者の彼は、瞬間視聴率の出ているサイトに

アクセスした。

「あっ! 午後二時五十分からのミニニュースだというのに視聴率

が二桁もある!昨日なんか、下手なドラマよりも多いくらいだ!」

「ということだよ。君。ね? 飯田アナのニヤニヤ顔。これだけで

視聴率が取れるニュース。もっとも、飯田君は真面目なんだよ。だ

からこそいいんだ。これが本当に根の悪い奴だったら、嫌味しか感

じられないが、飯田君は天然だからね」

「そうだったんですか」

 担当者の彼は思わずため息をついた。


「まっ、そういうこと。でもね、我々だっていつまでもそれだけで

視聴率が取れるとは思ってないよ。適当な処で彼には引いてもらう。

その後の事についても方法はいくらでもあるんだからね。言うなれ

ばだ、彼には呼び水になって欲しいということだね」

「なるほど…」

「だからね、君も苦情の電話に対しては、何とかその、上手く対応

してくれよな。じゃ、私は急ぐから」

「はっ、お疲れ様でした」


 部長が帰った後、担当者の彼は自分のデスクに戻り、座った。

「ふ~、そうだったのか。でも、本当に部長の言う通りに上手く事

が運ぶのかな?」


 その一週間後、飯田アナは本当にゴールデンタイムのニュースに

出演し始めた。流石にゴールデンタイムだけあって、視聴者の反応

も桁違いにスゴかった。

 飯田アナがまだ出ている最中から、ずっと局の電話は鳴りっ放し。

担当者の彼も休む間も無く、電話の対応に大わらわ!

 このままでいったら、俺は過労死してしまうかもしれない、担当

者の彼が本気でそう思い始めた頃、その事件は起こった。


【あの飯田アナウンサー、ナイフで刺され重症! 犯人は近所に住

む主婦A! 動機は、彼のニヤニヤ顔が許せなかった?!】

 朝起きて、スポーツ新聞の一面でこのニュースを知った担当者の

彼は、ほっとしたような、それでいて寂しいような、変な気分にな

った。

「ああ、こんなところに落ち着いてしまうのを、やっぱり、上層部

の連中は知っていたのかな?」


 局に行ったところで、笑顔の部長とばったり出会った。

「いや~、君、スゴイ事になったね。まっ、この話題で当分の間は

我局も安泰だがね。今ワイドショーの連中も大喜びだったよ。あ、

そうそう、君、もしかしたら元の部署に戻れるかもしれないよ? 

そういう話が当初から出ていたからね」

「えっ? いつからですって? そんな話が出ていたのは?」


 部長はしまった! という顔をしたが、

「まあ、いいじゃないか。じゃ」

 そう言うと、急ぎ足でその場を離れてしまった。


 担当の彼はフ~、とひとつため息をつくと

「すべては局の計画通りって事になったのかな? でもそう考えれ

ば、飯田アナ一人が局のスケープゴードに…?」

 そこまで考えたところで、彼の目の前の電話が鳴り始めた。同僚

達はもうすでに電話の対応に大忙しだ。


「まっ、飯田アナにしてみたところで、一時はアナウンサーとして

脚光を浴びたんだから、あのまま飼い殺しにされてるよりは良かっ

たのかもな。言うなれば…」

 担当者の彼は電話を取ると

「ピンポブー!」

 そう一言言うと

「失礼しました。はい、私がお話を承りますが…」

と、いつものように仕事を続けるのだった。





いつでもニヤニヤ顔のアナウンサーって、私でも抗議の電話をかけたくなりますよw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ