06
「ちょっとあれ!!」
「西高の制服じゃん!」
「誰だれ!?」
放課後、学校の前に居る人物にクラスの女子が沸騰していた。
――西高?
春菜は「あっ」と該当者を思い出していると、クラスメートもその人物に気付いた。
「あの人、三中の石倉先輩じゃない!?」
「ええ、ウソー!イケメンじゃん!?」
「どれ、どれ!!」
――イケメンって……ぷぷぷ。
春菜は勇者気取りの当人を心の中で笑い、とりあえずクラスでは人気があった事を教えてあげようと、席を立つ。
「じゃねー」
「えー?ハルナは見ないの!?」
「あはは、いいよ」
――どうせこの後、一緒だし。
クラスメートにはその事を言わずに教室から出ると、廊下の向こうから上級生が歩いてくるのが見えた。
「ふ……内田先輩!」
大きく手を振って声を掛けると、風羽子は小さく手を振り、それに答えた。
「ふうちゃん、凄いよ!」
駆け寄った春菜は面白そうに口元をニヤつかせ、風羽子にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「ヒイロ、クラスで“イケメン”って言われてた」
思い出して再び春菜が笑うと、風羽子も微笑む。
「うん、うちのクラスでも、何かそんな事になってたよ。さっき、三中だった男子が『懐かしい』って言って……」
風羽子が昇降口から学校の門を見ると、柊呂の周りには人だかりが出来ていた。
「ヒイロって人気者なんだね」
春菜は高校が別になったとしても、やんちゃにはしゃぎ合う男子の姿を見ていた。
柊呂はそれだけ、人を惹きつける存在だった。
状況を説明するためにやって来たのは、風羽子の実家である洋菓子店。
その一角がイートインスペースとなっているため、春菜と柊呂と風羽子の三人は肩を寄せあって小さくなり、話をしている。
「とまあ、信じられないかもしれないけど……」
説明を終えた春菜が様子を伺うように風羽子を盗み見している。
風羽子は悩んでいるように考えこんでしまった。
互いに黙りこみ、周りの席の人の声が聞こえる程になってようやく、風羽子が口を開いた。
「今朝、ニュースでも犯人が捕まったって言ってたし、“木に襲われたという訳のわからない供述をしている”って言ってたし……」
言いながらその原因を作った春菜を見た。
春菜はえへっと頭をかいて笑っている。
ニュースにもなってしまう程の事だ。笑い話ではないだろう。
「ちょっと待ってて。カード取ってくるから」
風羽子はさっと立ち上がると、店のショーケースの脇を器用に通り抜けて、店の奥へと続く実家へと行ってしまった。
風羽子を見送った後、春菜はようやくケーキにありつけた。
カードの超常現象を説明するという、重労働を終えた後のケーキは格別に美味しかった。
「うーん、最高っ!」
満面の笑みでケーキを食べている春菜の横で、柊呂が苦い顔をしながらコーヒーを飲んでいる。
甘い物が苦手な柊呂の前にケーキはない。
「苦いんでしょ? 我慢しないで、お砂糖入れなよ」
「ちげえよ!」
コーヒーが苦くてそんな顔をしているのかと思った春菜がシュガーポットを差し出したが、柊呂は反論する。
「んじゃなくって!フーコだよ、フーコ」
「え?ふうちゃんがどうかしたの?」
春菜は理解出来ず、フォークを咥えたまま柊呂を見た。
「アイツ、ああ見えて結構“堅物”なんだぞ? オマエは実際にオレのを見せたから信じたかも知れねえが、アイツが……」
柊呂が気配に気が付いて言葉を止める。
「“堅物”で悪かったわね」
戻ってきた風羽子が柊呂の横に立っていた。
「あ、いや……その……」
柊呂が動揺して訂正しようにも、それを許してくれる雰囲気を出していない。
普段ほんわかしている分だけに、風羽子が怒ると怖い事を、幼馴染で同級生の柊呂は良く知っていた。
「一応、カードを持ってきたけど、全然光ってないよ?」
風羽子は怒りを爆発させる事無く、何事もなかったかのように元居た席に座り、机の真ん中にカードを置いた。
「ふうちゃん、ふうちゃん。何かお願いしてみてよ」
「何かって?」
「うーん……」
春菜は昨日の自分の願いを思い出しているうちに、柊呂が口を開いた。
「オレの場合は“勇者になる力が欲しい”って思ったら、声を掛けられたぞ」
「勇者?じゃあ、わたしの場合は“ケーキ屋さん”かな?」
風羽子は半信半疑ながらも、柊呂が思ったように“ケーキ屋さんになりたいです”と念じてみた。
しかし、カードは反応しない。
「ダメ?」
「ダメみたい」
「おっかしいなあ。私たちのは光ったのにっ」
春菜は風羽子のカードを持ち上げ、空に掲げてみた。
そして言葉を掛ける。
「カードさん、カードさん。ふうちゃんに力を与えてくださーい」
「……ハルちゃん、アホの子みたいだから止めよう、ね?」
客観的に見ていた風羽子は、突然の春菜のおかしな行動を制して、カードを受け取る。
三人に気まずい空気が流れると突然、春菜の携帯端末からアラーム音が聞こえた。
「あ! アルバイトの時間だ」
「ああ、花屋のか?」
「そうっ!」
春菜は満面の笑みになりカバンを持った。
自分の夢を叶えている最中の春菜は今、満ち足りた時間を過ごしており、アルバイトが何よりも大事な事になりつつあった。
「じゃ、オレも行くわ……」
「うん……」
対照的に二人は何ともやりきれない感じを残したまま、春菜に合わせるように別れた。