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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第1章
7/32

06

「ちょっとあれ!!」

「西高の制服じゃん!」

「誰だれ!?」


 放課後、学校の前に居る人物にクラスの女子が沸騰していた。


――西高?


 春菜は「あっ」と該当者を思い出していると、クラスメートもその人物に気付いた。


「あの人、三中の石倉先輩じゃない!?」

「ええ、ウソー!イケメンじゃん!?」

「どれ、どれ!!」


――イケメンって……ぷぷぷ。


 春菜は勇者気取りの当人を心の中で笑い、とりあえずクラスでは人気があった事を教えてあげようと、席を立つ。


「じゃねー」

「えー?ハルナは見ないの!?」

「あはは、いいよ」


――どうせこの後、一緒だし。


 クラスメートにはその事を言わずに教室から出ると、廊下の向こうから上級生が歩いてくるのが見えた。


「ふ……内田先輩!」


 大きく手を振って声を掛けると、風羽子は小さく手を振り、それに答えた。


「ふうちゃん、凄いよ!」


 駆け寄った春菜は面白そうに口元をニヤつかせ、風羽子にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。


「ヒイロ、クラスで“イケメン”って言われてた」


 思い出して再び春菜が笑うと、風羽子も微笑む。


「うん、うちのクラスでも、何かそんな事になってたよ。さっき、三中だった男子が『懐かしい』って言って……」


 風羽子が昇降口から学校の門を見ると、柊呂の周りには人だかりが出来ていた。


「ヒイロって人気者なんだね」


 春菜は高校が別になったとしても、やんちゃにはしゃぎ合う男子の姿を見ていた。

 柊呂はそれだけ、人を惹きつける存在だった。



 状況を説明するためにやって来たのは、風羽子の実家である洋菓子店。

 その一角がイートインスペースとなっているため、春菜と柊呂と風羽子の三人は肩を寄せあって小さくなり、話をしている。


「とまあ、信じられないかもしれないけど……」


 説明を終えた春菜が様子を伺うように風羽子を盗み見している。

 風羽子は悩んでいるように考えこんでしまった。


 互いに黙りこみ、周りの席の人の声が聞こえる程になってようやく、風羽子が口を開いた。


「今朝、ニュースでも犯人が捕まったって言ってたし、“木に襲われたという訳のわからない供述をしている”って言ってたし……」


 言いながらその原因を作った春菜を見た。

 春菜はえへっと頭をかいて笑っている。

 ニュースにもなってしまう程の事だ。笑い話ではないだろう。


「ちょっと待ってて。カード取ってくるから」


 風羽子はさっと立ち上がると、店のショーケースの脇を器用に通り抜けて、店の奥へと続く実家へと行ってしまった。


 風羽子を見送った後、春菜はようやくケーキにありつけた。

 カードの超常現象を説明するという、重労働を終えた後のケーキは格別に美味しかった。


「うーん、最高っ!」


 満面の笑みでケーキを食べている春菜の横で、柊呂が苦い顔をしながらコーヒーを飲んでいる。

 甘い物が苦手な柊呂の前にケーキはない。


「苦いんでしょ? 我慢しないで、お砂糖入れなよ」

「ちげえよ!」

 コーヒーが苦くてそんな顔をしているのかと思った春菜がシュガーポットを差し出したが、柊呂は反論する。


「んじゃなくって!フーコだよ、フーコ」

「え?ふうちゃんがどうかしたの?」


 春菜は理解出来ず、フォークを咥えたまま柊呂を見た。


「アイツ、ああ見えて結構“堅物”なんだぞ? オマエは実際にオレのを見せたから信じたかも知れねえが、アイツが……」


 柊呂が気配に気が付いて言葉を止める。


「“堅物”で悪かったわね」


 戻ってきた風羽子が柊呂の横に立っていた。


「あ、いや……その……」


 柊呂が動揺して訂正しようにも、それを許してくれる雰囲気を出していない。

 普段ほんわかしている分だけに、風羽子が怒ると怖い事を、幼馴染で同級生の柊呂は良く知っていた。


「一応、カードを持ってきたけど、全然光ってないよ?」


 風羽子は怒りを爆発させる事無く、何事もなかったかのように元居た席に座り、机の真ん中にカードを置いた。


「ふうちゃん、ふうちゃん。何かお願いしてみてよ」

「何かって?」

「うーん……」


 春菜は昨日の自分の願いを思い出しているうちに、柊呂が口を開いた。


「オレの場合は“勇者になる力が欲しい”って思ったら、声を掛けられたぞ」

「勇者?じゃあ、わたしの場合は“ケーキ屋さん”かな?」


 風羽子は半信半疑ながらも、柊呂が思ったように“ケーキ屋さんになりたいです”と念じてみた。

 しかし、カードは反応しない。


「ダメ?」

「ダメみたい」

「おっかしいなあ。私たちのは光ったのにっ」


 春菜は風羽子のカードを持ち上げ、空に掲げてみた。

 そして言葉を掛ける。


「カードさん、カードさん。ふうちゃんに力を与えてくださーい」

「……ハルちゃん、アホの子みたいだから止めよう、ね?」


 客観的に見ていた風羽子は、突然の春菜のおかしな行動を制して、カードを受け取る。


 三人に気まずい空気が流れると突然、春菜の携帯端末からアラーム音が聞こえた。


「あ! アルバイトの時間だ」

「ああ、花屋のか?」

「そうっ!」


 春菜は満面の笑みになりカバンを持った。

 自分の夢を叶えている最中の春菜は今、満ち足りた時間を過ごしており、アルバイトが何よりも大事な事になりつつあった。


「じゃ、オレも行くわ……」

「うん……」


 対照的に二人は何ともやりきれない感じを残したまま、春菜に合わせるように別れた。


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