05
再び二人の間に沈黙が流れると、不穏な空気を感じて柊呂が立ち上がる。
「よお、ニイちゃん。俺らにケンカ売っといて、途中でオンナとデートかよ」
手に鉄パイプやナイフ、バットを持って、いかにも“ヤンキー”風な男たちが公園へと入ってきた。
「逢引ってやつー?」
「いいなー。俺たちにも分けてくれよ」
柊呂は春菜を守るように片手を広げて前に出た。
「おー、格好良いねえ。オンナを守る“勇者”ってとこ?」
「ぎゃはははは!」
静かな公園に下品な笑いが響き渡る。
春菜は怖くなり、膝が震えている。
その春菜を隠すように前に出てきた柊呂は、右手を肩の方から背中へと手を回す。
その手にはカードが握られていた。
既にカードは光を放ち、ゆっくりと点滅している。
「だったら何だって言うんだ、ゲスが!!」
「はあ!? ケンカふっかけたテメエがゲスだろうが!!」
「おとなしくボコられろや!!」
一人が柊呂に向かって走り始めると、他の男たちも柊呂目掛けて突進してくる。
柊呂の背中にあるカードが光の粒となり、四角から剣の形に変わっていく。
「うわあ……」
春菜はそれを再度、目の前で見ている事になる。
「ハル、下がってろ!」
柊呂がそう言って地面を蹴る瞬間、手には物質となった剣が握られていて、同時に肩から前方へと突き出される。
「テんメエ! そんな物騒なもん、持ってんじゃねえよ!」
鉄パイプやナイフに比べたら、柊呂が持つ1メートルもありそうな剣が一番の凶器だろう。
しかし、相手は複数。
多勢に無勢であった。
「あっ……どうしよう」
悪い人をやっつける柊呂の手助けをしたいと願ったのに、実際目の当たりにすると足がすくんでしまう。
【願ってください】
突然頭の中にカードの声がこだました。
「え?どこ!?」
春菜は周りを見回すが、カードらしき物も、蛍のように光るものも見つけられなかった。
【貴方の中に居ます】
「私の中!?」
春菜は驚いて、再度シャツの前を広げて胸の辺りを確認するが、やっぱり光っているものは見つけられなかった。
【力を貸します。願ってください】
「そっ、そんな事言われても、何を!?」
春菜は突然の戦闘と、頭に響く声に混乱していた。存在も正体も不明な物に言われて、どうしていいかわからない。
「オンナ、頂きいいい!!」
春菜が戸惑っている間、バットを持った男が野太い声を出し向かって来た。
「えっ、ヤだ……」
本当の恐怖を感じて足がガクガクと震え、それでも何とか逃げようと、相手に背を向けた時、目の前の大きなけやきの木が目に入った。
――助けて。
なぜ、木に対してそんな感情を持ったのかわからない。
しかし、春菜の思いは遂げられた。
上空から物凄い速度で枝が降りてきたと思ったら、春菜を包み込むように優しく持ち上げ、別の枝が向かってくる男を薙ぎ払ったのだ。
枝に薙ぎ払われた男はわけがわからず、その場に尻餅を着き、言葉に出ない口をパクパクとさせながら、木を指差している。
「ナニ、やってやがっ!? ……んだ……」
他の男がその男に罵声を浴びせようとしたが、男が指差す方向を見て言葉が出なくなる。
「な、何だあれ!?」
「うおおおお!?」
けやきの枝が生き物のように動いて、男たちに襲いかかる。
「うわあああ!」
「止めろおおおお!」
醜い男たちの悲鳴と共に、全員がその場に崩れ落ちた。頭にはそれぞれ大きなたんこぶが出来き、失神している。
「え?」
柊呂が何事かと思ってけやきを見上げると、その幹には春菜が立っていた。
「何か、出来ちゃった!」
明るく言える台詞でも無いだろうに。順応性が高いのが、春菜の良さでもあった。
柊呂が公園の公衆電話から匿名で警察に電話を掛け、のびている男たちの事を通報すると、二人は急いで公園を後にした。
春菜はそこでようやく、自分の自転車と学校のカバンが路上に置きっぱなしである事を思い出し、二人は春菜が仏花を見つけた所まで戻って来た。
幸い、自転車もカバンもそのままの状態で放置されていた。
二人の帰り道。
春菜がぽつりと言った。
「何か、すごい事になったね」
自転車を片手で押しながら、もう片方の手で胸を抑える。
そこには元の形に戻ったカードが入れられている。
「ああ。あれ、ハルのカードの力、だよな?」
柊呂は少し呆然と答えた。自
分のカードの力とは全く違うものだったからだ。
「うん、そうみたい……」
大木のけやきの枝が動くとは思っていなかった。
しかも敵と認識した人だけを器用に攻撃していたなど、普通では考えられない。
「もしかして、ふうちゃんとかしゅうちゃんのカードにも、同じような力が込められているのかなあ?」
春菜はあの日に発掘した、みんなのカードを思い浮かべている。
柊呂の勇者のカードがその力を与えるのは何となく想像が出来るが、単なる“お花屋さん”という夢を描いたカードが力を発揮するのは不思議に思えた。
「かもしんねえなー。……ハル、明日フーコに話してみようぜ」
「そうだね……」
温和な風羽子を戦いの場に巻き込みたくないと思った春菜は、柊呂に返事をしたものの、少し迷っていた。