表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第1章
5/32

04

 春菜は数分ベンチで横になり、休んでいた。

 その間、何があったが思い返してみる。


 しかし、それはどれも理解出来るような事ではなかった。


「ハル、大丈夫か?」

「うん……何とか、ね」


 持ち前のポジティブさを無理やり発揮させて、春菜は少し笑いながら体を起こした。


 そして差し出されたジュースを受け取る。


「ありがとっ……」


 お互い会話が続かない。


 長い沈黙の後、春菜がようやく口を開いた。


「ヒイロ、カード、見せて」

「おう」


 差し出されたカードを手に取り、まじまじと見る。


「ヒイロは目をつぶって、カードに何を念じていたの?」


 カードを剣に変える方法は、春菜にとって何かを祈っているように受け取れた。


「オレは……ちょっと話が脱線するんだけど」


 柊呂はカードが物質化する経緯を語りはじめた。



 八月三十一日。

 タイムカプセルからカードを持ち帰った、その日。


 柊呂はテレビから、自分たちが住む街で傷害事件が起こっているというニュースを知った。


 親から注意されると同時に、翌日、学校でも注意喚起されていた。


 それは春菜も同じ。

 学校で注意はされていたが、春菜の学校は隣町なので、それほどの厳重な注意ではなかった。

 そのため、何も気にせず安穏とアルバイトをしていたのだった。


 その時、柊呂は恐怖心より、怒りの感情の方が強かったという。


 柊呂は“ヒーロー”から取った名前。

 本人も名前に負けず劣らず正義感の強い子供に育っていた。


 犯人は見つかっていない。

 人を傷つけて逃げるその事件に、柊呂は苛立ちを覚えた。

 そして思った。


「もしオレが勇者で力があるなら、悪いやつをみんなやっつけれるのに! って」


 机に置いたカードの上に手を置いて、たまたまそう思っていた。


 すると掌が熱くなり、驚いて手を離した時、カードが蛍のように点滅している事に気付いた。

 驚く間も無く、エコーのかかる声で話し掛けられたと言う。


 カードは【力を望むか?】と聞いてきた。


 そして柊呂は戸惑いながらも【勇者になる力が欲しい】と答えたという。

 【ならば力を貸そう】と言われるとカードは無くなり、目の前に剣が浮いていた。


 柊呂は振るえる手で剣を握ると、やる気が倍増されたような気がした。


 その高揚感のまま、外に出なくてはいけない衝動に駆られたという。


 さすがに剣を持って玄関から出ていく姿を家族には見せられない。

 勇者なら出来ると信じ、窓から飛び降りると、あっさり地面に着地が出来た。


 そして普段の何倍もの速さや力を手に入れていた。



「それから夜な夜な、悪いヤツ探し。で、さっきようやく怪しいヤツを見つけたから、問い詰めたら刃物を出してきやがって、仕方なく応戦していたところに、ハルが登場したってわけ」

「へえ、そういう事ねっ」


 春菜は、今度は意外とあっさり受け入れていた。


「……オレの話、信じるのか?」

「信じるも信じないも、目の前で起こって、辻褄があっちゃったんだから、信じるしかないっしょ」


 春菜は笑って答えた。


「オマエって、ポジティブだな」

「ありがとっ!」


 春菜はカードを柊呂に返し、代わりに自分のカードを膝に乗せた。

 そして先ほど仏花に対して祈ったように両手を合わせ、心の中で願う。


――カードさん、聞こえる?

――私もヒイロのお手伝いをしたいっ。

――悪いヤツをやっつけて、


 春菜は電柱の脇にそっと置かれた仏花を思い出し、胸がぎゅっと痛くなるような気持ちになった。


――誰にも辛い思いをして欲しくない!

――カードさん、私はみんなに……

――みんな、幸せになって欲しいんだ!!


 ちらっと薄目を開けてカードを見ると、ほんのり光っているように見えた。


【幸せを願うのですね】


「うわああああ! 出たああああ!」


 頭に語り掛けてくるエコーの効いた優しい声に、春菜が思わず目を開けて大声を出してしまった。


「ハル!? 何か出たのか!?」

「ちがっ! こ、声が!!」


 春菜が膝の上の、光るカードを指差した。そこから声が聞こえたわけではないが、頭に響く声はカードが発する声なのだと、勝手に錯覚していた。


「オレには何も聞こえないけど」

「え? 声、聞こえない?」

【他の者に、私の声は聞こえません】

「あ、そうなの?」


 春菜はカードの声と会話をし始めた。


【貴方は人の幸せを、願うのですね】

「ね……願います!」


 カードの問い掛けに、春菜は生唾を飲み込んで、今度はしっかりと返した。


【ならば、貴方の力になりましょう】

「あ、ありがとうございますっ!!」


 春菜は嬉しくなり、立ち上がってカードを空に掲げた。

 するとカードは無数の淡い光となり、春菜に降り注ぐ。


 そして、春菜の手に持っていたカードは無くなってしまった。


「……ん?」

「えっと……?」


 柊呂のように剣が現れたりしないため、二人の間に沈黙が流れる。


「カードは【力になる】って言ってくれたんだけど」

「どこ行ったんだ?」


 二人でキョロキョロと周りを見渡すが、何も変化はない。ただ、カードが無くなっただけ。


 柊呂が春菜の胸辺りを指さす。


「取り込んだ?」

「何、それっ……」


 そう突っ込みを入れたものの、春菜も自分の中にカードを取り込んでしまったのではないかという考えを拭い去れず、顔が引き攣っていた。


 念のためシャツを広げて、自分の胸元の肌を確認する。

 特に身体の変化は無かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ