04
春菜は数分ベンチで横になり、休んでいた。
その間、何があったが思い返してみる。
しかし、それはどれも理解出来るような事ではなかった。
「ハル、大丈夫か?」
「うん……何とか、ね」
持ち前のポジティブさを無理やり発揮させて、春菜は少し笑いながら体を起こした。
そして差し出されたジュースを受け取る。
「ありがとっ……」
お互い会話が続かない。
長い沈黙の後、春菜がようやく口を開いた。
「ヒイロ、カード、見せて」
「おう」
差し出されたカードを手に取り、まじまじと見る。
「ヒイロは目をつぶって、カードに何を念じていたの?」
カードを剣に変える方法は、春菜にとって何かを祈っているように受け取れた。
「オレは……ちょっと話が脱線するんだけど」
柊呂はカードが物質化する経緯を語りはじめた。
八月三十一日。
タイムカプセルからカードを持ち帰った、その日。
柊呂はテレビから、自分たちが住む街で傷害事件が起こっているというニュースを知った。
親から注意されると同時に、翌日、学校でも注意喚起されていた。
それは春菜も同じ。
学校で注意はされていたが、春菜の学校は隣町なので、それほどの厳重な注意ではなかった。
そのため、何も気にせず安穏とアルバイトをしていたのだった。
その時、柊呂は恐怖心より、怒りの感情の方が強かったという。
柊呂は“ヒーロー”から取った名前。
本人も名前に負けず劣らず正義感の強い子供に育っていた。
犯人は見つかっていない。
人を傷つけて逃げるその事件に、柊呂は苛立ちを覚えた。
そして思った。
「もしオレが勇者で力があるなら、悪いやつをみんなやっつけれるのに! って」
机に置いたカードの上に手を置いて、たまたまそう思っていた。
すると掌が熱くなり、驚いて手を離した時、カードが蛍のように点滅している事に気付いた。
驚く間も無く、エコーのかかる声で話し掛けられたと言う。
カードは【力を望むか?】と聞いてきた。
そして柊呂は戸惑いながらも【勇者になる力が欲しい】と答えたという。
【ならば力を貸そう】と言われるとカードは無くなり、目の前に剣が浮いていた。
柊呂は振るえる手で剣を握ると、やる気が倍増されたような気がした。
その高揚感のまま、外に出なくてはいけない衝動に駆られたという。
さすがに剣を持って玄関から出ていく姿を家族には見せられない。
勇者なら出来ると信じ、窓から飛び降りると、あっさり地面に着地が出来た。
そして普段の何倍もの速さや力を手に入れていた。
「それから夜な夜な、悪いヤツ探し。で、さっきようやく怪しいヤツを見つけたから、問い詰めたら刃物を出してきやがって、仕方なく応戦していたところに、ハルが登場したってわけ」
「へえ、そういう事ねっ」
春菜は、今度は意外とあっさり受け入れていた。
「……オレの話、信じるのか?」
「信じるも信じないも、目の前で起こって、辻褄があっちゃったんだから、信じるしかないっしょ」
春菜は笑って答えた。
「オマエって、ポジティブだな」
「ありがとっ!」
春菜はカードを柊呂に返し、代わりに自分のカードを膝に乗せた。
そして先ほど仏花に対して祈ったように両手を合わせ、心の中で願う。
――カードさん、聞こえる?
――私もヒイロのお手伝いをしたいっ。
――悪いヤツをやっつけて、
春菜は電柱の脇にそっと置かれた仏花を思い出し、胸がぎゅっと痛くなるような気持ちになった。
――誰にも辛い思いをして欲しくない!
――カードさん、私はみんなに……
――みんな、幸せになって欲しいんだ!!
ちらっと薄目を開けてカードを見ると、ほんのり光っているように見えた。
【幸せを願うのですね】
「うわああああ! 出たああああ!」
頭に語り掛けてくるエコーの効いた優しい声に、春菜が思わず目を開けて大声を出してしまった。
「ハル!? 何か出たのか!?」
「ちがっ! こ、声が!!」
春菜が膝の上の、光るカードを指差した。そこから声が聞こえたわけではないが、頭に響く声はカードが発する声なのだと、勝手に錯覚していた。
「オレには何も聞こえないけど」
「え? 声、聞こえない?」
【他の者に、私の声は聞こえません】
「あ、そうなの?」
春菜はカードの声と会話をし始めた。
【貴方は人の幸せを、願うのですね】
「ね……願います!」
カードの問い掛けに、春菜は生唾を飲み込んで、今度はしっかりと返した。
【ならば、貴方の力になりましょう】
「あ、ありがとうございますっ!!」
春菜は嬉しくなり、立ち上がってカードを空に掲げた。
するとカードは無数の淡い光となり、春菜に降り注ぐ。
そして、春菜の手に持っていたカードは無くなってしまった。
「……ん?」
「えっと……?」
柊呂のように剣が現れたりしないため、二人の間に沈黙が流れる。
「カードは【力になる】って言ってくれたんだけど」
「どこ行ったんだ?」
二人でキョロキョロと周りを見渡すが、何も変化はない。ただ、カードが無くなっただけ。
柊呂が春菜の胸辺りを指さす。
「取り込んだ?」
「何、それっ……」
そう突っ込みを入れたものの、春菜も自分の中にカードを取り込んでしまったのではないかという考えを拭い去れず、顔が引き攣っていた。
念のためシャツを広げて、自分の胸元の肌を確認する。
特に身体の変化は無かった。