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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第1章
4/32

03

 春菜は店長に自慢するため、カードを持ってアルバイト先に行った。


 『小さい時からこの店でアルバイトする事が夢でした』と言って面接を受けて雇ってもらい、ようやくその証明を店長に、カードとして見せる事が出来た。


 春菜が描いたカードには、汚い字ながらもちゃんと店名が記されている。


 店長は号泣していた。

 驚かせようと思っていたのに、泣くとは思わなかった春菜は、店長が泣き止むまで、声を掛けていた。


「『ありがとう』って言葉、嬉しいな……」


 店長は春菜に何度も「ありがとう」と言った。

 その中には店長のたくさんの思いが詰まっているのだろう。


 花を買いに来る人も「ありがとう」を言ってくれる。

 花を買ってくれて「ありがとう」は店側だというのに、つくづく花は人を優しくさせる。

 そのような所で働ける事に、春菜は幸せを噛み締めていた。


 そんなアルバイトの帰り道、電柱の影にこっそり隠れて置かれている仏花に目が留まる。


――うちの花だ。


 自転車を置き、確認するために近くに寄る。


 花を包んでいるOPフィルムに貼られた店名のシール。

 茶色の少しダメージを入れたように見せかけた台紙に白文字のフランス語で“Lettre de Fleurage”と印刷されている。

 花と言うフランス語を現代で使うFleurではなく、Fleurageと言う古語で使っているため、少し古ぼけた印象を与えさせるデザインにわざとしている。

 店の雰囲気も同じだった。

 同じような店を春菜は見た事が無い。


――間違いない。


 この場所で誰かが亡くなった事を知り、静かに手を合わせる。


――誰だかわからないけど、安らかにお眠りください。


 合わせた手を解くと、胸の辺りの温かさに気付く。

 夏場にカイロをそんな所に入れるはずもない。


「ん、何だろう?」


 胸元から袖なしニットを持ち上げて中を覗くと、制服の胸のポケットがうっすらと光っているのに気付く。


「えええっ!?」


 慌ててその正体を取り出した。


「カード……」


 先ほどアルバイト先の店長に見せていた、将来の夢を描いたカード。


 それが目の前で、蛍のような光を発し熱を帯びていたのだった。


「うううう、うそだあっ!?」


 ビックリして立ち上がろうとした所で、頭上に何か飛んで来た。


「うひゃあ!」


 それは頭を通り越して、電柱に収まる。


 春菜はゆっくりとそれを確認するため、指でなぞった。

 そこには獣が爪で引っ掻いたような痕がくっきりと残っている。


「何もない……けど、傷がついてる?」


 春菜は怖くなり、その場を去ろうとようやく立ち上がった時、ありえない光景を目にした。


「うそ……何、どういう事っ?!」


 薄暗い街中の街灯の隙間で見え隠れするのは、剣に見える。


「なに、なに! なに!?」


 春菜の困惑した大きな声に、剣の人物が気付く。


「ハ、ハル!?」

「ヒイロ!? ……え、ちょっと、どういうっ!?」


 聞こうとした瞬間、遠くに居たはずの柊呂が目の前までやってきて、手首を掴まれたと思ったら、あっという間に連れ去られた。


 柊呂にしっかりと抱きかかえられ、春菜が地面に足を着けられたのは、少し離れた所にある公園だった。


 柊呂の手に握られていたはずの剣は、いつの間にか無くなっている。


「ちょっと、わけわかんないんだけど……」

「オレも、よくわかってない。けど……」


 呆然とする春菜に、柊呂も複雑な顔をしていた。



 二人で誰も居ない公園のベンチに座り、春菜は手に持つ物の存在の事を思い出した。

 そのカードを掲げて見つめる。


「あれっ? ……確かにさっき、光ってたんだけどなあ」

「やっぱり」

「見えた?」

「緑色っぽい光だろ? 蛍みたいな。見えたよ」


 春菜は、自分が見たものが幻ではなかったという同意が欲しかったので、柊呂の言葉は嬉しかった。しかし、同時にそれは怪奇現象でしかない。


「何でだろっ? なーんで光ってたのかな? 誰かが蛍光ペンでも使ってて、色が移っちゃったのかなあ」


 春菜はカードを振ったり、夜空にかざしたりしていた。


「オレも最初はそう思ったんだけど……」


 思わせぶりな柊呂の言葉に、春菜は「けど?」突っ込んで聞いた。


「その……頭おかしいとか言うなよ?」


 柊呂は少し恥ずかしそうに前ふりをして続ける。


「願ったらさ、何か話し掛けてきて……」

「カードが?」

「カードが」


「頭、おかしいんじゃない?」


 さすがの答えに、春菜は笑いながら言ってしまった。


「だから、言うなって言っただろ!」


 感極まって、柊呂は大声を出し、立ち上がった。


「ごめん、ごめん。ついっ!」


 そうなだめて、再び春菜はカードを見る。


「カードとお話、ねえ……カードさん、カードさん」


 春菜は面白半分に話し掛けるが、先ほどの反応は見られなかった。


「……ダメじゃんっ。ヒイロってば、恥ずかしいー」

「だーかーら!!」


 柊呂はからかわれた事が恥ずかしくなり、自分のカードを手にした。

 そしてカードを春菜の目の前にかざして静かに目を閉じる。


 するとカードが先ほど見た、緑色の蛍のような光を放っている。


「うそっ……光ってる!?」


 柊呂がそのまま集中を続けると、カードは光の粒子となり、剣の形へと変化していった。


 柊呂はゆっくりと目を開き、手の中にある剣を確認する。


「カードが無い……ってか、剣!?」


 それはまるでカードが剣に変わったように見えた。

 春菜が驚いて声を出すと、柊呂は「そう」と簡単に答えた。


「何だ、それっ!?」


 受け入れがたい現実にめまいを起こし、春菜は目の前が真っ暗になった。


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