03
春菜は店長に自慢するため、カードを持ってアルバイト先に行った。
『小さい時からこの店でアルバイトする事が夢でした』と言って面接を受けて雇ってもらい、ようやくその証明を店長に、カードとして見せる事が出来た。
春菜が描いたカードには、汚い字ながらもちゃんと店名が記されている。
店長は号泣していた。
驚かせようと思っていたのに、泣くとは思わなかった春菜は、店長が泣き止むまで、声を掛けていた。
「『ありがとう』って言葉、嬉しいな……」
店長は春菜に何度も「ありがとう」と言った。
その中には店長のたくさんの思いが詰まっているのだろう。
花を買いに来る人も「ありがとう」を言ってくれる。
花を買ってくれて「ありがとう」は店側だというのに、つくづく花は人を優しくさせる。
そのような所で働ける事に、春菜は幸せを噛み締めていた。
そんなアルバイトの帰り道、電柱の影にこっそり隠れて置かれている仏花に目が留まる。
――うちの花だ。
自転車を置き、確認するために近くに寄る。
花を包んでいるOPフィルムに貼られた店名のシール。
茶色の少しダメージを入れたように見せかけた台紙に白文字のフランス語で“Lettre de Fleurage”と印刷されている。
花と言うフランス語を現代で使うFleurではなく、Fleurageと言う古語で使っているため、少し古ぼけた印象を与えさせるデザインにわざとしている。
店の雰囲気も同じだった。
同じような店を春菜は見た事が無い。
――間違いない。
この場所で誰かが亡くなった事を知り、静かに手を合わせる。
――誰だかわからないけど、安らかにお眠りください。
合わせた手を解くと、胸の辺りの温かさに気付く。
夏場にカイロをそんな所に入れるはずもない。
「ん、何だろう?」
胸元から袖なしニットを持ち上げて中を覗くと、制服の胸のポケットがうっすらと光っているのに気付く。
「えええっ!?」
慌ててその正体を取り出した。
「カード……」
先ほどアルバイト先の店長に見せていた、将来の夢を描いたカード。
それが目の前で、蛍のような光を発し熱を帯びていたのだった。
「うううう、うそだあっ!?」
ビックリして立ち上がろうとした所で、頭上に何か飛んで来た。
「うひゃあ!」
それは頭を通り越して、電柱に収まる。
春菜はゆっくりとそれを確認するため、指でなぞった。
そこには獣が爪で引っ掻いたような痕がくっきりと残っている。
「何もない……けど、傷がついてる?」
春菜は怖くなり、その場を去ろうとようやく立ち上がった時、ありえない光景を目にした。
「うそ……何、どういう事っ?!」
薄暗い街中の街灯の隙間で見え隠れするのは、剣に見える。
「なに、なに! なに!?」
春菜の困惑した大きな声に、剣の人物が気付く。
「ハ、ハル!?」
「ヒイロ!? ……え、ちょっと、どういうっ!?」
聞こうとした瞬間、遠くに居たはずの柊呂が目の前までやってきて、手首を掴まれたと思ったら、あっという間に連れ去られた。
柊呂にしっかりと抱きかかえられ、春菜が地面に足を着けられたのは、少し離れた所にある公園だった。
柊呂の手に握られていたはずの剣は、いつの間にか無くなっている。
「ちょっと、わけわかんないんだけど……」
「オレも、よくわかってない。けど……」
呆然とする春菜に、柊呂も複雑な顔をしていた。
二人で誰も居ない公園のベンチに座り、春菜は手に持つ物の存在の事を思い出した。
そのカードを掲げて見つめる。
「あれっ? ……確かにさっき、光ってたんだけどなあ」
「やっぱり」
「見えた?」
「緑色っぽい光だろ? 蛍みたいな。見えたよ」
春菜は、自分が見たものが幻ではなかったという同意が欲しかったので、柊呂の言葉は嬉しかった。しかし、同時にそれは怪奇現象でしかない。
「何でだろっ? なーんで光ってたのかな? 誰かが蛍光ペンでも使ってて、色が移っちゃったのかなあ」
春菜はカードを振ったり、夜空にかざしたりしていた。
「オレも最初はそう思ったんだけど……」
思わせぶりな柊呂の言葉に、春菜は「けど?」突っ込んで聞いた。
「その……頭おかしいとか言うなよ?」
柊呂は少し恥ずかしそうに前ふりをして続ける。
「願ったらさ、何か話し掛けてきて……」
「カードが?」
「カードが」
「頭、おかしいんじゃない?」
さすがの答えに、春菜は笑いながら言ってしまった。
「だから、言うなって言っただろ!」
感極まって、柊呂は大声を出し、立ち上がった。
「ごめん、ごめん。ついっ!」
そうなだめて、再び春菜はカードを見る。
「カードとお話、ねえ……カードさん、カードさん」
春菜は面白半分に話し掛けるが、先ほどの反応は見られなかった。
「……ダメじゃんっ。ヒイロってば、恥ずかしいー」
「だーかーら!!」
柊呂はからかわれた事が恥ずかしくなり、自分のカードを手にした。
そしてカードを春菜の目の前にかざして静かに目を閉じる。
するとカードが先ほど見た、緑色の蛍のような光を放っている。
「うそっ……光ってる!?」
柊呂がそのまま集中を続けると、カードは光の粒子となり、剣の形へと変化していった。
柊呂はゆっくりと目を開き、手の中にある剣を確認する。
「カードが無い……ってか、剣!?」
それはまるでカードが剣に変わったように見えた。
春菜が驚いて声を出すと、柊呂は「そう」と簡単に答えた。
「何だ、それっ!?」
受け入れがたい現実にめまいを起こし、春菜は目の前が真っ暗になった。