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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第1章
3/32

02

「ヒイロが覚えてたのは意外だった」

「んー、何となくな。夏休みの宿題やらねーと、って思う度に、あと何年後のこの日にタイムカプセルを掘り起こすんだ。って思い出してたから」

「そうそう、それわかるっ!」


 春菜が嬉しそうに相槌を入れる。それに対し、風羽子は笑いながら言葉を添えた。


「宿題は八月三十一日までにやるものでしょ?」


 今日は夏休み最後の八月三十一日。

 十年前に、タイムカプセルを掘り起こす日を、この日に決めた。

 指折り数えていた三人にとって忘れられない日でもある。


 しかし、他の人は忘れているようだった。


 昔話をたっぷり何時間もして、気付けばもう日が傾き始めている。


「時間って、決めてなかったっけ?」

「それは覚えてない」

「わたしも……」


 三人集まっても十年前の正確な記憶は思い出せなかった。


 春菜は時計を確認して立ち上がる。


「もうだいぶ待ってるし、きっと忘れちゃったんだよ! なにせ十年前だし。よしっ、掘っちゃおう!!」


 自分に言い聞かせるように言った春菜は、スコップを手にする。


 いつ現れるかわからない人を待つより、自分が描いたカードを見て、夢が叶った事を確信したい気持ちの方が先に立っていたからだ。


「んじゃー、いっちょ、やるか!」

「そうだね!」


 それぞれ気合を入れ、「確か、この辺だよね?」と確認し合いながら掘り進める事一時間。

 スコップに金属の当たる感覚が手に伝わり、春菜は振るえる声を上げた。


「何か当たった! キタかもっ、これ!?」


「でかした!!」


 違う場所を掘っていた柊呂が声を上げると、風羽子も気付いて立ち上がる。

 二人は直ぐに春菜のそばに駆け寄った。


 三人で協力して黙々と採掘作業を勧め、五分後、ようやく全部を掘り起こす事が出来た。


「出たっ!」

「すげえー!!」

「懐かしい!」


 空き缶を三人で讃え、大はしゃぎする。


「ふうちゃんのところの缶って、確かにこんなだった……」


 所々が錆びていて、絵柄がよくわからなくなったお菓子の缶。

 しかし、春菜にはおぼろげながら記憶があった。


 それは風羽子の実家が経営している洋菓子店の、四角い缶。


「うん、そうみたい。見たら思い出した。懐かしいなあ」

「んじゃ、開けるぞ!」


 二人が懐かしんでいるところで、柊呂が本来の目的を達成させた。


「おおおおお!」


 三人は感動の再会をした事で、思わず声を上げてしまった。


 缶の中には、ビニールでしっかり守られたカードたちがいる。一緒に乾燥剤もしっかり入れられているのは、その缶に付いていた物を同梱したのだろう。


「ちゃんと、残ってた!!」

「すごい!」

「中、開けようぜ!」


 そっとビニールを破き、十年の時を経て、カードを手にする。


 黄ばんだ画用紙に書かれた、字だか絵なのかよくわからない物たち。

 背後にはお揃いの絵柄がついている。

 紙と紙の間は厚紙でしっかり硬さを補強してある。

 子供の割には、意外としっかり作ってあった。


「うわ、ひっど! 私、もっとちゃんとした絵、描いてるつもりだったー」


 春菜は自分で描いた絵を手にし、大笑いをしている。


「フーコはケーキ屋かー。わかる、わかる」


 柊呂は風羽子の実家が洋菓子店である事を知っていて、納得して答える。

 絵も可愛らしく女の子らしい。


 春菜がそれと自分の絵を見比べて落ち込んでいると、風羽子は励ましの声を掛けた。


「一歳差って大きいんだね」

「う、うん……」


 頷くしか無かった。認めたくはないけれど、ひどい絵である事には違いがない。

 春菜は気持ちを切り替えて、柊呂のカードを覗きながら聞いてみる。


「ヒイロは?」

「オレは、じゃーん!!」


 七歳児が描いたにしては上手かった。


 カードには装飾や数値、説明文も書かれており、他のカードとは一味違っている。


「ゆ・う・しゃ?」

「そう、勇者!」


 柊呂は胸を張って答えた。


 そう言われてみれば、勇者っぽい雰囲気のある男が剣を構えている姿に見える。


「よく、そんな難しいポーズ描けたね」


 春菜が何気なく聞いた。春菜も風羽子も、頭の中の想像を形にしただけだから構図もバランスも滅茶苦茶なのに対して、柊呂の上手さは段違いだった。


「これ、当時流行ってたカードゲームを真似して描いたんだ」


 笑う柊呂の顔は、屈託のない少年時代に戻っていた。


「ああ」

「それでかあっ!」


 二人は納得して、再びカードを見入る。


 十年前、男の子たちはこぞってカードゲームをしていた。

 このタイムカプセルに、将来の夢をカードにして入れようと言い始めたのも、柊呂や他の男子からの提案だった。

 カードはそれくらい、のめり込む魅力を持っていた。


「……確か、しゅうちゃんとかも居たよね」


 残った三枚のカードを見て、風羽子が寂しそうに言う。


「うん。……今、大学生くらいかな? このカード渡せたらいいけど……」

「ヒイロくん、何か知らない?」


 仲の良かった男の子同士として風羽子が問い掛けるが、柊呂は首を横に振る。


「オレもわかんねーや。家、遠かったし」


 ひとまず、持ち主がいないカードに関しては、缶ごと風羽子が持ち帰る事になった。


「お父さん、この缶、見たら泣いちゃうかも」


 夕日がもう少しで沈む帰り道、風羽子は嬉しそうに言った。


 缶を持ち帰るのは、父親にも思い出をお裾分けしたいという気持ちが強かったからだ。


「感動の再会だねっ」


 春菜は嬉しそうに笑って答える。


「じゃあ……って、この別れ方も懐かしいな」


 三人の家にそれぞれ別れる十字路。十年前もこうして別れた事を懐かしく思う。


「そうだね。ヒイロくん、メールするね。ハルちゃん、明日、学校で」

「うん、私もメールする! ふうちゃん、また明日ねっ」

「おう! 合コンよろしく!」


 柊呂はわざとふざけた物言いをして手を振り、三人それぞれの家路についた。



 春菜は帰宅し、思い出話を母に思い切り語った後、部屋に戻って改めてカードを見る。


「私、ちゃんとお花屋さんになれたよっ」


 夢が叶ったくすぐったさに嬉しくなり、春菜はカードにキスをして、再び一人で今日あった事を思い出し、ニヤニヤしていた。


「あ、二人にメールしよっと」


 春菜はカードを置き、携帯端末を取り出して、お礼のメールを作る。


 その間、カード自体から淡い緑色の光が出て、まるで蛍のように点滅している事に、気付いていなかった。


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