01
安城春菜はこの日を待ち望んでいた。
今日は、十年前に近所の仲間と埋めた、タイムカプセルを掘り起こす日。
まだまだ残暑が続いているため、春菜のショートカットの襟足から汗が滴り落ちる。
それは首からぶら下げたタオルへと吸収されていった。
春菜はTシャツに7分丈のパンツ、タオルにスコップ片手という出で立ちで、浮き足ながら目的地へ向かう。
春菜の住む街は少子高齢化社会を表したような所。
子供の大半は少し離れた私立の学校に通い、公立の学校は、遠いところから寄せ集められて、なんとか二クラス分の生徒が集まる程度。
そのため、“同じ学校に通う近所の子供”という存在は大変貴重なものだった。
子供の行動範囲は徒歩圏内。
近所の仲間はとても少なく、相反するように結束力は固くなった。
それを形にしたのが、十年前に埋めたタイムカプセル。
入れた物は、それぞれの将来の夢を描いたカード。
描いた当時は六歳の少女だった春菜だが、そのカードの内容をしっかり覚えている。
今、その思い描いた夢に、アルバイトとして就けているのが何よりも証拠。
小さい時から通っていた、“近所の花屋さんになりたい”。
それが春菜の夢だった。
小学生の時は高く威圧感のあった塀が、今では普通の高さに見える。
ガリバーにでもなったかのような錯覚を面白がっている間に、春菜は目的地へと到着した。
そこは十年経っても変わらずの空き地。
殺風景な中に大樹があるのは昔と変わらない。
ただ、思ったよりも狭く感じるのは、春菜の体が成長した証でもある。
目的地の木陰の下には、一人の男性が木に背を預け、座り込んで居た。
長い足を片方投げ出し、もう片方を曲げてその膝の上に肘を置いている。
流れる夏の雲を見る真っ直ぐな視線と引き締まった顔つき。
茶色の髪は重力に負ける事無く持ち上がり、躍動感を感じさせる。
半袖シャツの裾から見えるウォレットチェーンが、夏の日差しを受けてキラっと光った。
その人物が立ち止まる春菜に気が付き、片手を上げる。
「おう」
「……ヒイロ!?」
半信半疑で声を掛けると照れたような笑顔が向けられた。
石倉柊呂、高校二年生で春菜の一つ年上になる。
「あー……ハル、だよな?」
「そうだよっ! ヒイロすごい、大きくなった!!」
「そりゃ、そうだろ」
あっという間に、昔話に花が咲く。
春菜と柊呂は中学までは同じ学校だった。
その当時は幼馴染みとは言え、思春期の男女。
中学校という厳しい上下関係の社会において、まともに話す事は無くなっていた。
きちんと会話をするのは小学生ぶりとなる。
そこへ、タイムカプセルに思いを寄せるもう一人が現れた。
「ふうちゃ、あっ……内田先輩」
昔の記憶に戻った春菜が昔のあだ名で呼ぼうとして、慌てて訂正する。
やってきた内田風羽子は柊呂と同じ高校二年生。
春菜と同じ高校に通うが、一つ年上に当たるため、先輩と呼ぶのがふさわしい。
例え幼馴染みでも一学年違えば、会釈程度の仲になってしまう。
淡い茶色のゆるいウェーブのかかるセミロングの髪は、風羽子の優しさがそのまま表現されているようで、着ているふわっとしたワンピースも、より一層風羽子の優しさを引き立てている。
少しタレ目の目元が細められ、優しさが最大限に表現される笑顔を風羽子が作った。
「いいよ、ハルちゃん。今日は先輩じゃなくて、幼馴染だもんね」
「ふうちゃん、ありがとっ!」
そう言って、春菜は風羽子の腕に絡みついた。
昔から人にくっつくのが好きな春菜。
それを見ていた柊呂が「オマエ、昔からそれ、やってたよな」と言って笑った。