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春菜は柊呂に『今夜は無理』と短いメールを送って、ベッドの中でふて寝をしていた。
祖父母の気持ちを汲んで店長が思いを込めて作った花束を、穂純が嫌そうに受け取りながらも、中に居るであろう親に嬉しいと言う気持ちを伝える。
たった数分の出来事を春菜は何度も頭の中で再生させては、ため息をついた。
【春菜さん、元気を出してください】
潜った布団の中を、蛍のような光がゆっくりと点滅し、春菜を照らしている。
まるでそれは、春菜を励ますような柔らかな光。
「ハナ子ー……」
春菜はカードからブレスレットに形を変えた物に“ハナ子”と言う名前をつけていた。
カードの形状に戻らないので、“カードさん”と呼ぶには違和感がある。
そしてハナ子の方も春菜の事をさん付けで呼ぶようになった。
このハナ子と名付けられた、意志を持つブレスレット。
カードの時とは違うのは形状だけではない。
願わなくても、常時春菜と意思の疎通が取れる状態となっていた。
草花をモチーフにしたブレスレットはさり気なく、春菜の学校はアクセサリー着用を禁止してはいないので、常に着けていられるデザインだった。
【はい】
ハナ子はカードの時と同じような淡々とした返事をする。
「人ってわからないよ……」
【私もわかりません】
意志があるとはいえ元はただのカード。
人の気持なんてわかるわけがない。
「あははっ……」
春菜は何だか悲しくなって、乾いた笑いが自然と出てしまう。
それは布団の中へと吸収されていった。
【同じ人間に聞いてみるのはどうでしょうか?】
「同じ人間?」
どういう事かとハナ子に聞き返すと、カードではなく人間に聞けと言う意味だった。
既に対等に会話が出来るので、春菜はハナ子がカードだったという事をついつい忘れてしまう。
「同じ人間……」
同じ力を使える人間として柊呂は春菜に相談し、協力を仰いだ。
――私の場合は?
【近くに居るじゃないですか】
しゃべる声だけでなく、従来通りの心の声も聞こえるハナ子が教えてくれた。
「ふうちゃん……」
春菜の頭の中に出てきたのは風羽子だった。
洋菓子店と花屋では決して同じ業種とは言えないが、接客業と見るなら同じだ。
春菜はガバっと掛け布団を持ち上げて、机に置いた携帯端末を手にする。
そこには既に、メールの着信を知らせる光が点滅している。
「ヒイロ……」
それは柊呂が春菜を心配する内容のメールだった。
「ごめんね。今はちょっと、ガンバれないやっ」
痛む心を抑える。
【春菜さん、今は少し、休みましょう】
昔、何かのゲームで“一回休み”というものを引いてしまった春菜。
待っている間、みんながゲームしている姿を、羨ましい思いで見ていた。
今は違う。
ゲームではなく、人生においての休憩が必要な時。
「一回休み」
何だかその言葉がとても安心するものに思えた。
小さくつぶやくと、ハナ子は【はい】と、今度は優しく返事をしてくれた。