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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第2章
15/32

14

 渡された小さくてギュっと凝縮された花束は、今までの店長の作風とは少し違っているように見えた。


 春菜は言われた通りの住所の家にやって来た。

 そこは春菜の家から少し離れた所にある、広くて立派な家だった。


 自転車を止め、手鏡で乱れた髪をささっと直したあと、渡された花束を持って深呼吸をする。


 一人での配達は今日が初めて。

 店長がやっていた姿を思い出し、笑顔を作ってインターホンを押した。


『はい。どちらさまでしょうか?』

「はっ、はい。ワタクシ、レター・デ・フルラージュの、安城と申しますっ!」


 上ずった声でインターホン越しに頭を下げた春菜。

 どんなに店長のやっていた事をシミュレーションしても、自分が実際に経験してみるのとは大違いだと知る。


『レター・デ・フルラージュ?』


 春菜はその、怪訝そうな回答に小さくガッツポーズをした。


 花を送る際、送り主はサプライズを好む傾向がある。

 送られる側は知らないので怪訝にされるという経験は何度かあったのだった。


――この後が良いんだよなっ!


 春菜はサプライズを受けた人の喜ぶ顔を想像し、緊張した顔から一転、心から笑顔になっていた。


「はい。おじいちゃま、おばあちゃまより、小野寺穂純様へ、花束のプレゼントを届けにまいりました!」


 春菜は花束を持ち上げて、インターホンのカメラに見えるように、花束についているメッセージカードを見せた。

 そこには達筆な字で“おじいちゃま、おばあちゃまより”と書いてあった。


『あ、はい。そういう事ね、わかったわ。少し待っていてくださいね』


 相手は思い当たる節があったのだろう。納得してくれたようだった。


――素敵っ!!


 こんなサプライズをしてくれる祖父母がいるなんて、なんて孫思いなんだろう思った矢先、胸元が熱くなるような思いがした。


――え?何!?


 それは錯覚ではなかった。春菜が普段と違うカードの熱を感じる。


――何で!?


 こんなところで光っては困ると思い、春菜は慌てて胸を手で覆った。


――お願い、光らないで!!


 その願いは届かず、いつもよりも更に大きな光を放ってしまった。

 春菜はとっさにしゃがみこんで、体全体で光を隠すようにする。


 そんな時、握り締める胸元に違和感を覚えた。光は徐々に収まっていく。


――何かに変わった……!?


 今まで春菜の“お花屋さん”カードは、光のシャワーになって春菜の中に消える。


 しかし今回は違う。

 胸のポケットの中に重さを感じた。


「何が起こったの……?」


 恐る恐る自分の胸のポケットを見ようとして、春菜は自分の仕事を思い出す事になる。


「……誰も居ないじゃないですか」


 少年のつぶやくような声が遠くから聞こえてきたからだ。


「はいっ、居ます!レター・デ・フルラージュの安城です!!」


 春菜はすくっと立ち上がり、真っ直ぐに片手を上げた。


 春菜が見つめる開かれた玄関先には、少し大きめの制服に着られちゃっている感たっぷりの少年が立っていた。

 黒髪でボブヘアの少年はいかにもお坊ちゃまという気品に溢れている。


 その少年はじっと花束を見つめていた。


――男の子用だったんだ。


 春菜は店長の作品がいつもと一味違う意味を理解した。

 相手は少年。

 女性に送る花束を多く作る店長の、これまでの物と違っていても当然だろう。


――相手に合わせて作っている。


 店長の嬉しそうに思いを込めて作っている姿を思い出して、春菜は少年のこの後の行動にワクワクが止まらなかった。


「おじいちゃまとおばあちゃまより、小野寺穂純くんに花束を届けにまいりま……ほずみ?」


 春菜はそこで仕事モードからプライベートへと意識が切り替わった。


――あれ?どっかで聞いた事ある響き。


「何です?」


 穂純はあからさまに嫌そうな顔をして玄関から出てきて、インターホン横の豪華な門を開いてくれた。

 そして春菜から花束を強引に受け取る。


「また花ですか。まったく、あの人達は代わり映えのない……はあ」


 片手で持った花束は下を向き、穂純はそれを見ようともしない。


――そんな……店長がせっかく作ったのにっ!


 春菜は嬉しそうな店長の顔と、真逆にある現実を目の当たりにし、震える手ながらも、受取のサインを貰った。


 その穂純が春菜の胸元を指さして言う。


「端末、光ってますよ?」

「え?」


 振り返って自転車の籠に入れたカバンを見る。しかし、携帯端末は春菜たちから見える位置には無かった。


「アナタの胸元です。馬鹿ですか?」


 吐き捨てるような言い方をした穂純は、花束を肩に担いで、嫌そうな顔のまま家の中に入ってしまった。


 バタンと音を立てて閉められたその空間から、作られた声が響く。

『おじいちゃまとおばあちゃまから、今年もお花を頂けました。とても嬉しいです!』


「あっ……」

――さっきはそんな顔、一つもしてなかった……


【元気を出してください】


 聞き慣れた声は優しく、胸のポケットで蛍のように光る明かりが、春菜を包み込んでいた。


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