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翌日の朝のニュースで、アルバイト先の店長が“奇跡の金木犀”について取材されているのを偶然に見てしまい、それと同時に、関東一連の暴走族グループのリーダー格数人が検挙された、と言う知らせも見た。
柊呂が勝利で収めたタイマンの後、立ち去る際にパトカーを何台も見たので、おそらくそれだろうと春菜はわかっていた。
今度は春菜が柊呂に『犯人はおまえだ!』と、前にもらったメールを転用すると、柊呂から『犯人じゃなくて、勇者だ!』と現実離れした内容が送られてきた。
普通に見れば高校生がこんな内容のメールを送るのは痛々しい事だが、その力で悪い人が捕まっているのだから、それもいいのだろうと春菜は朝から上機嫌だった。
「ハルちゃん、何かご機嫌ね」
店長が小さな花束を作っている最中に、店の掃除をしていた春菜に声を掛けた。
そこで春菜は自分が鼻歌を歌いながら掃除をしていた事に気付く。
「え、あっ、すみません!」
恥ずかしくなり、慌てて鼻歌を止めて身を起こすと、店長はクスクスと笑っている。
「良いの。そういうご機嫌も人に伝染るのよ。続けて。私、ハルちゃんの鼻歌、聞きたいわ」
店内にはどこの国の言葉かよくわからないけれど、カフェで流れるような小洒落た曲が流れている。
何枚かあるCDの内の一つだ。
店内で何度も再生しているうちに、メロディーだけは覚えてしまったのだった。
「ううっ……」
しかし、いざ歌えと言われて歌うのは恥ずかしい。
それを察したのか、店長が曲に合わせて鼻歌を歌い始めた。
まるで自分に合わせてくれているような気遣い。
唇に笑みを讃え、手先から次々と花が咲いていく。
――笑顔の花が咲いてる。
春菜も鼻歌を歌いながら、掃除を再開させた。
数十分の後、店長の鼻歌が止んだ。そ
の代わり、声高らかに完成を伝える言葉が響く。
「うーん、上出来!」
出来上がった花束を見つめて納得している店長の顔は、いつもの優しい笑顔ではなく、どことなく芸術家のような立派な雰囲気を醸し出していた。
「店長さすが!素敵です」
「本当!?嬉しい!」
突然ころっと表情を替えて、乙女のように喜んだ後、それを春菜に渡す。
「え? 私に?」
突然のプレゼントと思って驚いた春菜はその花束を受け取って、きょとんとした顔をしていた。
それを店長が見て笑う。
「違う、違う。今日はそれの配達に行ってくれるかしら? 場所もハルちゃん家の近くだし、終わったら直帰して良いわよ」
「チョッキ?」
春菜は聞いた事のない単語を発音し、自分の袖なしニットを引っ張った。
昔、祖母がこのような物を“チョッキ”と言っていたのを覚えていたのだ。
「ハルちゃんって本当におかしな子ね。そのチョッキじゃなくって、直接帰るって意味の直帰。出先で仕事を終えたら会社に戻らず、帰宅していいって事よ」
「へえ……直帰」
仕事で使う大人の言葉を覚えた春菜のご機嫌は、更に上がるものとなった。