表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第2章
13/32

12

 終始、柊呂の活躍を興奮気味に湛えていた徹平を部屋まで送り届けると、手当を自分でしなさそうな柊呂を、春菜が無理やり窓から自室へと連れてきた。


 時刻は深夜二時。

 両親も寝静まり、春菜の家の中は物音一つしていなかった。


 幸い、親から気に掛けるメールなども入ってきていない。


 春菜は柊呂の勇者の力で、自分の部屋のドアの前に置いてある物を移動してもらい、代わりに救急箱と麦茶を持って現れた。


 柊呂は借りてきた猫のように、春菜の部屋でおとなしくしていた。


「結構、派手にやられてたけど、大丈夫だったの?」


 春菜は柊呂の手当をしながら聞いた。


「さすがに、かなりキタ」


 相手は何度も喧嘩でのし上がってきたのだろう。

 素人相手に負けるわけがない。

 柊呂の顔から汚れを取り去ると、赤紫の腫れが目立つ。


「もう、心臓止まるかと思ったんだからねっ!」

「わりい」


 痛々しい顔ながらも笑顔を浮かべて謝る柊呂の姿は、悪びれている様子がない。


 春菜が呆れてため息をつき、手当をし、更に柊呂に上半身を脱ぐように要求する。

 背中などを蹴られている姿を春菜は見ているからだ。

 柊呂の抵抗虚しく、春菜は強引に柊呂の上半身を脱がすと、青あざになっている所に湿布を貼る。


「こんなになっちゃって……」


 春菜がそれを見ながらぽつりと悲しそうな声を上げる。

 そしてその背中に頭を預けた。


「ハ、……」


 柊呂は突然の出来事に名前を呼ぶ事も出来ずに身を強ばらせた。


 親の寝静まった深夜に女の子の部屋で、自分は上半身裸で尚且つ、女の子が自ら頭を自分の背中に当ててきている状況。

 柊呂は自分でも心臓の高鳴りと赤面しているのがわかり、春菜に知られたくないため、どうしていいか考えあぐねていた。


 そんな事もわからず、春菜は心配する言葉を出す。


「友達のためとはいえ、ヒイロは頑張りすぎだよ。私だっているんだから、もう少し頼って」

「……ああ、そうだな。わりい」


 落ち込む春菜に気付いた柊呂は冷静さを取り戻し、今度は素直に詫びを入れた。


「でも本当、助かった。ヤツを転ばせたの、ハルだろ? 草がにょきにょきって生えるのが見えたぜ」


 春菜はその時の事を思い出して頭を上げ、手をポンと叩いた。


「そうそう。なんか出来た」

「『なんか』って何だよー」


 春菜の位置からエリア族長の足元までは相当な距離がある。

 遠隔操作がそこまで出来たという証明でもあるのに、春菜は今一つその凄さに気付けていない。


「だって自分でもよくわからないんだもん。『なんか』としか言いようがないよ」


 そう言って、春菜はその時の状況を説明した。


「つまり、見た草木を自由に動かせるって事か?」

「そうなのかな?」

「質問を疑問で返すなよ……」


 春菜は「だって」と少しふくれっ面になりながらも、カードを出して力を得る。

 窓から見える草木に動くように念じても何も変わりはなかった。


「あっれ? おかしいなあ。カードさん」

【はい。何でしょう?】

「さっき草が動いてくれたのって何で? 今と何が違うのかな?」

【それは貴方が木を触っていたからです】

「木を触っていた?」


 春菜はわからず、カードが言う言葉を反復すると、柊呂がピンときた。


「それってつまり、木を通して根っことかを伝って、命令させたって事じゃねえ?! 草木って、根で絡んでる事、あるだろ?」

「……そうなの? カードさん」


 柊呂が言った事をそのまま聞いてみると、カードは柊呂の言葉が聞こえなかったようで、再度春菜が言ってようやく伝わった。カードは【はい】と、淡々と返事をした。


「ヒイロってば、頭良いんだね」

「自分のカードだろうが!」


 もっともらしい事を言われて、春菜が照れ笑いをしていると、「じゃーさー」と、柊呂が少年のような顔を言ってくる。

 何か企んでいるのだと、春菜は直ぐに勘付いた。


 その直後、二人は硬直した事態となる。


“コンコン”

「はるちゃん?起きてるの?」


 室内にノックの音が響き、母親から声を掛けられたからだ。


「あっ、うんっ!」


 慌てる春菜と柊呂。

 柊呂は直ぐにカードの力を発動させ、上着を持って脱兎のごとく春菜の部屋の窓から脱出した。


 春菜がそれを確認すると同時に、部屋のドアが開かれる。


「何か、声が聞こえたんだけど……?」


 母親は休むと言った春菜が、寝間着ではなく洋服を着ている事にも疑問を持った。


「あっ、テレビ電話してたからっ。音がスピーカーになってたのかも」


 白々しい嘘を並べて母親を誤魔化し、春菜は『もう寝るから』と言って母親を部屋から押し出した。


 騒動が収まり一息ついてから、柊呂を探すように窓から身を乗り出す。

 見る限りでは柊呂の姿は無かった。


「帰っちゃった……よね」


――もっと柊呂と話したかったな。

「え!?」


 思った自分の感情に驚いて春菜は声を上げてしまった。


 床に置いた小さなテーブルには救急箱と空きグラスが置いてある。

 先程まで自分の部屋に男の子が居たのだと、ようやく自覚した。


「しかも……」


 上半身を裸にさせた上で、その背中に自分の額を付けていた事すら思い出してしまった。


 今頃、柊呂の熱を感じた額が熱くなり、春菜は顔を赤くしながら、熱くなる額に手を当てた。


「うひゃっ!」


 携帯端末がバイブレーションでメールの着信を知らせる。

 その音にすら、春菜は驚いて声を上げてしまった。


 メールはさっきまで居た柊呂からだった。


『明日の夜、実験する!』


 先ほどの春菜の行為を全く気にしていない内容のメール。


 春菜は明日の夜も、柊呂に呼び出される羽目になるのだと、複雑な心境になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ