12
終始、柊呂の活躍を興奮気味に湛えていた徹平を部屋まで送り届けると、手当を自分でしなさそうな柊呂を、春菜が無理やり窓から自室へと連れてきた。
時刻は深夜二時。
両親も寝静まり、春菜の家の中は物音一つしていなかった。
幸い、親から気に掛けるメールなども入ってきていない。
春菜は柊呂の勇者の力で、自分の部屋のドアの前に置いてある物を移動してもらい、代わりに救急箱と麦茶を持って現れた。
柊呂は借りてきた猫のように、春菜の部屋でおとなしくしていた。
「結構、派手にやられてたけど、大丈夫だったの?」
春菜は柊呂の手当をしながら聞いた。
「さすがに、かなりキタ」
相手は何度も喧嘩でのし上がってきたのだろう。
素人相手に負けるわけがない。
柊呂の顔から汚れを取り去ると、赤紫の腫れが目立つ。
「もう、心臓止まるかと思ったんだからねっ!」
「わりい」
痛々しい顔ながらも笑顔を浮かべて謝る柊呂の姿は、悪びれている様子がない。
春菜が呆れてため息をつき、手当をし、更に柊呂に上半身を脱ぐように要求する。
背中などを蹴られている姿を春菜は見ているからだ。
柊呂の抵抗虚しく、春菜は強引に柊呂の上半身を脱がすと、青あざになっている所に湿布を貼る。
「こんなになっちゃって……」
春菜がそれを見ながらぽつりと悲しそうな声を上げる。
そしてその背中に頭を預けた。
「ハ、……」
柊呂は突然の出来事に名前を呼ぶ事も出来ずに身を強ばらせた。
親の寝静まった深夜に女の子の部屋で、自分は上半身裸で尚且つ、女の子が自ら頭を自分の背中に当ててきている状況。
柊呂は自分でも心臓の高鳴りと赤面しているのがわかり、春菜に知られたくないため、どうしていいか考えあぐねていた。
そんな事もわからず、春菜は心配する言葉を出す。
「友達のためとはいえ、ヒイロは頑張りすぎだよ。私だっているんだから、もう少し頼って」
「……ああ、そうだな。わりい」
落ち込む春菜に気付いた柊呂は冷静さを取り戻し、今度は素直に詫びを入れた。
「でも本当、助かった。ヤツを転ばせたの、ハルだろ? 草がにょきにょきって生えるのが見えたぜ」
春菜はその時の事を思い出して頭を上げ、手をポンと叩いた。
「そうそう。なんか出来た」
「『なんか』って何だよー」
春菜の位置からエリア族長の足元までは相当な距離がある。
遠隔操作がそこまで出来たという証明でもあるのに、春菜は今一つその凄さに気付けていない。
「だって自分でもよくわからないんだもん。『なんか』としか言いようがないよ」
そう言って、春菜はその時の状況を説明した。
「つまり、見た草木を自由に動かせるって事か?」
「そうなのかな?」
「質問を疑問で返すなよ……」
春菜は「だって」と少しふくれっ面になりながらも、カードを出して力を得る。
窓から見える草木に動くように念じても何も変わりはなかった。
「あっれ? おかしいなあ。カードさん」
【はい。何でしょう?】
「さっき草が動いてくれたのって何で? 今と何が違うのかな?」
【それは貴方が木を触っていたからです】
「木を触っていた?」
春菜はわからず、カードが言う言葉を反復すると、柊呂がピンときた。
「それってつまり、木を通して根っことかを伝って、命令させたって事じゃねえ?! 草木って、根で絡んでる事、あるだろ?」
「……そうなの? カードさん」
柊呂が言った事をそのまま聞いてみると、カードは柊呂の言葉が聞こえなかったようで、再度春菜が言ってようやく伝わった。カードは【はい】と、淡々と返事をした。
「ヒイロってば、頭良いんだね」
「自分のカードだろうが!」
もっともらしい事を言われて、春菜が照れ笑いをしていると、「じゃーさー」と、柊呂が少年のような顔を言ってくる。
何か企んでいるのだと、春菜は直ぐに勘付いた。
その直後、二人は硬直した事態となる。
“コンコン”
「はるちゃん?起きてるの?」
室内にノックの音が響き、母親から声を掛けられたからだ。
「あっ、うんっ!」
慌てる春菜と柊呂。
柊呂は直ぐにカードの力を発動させ、上着を持って脱兎のごとく春菜の部屋の窓から脱出した。
春菜がそれを確認すると同時に、部屋のドアが開かれる。
「何か、声が聞こえたんだけど……?」
母親は休むと言った春菜が、寝間着ではなく洋服を着ている事にも疑問を持った。
「あっ、テレビ電話してたからっ。音がスピーカーになってたのかも」
白々しい嘘を並べて母親を誤魔化し、春菜は『もう寝るから』と言って母親を部屋から押し出した。
騒動が収まり一息ついてから、柊呂を探すように窓から身を乗り出す。
見る限りでは柊呂の姿は無かった。
「帰っちゃった……よね」
――もっと柊呂と話したかったな。
「え!?」
思った自分の感情に驚いて春菜は声を上げてしまった。
床に置いた小さなテーブルには救急箱と空きグラスが置いてある。
先程まで自分の部屋に男の子が居たのだと、ようやく自覚した。
「しかも……」
上半身を裸にさせた上で、その背中に自分の額を付けていた事すら思い出してしまった。
今頃、柊呂の熱を感じた額が熱くなり、春菜は顔を赤くしながら、熱くなる額に手を当てた。
「うひゃっ!」
携帯端末がバイブレーションでメールの着信を知らせる。
その音にすら、春菜は驚いて声を上げてしまった。
メールはさっきまで居た柊呂からだった。
『明日の夜、実験する!』
先ほどの春菜の行為を全く気にしていない内容のメール。
春菜は明日の夜も、柊呂に呼び出される羽目になるのだと、複雑な心境になった。