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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第2章
12/32

11

 風羽子はまだカードを点滅させるだけしか出来ないらしい。


 カードに力が宿っている話を遠藤兄弟の兄、秀平は相手にしなかったが、翌日に弟の徹平から風羽子の実家の店に連絡が入った。

 自宅で行われた風羽子と秀平の会話を聞いていたらしく、興味が湧いたそうだ。徹平は中学三年生。

 非現実的な物に興味があるお年頃だった。


 柊呂はついでだからと、徹平を連れて行く事にした。


 さすがに中学生はダメだと春菜は止めたが、百聞は一見に如かず。

 男だから大丈夫だという、春菜自身も思っていた変な理屈を並べられてしまい、結局、頷くしかなかった。


 春菜は帰宅し、最短で食事を済ませて、疲れたから休むと親に伝えて自室に閉じこもった。

 念のためドアを内側から押さえ、窓から外に出る。

 窓の下には生垣のような木が数本生えている。

 その子たちに手伝ってもらえば、窓から外出する事など容易かった。


「便利過ぎる……」


 一人で呆然としている間に、勇者の力を発揮させている柊呂が、遠藤家へと春菜を抱えて移動してくれた。

 まさに風のように動くので、誰も柊呂と春菜を人として認識出来ない。


 風羽子から聞いた徹平のメールアドレスに春菜が連絡を入れると、直ぐに二階の窓のカーテンが開かれた。


「あれがてっぺい?」

「じゃねえか? 何かでかくなったな」


 そう言ったところで、二人とも徹平を見たのは小学生以来。

 遠藤家と春菜たちが住む家は少し離れているため、通う中学校の学区が違っていた。


 徹平の成長は疎か、存在すら記憶にうっすら残る程度でしかなかった。


「んじゃ、テツにベランダに出てこいってメール打っといて」

「あっ」


 春菜が返事をする前に柊呂は飛び上がり、あっという間に遠藤家の二階のベランダに降り立ってしまった。

 そこはカーテンを開けた徹平の部屋の前。


 春菜が連絡を入れる前に、柊呂は徹平を迎えに行った事になる。


「まったくもお」


 言葉が聞こえなくても様子はわかる。

 徹平のシルエットがあからさまに大はしゃぎをしていたのだ。


「ヒイロも、自慢しちゃって」


 少し呆れて言いながらも、春菜は柊呂の気持ちがわからないでも無かった。

 人にないものを手に入れたのだから、それを見せびらかしたいような心境。


 春菜も近くの木を利用して、二人の元へと向かった。



 徹平と再開した春菜が勢い余って、成長期がまだ来ていないのだろうと思われる、女の子のように童顔で小柄な徹平に抱きついた事から、徹平は必要以上に春菜と距離を取り、会話も殆どしなかった。

 徹平はその顔を隠すように髪を伸ばしているため、余計に女の子に見えてしまう。


 今は春菜のカードを利用して樹の枝に隠れ、エリア族長と柊呂が戦いそうな雰囲気を上から見下ろしていた。


「てっぺいってばあっ!!」


 大声を出すわけにいかないので、春菜は小声で叫ぶように徹平を呼んだ。


 徹平は返事をせずに柊呂を見ている。

 少し唇を尖らせ、聞こえないフリをして照れているのを隠していた。


 それはいきなり春菜が徹平に抱きついたから。


 いくら女の子のような容姿でも、徹平の中身は男。

 思春期の男の子が年上の女の人に抱きつかれて、普通でいられる訳がない。


「もう!」


 何度も無視されているので春菜も徐々に慣れてきたが、なぜ無視をされているのかはわかっていなかった。


 春菜は知り合いの同性や自分より小さい者に抱き付く癖がある。

 それを自覚していないのだ。

 まして一人っ子の春菜には思春期の男の子の気持ちなどわかりもしない。


「てえええええっぺえええええ!」

「……うるせえ、クソ女」


 再会した事を嬉しく思い、徹平と話がしたい春菜だったが、やっと口を開いてくれた徹平の言葉は悪態だった。

 徹平の照れ隠しの一種だが、春菜にそれは通じない。


「クソ女!?」


 その言葉で頭にきた春菜は、身を隠している樹に念じ、徹平を枝で簀巻きにして自分の前に持ってこさせる。

 徹平は唯一自由になる足をばたつかせて、顔面蒼白になっていた。完全に宙吊り状態である。


「うわああああああ!」


 徹平は声にならない叫びを上げている。


「てっぺい、ちょっとそれは酷いっ! クソって……あ、」


 説教をし始めようとしたところで、春菜は徹平の背後に見える地面に動きを発見した。

 エリア族長と柊呂の“タイマン”というものが始まったのだ。


「……始まった」


 徹平が「離せ!」と小声で怒鳴っているが、春菜はそれを気にせず、タイマンを見ている。

 いくら族長とは言え、相手は普通の人間。勇者の力を手に入れた柊呂に敵うわけがない。


 春菜の手伝いはその後だ。


 柊呂が勝った後、そのタイマンを見ている族連中が、高確率で逆上して柊呂を襲ってくる。

 それを止めるのが春菜の役目。


 柊呂は一対一の戦いに向いている力だが、大人数を相手にするには不向きだった。


 一方春菜の力は底が知れず、以前に多勢を木で一気に薙ぎ払った事から、その役目を柊呂から与えられたのだった。


 春菜は目を凝らして周りの様子を伺う。

 タイマンは始まったばかりなので、周りの人間はその戦いに歓声を上げているだけだった。


「本当にケンカしてる……」


 以前、公園でも柊呂が戦う姿を見た。

 あの時は相手が武器を持っていたから、柊呂も勇者の剣を振りかざしていた。


 しかし今は違う。


 殴ったり蹴ったり、素手で戦っているのだ。


――怖い……


 戦う事を決めたのに、あまりに人間味を帯びた戦闘風景は、春菜を恐怖へと陥れる。


 気付いた木々がサワサワとざわめきながら、春菜を優しく包み込む。

 それはまるで、春菜を労っているようだった。


「ありがとねっ」


 春菜は自分を抱きしめてくれる木の枝をそっと撫でる。

 それを見ていた徹平は唖然としていた。

 木を操るだけではなく、春菜の心に反応して、木が感情を持って自発的に動いているように見えたからだ。


「笑えねえ……」


 引きつった顔でそう言った直後、背後で歓声が上がる。柊呂が地面に倒れていた。


「ヒイロ!!」


 思わず叫んでしまったが、族連中の歓声が大きくて春菜の声は届かずに済んだ。


「おい、クソ女! ヒーロを助けないでいいのかよ!」


 首だけを捻って様子を見た徹平が、春菜に声を掛ける。春菜は拳をぐっと握り、自分にストップを掛ける。


「大丈夫」


 柊呂はまだカードの力を出していない。

 生身の人間同士の戦いで、倒れているだけなのだ。


 ただ、相手は通常の神経を持ち合わせている者ではなかったらしい。

 倒れている柊呂を何度も蹴りつけていた。


「おい、ハル!!」


 見るに見かねた徹平が抵抗するように自分の身をもがいて、簀巻きにされている枝から這い出ようとする。

 徹平はまだカードを光らせる事も出来ないというのに、黙って見ていられないのだ。


「いい加減にしろよ、テメエ!!」


 徹平が樹の枝の中から上半身を抜けださせると、歓声は最高潮に達していた。


 人の輪の中心に居る柊呂が動かなくなっている。


「ウソっ……だってヒイロ、タイマンには手出しするなって……そんなっ……」

「だから言ったろうが!! 今直ぐ助けろ! ハルには出来るんだろ!?」


 呆然とする春菜を奮い立たせたのは、身を隠している木の枝だった。

 何かを求めるように、春菜の腕をサワサワと動かしている。


「あっ、うん。そうだね! ここで悲観にくれてる場合じゃない!」


 春菜は表情をキッと引き締めて、木の上で仁王立ちになる。

 そして片手を木の幹に当て、願いを口にする。


「草さん、あの人を転ばせて」


 春菜が真っ直ぐ見つめる先は、エリア族長の足元に生えている雑草だった。


「く、草!?」


 てっきり春菜が木を使って攻撃するとばかり思っていた徹平は拍子抜けした声を出す。

 そして身を捩ったまま、勝ち誇って移動しようとするエリア族長を見つめた。


 歓喜の雄叫びを一心に浴びて嬉しそうにしているエリア族長が、躓いて転んだように見えた。

 それはあまりに滑稽な姿。

 思わず徹平が吹き出すと、それを謀ったかのように、柊呂がエリア族長に突進して行った。

 人の出せる早さではない。


 柊呂はその瞬間を待っていた。


 タイマンは自分と相手が注目される戦い方。

 暴走族のギャラリーとあって、人も多く見ている。

 そんな中で最初からカードの力を使っては一瞬で戦いは終わってしまう。


 残るのは柊呂への怒りの感情のみ。


 そこで柊呂は、最初は負ける事を選んだ。

 敗けて相手を優位にさせ、注目がそちらに集まった瞬間に死角が生じる。

 その一瞬で柊呂は力を発動させて、最終決戦に持ち込み、勝つ。


 それならば相手に敗北感を確実に植えつける事が出来る。

 恐怖におののいて逃げてくれれば、春菜の力を利用しないでも良いとまで考えていた。


 ギリギリまで春菜を巻き込むか悩んでいただけあって、出来れば一人で解決したい問題でもあったからだ。


「ハル、サンキュー」


 柊呂は誰にも聞こえないくらいの小さな声で春菜にお礼を言うと、エリア族長を持ちながら上空へと高くジャンプした。


「うわああああ!」


 通常では味わえない高さを一瞬で味わったエリア族長は先程とは一転、情けない顔をして叫んでいた。


「オレのダチに手え出すなあー!!」


 そう叫んで柊呂は腕を振り上げた。

 エリア族長は条件反射で、自分の腕で顔の前をガードすると、そこに目掛けて柊呂が拳を叩きこむ。

 エリア族長は地面へと叩きつけられ、一気に土煙が上がった。


 この一瞬の出来事を見た多くのギャラリーは、開いた口が塞がらなかった。

 何が起こったのか理解出来ないのだ。


 静けさと共に土煙が消え去ると、白目を向いたエリア族長が寝転んでいる。

 その傍らに、柊呂が勝者として立っていた。


 状況を理解したギャラリーの集団は各々に恐怖や怒号を口にする。


 すると、柊呂はボクサーが勝った時のように片手の握りこぶしを振り上げて暴走族を見た。


 ギャラリーは恐怖に陥り、エリア族長を連れて一目散に散り散りとなってくれた。


 人が散ってく中、柊呂がとある大きな木を見上げてニッと笑う。


 それを受けて、春菜も徹平も柊呂と同じように片手の拳を振り上げ、勝者に笑顔を送った。


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