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勇者なんかじゃない  作者: ゆきや
第2章
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〈第2章〉


 一本だけ咲いてしまった金木犀は地域で話題となり、学校でも噂となり、延いてはメディアを動かすニュースとなっていた。


 報道された“奇跡の金木犀”はクラスでも話題で、写真を持っていると良い事があるとか恋が叶うとか、尾ひれがついてしまっていた。


 それを春菜は苦笑いで受け止める。

 自分が悪戯でやった事が、こんなにも大事になるとは思っていなかったからだ。


 春菜は学校から逃げるようにして安息の地であるアルバイト先、花屋のレター・デ・フルラージュに向かった。


「お疲れさまでーす」


 いつものように入店する。

 アルバイトをするまで、そんな労いの言葉など知らなかった。

 春菜はこの言葉を言う度に少し大人になった気分になる。


 それを受けて、店長が優しく微笑んでくれた。


「お疲れさま、ハルちゃん。学校、どうだった?」


 店長の雰囲気はお店とぴったりマッチする。


 ダークブラウンで統一された店内を、暖色の灯りがやんわりと包み込む。

 それでも主役は花とばかりに、バケツに入った花達には白色のスポットライトが当たっていて、輝きを一層増して見せる。

 その花達に豪華さは無い。


 この店で取り扱う花は、贈答用というより、小振りでさり気なく、家のインテリアの一部になりそうな物が多い。

 店長の、日常的に花を傍に置いて欲しいとの気持ちが伝わってくる。


 この店は、その気持ちを受け取った人達が常連として頻繁に通い詰める店となった。


 春菜の家も例外ではない。

 母親がまめに店に通い詰めた事から、同行する春菜にも影響を与え、春菜にとってスポットライトの当たる花達は、光り輝く宝石に見えていた。


「もう、“奇跡の金木犀”の話で持ちきりですよ」


 他人事のように言いながら、花の小道を通るようにして店内奥へと進む春菜。


 荷物を置きタイムカードを切って、制服の上からカーディガンを羽織り、店長とお揃いの深緑色のエプロンを着ける。


 店内は驚くほど寒い。

 花の発育を遅くさせ、長期保存するために店内全てが冷蔵庫のような寒さなのだ。


 胸元にフランス語で店名の書かれたエプロンを着けると、自然と気合いが入る。


 春菜の意識が学生からアルバイターへと変わる中、店長が嬉しそうに体をしならせて、携帯端末を春菜に見せてきた。そこにはあの、金木犀が写っている。


「そうよねー。こんな近所で起こった奇跡ですもの。ねえ、ハルちゃん、見てみて! あたしも“奇跡の金木犀”、撮ってきたのお!」

「あはは……良かったですね」


――店長までっ!


 春菜は愛想笑いを浮かべながら、相槌を打つ。


 この店はオカマの店長とアルバイトの春菜の二人だけ。

 元々そんなに大きな店ではない。


 四十歳過ぎのおじさんがオカマだと知ったのは、アルバイトを始めてから。

 それまでは女性のように優しい人だと思っていたが、心が女性だったからだとは思わなかった。

 幼子の春菜にトランスジェンダーなどわかるわけがない。


 高校生になって店長がオカマだとわかったとしても、春菜はアルバイトを辞める事なく続けている。


 何せ思いは十年以上。

 小ぢんまりとしていながらも、センスが良く居心地の良いこの店が大好きな事に変わりはないし、店長が優しい事にも変わりはない。


「こういうキッカケって素敵よね」

「きっかけ?」


 春菜は店長が言っている事がわからず、そのまま聞き返した。


「そう。みんながこれを見て和んでくれるじゃない?そうして、今まで関心の無かった人でも、お花って良いなって思ってくれる。そしたら“笑顔の花が咲く”の」


 うふふと笑う店長が笑顔の花をたくさん咲かせていた。

 春菜もそれにつられて笑顔になる。


「そして、笑顔は人に伝染るのよ」


――へえ……


 店長はたまに良い事を言う。


 そういう事はどの教科書にも載っていない。

 友達や親からも教えては貰えない。


 春菜はこの春からアルバイトを始めて、店長からたくさんの教科書には載っていない事を教えてもらっている。

 だから春菜は店長がどうあれ、この店から離れるつもりは毛頭なかった。


「でねでね! 取材もされちゃった。あはっ。全国放送されて、あたしに惚れた人から連絡とか来ちゃったりして! あたし、お嫁さんになっちゃうかもお!!」


――嬉しそうで何よりです。


 さっきとは一転。

 夢見がちに遠くを見ている店長に、春菜は心の中で、他人ごとのように突っ込みを入れた。


 人から少し変わっているように見られる春菜だが、この店長に比べれば自分は随分まともなのだと思ってしまう。


 春菜は話を逸らすために、店長が言った言葉を聞いてみた。


「取材ってテレビですか?」

「そうなの!!」


 店長は携帯端末を片手に、嬉しそうにくるっと回りながら当時を語った。


「朝、仕入れの帰りについでだからって、あの金木犀のあるところまで行ったのよ。それで写真を撮ってたら、私が店名の入った軽車から出てくるのがわかったみたいで、『お花屋さんですか?』って! それでね、季節外れの金木犀について“専門家”の意見が聞きたいって言われてえ!!」


――本当に、嬉しそうで何よりです。


 専門家なら樹木医に聞くべきだろうと思うが、素人はそんな存在は知らない。

 そしてその辺に居る近所の人より、少し詳しい花屋に聞くのが良いと思った結果が、店長への取材と言うわけだ。


「へえ……どこのテレビ局か聞きました?私も見たいなっ」


 春菜は心のどこにも、自分がやらかした事で有頂天になり取材を受ける店長など見たくはなかったが、アルバイトをするようになって、建前上言わなくてはいけない言葉もあるのだと、この店で学んでいた。


「聞いたわよ!ちょっと待ってね。えっとお」


 店長が持っていた携帯端末をいじっている。

 そこにテレビ局をメモしたのだろう。

 春菜はそれを受け取るため、自分の携帯端末をいじっていると、メールの着信に気付いた。


――バイト中だけど、ちょっとだけ……


 お客さんも居ないし、今は店長の嬉しそうな話に付き合っているだけ。

 良いだろうとこっそりメールの内容を見て、春菜は静かにそれを閉じた。


 差出人は柊呂。

 内容は『犯人はオマエだ!』と言う簡単なものだった。


――あっ……、ヒイロにはバレるよね。


 春菜は舞い上がる店長とは対照的に、遠い目をしていた。



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