縁談02
「ねぇ、お父さまのお顔、見た?とっても驚いていらっしゃったわ」
私はクスクスと笑った。
「趣味が悪いな」
「皆の趣味がずれているの。だって、お父さまのあんなお顔見たことないのですから」
そう言って笑いを堪えることができなかった。
「私は結婚なんてしませんのに」
私は自らの下腹部を撫でた。
「ここにあなたの印があるわ。私は見たことはないけれど、私はこれによって守られているのよ。自分から鉄壁の外に出ようなど、奇特な方がする事よ」
契約をしたとき、レイの言っていることはよく分からなかったわ。
でも、私はお父さまや他の人間とは違うモノになることは感じれた。
今思うと相当頭が弱かったと思うわ。
そのときはただ、自分に酔いしれていたの。
幼い頃、周りは私をちやほやしたわ。
こっちが胸やけするくらい。
でも決して私に触れなかった。
それは王族であると共に神の愛し子である私への待遇として当然だったと思う。
けれど、良くやったと誉められてはお父さまに頭を撫でられる兄姉が羨ましかった。
侍女達に戯れながら汚した口を拭ってもらえる兄姉に酷く嫉妬した。
この悪魔との出会いはそんな毎日から救ってくれると胸が高鳴った。
そしてそれは叶ったわ。
今までの存在理由が覆され、城の者たちには遠巻きにされた。
それでも良かった。
むしろその方が居心地が良かった。
生け贄として大切にされるより邪魔者として扱われ静かに生きることの悠々さと言ったら!
勿論、日々の勉強や王族としてのお勤めはあったけれど、周りには必要最低限の人数しかおらず、人払いをしたらみんな出て行く。
一人のときでもレイは常に隣に侍らしていたし、暇になるとレイに一方的に話しかけた。
だから別段寂しいと感じたことはなかったわ。
私はそんな四年間を続けていた。
でもレイとは違い、人の営みの中に身をおいているワケだし、本と銘打てば哲学書から詩集、歴史書から娯楽本まで読むからレイの言ったことを理解し始めた。
レイが忠告したこと、それは口で言うことはかなり躊躇われるけど、私はそれが異常なほど魅力的に感じた。
以前レイに言ったら鼻で笑われてしまったわ。
私の世界は手の届く範囲だけで、外敵からはレイが守ってくれるからずっと自己完結の世界で生きていくつもりだった。
だから、どうがんばっても結婚は縁遠いものだと思い、眼中に入れてなかった。
「人間は哀れだな。番になるには肉体を求めるなど、野獣と同じだ」
「あら、人間は皆野獣なのよ?笑顔を浮かべながら心の内で毒を吐けるのだから」
「美に屈し、闘争心に溺れ、性欲に従うーー哀れにもほどがあるな」
レイは鼻で笑った。
「....誰か来るな。精々楽しめ」
「誰が来るの?」
レイはその質問には答えず、口元から表情ーーとは言っても嘲笑だけど、それを消して来客が来るときの立ち位置にたった。
私の座るソファの左裏だ。
するとすぐにメイドが呼び掛ける声がした。
「ミリアム様、ムーロッド伯爵が面会を求めています」
伯爵家は地位こそ公爵に劣るが、我が国に特に貢献した者とその子孫に与えられる名誉ある称号だ。
数自体は少ないが人脈・信頼は貴族の中では群を抜き、それと同時に少し変わった人が多かった。
その筆頭であるローヘンツ・サイラ・ムーロッド伯爵。
その彼が何故私を訪ねると言うのか。
「通して」
そう言うとメイドは扉を開きムーロッド伯爵を入れた。
「お久しぶりです、ミリアム様。本日も大変美しく眼福の限りですねぇ」
「何、どうなされたの?私に用事があるなら手短に」
「相変わらずきっついですねぇ....」
「あたなに構っている時間がどうしようもなく無駄に思えたときは追い返しても罰は降りませんよね?」
「恐らく。いえ、そうではなく、........本題から行きますね。求婚しに来ました」
キュウコン?....先ほど、同じような単語を耳にしたばかりだというのに。
「....レイに?」
「そこで自分の騎士の名前を出すとは余程焼きが回っているか、面倒くさくなったのかのどちらですか?」
「どちらもよ。話の流れで行くと、あなたに人を紹介できるほど友人のいない私は必然的にあたなの前に躍り出なければならないの?」
この男は「そんな姫もきっと可愛いですね」などと言ってヘラヘラと笑った。
「裸でーーこの際その服でもいいのでベットに寝そべってさえいれば、さらに可愛くして差し上げるのに」
その言葉に思わず眉をしかめる。
生憎と下品な男は論外だ。
「どうでもいいわ、そんなこと。あなた、大層なハーレムを築いてるそうじゃない。相手には困らないのでしょう?」
「それとこれは違いますよ、姫」
伯爵は意味深な笑みを浮かべた。
「まあ、夜の事情はさておき、姫、私との結婚はどうですか?」
「色々言いたいことはあるけど、却下ね」
「姫、言いたいことを一つにまとめておりますよ」
「あり得ないからよ。あなたと結婚?それこそ焼きが回ってるわ」
「姫が頑ななまでに彼の大公爵オーリッヒの嫡男をフったと聞きまして、チャンスかと」
「もう知っているの」
「はい、勧めたのは私ですからね」
「........は?」
待って。
勧めた?
誰が、何を?
「ですから、カーザルクスと姫の縁談をするように指示をしたのは私ですって。ちなみに娘に即答されて落ち込んでる陛下をお慰めしたのも私です」
「ふざけてるわね」
「ふざけるなんて、とんでもない!真面目に言ってるんですよ!顔だけのカーザルクスを隣に侍らし常に貞淑な妻でありながら、その実、家に帰ると女王の仮面を付けて夫を調教する妻!なんとも素敵な夫婦じゃあないですかっ....!」
忘れてた....!
この人、自分の恋人達との睦言では飽きたらず、自分が気に入った人同士を結婚させて妄想を楽しむ系の変態だった....!
「気持ち悪い、良くない、却下。なんでそこからあなたの求婚が出てきたのよ」
「カーザルクスの次が私以外に考えられなかったので!」
「もっとまともな冗談を思いついたら考えてあげるわ」
「私に上品と常識を求めるなんて今更ですよ」
「なんで顔だけのカーザルクスとあなたなのよ?普通、レイとかじゃないの?」
「騎士殿はダメですね。姫の良さが生かされていないので」
カチンと来たわ。
「私が醜悪だって言いたいの?」
「いえいえ、姫の美しさは神をも魅了させたのは周知の事実。大帝国を滅ぼした傾国の美女ですら顔を赤らめるでしょう。ただ、貴女は騎士殿の側にいると彼しか相手になさらないでしょう?それでは貴女の魅力を殺してしまう。貴女の夫となる男は多少の欠点があったほうがいい」
「....随分強烈な欠点の持ち主を出すのもどうかと思うけど」
「姫のような大物は一般の感性を持っている者には荷が重すぎます。カーザルクスがダメなら私で手を打ってみませんか?」
「嫌だってば。私は一生結婚なんてしないって決めてるの」
「どうしてですかぁ?私と結婚したら別にまあ子作りはしますけど、奥さんの役割さえ果たせば縛りませんよ?騎士殿を愛人にしてもいいし」
「あなたの口さえ何とかしたらまともな人が寄ってくるのにね」
「お褒めの言葉として有り難く頂戴いたします」
「とにかく、この話はなし。メリットは大きいけれど、今のところ結婚はないわ」
「えぇー、残念」
「話は終わったわ。さっさとお帰んなさい」
「仰せのままに。あ、でも諦めませんからね」
ローヘンツはいらない笑みを浮かべて帰っていった。
「レイ、私は変態に好かれるようなことをしたっけ?」
「蝋燭の火に寄ってくる虫と同じだな」
「楽しんでません?」
「さあな。あの男は面白いな」
「あら?レイが面白いだなんて、珍しいわね。心変わりかしら?」
「どうだろうな」
私はふふ、と笑ってソファを立った。
まだ立っているレイに近づいて高いとこにある彼の頬に触る。
「ねぇ、良いことを思いついたわ」
飛びっきりの笑顔でこの男に告げてやる。
「私は巫女になるわね」
レイはやはり無表情に「そうか」とだけ言った。