姫が連れてきた騒動
ムラキソ王国第四王女ミリアム・マキーシア。
彼女が素性の知れない男を連れてきて、あまつさえ騎士にすると言い出した。
王宮は大騒ぎだ。
「おとうさま。わたくしのそばに騎士をおかせてくださいませ」
「........姫、そなたはもうすぐ十の誕生日を迎える。神の御遣いも来られるのだ。我が儘を言うでない。己の生まれた意味を理解するのだ」
父が娘に死ねという。
宗教への傾倒が強いこの国ではざらにあることだ。
特に父王クラーク・マキーシアは崇拝というよりもむしろ執着するかのように信仰していた。
「わざわざノミシヤ神に楯突く意味もない」
こんな事も理解できないのかと言外に言った。
「おとうさまは、つれてきたおとこが総隊長五人にかてば、みとめられるのでしょう?」
「当たり前だ」
父王は総隊長の実力を信じていた。
もちろん、ミリアムにも。
(ジュレイドは、かつわ)
彼の剣の実力が知らない。
しかし、彼は自分の命ならば聞いてくれる。
その自信はある。
扉をノックする音が鳴った。
「入れ」
「はっ」
兵士が血相を抱えて部屋に入った。
「総隊長が五人共あの男に倒されました!」
「なにっ?!」
父王は立ち上がって目を見開いた。
ミリアムは顔を輝かせて父に許しを請わずに謁見室を出た。
「姫っ!」
父王は声を張り上げて叫ぶが、当の本人は聞く耳を持っていない。
すでに男のいる修練場に向かっている。
「ええい!軍長は何をしておるのだ!」
「今、呼びに行かせております!」
「遅いっ」
そう言う頃には王は謁見室を出ていた。
取り残された兵士は慌てて飛び出た。
その男は異常だった。
まず見た目。
閉ざされた雪国のような不可侵の美貌。
女のように、いや、女以上に白い肌を持ち、それとは対照的な奥が見えない黒髪黒眼。
この地方では両方黒色の色素を持つ者はいない。
灼熱の国には黒い肌の人間がいると噂では聞いているが、この男の場合は髪も眼も真っ黒だ。
次に実力。
この国でも群を抜いて強いと言われる総隊長五人を倒したのだ。
その上ならば軍長か副軍長、もしくは第二王子しかいない。
しかし、身体のラインが隠れた服から伝わるのは細身であることのみで、実力者五人を倒すほどの体力と筋力があるとは思えなかった。
男はほとんど話さず、表情も崩さない。
仮面のようだと誰しもが思い、男を畏れて近づけなかった。
「レイ!」
そんな得体の知れない男の所に愛らしい末姫が駆け寄った。
孤高の男が幼い少女に膝を折り頭を垂れるなど、誰が思おうか。
「我が姫」
男は無表情だが、嫌々傅いているのではないと分かる。
明白な主従関係。
ある意味で理想的な光景だった。
「やっぱり、かったのね!」
男は無言で頷いた。
ミリアム姫は「たのもしい!」と無邪気に笑っていた。
「例の男はどこにおる?」
「軍長!」
兵士は一斉にそちらを向いた。
「........お前が例の男か」
男は立ち上がり、姫は男の裾を掴んでいた。
軍長は総隊長たちを倒した男を見た。
その男の本性を見るかのようにじっくりと頭の先からつま先まで。
軍長は「ふむ」と言い、顎に手を当てた。
「名は?」
男は自らの姫を見てから答えた。
「レイ」
「どこの出身だ?ミリアム様にどこでお会いした?」
「答えかねる」
レイと名乗った男は突き放すように言った。
「貴様は逆賊ではないのか?」
軍長がそう言うと一気に緊張が走り、兵士が獲物を構えた。
「我が姫が逆賊なら俺も逆賊になろう」
「っ........!」
レイはこんな事も分からないのか、と貶すように言った。
自国の姫が愚弄されたことに殺気だった者たちが僅かに剣先や槍を揺らした。
「静まれ」
軍長は落ち着きを払って言った。
「忠誠心だけは確かなようだな」
殺気を向けられている男は何でもないかのように無表情だ。
いや、本当に何でもないのだろう。
その他大勢の兵士たちを雑魚とし、軍長もその中の一人だとみなしている。
「姫っ!」
血相を抱えた父王と兵士が割って入ってきた。
兵士たちは姿勢を正し、王を迎えた。
「得体の知れぬ者から離れよ。これは命令だ」
「いやですわ!」
「なっ....!!」
父王は愕然とした表情で娘を見た。
姫は父王を真っ直ぐに見た。
「おとうさま、おやくそくをお守りください」
「陛下、約束とは....」
「総隊長全員にその男が勝てば騎士として迎えると言ったのだ!ああ、このようなことになるとは」
「それは....」
王のことだから、ノミシヤ神に誓ったのだろう。
「姫は直にノミシヤ神の元に降るのだ!どうして余計な者を置かねばならぬのだっ!」
父王は顔を歪めませた。
「レイは、つよいですわ!」
「そのようなことを言っているのではないっ!」
今までにない父王の怒鳴り声に姫は肩を震わせた。
「ミリアム様....」
「だいじょうぶよ、軍長」
姫が瞳を潤ませたことにレイ以外の全員が動揺した。
「王よ」
「わ、分かっておる!!」
王は、普段末姫を可愛がっているため、一番声を震わせた。
「ああ、もう!好きにせいっ!!」
慌てて来た王は、地団駄を踏むようにしながら去っていった。
「........レイ、おへやに、もどるわ」
レイは静かに頷いた。
「ごめんなさい。みなさんの大切なおじかんなのに」
姫はレイを引き連れて行った。
花のように笑う姫に和まされて、兵士達も仕事へと戻った。