悪魔との出会い
俺は兄弟たちに不意打ちされボロボロだった。
それでも五人のうち二人を殺せたのは俺の実力が魔界屈指だからだ。
しかし、兄弟たちもそれなりに名を轟かせているから五人でも俺を殺せると踏んだのだ。
「全く、愚かな....」
暗闇に身を落としながら思う。
この俺に勝つなどという愚答を導き出した実兄弟たちにヘドが出る。
そんな血が俺にも流れているのかと思うと異常な不快感が走った
「ふっ........」
そこまで考えると苦しそうに息を出した。
いくら心の中で罵っても重傷であるのは変わりない。
再生能力が高くてもこの傷では三日間はおとなしくすべきだ。
安息の地を求めて再び飛翔する。
ーーー御霊よ、どうか見つけないでおくれ。
ーーー雲よ、私を隠しておくれ。
(なんだ、この音色は)
不意に聞こえてきた歌に耳を傾ける。
決して魔界では聞かない清浄を纏っている。
(聖神界?いや、違う。そんな遠くじゃなく、これはーーー)
人間界?
そう思うと、コウモリのような、それ以上に禍々しく、そして漆黒色の翼を一度羽ばたかせた。
すると、一瞬で視界が変わり、太陽が輝く野原に出てきた。
(俺とは正反対だな)
思わず自嘲気味に笑った。
居てはいけないと本能が呼びかけるのに身体が癒やしを求めてならない。
まだあの歌が聞こえる。
(清浄....?なんだ、これは。神を称えているのではないのか?)
確かに、清浄だけなら俺が惹かれていくはずがないのだ。
少し探すと人間の女がいた。
いや、小さいのは少女というのか?
ともかく、発育段階の人間の女がいた。
それは俺に気づくと、目を少し見開いて「だぁれ?」と言った。
「俺は、悪魔、ジュレイドだ」
普段はこんな不躾な人間の質問には答えないのに、鈴音のような声に口を割らされた。
しまった、と思っているとそれは「けが、」と呟いた。
「いたくない?」
「別に」
心配されたのは初めてで、何も答えれなかった。
「それよりも、歌を歌ってほしい。神の調べではなく、もっと、」
優しい歌を。
そんなことを思ったのも初めてで。
それはにっこり笑って歌い出した。
その歌は教会の静かで鋭いものではなく、高い青空に響くような伸び伸びとした暖かい歌だ。
傷の疼きが薄れ、呼吸が楽になった。
何度か歌った後、俺が眠っていると思ったのか、女は黙りこくって俯いた。
そして急に話し始めた。
「わたしはね、もうすぐ神さまにつれていかれちゃうんだって。まえのわたしが、神さまにあいされすぎて、下界にいさせたくないって」
あぁ、と心の中で頷く。
神の横暴ぶりは知っている。
「ねぇ、ジュレイド。あなたはつよいの?神さまよりも」
人間に名を呼ばれるのは不快だったが、この声ならいいか、と思えるほどに酔っていた。
そして、その声から発せられた内容に妙な高揚感を覚えた。
「....俺に聞いてんのか?」
「!おきていたの?!けがをしているのなら、ねてなきゃだめよ?」
「俺のことは俺が一番分かっている。で、俺が強いのかどうかっていう愚問をしていたな?」
「ぐもん....?」
「........はあ。愚かな、分かり切った質問のことだ」
なんで俺が懇切丁寧に言わなければならない。
「あぁ!ジュレイドってば、かしこいのね!うん、してたわ」
「あまりうるさくするな、人間の女。俺が強いのは当たり前のことだ」
「なら、まもってよ」
唐突に女は声を落とした。
「わたしが死なないように。雲がなくてもいいように」
既視感を覚えた。
そうか、この女の歌は助けを求めていたのか。
そして、こんなちっぽけな人間が俺に命令するのかと思うと笑えてきた。
「俺に命ずるなら契約しろ。....それならば、聞いてやる」
今までこんな契約はしなかった。
俺だけが得するために騙すような契約しかしなかった。
女は顔を明るくさせた。
「契約するのなら、俺はお前が生きている間は側に寄り添い、お前をどんな危険からも守ろう。その代わり、死後はお前の声を貰おう」
「はい」
「名は?」
「ミリアム・マキーシア」
「そうか。では俺とお前が契約した証に印を刻まなければならない。どこにしてほしい?」
女ならば目立たない場所を望む。
例えば、眼球や舌の裏側。
他人が触れればその場で契約は終了するので、重要なことなのだ。。
「あなたはどこにしたいの?どこがいちばんいいの?」
「女ならば、性器だな」
「じゃあ、そこがいい」
こんなにあっさり決める人間はいない。
この女はその幼さでこの意味を理解していないのだろう。
「一生処女を貫く覚悟があるのか?」
「しょじょ?」
「結婚しないこと。恋人を作らないこと」
「けっこん....」
少し考え込んでから頭を上げた。
「わかったわ。かくご、きめるね」
太陽のように笑う女は俺にとっての覚悟の定義を覆す。
こんな場面でこんな風に笑うのはこいつくらいだろう。
人間の女はもっと愚かな夢を見ていると聞いていたが、この女はそうではないのか?
きっと、成長すると後悔するだろう。
その姿を見るのも一興か。
そんな面倒くさいことまでも水に流してしまうほどこの女に魅力があったのか?
(声、だ)
神をも魅了したその声に酔ってしまったのだ。
悪魔が最低でごめんなさい........!
悪魔なので、人間としての感覚がないんです、はい。
こんな簡単に人間の少女に落とされていいのだろうかと自分でも疑問に思います....。