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占領者

【占領者】


夜中にふっと目が覚めた。ここは、自宅マンションの寝室。だが、何かがおかしい。

俺は目を数回しばたかせて、気付いた。視界が、やけに暗いのだ。それに、なんだか体にゴツゴツした感覚がある。

(これは、どうしたことだろうか)

不思議には思ったが、ともかくも眠い。俺は違和感の元を辿ることなく、再び目を閉じてジッとしていた。

しばらくそうしていたら、スウ、スウという音が微かに、俺の上の方で鳴っているのに気がついた。即ち、天井の方から。

(誰かがいる!)

金縛りの類かと思ったが、どうも違うようだ。確かに現実に、俺の少し上方で、何者かが寝息を立てている。

だが、俺は一人暮らしなのだ。無論、昨晩、友人や女を連れ込んだ覚えもない。昨日は遅くに会社から帰って、そのままベッドに倒れこむようにして眠りに落ちた。それは間違いない。俺の他に、誰かがいようはずは無い。

そもそも問題の音は、上の方からするのだ。

そう思ったら、にわかに恐怖心が湧いてきた。もしや、人ではない、何かなのではないか。天井に張り付く、化け物の姿が頭に浮かんだ。

このまま寝てしまおうと思ったが、目をつむっているのにも関わらず、すっかり目が冴えてしまった。心なしか、だんだん音が大きくなっているようにも聞こえる。

俺は上の何かに気づかれないように、そっと薄目を開けてみた。しかし、何も見えない。そうだ、さっき目を開けたときも、部屋がやけに暗いと感じた…。

ここまできて、やっと俺は気付いた。俺はいつの間にか、床の上に寝ていたのだ。それも、ベッドの下に潜り込む形で。どおりで暗いはずだ。俺はさっきから、ベッドの底を見ていたのだ。

しかし、その理由が全然分からない。謎の寝息の主はどうやら天井ではなく、俺のベッドの上で寝ている何者からしいが、その正体はというと、依然として見当もつかない。一体どこのどいつが、俺のベッドを占領してやがるのだ。

床で寝てると気がついた途端、体が痛くなってきた。床とベッドの底の間は狭く、寝返りもロクにうっていないのだろう。

ベッドの上の何者かは、いまだスウ、スウと寝息を立てて眠っている。

突如怒りが湧いてきた。

(おのれ、呑気に寝ていやがって。許さん)

俺はそう思って、ベッドの下から這い出ようと試みた。体がベッドの底にぶつかり、ガタガタと音がなる。

やっと顔が出たところで、にわかに部屋の中が明るくなったのを感じた。ベッドの下から出たこともあるが、それだけではない。太陽が、顔を出したのだ。

だが、そんなことはどうでもいい。やっとのことでベッドの下から這い出し、俺は立ち上がった。

何もいない。

「そんなはずはない」

と、思わず声が出た。

しかし、よく見ると、シーツに大きなシワができていた。さっきまで、誰かが寝ていたような形にヨレている。間違いない。誰かがここにいたのだ。

俺は頭をふり、納得のいかないままに会社へと出かけた。


この現象は、それから毎晩起こるようになった。

夜中にふっと目が覚める。俺はいつの間にか、床の上に寝かされている。ベッドの上から寝息が聞こえる。そして腹を立てベッドから這い出した途端に朝になり、奴の姿は消えているのだ。

一週間も経つと、俺の疲れはピークに達していた。そもそも、床の上、それもあんな狭いところで安眠できるわけがない。


「君、顔色が悪いね。何かあったのかい」

「そうかな。別に、なんでもないよ」

会社の同僚にも相談できなかった。頭のおかしな人間と、思われるのがオチだろう。


とにかく、安眠を取り戻したい一心で、俺は色々と対策を立ててみた。

まずは、寝室ではなくリビングのソファで寝てみることにする。

しかし、目を覚ますとやはり床の上。奴もベッドの上にいる。失敗。

ロープを買ってきて、ベッドの柱に体を固定してみる。

やはり失敗。起きてみたらいつも通りの床の上。ロープは解かれ、机の上にキチンと巻いた状態で置かれていた。おちょくられているようで、非常に忌々しい限りだ。

一度友人の家に泊まらせてもらうと、流石にそれは成功した。が、根本的な解決にはなっていない。俺は自宅で寝たいのだ。


ある日ふと思いついて、ベッドの下に布団を敷いてから寝てみた。

例のごとく目を覚ますと、俺は、敷いておいた布団の中に眠っていた。成功。床の硬さがないだけで、ずいぶん楽だ。

その日はベッドから這い出すこともせずに、自然と朝になるまでゆっくりと眠った。


どうせなら、と思って、目覚まし時計をベッドの下に置くことにした。さらに懐中電灯を置き、雑誌なども忍ばせておく。ベッドの下は、次第に快適な環境へと変わって行った。そうだ、あれも、置いとくと便利かもしれないぞ…。


「最近、逆に顔色が良くなったようだね。何か、しているのかな」

「うん、ちょっとね」


最近では、すっかりベッドの下の寝心地に慣れてしまった。真っ暗な空間で寝るのも、思ったより悪くはない。今や、初めからベッドの下に潜り込んで寝る生活が続いている。あんまり慣れてしまったものだから、もうベッドの上では寝られないかもしれないな…。

近頃の悩みは、ベッドと床の間が狭くて寝返りがうちにくいことだ。


そうだ、ボーナスが出たら、新しいベッドを買うかな。寝室の占領者も、きっと、満足するに違いない。

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