お姫さまと種
【お姫さまと種】
とある国に、とあるお姫さまがいた。まだ、十ばかりの少女。
お城の庭園には、お姫さまのために国じゅうから集められた、色とりどりの花が咲き乱れていた。それを見て育ったお姫さまは、自然と花を愛する少女となっていたのだった。
しかし、一流の庭師によって綺麗に整備された庭園で遊ぶうち、お姫さまは何か物足りなくなってきてしまった。そして、思いついたように、お父さん、即ち国王さまにこう言った。
「お父さん、私、自分でお花を育ててみたいわ」
早速、国王さまは庭園の中でもとびきり美しい花の種を採取させ、お姫さまに一粒与えた。庭園の一角に場所をとり、お姫さまは自らの手でその種を植えた。
「きっと、素敵な花が咲くでしょう」
そんなことをお姫さまが毎日呟くものだから、地中の種はすっかり照れてしまった。反面、不安にもなる。
(僕が綺麗に咲かなかったら、お姫さまはどんなにガッカリするだろう?)
そんなことを考えていたら、地上に出るのが怖くなってきた。そこでその種は、地上とは違う方向に、その芽を伸ばし始めた。
(お姫さまには悪いけど、僕、やっぱり自信がないや)
こうしてその種の、地中を行く長い旅が始まった。その種は良く肥やされた庭園に植えられたから、地中を何処までも伸びて行くことができたのだ。
あるときは、大きな岩石の塊にぶつかった。その度に、種は大きく迂回して伸び続けた。
穴を掘るモグラに出逢うこともあった。そんな時は、どちらが早く地中を進めるか競争した。モグラの穴を掘るスピードは、思ったより遅い。
種は何処までも、何処までも進んで行った。
植えた種が一向に芽を出さないことで、お姫さまは大層悲しんだ。国王さまはそれを可哀想に思って、またいくつかの種を集めさせた。
「さあ、新しくこれをお植えなさい」
「嫌よ。私、あれじゃなきゃ嫌よ」
三年の月日が経っても、お姫さまは芽が出るのを待ち続けた。もはや、庭園に咲く他の花には目もくれない様子であった。毎日水をあげ、時には肥料をかけてみる。他の誰が諦めても、お姫さまだけはその種を見捨てなかったのだ。
お姫さまのおかげで、種はぐんぐんと伸び続けた。
時には、ポッコリと地上に顔を出してみたりもした。そして、また地中に潜り直していくのだ。顔を出した場所は、時には風の爽やかな草原だったり、とある城下町の道端だったりした。
そんなことをしている内に、種は色んな物を見過ぎてしまい、旅に夢中で、お姫さまのことなど、すっかり忘れてしまった。行き当たりばったりに、旅を続ける毎日。
だが、そんな旅にもそろそろ疲れてきてしまった。何処か安らげる環境に、身を落ち着けたい。それから、種の旅は安住の地を求める旅となった。
ほとんど十年が経とうとしていた。お姫さまも大人になり、お姫さまとしてのお仕事をするようにもなっていた。しかし相変わらず、種の事は忘れなかった。もはや、少女の頃から習慣のようになっていた。内心では、諦めていたのかもしれない。しかし、それでも毎日、お姫さまは水をやり続けた。
長い旅に終わりが訪れた。種はある日、同じように地中を伸びる種に出逢ったのだ。
その種は言った。
「私ね、とっても優しい人に植えられたの。でもね、なんでかしら。そこで芽を出すのが、なぜだか凄く悔しくて、逃げてきたのよ」
「僕も、そんなところかな」
二粒の種は寄り添い、そしてある川岸の、橋の近くに芽を出した。
「静かで、良いところだわ」
二粒の種は、そこに花を咲かすことに決めた。そして、まるで慰め合うように、長い旅の疲れを癒しあった。
時たま、種はふっと、どうしようもない空しさに襲われた。蝶々が花びらにとまっても、近くで鳥たちが歌を歌っていても、心の隅に残る雲。
その理由は、誰も知らない。