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ある会社

【ある会社】


ハッと目が覚めた。周りを見渡し、ここがオフィスであることを思い出す。仕事の途中で寝てしまったらしい。相当、疲れていたようだ。

時刻は午前一時を回っていた。今日はこのまま泊まることにしよう。俺はアクビを噛み殺し、目薬を差して、やりかけの仕事に向き直った。

『やめろ、早まってはいけない』

『親はどうした、それか恋人は。お前を待っている人がいるんじゃないのか』

俺は書類に書かれた台詞を読み上げていく。いよいよ、明日が本番だ。

『もう一度考え直せ、君はまだ若いだろう』

『死んだら全部終わりだぞ』

よくもまあ、こんな陳腐な言い回しを考えてくるもんだ、と俺は思う。実際に言う俺としては気恥ずかしいことこの上ないが、仕事なのだから仕方ない。だがまあ、初の大仕事がこれじゃあ、文句も言いたくなるってもんだ。


我々の会社は、主に自殺志願者の支援を行っている。

カウンセリングによる社会復帰の手助け、という訳ではもちろん無い。お客様の最期の時を、華々しく演出するのが我々の主な仕事だ。

入社して三年目、俺はやっと、お客様の説得役としての仕事を請け負うことができた。説得役はほとんどの演出において最も重要なポジション故、演技の練習にも熱が入る。

明日のシチュエーションは、ビルの屋上から飛び降りる青年、というもの。我々の会社では最も人気の高いシチュエーションだ。俺の説得も虚しく、死へと身投げする青年。悲劇的な死を望む人間はあまりにも多い。

説得内容は、こちらでもいくつかパターンを用意しているが、あらかじめお客様が考えたものを暗唱することが多い。どのような気持ちで文面を考えるのか、と俺は不思議でならない。

もちろん、サービスは説得役の俺だけにはとどまらない。次に重要なのは、ビルの下に集まる野次馬のサクラだ。屋上に向かって叫び続け、更なる野次馬を集める。自殺の広告と言ったところか。

向かいのビルの窓から顔を覗かせる、なんてのもある。お好みなら、架空の恋人に引き止めて貰うこともできる。これは意外と人気のあるオプションだ。俺としては虚しいとしかおもえないのだが。

打って変わって、静かな死を望むお客様もいる。こちらは値段が安く、仕事の内容も楽なものが多い。車で指定された最期の場所に連れて行くだけ、というもの(お客様自らが動いた痕跡を消し、誰からも死体を発見されないようにするのが目的である)が主だ。これは簡単な仕事なので、新入社員に任せることが多い。

他にも、数え切れないほどの死のバリエーションを我が社では提供している。流石にこちらで手を下すようなサービスはないが、死体を動物に食わせるなどという残酷なものもある。こんなサービスでも、年に数度注文が入るのだから、人間というものはわからない。


オフィスの時計が午前三時を告げていた。流石にもう眠い。俺は最後の練習をやめ、椅子の背もたれにもたれてウトウトし始めた。

この仕事に疑問を持ったことは無い。我々の会社にご依頼をくれるお客様は、皆晴れやかな顔をして死んでいく。

我々が背中を押すことで、灰色の人生の最期に小さな光を灯すことができると思えば、ちゃちな倫理など問題の内に入らないのではないか。せめて死くらい、思い通りにしたいと人間は願うのだ。それを支援して何が悪い。我々こそが正義なのだ。


クレームだって、まだ一度も来たことが無い。


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